“決闘最強” 作:【風車之愚者】
□■二〇四五年四月下旬
決闘都市ギデオンの第八闘技場。
クラン<デス・ピリオド>の本拠地は、来る皇国との戦争に備えて模擬戦や調整を行うメンバー……<デス・ピリオド>に所属していない決闘結界目的のランカー達や<超級>を含む……が集まっていた。
とりわけ熱心に技量を磨く青年は“不屈”レイ・スターリングである。彼は<デス・ピリオド>のオーナーとして、ただ一人の<マスター>として、可能な限りの準備を整えて戦争に臨む心算だった。
彼の半身たる<エンブリオ>、ネメシスも相棒とまた同様に気勢がみなぎっている。
もっともその矛先はアイテムボックスから取り出した本日の昼食(弁当十人前以上。一般通過<マスター>の月の稼ぎをゆうに超えるお値段)に向けられていたが。少女の矮躯に到底収まるとは思えない量を一人で食い尽くす気でいるようだ。
「腹が減ってはなんとやらと言うからのぅ」
「今から食い溜める必要あるか?」
「進化に必要なリソースを蓄積していると考えたら健全であろう」
「……うん。そうだな」
未だネメシスは第四形態のまま。戦争前に更なる進化を遂げれば必殺スキルを獲得できるかもしれない。使える手札が増えることはレイにとっても望ましい。
戦争に皇国の超越者は必ず出張ってくる。
これまでにレイが相対した<超級>達はいずれも強敵だった。【大教授】と【魔将軍】には一度勝利を収めているが、同じ方法で勝てるほど甘くはないだろう。
加えてつい先日の一件。 “最強”の一角に触れ、己の力量不足を味わったのは記憶に新しい。
「講和会議の二の舞にはしない。たとえ【獣王】が相手だろうと」
「うむ! その意気だぞマスター!」
彼と彼女は決意を新たにする。
そしてネメシスの手は弁当に伸び、
「――素晴らしい」
乾いた音が彼らの耳を打つ。
出所はレイの隣。真横に腰掛けた見慣れない女性が賞賛と共に拍手を送っていた。
「貴様、何者だ!?」
ネメシスの誰何に相手は無表情を貫いた。
無彩色を基調とした男性向けの礼服を纏い、黄金色の長髪をまとめて背中に流す褐色の大女。座高と手足の長さを見るにレイと比べて頭一個半は背が高い。
当然だが模擬戦に招待はしていない。皇国の尖兵かと、警戒したレイは武器に変じたネメシスを構える。
同時に三方から女に迫る影。
縦横無尽に獲物を追い詰める真紅の鎖であり。
彼方にまで届く東方の怪人が振るう鉤爪であり。
万物を破壊する武芸者の拳撃であった。
三者三様それぞれが極点に至った<超級>の、無言にして迷いのない殺意が乗った一撃だ。
刹那、レイは血溜まりに沈む不審者の姿を錯視する。
初撃の【超闘士】フィガロだけで明らかに非戦闘職の女性を殺すには十分だった。
仮に何らかの手段で生き延びたとして、空間超越攻撃ができる【尸解仙】迅羽と、概念すら拳で破壊する【破壊王】シュウ・スターリング、両名の攻撃は防げない。
だが……<超級>の連撃は
フィガロは鎖が敵を逃した感触に首を傾げた。彼の【紅蓮鎖獄の看守】は索敵と追尾機能を有する。ただ回避するだけなら自動的にターゲットを狙い続けるはず……。
迅羽は<エンブリオ>を手元に引き戻して舌打ちした。テナガ・アシナガの必殺スキルは女の心臓を捉えた。けれど臓腑を抉り取る前に何らかの力で弾かれた。故にこそ手妻の予想はつけられるが。
唯一シュウは得心した。他二名と異なり、彼の攻撃だけ明確に回避行動を取られたからである。現に侵入者は十メートル弱の距離を移動していた。相手の動作を先読みするシュウに行方を掴ませることなく。
「ンーフフフ」
巨女は感嘆の吐息を漏らす。
立ち上がり、拍手。最大の賞賛と敬意を込めて。
たった今<超級>から逃げおおせた事実を綱渡りの攻防だと認めるため。一歩間違えれば彼女は
