アイのままに、ワガママに~名探偵は一家団欒を望む~   作:サニキ リオ

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エピローグ 愛のままに、わがままに

「急に依頼しちゃってごめんね」

「別に構わない」

 

 俺はマスクをベリベリと剥がすと素顔を晒す。

 

「殺しの方はうまくいったのか、エリィ?」

「うん、いつも通り上々」

 

 殺人鬼、鮮血鬼カーミラ――エリィは淡々とした口調で答える。

 

 エリィは小さくなった凶器を口に入れて嚙み砕く。それから口に付いた標的の血を雑に拭う。

 上着のフードを脱ぐと、俺と同じ赤い髪と青い瞳が露わになる。

 

「アリバイ作ってくれてありがとね」

「頼むからもっと事前に連絡してくれよな。こっちだって怪盗家業が忙しいんだから」

 

 するとエリィは悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。

 彼女の鮮やかな赤い髪が揺れ、青い瞳がこちらを見つめてくる。

 

 そして、一言。

 

「だって私とお兄ちゃんの仲じゃん」

「ったく、しょうがねぇな」

 

 喫茶店のウェイトレス、エレノア・ルカードことエリザ・バートリは俺の血の繋がった妹であり、犯罪組織ハロウィン・シンジケートに所属する凄腕の殺し屋だ。

 彼女は俺にとってたった一人の血の繋がった家族であり、守るべき妹だ。

 そんなエリィのおねだりならば安いものだ。

 

「ていうか、この前お兄ちゃんの代わりにベオウルフに変装してあげたからプラマイゼロじゃん」

「そうだったな。おかげで今後も仕事がしやすくなった。ありがとな」

 

 一度疑われた後に容疑が晴れれば疑われにくくなる。

 刑事の旦那である探偵という立場を確立できたおかげで、今後はベオウルフとしての仕事が格段にしやすくなる。

 

 実際、ディアナと出会ってからの仕事はいつも以上にスムーズになった。

 予告時間の前に盗み出しておき、盗んだように演出するだけでいいのだ。これほど楽なことはない。

 ディアナに対するベオウルフの容疑も、怪盗シャノワールとして活動していた親父に着せられた。

 どうせ俺は一生怪盗として生きていくしかないのだ。それならば、少しでも楽な方がいい。

 

「真実の贋作、早速裏ルートで出回ってるみたいだね」

「組織の方も今回は気合入ってたからな。かなりの数の在庫を用意するよう命令されたよ」

 

 真実は世界中のコレクターが欲しがる一品だっただけに、依頼の優先度は高かった――依頼を断ったらアイを誘拐して脅されるくらいには。

 

 本当は親父が姿をくらましたタイミングだったから、しばらく怪盗業は休業しようと思ったが、それは許されなかった。

 エリィがアイを助けてくれなければ、正直危なかったかもしれない。

 

「地上の明月は返しちゃって良かったの?」

「ロゼミみたいなベオウルフ信者には良い顔しておいた方が良い品を用意してもらえるんだよ。それに地上の明月は贋作の在庫も捌ききれて本物の価値もなくなってたからな」

 

 組織の方も俺の説明を聞いて、地上の明月をロゼミに返還することについて文句は言わなかった。

 むしろ、あのときも自分が仕掛けに捕まった振りをしてからダミーを飛ばして怪盗に逃げられた探偵という立場を作れたからリターンは大きかった。

 

「へぇ、景気良さそうだね」

「そうでもねぇよ。相変わらずカツカツだっての」

 

 所詮、俺は組織に命じられたままに動くことを強制される存在だ。

 

「でも、真実盗んだあとに作った贋作で結構稼いでるんじゃないの?」

「怪盗は稼げる仕事だが出ていく分も大きいからな。バーシル街の治安が悪いおかげで商売がなりたってはいるが、経費がバカにならん」

 

 表で活動できる戸籍や仕事があるのはありがたいことだが、裏での活動も結局そこまで儲かるわけではないのだ。

 要するに、足元を見られているのである。

「大変だよねぇ」

 エリィが同情するような声音で言う。

 怪盗は探偵業よりはなかなか儲かる商売なのだが、いかんせんその収入のほとんどは経費などで消えてしまう。

 それでも食えているだけマシだと思うべきなのだろうが。

 

「そっちはどうなんだ?」

「私は現在賃金アップ交渉中だよ」

「……エリィって結構ベテランの殺し屋だよな?」

「そうなの! 仕事はどんどんハードになっていくのに、賃金が変わらないなんておかしいと思わない?」

「まったく、やってらんないよな」

 

 そんなことを言い合いながら俺たちは笑い合う。

 盗みだろうと殺しだろうと、どこの業界も食っていくのには苦労しているものだ。

 それでも俺達には幼い頃からこの道で生きるしか方法がなかった。

 

「そうだ、エリィ。お前気をつけろよ」

「何が?」

「アレク警部はアイの一件でお前のことを若干怪しんでる」

 

 ただの喫茶店のウェイトレスが複数人の誘拐犯相手に大立ち回りをしたという事実。

 それはエリィがただ者ではないと思われても仕方のないことだった。

 

「そろそろ飴細工の凶器を舐めて溶かしたり、遺体の傷口ににコーヒーかけたり、チョコレート漬けにしたりして誤魔化すのはやめとけ」

「心配しなくても私はプロだよ? 人間の殺し方なんていくらでも知ってるって」

「なら、いいんだが……ま、俺も捜査協力することは多いし、エリィの事件はミスリードして迷宮入りさせておく」

 

 穏やかな雰囲気とは対照的に、物騒な会話で俺達は盛り上がる。

 そして、話題が一段落したところで、エリィはどこか寂し気な表情で尋ねる。

 

「お兄ちゃん、ディアナさんやアイちゃんのこと利用してて辛くないの?」

「俺はお前が表で平穏に暮らせる時間があるのならそれでいい」

 

 それが俺のせいで殺し屋になってしまったエリィにできる唯一の贖罪なのだから。

 

「それに今更善人ぶったところで俺は悪人だ。なら、悪人らしく使えるものは何でも使ってやるさ」

「そんなこと言って……本当はあの二人との生活気に入ってるんでしょ?」

「どうだかな」

 

 俺は返答をはぐらかすと、アイやディアナと出会ってからの日々に想いを馳せる。

 小さな名探偵であるアイと探偵として活動する日々も、正義感の強いディアナと共に事件を追うのも悪くはないと思う。

 

 ただ、前提として俺は二人のように綺麗に生きられない存在なのだ。

 どんなに理屈をこねくり回してしたところで、俺は親父と同じ薄汚い犯罪者。

 表で生きられない亡霊が化けて化けて現世に出てきたようなものなのだ。

 

「あくまでも仮初の家族だ。俺の仕事は怪盗。誰かに成りすますのは十八番だろ」

「まったく、お兄ちゃんは素直じゃないなぁ」

「十分素直さ。それにわがままでもある」

 

 アイやディアナとの生活を続けながら、怪盗業を続けていこうというのだから。

 

「ま、今は家族を大切にする父親を演じるさ」

 

 俺の言葉にエリィは少し悲しげな笑みを浮かべる。

 きっと俺に無理をさせてしまったと思っているのだろう。

 だが、俺はこれで良いのだ。

 いつか来るであろう、その日まで俺は仮面を被り続ける。

 

 愛のままに、わがままに。

 

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