幸福な王子とツバメ   作:高科奈紗

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デタラメと嘘の奥

 

 結局のところ、人は簡単には変われない。

 それは心の弱さだ。

 ……いや、違う。

 

 オレが、どうしようもなく弱いんだ。

 

「また会ったね、少年……のような少女」

 

 再び訪れたあの公園で、再びあの女性と出逢った。

 

「こんちわっス、お嬢」

「こんにちは」

 

 偶然……なのだろうけれど、なんだろうか。

 ここに来れば、この人に会える……そんな気がしていた。

 

 お嬢が腰掛けていたベンチにオレも座る。

 背もたれには、あの時と同じバッグが立て掛かっていた。

 

「また学校、サボり?」

「ええ、まあ」

 

 今は午前10時頃の平日、そう聞かれるのも当たり前だ。

 お嬢は何も言わず、表情を変えずに目を瞑って正面を見据える。

 

「じゃあさ、私と遊びに行こうよ」

「えっ?」

 

 目を見開き、柔らかい微笑みをオレに向けて、お嬢はそう言い放った。

 ……遊びに行く? 

 オレと、お嬢が? 

 

「私さ、高校時代……っていうか、小学校からずっと、誰かと遊びに出掛けた事って殆ど無かったんだよね」

「はぁ……」

 

 それはオレも同じなんですが。

 ……とは言わないようにした。

 

「だからさ、ちょっと付き合ってくれないかな?」

「まあ、いいっスけど」

 

 断る理由はない。

 

「で、どこに行くんっスか?」

 

 お嬢がベンチから立ち上がり、クソデカいバッグを背負う。

 振り向いて座ったままのオレに視線を向ける。

 

「ゲーセンに行ってみたいな」

 

 

 ゲームセンターとは、日本においてゲーム機などの遊技設備を設置して客に遊技させる営業を行う店舗やそれに類する区画された施設である。略して「ゲーセン」とも称される。この語は和製英語である。業界やメディアでは「アミューズメント施設」という呼称も積極的に用いられており、GENDA GiGO Entertainment、バンダイナムコアミューズメント、タイトー、ラウンドワンのゲームコーナー、ワイドレジャーなど、多くの企業の公式サイト内では、原則として「アミューズメント施設」の呼称を用いている。(Wikipediaより引用)

 

 つまり、オレには無縁の施設ってわけだ。

 

「へー、ここがゲーセン……」

 

 新品のオモチャを買ってもらった園児の如く、目をキラキラと輝かせているお嬢。

 まあ、お嬢もこういう場所とは無縁そうなのは頷ける。

 

 かなり大型のゲーセンだが、平日の昼間という事もあり、客は疎ら。

 指折り数えられるぐらいの人数しか見当たらない。

 ……ケーサツに補導されたりしないか心配だ。

 

「これが噂のUFOキャッチャー」

 

 ぬいぐるみがいっぱい敷き詰まったUFOキャッチャーの前に立つ。

 女の子らしく、ぬいぐるみに興味を引かれたのだろうか。

 

「えっと、1回200円で500円入れると3回か……」

 

 お嬢がポーチから財布を取り出し、500円玉を手に取る。

 どうやらUFOキャッチャーに挑戦する気のようだ。

 

「お嬢、それやるんっスか?」

「うん、一発で取ってみせるよ」

 

 無理だと思うけど。

 ……とは言わず、見守る事にした。

 わざわざ興を削ぐような事をしたって仕方ないから。

 

「よ〜し……ここ!」

 

 お嬢がレバーを操作して、2本爪のアームを動かす。

 そしてアームが下に降り、閉じる。

 閉じたアームからぬいぐるみがするっと抜け落ち、ぽろっと元の場所に鎮座する。

 

「あー……まだ2回ある!」

 

 お嬢が意気揚々と再びレバーを操作する。

 先程よりも良いポジションにアームを置いた……が、ダメ。

 

「思ってたよりずっと難しいな……でも次こそ!」

 

 お嬢が段々とヒートアップしてきた。

 この人、意外と負けず嫌いなんだな。

 

「おお、これはいけたんじゃ」

 

 アームが……ぬいぐるみの首を見事に捉えた。

 まさかのクリティカルヒット。

 アームが閉じる。

 

「……へっ?」

 

 無情にも、アームからこぼれ落ちるぬいぐるみ。

 そして空を切ったアームは排出口まで移動し、何も挟んでいない状態から開く。

 もちろん、取り出し口には何も入っていない。

 