「随分な挨拶だ。王国第二位のクランは客人を茶ではなく武器でもてなすというわけか」
「ハッ。オレは王国所属じゃねえヨ」
「そもそも客と名乗るのがおこがましいクマ」
「二人とも攻撃していたから、つい攻撃したのだけど……こちらの女性はシュウの知り合いかな?」
「初対面だ。だが顔と名前は知っている。お前はカルディナ所属だろう。何を企んでいやがる?」
レイは「フィガロさん敵かどうか分からないのに相手殺そうとしたのか……まあフィガロさんだしな」とアルター王国が誇る決闘王者の即断即決に慄いていたが、実兄の言葉に意識を取り戻す。
「知ってるって兄貴。有名なのかこの人?」
「レイが知らなくても無理はない。奴が名を馳せたのはサービス開始初期の頃だからな」
シュウは侵入者の女に向き直る。
「こいつはイフタフ・ヤー・バーブ」
<Infinite Dendrogram>における仮初の名を呼ばれた
「――“
――僅かに微笑みを浮かべた。
◇◆
「ワタクシは友人に会いに来た」
元カルディナ決闘ランキング一位ことイフタフは綺麗さっぱり断言した。
闘技場内部の一室で取り調べは開かれる。
<デス・ピリオド>の面々が見守る中、異邦者は淡々と質問に答えていた。《真偽判定》が反応しないことから真実を述べているのは明らかである。
皇国の刺客、あるいはカルディナの工作員の疑いに対してもイフタフは鷹揚な態度を示した。
任意同行の際は「心情的に納得しかねるが、それはそれとしてまあ当然だろう」と頷いて大人しく拘束を受け入れている。自ら武装解除を提案したくらいだ。
「なるほど。ご友人というのは?」
「間もなく来るはずだ。元々は闘技場の入口で落ち合う予定だった。少し到着が早すぎてね。話は通っていると思い一足先に邪魔したが、迷惑をかけてしまった」
ルークの問い掛けにイフタフが応じた矢先、遅れて巨漢が入室した。彼は室内の状況……拘束された女性を取り囲むクランメンバーという光景にしばし動きを止める。
数秒でフリーズから再起動した鋼鉄の男は周囲を押しのけてイフタフを解放し熱い抱擁をかわした。
「久しいなアルベルト君。息災だったか?」
「…………」
「ワタクシは変わりないよ。面白い土産話があればよかったんだが、生憎と凪のような道中だった」
「…………」
「ああ。今、その話をするところだ。ワタクシの不手際だから気に病む必要はない」
巨漢こと【殲滅王】アルベルト・シュバルツカイザーと阿吽の意思疎通をしてのけるイフタフに<デス・ピリオド>のメンバーは驚愕するばかりだ。
(あの二人が並ぶと迫力があるのぅ)
(身長同じくらいですか。絵になりますね〜)
一部の者は別の感想を抱いたりしていた。
読心術に近い精度でアルベルトの思考を推理するルークさえ、ジョブスキルの補助もなしに、自分と同じ芸当ができる人間に少なからず興味を覚えた。
おそらくはリアルで身につけた技術だろう。自己表現に乏しい相手の、感情の機微を読み取る観察眼。あるいは気遣い。相手を理解して寄り添おうとする努力の片鱗が感じ取れる。
(いえ、
ルークは<デス・ピリオド>の頭脳として今ある情報を手掛かりに二人の関係を推測する。
アルベルトは以前カルディナに滞在していた。長い間決闘ランキング二位に君臨していた猛者でもある。所属国家が同じで決闘という畑に住まう者同士なら、アルベルトとイフタフに面識があってもおかしくはない。
「イフタフさん。それで話というのは」
「うん。アルター王国を訪れた理由はアルベルト君の様子を見にきた、本当にそれだけでね。何泊かしたら帰ろうと考えていたのだが」
イフタフは片手の手袋を外し、それをレイとネメシスの足元に勢いよく投げつけた。
「レイ・スターリング。君に決闘を申し込む」
