アイのままに、ワガママに~名探偵は一家団欒を望む~   作:サニキ リオ

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第28話 原点

 事務所のドアが閉まるのと同時に、ディアナの首がぐるんと勢いよくこちらを向く。

 

「ねぇ、アレク警部から事件の相談を受けてたって知らなかったんだけど!」

「言ってないからな」

「刑事からも事件の捜査依頼受けてるじゃない!」

 

 どうやらディアナはベオウルフの事件の捜査協力を渋っていた癖に、殺人事件には協力していることが気にくわなかったようだ。

 

「依頼っていっても非公式な奴だから依頼料はもらってないって」

「無料!? あたしには法外な額ふっかけてきたのに!?」

「俺の仕事は信頼が生命線だからな。報酬は金だけじゃないってことだ」

 

 俺は苦笑いを浮かべながら言う。実際、その程度の依頼ならよくある話だ。

 

「ちょっとした殺しについての相談くらいなら俺だって受けるさ」

「待って。ちょっとした殺しって単語にもっと疑問を抱いて」

 

 ディアナがツッコミを入れるがバーシル街では日常茶飯事、今更である。

 

「ねぇねぇ、ママ。ママは鮮血鬼カーミラと会ったことがあるんだよね?」

「ええ……あたしとしては、目の前で護衛対象を殺された苦い記憶だけどね」

 

 そういえば、ディアナは捜査一課にいた頃にカーミラと交戦していたんだった。

 

「今でも覚えてるわ。あいつはナイフを投擲して議員の右目を正確に貫いた。あたしと戦いながらそんな人間離れした神業をやってのけたのよ」

 

 悔しそうにディアナは拳を握り締める。

 正義感の強い彼女からしたら、目の前で人が殺されたという事実は許せることではないだろう。

 

「ナイフは右目から脳まで貫通していたわ。それからカーミラは逃走する際にナイフを引き抜いて舐め始めたの」

「えぇ! 血の付いたナイフを舐めたの!?」

 

 アイはドン引きしたように顔を顰める。

 

「ええ、まるで吸血鬼だったわ。彼女が裏社会でカーミラを名乗っているのも納得ね」

 

 カーミラはドラキュラと並んで有名な女吸血鬼の名前だ。

 殺した相手の血を舐め取るなんて常軌を逸した行動をするのは殺し屋の中でも彼女くらいだろう。

 

「でも何で女だってわかったんだ?」

「やり合ってるときに服が破れて胸元が見えたのよ」

「世界一見たくないキャットファイトだな」

 

 格闘能力の高いディアナとカーミラの戦いなど、もはや怪獣大戦だ。

 コンクリートを警棒で叩き割るような女と殺し屋の戦い。想像しただけで身震いがする。

 

「とりあえず、ご飯冷めちゃうから話はあとでね」

「「はーい」」

 

 何だろう、いつの間にかこの家でのヒエラルキーの頂点にディアナが君臨しつつある気がする。

 ディアナの作った食事を食べながら、俺は思考に耽る。

 

 今回の殺人事件、あれは鮮血鬼カーミラの犯行だ。

 彼女が具体的にどうやって犯行に及んでいるかは知らなかったが、さっきのディアナの話を聞いてそれがわかった。

 的確に頸動脈を切り裂く腕、消えた凶器、同時に離れた場所に存在したマンションの住人。彼女の犯行と考えるのに違和感があるとしたら盗まれた死体くらいだろう。

 そして、被害者のジャンが裏社会でも顔が知れている人間だということを加味すれば、おのずと答えは出る。

 

 カーミラが関わっている以上、俺はこの事件に深入りするべきではない。アレク警部には悪いけどな。

 

「ちょっと、聞いてるの!」

 

 ディアナの大声によって俺の思考が中断される。

 しまった。思考に没頭しすぎて何も聞いていなかった。どうせベオウルフの話しかしてないだろうし、適当に話を合わせておこう。

 

「ああ、聞いてるよ。ベオウルフのことだろ?」

「やっぱ聞いてないじゃない! 今日の夕飯は何が良いかって話よ!」

「……ディアナってかなり家庭的だよな」

 

 男勝りな性格だが料理の腕はかなりのものだし、掃除洗濯家事炊事と何でもできる。

 一人暮らしが長いとその辺は雑になってしまうと思っていたが、ディアナは思った以上にしっかり者だったらしい。

 俺なんて仕事が忙しくて家に帰れない日が続くと、ゴミ屋敷になりかける状態だったというのに。

 まあ、アイと暮らすようになってからマシにはなったのだが。

 

「刑事ってもっと生活雑になるくらい忙しいもんじゃないのか?」

「生活の乱れは心の乱れ。アレク警部から教わったことよ。どんなに忙しくて疲れていようが、家事はしっかりやるように心掛けてたの」

「あの人、家事は奥さんがやってるのによく言うよ……」

 

 しかも最近では忙しくてちゃんと家に帰っていないのか、さっき見たときもシャツがシワだらけで髪もボサボサだった。

 事件だらけのブランニュイ市で刑事をやってる以上、仕方ないこととも言えるだろう。

 

「それにしてもアレク警部を第二の父親って慕ってるなんて意外だったな。現場で相当扱かれただろうに」

「だからよ」

 

 ディアナは懐かしそうに昔のことを思い返す。

 

「あたし、お父さんが警察官僚でね。忙しくて家ではいつも一人だったの。だから、自分と向き合って真剣に怒ってくれることが嬉しかったの」

「アレク警部は良いパパっぽいもんね!」

「なるほどな。そりゃ根っからの警察官になるわけだ」

 

 ディアナのルーツが少しだけわかった気がする。

 親も職場の上司も真っ当で正義感の強い人間となれば、おのずと将来の選択肢は警察官になるのも頷ける。

 

「あんたはどうなの」

「ん?」

「あんたはどうして今の仕事を始めたの?」

 

 

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