「……アームの力、弱くない?」

「気付いたっスか、お嬢」

 

 一発でアジャストさせる感性と感覚は流石だ。

 並大抵の才能の持ち主ではないのだろう。

 だが、クレーンゲームはそんなもんで攻略できるほど甘く出来てはいない。

 

 お嬢は肩を怒らせ、再び財布から小銭を取り出そうとしていた。

 ……種明かしをしてやろう。

 

「無駄っスよお嬢、絶対に取れないんで」

「やってみなくちゃ分からないよ」

 

 うん、こういう人を《養分》とか《思うツボ》と言うんだろうな。

 

「今どきのクレーンゲームは確率機って言って、実力じゃあ景品をゲットできない仕組みになってるんっス」

 

 投入口へ硬貨を入れようとしたお嬢の手が止まった。

 そして顔をこちらに向ける。

 

「確率機? ……って事は、取れる確率はあるって事だよね?」

「天井が設定されていて、投入された合計金額が一定に達したらアームの力が強まるって事っス。紛らわしい名前ですけど」

「なにそれ、うそでしょ」

 

 呆然とした表情を浮かべ、硬貨の投入口から手を引っ込めるお嬢。

 嘘だと思っている……というより、信じたくない、といった感情が見て取れる。

 

「ホントっス。こういうタイプだと大体2000〜3000円が天井……ヘタすれば5000が天井って可能性も」

「説得力がある……っていうか、それならお店で買った方がいいんじゃ」

「それはそうっス」

 

 そういう商売だから。

 よくよく考えるとアコギな商売だ。

 

「……待って。他の人もプレイしてるんだから、今現在の天井までの金額はもっと低いんじゃ?」

 

 そこに気付くとは、やはり天才か。

 ……だが、社会の闇というのはもっと根深い。

 

「甘いっスね。噂ですけど、ここのゲーセンってしょっちゅうクレーンゲームの設定をリセットしてるらしいんで」

「それって、つまり……ゲーセン側が、意図的に景品を取れにくくしてるって事……?」

「あくまで、噂っスけど」

「……それって、いいの?」

「ダメでしょうね」

 

 まあ、バレなきゃ犯罪じゃないって言うし。

 それに客側でそれを確かめる術はない。

 

「は〜……なんだかバカバカしい」

 

 大きくため息をついて、ギロッと筐体を睨み付けるお嬢。

 この人、たまにめっちゃ怖い雰囲気になるよな。

 

「やめた」

「賢明な判断っス」

「……次は、2人でやれるのしよっか。私1人で盛り上がってもなんだし」

 

 お嬢が険しい表情から柔らかい表情に変わり、手を差し出す。

 ……ん? 

 

「どうしたの?」

 

 キョトンと首を傾げるお嬢。

 いや、どうしたの? って言いたいのはこっちなんだが。

 なんで手をこっちに差し出しているのか。

 

「手、繋ごうよ」

 

 手、繋ぐ。

 お嬢と、オレで、手を繋ぐ。

 

「……なんで!?」

「友達ならこれぐらい、普通じゃない?」

 

 普通じゃないよ、距離感バグってるよこの人。

 って言うか友達になった覚えないよ。

 ……お嬢、意外と陽キャなのな。

 

「……っス」

 

 差し出された手に、自分の手を重ね合わせる。

 きゅっ、っと手が握りしめられる。

 ……うわっ、お嬢の手……めっちゃ柔らかい。

 ぷにぷにしてるし……それに、ちっちゃい。

 オレでも握り潰せちゃうんじゃ……? 

 

「どうしたの?」

「……なんでもないっス」

 

 邪念を振り払い、手を繋ぎ合わせて歩を進める。

 ……他に客があんまりいなくて良かった。

 こんなの、赤の他人にとはいえあまり見られたくない。

 

「少女、何かオススメのゲームある?」

 

「2人で出来るので、ね」と付け加えて催促してくる。

 オススメ……と言っても、どのゲームも殆どやった事ないので勧めようがない。

 

「んー……とりあえず、音ゲーのとこに行きましょうか」

 

 音楽のプロなら、音ゲーはある程度はこなせるだろう。

 色々な音ゲーが置いてあるエリアに足を踏み入れ、周囲を見渡す。

 

「色々なゲームがあるんだね。目移りしちゃいそう」

「そーっスね。……何か気になるの、あるっスか?」

「んっ……アレ」

 

 お嬢が指差した先にあったのは、ガンシューティングと音ゲーを組み合わせた大型ゲーム。

 ……これ、めっちゃ古いゲームじゃんか。

 