「……俺?」
半ば意味を理解していたものの、人の良さを発揮して拾い上げた手袋はやはり宣戦布告だった。あまりに唐突な挑戦にレイは疑問符を浮かべる。
なぜ自分なのか。並居る決闘ランカーや<超級>のメンバーではなく。至極もっともな疑念である。
が、レイの背中を押したのはアルベルトだった。
「…………」
「ええはい。『皇国との戦争は激戦が予測される。特にオーナーは<超級>と接敵する確率が非常に高いだろう。故に可能な限りの経験を積むべきと考える。その点イフタフは普段なら戦うことのない相手で、“決闘最強”を冠する強者だ。想定外の事態に対するテスト相手として申し分ない』だそうです」
「めちゃくちゃ考えてくれてるなアルベルトさん!? 俺のためにありがとうね!」
ルークの翻訳でアルベルトの真意は伝わった。加えてイフタフに敵意がないどころか協力者であることも。
「理解いただけたようで何よりだ。では闘技場の結界をお借りする。ちなみに、ワタクシの友人を従えるに相応しい人物か見定めるのでそのつもりで」
友人の頼みを聞き届けた巨女は真顔で冗談か本気か定かでない戯言を吐いたのだった。
◇◆
レイとイフタフ、両者は闘技場で対峙する。
今回はイフタフの了承を得て、外部から結界内を観戦できる設定になっている。レイ以外のメンバーも見て学ぶ点があるなら好きなだけ学ぶといい……イフタフは気前のいい女であった。自分に頓着していないとも言う。
「さて。どう見るネメシス」
『そうだのぅ。同じ“最強”でも、あの【獣王】と比べたら百倍マシであろう。立ち振る舞いが既に違う』
「だよな。あの人は戦い慣れていない。ステータスは……俺と同じくらいじゃないか?」
レイから見たイフタフの印象は『張りぼて』だ。
高身長で骨太のアバター。威圧感を醸し出す礼装。
足取りは優美で軽やか。ただ彼我の合計ステータス値に然程大きな開きはない。
偽装系の装備を身につけているのだろう。スキルレベルが足りないレイの《看破》では確認できないが、過去の戦闘経験から、直感的にイフタフの能力は感じ取れる。
『だが油断するなよマスター』
「わかってる。あの人は迅羽とフィガロさん、兄貴の攻撃から生き延びている」
決闘でランキング一位に到達し、<超級>三人がかりの奇襲を凌げる実力を秘めているということ。
異国カルディナで活動していたイフタフについて、レイは全くの無知だ。どのような能力の<エンブリオ>を隠しているか不明な以上は警戒するに越したことはない。仲間内の模擬戦ではいかんせん次第に失われる新鮮なひりつきをレイは味わっていた。
「気負うことはない。ワタクシはタネがあるタイプの一発屋だ。頭と体の体操にちょうどいいだろう」
自然体で立つイフタフは無手。
武器を装備する様子はない。
「では始めよう」
イフタフは両手を打ち鳴らして。
――次の瞬間、勝敗は決した。
「『……は?』」
「この手の初見殺しは初めてかな。あるいは直感で凌いできたのか」
決闘結界が起動する。
内部で起きた出来事は死すら覆す時間の巻き戻し。
慣れた感覚が意味するのはレイの敗北だ。開始一秒、相手の出方を窺う前にわけも分からず殺された。
否。殺されたという表現は誤りだろう。
レイは超音速攻撃を幾度となく受けた記憶から、今の敗因が速度差によるものではないと予想する。
たとえば【抜刀神】カシミヤの居合術は視認どころか斬られたと認識した時点で首と胴体が泣き別れする絶技であるが、それでも死の間際に『攻撃を受けた』『死んだ』という感触が残る。
「イフタフさんのはそれすらない。つまり俺が気付いていないだけで、何か仕掛けがあるはずだ」
『たしかにタネがあるとは言っておったが』
