幸福な王子とツバメ   作:高科奈紗

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フワフワな時

 

 背中に伝わるコンクリートの冷んやりとした感覚を味わいながら曇り空を眺める。

 目的も行き場もなく、思うがままに大空を漂う雲に、憧れに近い感覚を覚える。

 オレも浮き雲のように生きていたいな……

 

「うぷぁ」

 

 目の前が急に真っ暗になる。

 何か……ビニール袋のような物を顔面に覆い被されたみたいだ。

 その何かを手で掴み、姿勢を起こす。

 

 1人の女性が目の前に居た。

 

「こんにちは」

「……うっす、雪ちゃん」

「先生と呼びなさい」

「……雪ちゃん先生」

「白雪先生」

「……白雪センセー」

「よし」

 

 雪ちゃん……改め、白雪センセー。

 オレのクラスの担任というわけではないが、何かとオレに絡んでくる人だ。

 小柄な体格や新卒先生などの要素も相まって、先生というより同級生って感じがどうしても拭えない。

 校内での人気もあるらしく、白雪センセーの事を狙ってる男子生徒も結構多いなんて噂もあるとか無いとか。

 

「で、キミはこんな時間に、こんなところで何してるのかな?」

「……サボりっス」

「潔いね」

 

 白雪センセーがオレの隣に座る。

 クルクルとパーマがかかった黒いショートヘアーが風で靡いている。

 

 今頃、クラスのみんなは授業を受けている最中。

 そしてオレは教室ではなく、屋上に居る。

 ……正真正銘のサボタージュだ。

 

「センセーもサボりっスか?」

「そんなわけないでしょう、小休憩よ」

 

 白雪センセーは確か、音楽の先生だったな。

 ……この人の弾くピアノ、あんまり上手くないんだよな、音楽の先生なのに。

 

「……食べる?」

 

 飴玉の入った小袋を差し出された。

 

「いただくっス」

 

 それを受け取り、袋を破って飴玉を口の中に放り込む。

 ブドウ味だ。

 

「キミが学校にちゃんと来るなんて珍しいよね。授業に出席しないのはアレだけど」

「まあ……はい」

 

 互いに視線を合わせず、屋上の景色を眺めている。

 曇り空に、だだっ広いコンクリートの床。

 何も面白味のない景色。

 

「……センセーって、屋上によく来るんっスか?」

「まあね。高校の時、私の学校って屋上は立ち入り禁止だったからちょっと憧れてたんだよね」

「へ〜」

 

 白雪センセーは持っていたビニール袋の中から紙パックのジュースを取り出し、それにストローを差し込む。

 そしてストローを口に含んでチューチューと吸い上げる。

 ……リンゴのパッケージ。

 

「……センセーの一番大切な人って誰っスか?」

「んっ?」

 

 ストローを咥えながらキョトンとした表情を浮かべる白雪センセー。

 

「人生相談?」

「まあ、そんなところっス」

 

 白雪センセーは紙パックのジュースを床に置き、こちらの視線を捉える。

 紫色の澄んだ瞳に、オレの姿が浮かび上がっていた。

 

「姉かな」

「姉」

 

 姉がいるのか、白雪センセー。

 

「好きな人でも出来たの〜? このこの〜?」

 

 ニヤニヤと肘で肩を小突いてくる。

 うぜぇ。

 

「違うっスよ。昨日、変な人に会って」

「変な人? 不審者?」

「不審者……では無いけど、普通じゃなかったっスね」

「へ〜、どんな人?」

「んー……どんな人」

 

 昨日の出来事を思い返す。

 髪が長くて、濁った闇色の瞳をした、キーボードが上手い女の子(23歳既婚者)……通称、お嬢。

 お嬢の言葉がリフレインする。

 

《大切な人が居れば生きる気力は湧いてくるよ》

 

「……中学生みたいな女の人っス、キーボードがめっちゃ上手かった」

「はっ」

 

 白雪センセーの肩がピクッと跳ねた気がした。

 ……そう言えば、幼馴染がこの学校で教師してるって言ってたな。

 

「センセーの知り合いっスか?」

「いや、違うと思う」

 

 白雪センセーでは無いようだ。

 まあ、教師なんて何人もいるしな。

 

「その人に、大切な人は居た方がいいよみたいな事を言われて」

「ふーん」

「その人は妹が大切な人って言ってたっスね」

「ほ〜、へ〜……そっかそっか」

 

 白雪センセーが何か知らないけれど気持ち悪いぐらいニヤけてる。

 

「でもオレに大切な人なんて……」

「きっと見つかるよ」

 

 肩をポンッと軽く叩かれた。

 白雪センセーの優しそうな目が、オレの瞳を通り過ぎ、体の内のナニカに突き刺さった。

 

「もしかしたら、もう出会ってるかもね」

 

 白雪センセーは紙パックの中身を飲み干し、それをビニール袋の中に放り込む。

 そして立ち上がって、タイトスカートをパタパタと手で振り払う。

 

「何かあったら先生に何で相談していいからね〜」

 

 そう言って背を向けてこちらに手を振りながら屋上を後にする。

 オレはその後ろ姿を眺めながらひとりごちった。

 

「……センセー、ゴミ置きっぱなしだって」

 

 空になった紙パックのジュースが入ったビニール袋が、黒南風でたなびいていた。

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