「これっスか」

「少女はこれ、やった事ある?」

「ないっス」

「そっか、お互いに初めてだね」

 

 手を離して、黒い筐体から青色のガンを手に取るお嬢。

 オレはピンク色のガンを手に取る。

 

「ワンプレイ100円……って事は、200円だね」

 

 お嬢が財布から100円玉を2枚取り出し、投入口に近付ける。

 

「ちょ、お嬢、待ってくださいっス」

「んっ?」

 

 あまりにも自然に行動するもんだから、反応がワンテンポ遅れた。

 

「自分の分は自分で出すんで」

「いいよ、奢るよ。私が誘ったんだし」

「いやいや、それは……」

 

 悪い、というより……なんというか……

 

「……なんていうか、平等じゃないっていうか……友達とは違ってくるっていうか……」

 

 なんだよ、なんでこんな思いをしなくちゃ……顔が熱くなってきたし。

 

「……ふふ、わかった」

 

 そう言ってクスッと微笑み、お嬢はワンコインだけ筐体に投入した。

 オレも続けて100円玉を投入。

 そして互いにガンを画面に向けて、引き金を引く。

 

「2人プレイで……まずはチュートリアル?」

「そうっスね、やり方全く分からないんで」

 

 そうして2人でチュートリアルを進めていく。

 プレイ方法は至ってシンプル、飛来してくるモンスターを音楽のタイミングに合わせて撃つ。

 それだけ。

 

「私が青で、少女がピンクね」

「うっス」

 

 チュートリアルが終了し、楽曲を選択する画面に切り替わる。

 表示されている矢印を撃って、楽曲をスクロールしていく。

 

「古い曲しかないね」

 

 そりゃあ、10年以上も前のゲームだから。

 ……よくこんな化石ゲームが残ってるな。

 

「あっ、この曲知ってる」

「知らない人、いないと思うっスよ」

 

 お嬢がカーソルを止めた楽曲は《夏祭り》。

 

「いいよね、ジッタリン・ジン」

「じ……なんっスか?」

「ジッタリン・ジン。この曲のバンド」

「ホワイトベリーじゃないんっスか?」

「そっちはカバー」

 

 オレが知ってるのはカバー曲の方で、原曲のバンドはそんな名前だったのか……それは知らなかった。

 ……お嬢、本当に23歳っスか。

 

「難易度……ハードとノーマルだって」

「初めてですし、ノーマルでいいんじゃないっスか」

「じゃあハードで」

「おい」

 

 聞いちゃいねぇ。

 お構い無しにハードを選択するお嬢。

 ……まあ、失敗しても中断されないし、もう1曲遊べるドンだからいいけれど。

 

 そうこうして、曲が流れ始める。

 ゆっくりとした音色と共に、画面の奥から風船型のモンスターが飛んでくる。

 互いにそれを手持ちのガンで撃ち合っていく。

 

「思ったより簡単だね」

「そうっスね。これなら楽勝」

 

 イントロは互いにノーミス。

 まあ、まだ序盤も序盤だし。

 

「ふふふ〜ん♪ ふふふ〜ん♪ ふふふ〜ふふふふ〜ん♪」

「ノリノリっスね、お嬢」

 

 鼻歌交じりでリズムよくモンスターを撃ち続ける。

 まあ、楽しそうでなにより。

 ……Aメロも難なくノーミス、と思った瞬間。

 

「んっ? ……上?」

 

 画面に表示された『上に向けて撃て』の文字。

 オレは咄嗟に銃口を画面から外し、真上に向けてトリガーを引く。

 チュートリアルで紹介していた特殊なギミックの1つだ。

 

「ちょ、わっ、まっ」

 

 お嬢は対応しきれず、あたふたして……撃ち損じた。

 そしてサビに入り、モンスターの密度が今までの比じゃないぐらいに跳ね上がった。

 

「えっ、これっ、やっ」

「あっ」

 

 一度崩れたリズムから中々立ち直れず、ミスを何度かしてしまうお嬢。

 それに釣られてオレもミスをしてしまう。

 そして再び現れる『上に向けて撃て』の文字。

 

「こ、このっ!」

 

 ギリギリ間に合った。

 なんとか態勢を立て直し、ミス無く進めていく。

 そして1番の最後……

 

「それっ!」

 

 3度目の『上に向けて撃て』。

 3度目ともなれば、対処も容易になったようだ。

 お嬢はアドリブ力が怪しいけど、対処能力は高いようだ。

 

