俺のWEB小説の感想欄に粘着してる荒らしが清楚な文学少女のはずない   作:クサバノカゲ

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【七】文学少女はその名を呼んだ

 ちょうど「あわゆき姫」の棚より少し手前に、あの日と同じ清楚な白いブレザー姿。真剣な眼差しで本を見詰め、手に取ってぱらぱらとめくり、また戻す。

 その美しい横顔のシルエットに、思わず見惚れてしまう。

 

 どうする、声をかけるべきか。それとも、気付いてくれるまで待つか。……いや、俺のように十人中十人が「いいひとそう」以外の印象を持たない系男子のことを、聖女様たる彼女が憶えているものだろうか?

 とは言え、こっちから声をかけるためのハードルは雲の上までそり立っている。

 

 そうこうしているうち、彼女の姿は本棚の列の奥へと消えていった。

 

 まずは、落ち着こう。こんなときはやっぱりシマエナガさんだ。俺にハードルを飛び越える白い翼を授けておくれ……!

 彼女の後をさりげなく追いながらスマホを開くと、お昼にチェックしたなろうのユーザーホームがそのまま表示される。

 実は今日は、更新した時間が良かったのかPVがいつもの二倍あった。そのおかげもあってか、ブクマが三件も増えていた。一日の最高記録だった。

 せっかくなので、画面をスワイプして更新してみる。

 

 

〝感想が書かれました

 

 

 ……ごくり、唾を飲み込む俺。そうだ、ここでヤツ(・・)がいつものようにディスってくれたなら、落ち着けるかもしれない。我ながらおかしな思考だと自覚しつつ、震える指先で赤文字をタップする。

 

 そこには期待を裏切ることなく、ricebirdの感想が書き込まれていた。

 

 

▼良い点

主人公が聖女に向ける叶わぬ想いの心理描写が秀逸。繊細で、切なくて、胸に響いた。

 

▼一言

投稿時間もいつもの深夜じゃなく、今回のように人の多い朝か昼か夕方のほうがいい。

たくさんの人に読まれた方が、きっと物語も喜ぶから。

投稿者:ricebird

 

 

「……え……」

 

 静寂のなか、思わず普通の音量で声を漏らしてしまった。数人の利用者がこっちをチラ見して、すぐに目を戻す。

 言羽さんにも聞こえてしまったのだろう、いちばん奥の本棚の向こうから顔だけひょこっと出し、俺の顔を見て目を丸くして──それから微笑んで会釈してくれた。

 

 硬直する俺に向かって小さく手招きし、その美しいお顔は棚の向こうに消える。

 

 ──たくさんの人に読まれた方が、きっと物語も喜ぶから。

 

 言羽さんが「あわゆき姫」を譲ってくれた時の言葉。印象的だったからよく憶えてる。

 それとまったく同じ言葉をricebirdが……いやそんな馬鹿な。もしかすると何かの小説で使われたフレーズを、たまたま二人が同じところから引用したのかも知れない。

 二人とも「あわゆき姫」をおすすめにしているのだから、好みも似ている可能性が高いし。

 

 ためしにフレーズを検索してみる。……何ひとつ、ヒットしなかった。

 もしかすると二人は知り合い……いや、「この本を知ってる人に会ったことない」と言っていたから、その線もないだろう。

 

 そこで思い立って『ricebird』で検索してみる。企業やお店の名前が並ぶなかに、見覚えのある小鳥の画像が表示されていた。

 

 ……ちょっと……待て……

 

 翻訳してみる。

 

 

 ▶ricebird

 名詞:文鳥

 

 

 彼女のカバンの名札付きマスコットも、文鳥だった。

 

 いやいやいや、でも、ありえない。そんなワケない。だけど、これはもう本人に確かめてみるしかない。

 

 一番奥の本棚の向こうで、彼女は待っていた。

 貸出不可ラベルが貼られた、分厚く古びた文学全集の並ぶコーナー。蛍光灯の灯りが本棚に遮られて少し薄暗く、そして甘い香りが微かに漂う。

 藤田くん──俺は自らの足で、清楚領域3メートル以内に足を踏み入れてしまったよ……。

 

「申し遅れました、わたし、文月(ふみづき) 言羽(ことは)といいます。聖条院女学館の三年です」

 

 とつぜん始まる小声の自己紹介──あふれる育ちの良さと、文学少女感がさらに増幅(ブースト)されるフルネームにたじろぎつつ、どうにか「鈴木です、二年です」とだけ伝えた。彼女の方がひとつ、年上だった。

 

「……読みました?」

 

 続けて彼女は、俺の顔を下から覗き込むように問いかけてくる。

 

「あ、この場所はめったに人が来いないから……ときどき文芸部の後輩と、ここで内緒話するんです。何のお話かは秘密です」

 

 それから、いたずらっぽく笑った。こんな顔もできるのか。新しい表情を見るたび、可愛いの最高値が更新されていく。

 だけど、今は確かめなきゃいけないことがある。

 

「読みました。あの日のうちに一気に読み切りました」

「わあ、うれしい……! ちなみに、どんな感じでしたか……? 感想とか……」

 

 俺は、いちど深く息を吸って、頭の中を整理する。そして。

 

「はい……やわらかで読みやすい文章で、展開の面白さにはぐいぐい引き込まれて……描写されている景色はくっきり脳内に拡がるし、登場人物たちも生き生きと話して、動き回って……」

 

 最初はにこにこしながら聞いていた彼女の表情が、少しずつ驚きに変わっていく。

 

「……そして最後にすべてがひとつに繋がって、世界をひっくり返す快感と感動の渦……!」

 

 俺が聞かせた感想(それ)は、ricebirdに感想返信で伝えたのとほぼ同じ内容だった。彼女は両手を口元に重ねて、白い肌を桜色に染め、レンズの向こうの長いまつ毛を震わせている。

 

「もし……かして……()(くす) (かり)()さん?」

 

 彼女がおずおずと口にした、そのすさまじく厨二めいて恥ずかしい名前こそ──俺の作者名(ペンネーム)だった。

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