「お望み通り、暗くしたわよ」
「ありがとう。これで丁度良くなった」
「あら、私はそうは思わないけど」
「僕はそう思うんだ。君は眩しいからね」
薄暗い部屋の中で、生白い光の暈を纏った、曲線的な人体の輪郭が浮かび上がっていた。
彼女の横顔はクリアに、暗闇に鋭く切り込む様に映えて見えた。
生まれたままの姿を晒した彼女は、蠱惑的な笑みを浮かべて手をこまねいた。
「綺麗だ」
「触りたい?」
「うん」
「そう、素直ね」
「抱きしめてくれる?」
「ええ、喜んで」
馴れた身体は柔らかく、温かく、僕を跳ね返すこともなく優しく包んでくれた。
熟し切る前の、馴染んだ、美しい人の身体だ。
いい匂いがして、温かい。
抵抗なく、じんわりと溶け合う様に僕たちは重なり合った。
「あら、今日はいいの?」
「うん。いいよ」
「なら遠慮なく…痛かったら言ってね」
「やめてくれるの?」
「さぁ?どうかしら」
彼女の場所に迎え入れられると、途端に深く息を吐かねばならなかった。
背中に爪が食い込む。痛い。痛いけど。
なんだろう。ほっとしている僕がいた。
彼女も同じ様子で、ただ今この瞬間を初めての時から変わらない…始まった瞬間に、恍惚としている様子だった。
濃い紫煙が霧が漂うみたいに、僕と彼女の間を流れた。
サイドテーブルに手を伸ばして、灰皿の上で半ばまで短くなったものを執拗に擦り潰す彼女。いじらしかった。
「今度は私の番ね…あなたの好きなもので包んであげる」
「いいけど、疲れない?肩も凝りそう」
「ふふ…気になるの?」
「べつに…ただ、すこし心配なだけ」
「優しいのね…じゃあ、これが終わったら、次は
「それじゃあ君の顔が見えない…けど、わかった」
互いの身体で色々な組み合わせを試したけれど、結局、互いの顔が近いヤツが1番だと、少なくとも僕の方は感じていた。
くねる。撓む。軋む。そうして雫を振り撒く様になるまで、ずっと、脇目も振らずに戯れあうんだ。
真白い肌が火照って、首にも肩にも、小さな虫刺されみたいな赤い痕が咲いた。
金色の髪は流れる様に撥ねた。
彼女の濡れた青い瞳が僕を捉えて放さない。
迫る。迫る。
波打つ金色が流れて、とろりと僕を閉じ込めた。
真上から見下ろされて、どきりとする。
高い鼻先から滴が、僕の唇に落ちて沁み込んだ。
舌に溶けて。塩辛いや。
途端に唾液が湧いてきて、彼女の塩辛い滴と一緒に喉を伝った。
彼女は意地悪く僕の肩に噛みついた。
痛い。痛いのに。
自分の歯形がついたところを、丹念に、慈しむ様に舐める姿が、ようやくミルクにありつけた捨て猫みたいで。
またもや、彼女の身体を押し返すことすら出来なかった。
「泣いてるの?イディス」
「泣いてないわ」
「幸せそうだけど、なんか、辛そうだよ」
「そうね、あたってるわよ」
「どうすればいい?」
「今のあなたのままでいて…」
「それでいいの?」
「それでいいの」
君は何がそんなに辛いの?
僕にはわからない。
恍惚として、でも哀しそうに僕と混じり合う君は。
「いい匂いがする」
「汗臭くないかしら」
「汗も、なんかいい匂いだ」
「バカね」
「嘘じゃない。君にも嗅がせてやりたいくらいさ」
「アナタも、素敵な匂いがするわ」
「どんな匂い?」
「嗅がせてあげたいけど…教えられないわ」
「秘密なのか」
「そうなの」
肌の柔らかさも、身体を触れ合わせた時に感じる温度も、その匂いでさえも。
一過性のもので、今だけのもので、いずれ忘れてしまうんだ。
けれど、その度に、気がつけば肩を寄せ合って、互いを求め合うんだから…。
嗚呼、きっと柔らかさも、温度も、匂いも、それは何一つ、僕が君から奪えないものなのだ。
奪えないことに安らぎを感じているのかな。
それとも、執着だけを受け取っているのかな。
身を擦り合わせる度に、持ち帰っているのかな。
「よかったの?」
「何が、かしら」
「ごめん…えと、何もしなかったけど」
「いいの。私が全部やってあげるから。面倒なんてないの。だから、アナタが心配することなんて何もないの」
「…うん」
「気持ちよかった?」
「うん。それと、安心した」
「なら」
君の1番深いところに、辿り着いて、そこでいつもみたいに僕は負けて、忘れ物をしていく。
それでおしまい。
今日もまた、楽しい時間に別れを告げるように、最後に何度か深く唇を貪った。
唇を、舌を甘噛みして。それから重なるだけの優しいやつを飽きるまで。
「シーツは要らないわ」
「汗が冷えたら風邪を引くかもよ?」
「アナタが温めて」
「シャワーに入ってからにしない?」
「いやよ。いまがいい」
「じゃあ、ほら」
離れがたくて、手放しがたくて、ことが済んだ後も離れられない。
じっとうずくまるように、広いベッドの上で、ぽつんと何かから取り残されたみたいに、二人で一塊のまま。
ぼーっと見つめあって、ふと面映い笑みを浮かべて。
慎重に、壊れ物を扱うような手つきで、互いの肌に触れて、肌と肌とを切り離した。
「噛んでごめんなさい。痛むでしょう」
「べつに。好きならまたすれば」
なんて。ぼそぼそ。
大切な秘密を逃さない様にするみたいに、頬を寄せ合って、囁くと、僕たちは目を細めて静かに笑い合った。