アイのままに、ワガママに~名探偵は一家団欒を望む~ 作:サニキ リオ
乾いた拍手の音が広いステージ内に響き渡る。
その音を聞くだけで、俺は心底嫌な気持ちになった。
「どういうことだよ、アイ。死んだ風に装うって……」
「アレク警部が言ってた盗まれた死体、あれはこの人の仕業ってこと」
「まさか親父……!」
最悪の事態を思い浮かべた途端、親父は優雅な仕草で掌をこちらに付き出し、俺の考えを否定した。
「おっと、私は殺しなんて無粋な真似はしていないさ。私は最近殺された人間の中から自分の代わりを探していただけだよ」
「十分犯罪だろうが!」
「今更じゃないかね? 法律という括りで見たとき、私の罪は並べるのもバカバカしい数になっているだろう」
親父は懐から取り出した葉巻を咥えて火をつける。その瞳には一点の曇りもない。
確かに、今まで親父がやってきたことを考えれば法の外にいるようなもの。
これだから芸術家気取りの犯罪者は嫌いなのだ。おそらくヤジマさんも共犯だろう。あの人は昔から親父を妄信的に慕っているからな。
「私は確かに犯罪者だ。しかし、誰よりも多くの人間を楽しませてきた人間でもある。違うかね? 私は犯罪者であると同時にエンターテイナーなんだよ」
「ファンを傷つけて何がエンターテイナーだ! 笑わせんな!」
ステージの中央で両手を広げ、恍惚の笑みを浮かべる親父の言葉を一蹴する。
「ディアナはあんたのマジックが本当に好きで、子供みたいに純粋にマジックショーを楽しんでたんだぞ!」
俺の言葉を聞いて、アイは悲しげに歯を食い縛った。
俺もアイも覚えている。
どんなに単純なマジックにも齧りつくように見入って、百面相のようにコロコロと表情を変えるディアナはまさしくマジックを楽しむ観客の鑑だった。
それをこのクソ親父は裏切ったのだ。
「ふむ、ファンならば私の一世一代のマジックショーを楽しむべきではないかね?」
「てめぇ!」
「パパ、無駄だよ。この人に何を言ったところで響きやしない」
アイは諦めたような表情を浮かべ、首を横に振った。
俺は思わず拳を強く握り締めていた。
「さて、私は一足先にお暇させてもらおうか。特等席から息子の晴れ舞台を見なくてはいけないからね」
「待ちやがれ!」
「Adieu!」
親父はどこからともなくボールを取り出して地面に叩きつける。
その瞬間、煙幕が辺りを覆う。
「チッ、逃げられたか……!」
「パパ、ステージの下に隠し通路があるよ。ご丁寧に大量の爆薬付きでね」
「マジで徹底してやがる……追ってる時間はなさそうだな。むしろ下手に追えば、爆殺されそうだ。仕方ない、俺達は俺達で脱出するぞ。おい、ディアナ! ボサッとしている暇はねぇぞ!」
俺は未だに呆然としているディアナの手を引いて走り出す。早くエリィとも合流しなくては。
「皆さん、無事ですか!?」
「エリィ、ナイスタイミングだ!」
ちょうどいいところにエリィが現れてくれた。これで全員脱出できる。
俺達はそのまま窓の近くまで行くと脱出の準備を始めた。
「ディアナは動けそうにもないな……仕方ない」
俺は未だに呆然としているディアナから拳銃を拝借すると、エリィに指示を出す。
「エリィ、アイを固定してパラシュートで飛び降りてくれるか?」
「もちろんです!」
エリィは元気よく返事をすると、慣れた手つきでアイを自分の体にベルトなどで固定していき、パラシュートを装着した。
「こっちは準備できました!」
「俺もだ」
俺はディアナを自分の体に固定すると、ハングライダーと飛行装置を身に着ける。
そして、窓に向かって拳銃を構える。
「当初の予定じゃディアナにやってもらうつもりだったが……エリィ、俺が弾丸で窓にヒビを入れるから蹴破ってくれ」
「ええ、任せてください! こう見えてもキック力には自信があるんですよ!」
両手を握り、鼻息荒くエリィは元気よく答える。
生きるか死ぬかの瀬戸際だというのに、本当にマイペースな奴だ。
「アイ、耳を塞いでおけ」
俺は銃を構えて窓ガラスに照準を合わせる。
連続して銃声が響き渡り、窓ガラスに銃弾がめり込んでヒビを入れる。
これで強化ガラスでも蹴破れるほどに脆くなっただろう。
「ひゅう! さっすがライアンさん。射撃の腕もピカイチですね!」
「まあな。次はエリィの番だ」
「はい! それでは先にアイちゃんと降りてますね!」
エリィは笑顔で答えたあと、短く息を吐いて呼吸を整える。
それから助走を付けて一気に窓ガラスに跳び蹴りをかました。
「――シッ!」
俺の銃撃で脆くなっていた窓ガラスはエリィの蹴りによって粉々に砕け散る。
「さて、俺達も行くか」
俺は割れた窓まで近づくと、体を固定したディアナを強く抱きしめて飛び降りた。
ハングライダーで風に乗り、飛行装置を作動させる。
飛び心地は悪くないな。
「……ねぇ、ライアン。前に言ってたわよね」
「うん?」
「真実を知るって残酷なことだって」
眼下に広がる夜景などには目もくれず、ディアナは悲しげに呟く。
「あたし、間違ってたのかな」
ディアナは泣いていた。
きっと自分の信念が揺らいでいるのだろう。
「間違っちゃいないさ」
犯罪者すらも救いたいと思う心。
正義感を持ちながらも、犯罪者にも寄り添おうとするその優しさはこの街ではどんな宝石よりも貴重だ。
「世の中にはどうしようもない根っからの悪人だっているが、全員が全員そうというわけじゃない」
どの口が言うんだと自分でも思いながら、俺は言葉を紡ぐ。
「何かの間違いでそっち側に迷い込んだ奴らにとって、お前みたいな真っ直ぐな奴は道標になる。だから、ディアナはそのままでいてくれ」
「ライアン……」
「俺だってお前みたいな奴がいるってことに救われたんだ。もっと自信を持てよ」
まあ、俺が本当の意味で救われることはないだろうがな。
「うん!」
「それじゃこのまま空の旅を楽しみながら我が家に帰りますかね」
「夕飯は何がいい?」
「ディアナが作るものなら何でもいいさ」
「何でもいいが一番困るのよ!」
今は、今だけはこの仮初めの日常を楽しむとしよう。