「この歌詞で『上に向け撃て』はエモいね」

「ですね、エモエモっス」

「……んっ!?」

 

 安心したのも束の間、間奏でのモンスターは新ギミック。

 トリガーを引いたままモンスターに合わせて銃口をスライドする。

 ……普通に撃つだけだと思っていたお嬢は当然、ミスした。

 

「これはズルいよっ!」

「よく見ないのが悪いっス」

 

 ちゃんと表示を見ていれば気付けるハズなのだが……油断してたな。

 

「……チャンスタイム?」

「2番はボーナスみたいっスね」

 

 水を得た魚の如く、ガンを乱射するお嬢。

 ミスを連発してたから、鬱憤が溜まってたんだろうな……。

 

 そうしてAメロの途中でチャンスタイムが終了し、最後のサビに突入。

 

「1番と配置が違うっ!」

「ドンマイっス。……あっ、お嬢だけ上向けて撃つ」

「えっ、あ……あぁぁっ!!」

 

 喧しいなこの人。

 ……自分の口角が上がっているのに気が付き、軽く咳払いして表情を元に戻す。

 ……なんなんだよ、もう。

 

「ふ〜……クリア」

 

 アウトロのスライド連発を問題なく対処、そして終了。

 結果は……無事にクリア。

 

「スコア、少女に負けた」

「協力プレイっスから、これ」

「協力してくれたっけ???」

「……………………」

 

 ふいっと顔を背ける。

 横目でお嬢の表情を窺うと、頬をぷくーっと膨らませていた。

 いちいち可愛いな、この人。

 

「次はどれにするっスか?」

「んー……」

 

 唸りながらカーソルを撃ってスクロールを続ける。

 

「クラシック☆ガンガン?」

 

 お嬢の手が止まる。

 クラシック……いかにもお嬢が好きそうなジャンルだ。

 

「クラシックのメドレーって事じゃないっスか」

「……これでいい?」

「お好きにどうぞ」

「じゃあ、難易度はベリーハードで」

「おいこら」

 

 ハードでヒーコラ言ってたのにベリーハードに挑むな、このバカ。

 ……深く息を吐き、ガンを画面に向ける。

 

 

 曲が始まり、軽快な音色が響き渡る。

 どこかで聞いたことが……小学校や中学での運動会? 

 

「ウィリアム・テル序曲」

「へ〜……って触り聞いただけで曲名出てくるんっスか」

 

 知っている曲だからか、難なくモンスターを捌いていくお嬢。

 特にギミックがあるわけでもない、というのもあるかもしれないが。

 

「ラデツキー行進曲。かなりポップなアレンジされてるね」

「なんで一瞬で分かるんっスか」

「ハンガリー舞曲。うん、こういうのにはピッタリの選曲かな」

「凄すぎて、きっしょ……」

 

 ハンガリー舞曲? の途中でチャンスタイムに入った。

 お嬢が張り切ってガンを構える。

 

「お嬢、チャンスタイム中はトリガー引きっぱなしでいいんっスよ」

「えっ」

 

 1曲目で乱射してたから、もしかして……と思ったら案の定だった。

 説明、ちゃんと見ろよ。

 

「あっ、この曲は知ってるかも。カルメンでしたっけ?」

「そう、カルメン組曲」

 

 聞いたことのある曲だと、リズムが取りやすい。

 密度は1曲目の比じゃないけど。

 

「……お嬢、ノーミスじゃないっスか」

「馴染みのある曲だったし、1曲目で大体のコツは掴んだから」

 

 クラシックに馴染みの深い23歳……やっぱりこの人、お嬢様だ。

 そんでもって、マジモンの天才。

 要領が良い、なんてレベルを超えている。

 

「ん〜、楽しかった!」

 

 ガンを筐体に戻して大きく背伸びをするお嬢。

 こうして見てると、普通の人と何も変わらないように思える。

 ……いや、違う。

 

 この人だって、普通の人間なんだ。

 怒ったり、笑ったり、悲しんだり……みんなと何も変わらない。

 名前も知らない、少女のような女性……いつの間にか、彼女の事を最も深く知りたいと……そう思っている自分がいた。

 

「少女?」

 

 お嬢がオレの顔を覗き込む。

 柔らかくて、暖かくて、優しい……その微笑みが、とても眩しい。

 

「ほら、まだ時間はあるんだし。もっと遊ぼう」

 

 ……こんな時間が、永遠に続けばいいのにな。

 

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