習作 朝日の当たる場所へ   作:ヤン・デ・レェ

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R15。唇、舌を除けば直接描写なし。


習作 イディスとの夜のこと

 

 

 

「お望み通り、暗くしたわよ」

 

「ありがとう。これで丁度良くなった」

 

「あら、私はそうは思わないけど」

 

「僕はそう思うんだ。君は眩しいからね」

 

薄暗い部屋の中で、生白い光の暈を纏った、曲線的な人体の輪郭が浮かび上がっていた。

 

彼女の横顔はクリアに、暗闇に鋭く切り込む様に映えて見えた。

 

生まれたままの姿を晒した彼女は、蠱惑的な笑みを浮かべて手をこまねいた。

 

「綺麗だ」

 

「触りたい?」

 

「うん」

 

「そう、素直ね」

 

「抱きしめてくれる?」

 

「ええ、喜んで」

 

馴れた身体は柔らかく、温かく、僕を跳ね返すこともなく優しく包んでくれた。

 

熟し切る前の、馴染んだ、美しい人の身体だ。

 

いい匂いがして、温かい。

 

抵抗なく、じんわりと溶け合う様に僕たちは重なり合った。

 

 

 

「あら、今日はいいの?」

 

「うん。いいよ」

 

「なら遠慮なく…痛かったら言ってね」

 

「やめてくれるの?」

 

「さぁ?どうかしら」

 

彼女の場所に迎え入れられると、途端に深く息を吐かねばならなかった。

 

背中に爪が食い込む。痛い。痛いけど。

 

なんだろう。ほっとしている僕がいた。

 

彼女も同じ様子で、ただ今この瞬間を初めての時から変わらない…始まった瞬間に、恍惚としている様子だった。

 

濃い紫煙が霧が漂うみたいに、僕と彼女の間を流れた。

 

サイドテーブルに手を伸ばして、灰皿の上で半ばまで短くなったものを執拗に擦り潰す彼女。いじらしかった。

 

 

 

「今度は私の番ね…あなたの好きなもので包んであげる」

 

「いいけど、疲れない?肩も凝りそう」

 

「ふふ…気になるの?」

 

「べつに…ただ、すこし心配なだけ」

 

「優しいのね…じゃあ、これが終わったら、次は背後(うしろ)からシてくれる?」

 

「それじゃあ君の顔が見えない…けど、わかった」

 

互いの身体で色々な組み合わせを試したけれど、結局、互いの顔が近いヤツが1番だと、少なくとも僕の方は感じていた。

 

くねる。撓む。軋む。そうして雫を振り撒く様になるまで、ずっと、脇目も振らずに戯れあうんだ。

 

真白い肌が火照って、首にも肩にも、小さな虫刺されみたいな赤い痕が咲いた。

 

金色の髪は流れる様に撥ねた。

 

彼女の濡れた青い瞳が僕を捉えて放さない。

 

迫る。迫る。

 

波打つ金色が流れて、とろりと僕を閉じ込めた。

 

真上から見下ろされて、どきりとする。

 

高い鼻先から滴が、僕の唇に落ちて沁み込んだ。

 

舌に溶けて。塩辛いや。

 

途端に唾液が湧いてきて、彼女の塩辛い滴と一緒に喉を伝った。

 

彼女は意地悪く僕の肩に噛みついた。

 

痛い。痛いのに。

 

自分の歯形がついたところを、丹念に、慈しむ様に舐める姿が、ようやくミルクにありつけた捨て猫みたいで。

 

またもや、彼女の身体を押し返すことすら出来なかった。

 

 

 

「泣いてるの?イディス」

 

「泣いてないわ」

 

「幸せそうだけど、なんか、辛そうだよ」

 

「そうね、あたってるわよ」

 

「どうすればいい?」

 

「今のあなたのままでいて…」

 

「それでいいの?」

 

「それでいいの」

 

君は何がそんなに辛いの?

 

僕にはわからない。

 

恍惚として、でも哀しそうに僕と混じり合う君は。

 

 

 

「いい匂いがする」

 

「汗臭くないかしら」

 

「汗も、なんかいい匂いだ」

 

「バカね」

 

「嘘じゃない。君にも嗅がせてやりたいくらいさ」

 

「アナタも、素敵な匂いがするわ」

 

「どんな匂い?」

 

「嗅がせてあげたいけど…教えられないわ」

 

「秘密なのか」

 

「そうなの」

 

肌の柔らかさも、身体を触れ合わせた時に感じる温度も、その匂いでさえも。

 

一過性のもので、今だけのもので、いずれ忘れてしまうんだ。

 

けれど、その度に、気がつけば肩を寄せ合って、互いを求め合うんだから…。

 

嗚呼、きっと柔らかさも、温度も、匂いも、それは何一つ、僕が君から奪えないものなのだ。

 

奪えないことに安らぎを感じているのかな。

 

それとも、執着だけを受け取っているのかな。

 

身を擦り合わせる度に、持ち帰っているのかな。

 

 

 

「よかったの?」

 

「何が、かしら」

 

「ごめん…えと、何もしなかったけど」

 

「いいの。私が全部やってあげるから。面倒なんてないの。だから、アナタが心配することなんて何もないの」

 

「…うん」

 

「気持ちよかった?」

 

「うん。それと、安心した」

 

「なら」

 

君の1番深いところに、辿り着いて、そこでいつもみたいに僕は負けて、忘れ物をしていく。

 

それでおしまい。

 

今日もまた、楽しい時間に別れを告げるように、最後に何度か深く唇を貪った。

 

唇を、舌を甘噛みして。それから重なるだけの優しいやつを飽きるまで。

 

 

 

「シーツは要らないわ」

 

「汗が冷えたら風邪を引くかもよ?」

 

「アナタが温めて」

 

「シャワーに入ってからにしない?」

 

「いやよ。いまがいい」

 

「じゃあ、ほら」

 

離れがたくて、手放しがたくて、ことが済んだ後も離れられない。

 

じっとうずくまるように、広いベッドの上で、ぽつんと何かから取り残されたみたいに、二人で一塊のまま。

 

ぼーっと見つめあって、ふと面映い笑みを浮かべて。

 

慎重に、壊れ物を扱うような手つきで、互いの肌に触れて、肌と肌とを切り離した。

 

「噛んでごめんなさい。痛むでしょう」

 

「べつに。好きならまたすれば」

 

なんて。ぼそぼそ。

 

大切な秘密を逃さない様にするみたいに、頬を寄せ合って、囁くと、僕たちは目を細めて静かに笑い合った。

 

 

 

 

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