理解が追いつかないまま、レイは仕切り直しの二戦目を開始する。イフタフが続行の意思を示したからだ。
「少々買い被り過ぎたようだ……次は加減しよう。一戦で折れてくれるなよ」
「上等だ……!」
イフタフは一戦目と異なり見に回る。
ハンデとして先手を譲ったのだ。
レイの答えは速攻、猛攻、攻めの一手。
後手に回れば一瞬で試合が終わる。イフタフに行動の暇を与えないよう、攻め続けることで対処能力を圧迫することが現状の最善であると判断した。
右手の【瘴焔手甲 ガルドランダ】を前方に掲げて毒霧を噴霧する。これこそレイの十八番が一つ。
「《地獄瘴気》ッ!」
【猛毒】【酩酊】【衰弱】の三重苦。
対策なしに全て受ければ、猛者であっても普段の実力を発揮できないのは必定。かつてレイも己自身で味わったのでこのスキルの恐ろしさはよく理解していた。
<Infinite Dendrogram>において状態異常は非常に有効な一手となり得る。
種別は複雑かつ多岐に渡る。装備・スキルで個々の対策をしても万能の耐性を獲得するのは難しい。【魅了】など遭遇頻度の低い状態異常を軽視した熟練者がルーキーに翻弄される……そんな出来事があるかもしれない。
使い手のレイは自分で瘴気を吸い込まないよう防毒マスクを用意している。果たしてイフタフはどうか。
「ンーフフ」
彼女は余裕を崩さない。
ジョブや装備で耐性を得ているからではなく。
そもイフタフに《地獄瘴気》は届かない。
「――《
一動作を以て、結界に充満する瘴気は霧消した。
レイは視界の端で晴れたはずの瘴気を見る。
決闘結界の外縁部。観客席に漂う《地獄瘴気》と、その場から退避するクランメンバーの姿を。
それはまるで……瘴気そのものを結界の内側から外側に取り出したかのように。
「そうか。
『迅羽と同系統の能力だのぅ。しかし、空間転移はコストが非常に重いのではなかったか』
「イフタフさんは問題ないんだ。相手を結界の外側に飛ばして場外判定を出せば勝てる。勝てば試合前の状態に戻るから、一度スキルを発動するコストがあればいい」
決闘のルール上、参加者どちらかのデスペナルティ・降参・そして結界の外に出ることで勝敗が決まる。
ただ、三つ目の理由で決着がつくケースは珍しい。結界をすり抜ける合計レベル五〇以下のルーキーは決闘の参加を認められていないからだ。【絶影】マリー・アドラーが使う奥義《消ノ術》のように存在を一時的に世界から消し去るか……あるいはイフタフのように空間転移のスキルで相手を追いやる場合のみだろう。
一戦目のイフタフは開幕と同時に必殺スキルを使用してレイを結界の外側に転移させた。
あらゆる強者を勝負の土俵にすら立たせない。レイの推測こそ、カルディナにおいてイフタフ・ヤー・バーブが“決闘最強”と呼ばれた所以である。
だがしかし。イフタフは眉間に皺を寄せる。
レイの解答は今のままでは六十点。
基本的なロジックは正解しているが、攻略法まで導き出さねば合格点はあげられないと。
『では今が攻め時ではないのか? よもや二度、三度と連続で使えるスキルではなかろう』
「いいや。多分、最低三回は連続で発動可能と考えた方がいいだろうな。間違いなく最初に兄貴達の攻撃を防いだのは同じスキルだ」
フィガロの鎖をあらぬ方向に飛ばして。
迅羽のテナガ・アシナガに干渉し。
シュウの間合いから転移で逃れた。
すべてイフタフの必殺スキルが成した技である。
「もしかしたら回数はもっと多いかもしれない」
『打つ手がないではないか! あやつはパチパチ手を打つばかりだというのに!』
「……大丈夫だ。試したいことがある」
レイは念話でネメシスに作戦を伝えると、アイテムボックスから白銀の機械馬を取り出した。
「いくぞシルバー!」
背中に跨った主人の号令に従い、煌玉馬【
あわせてレイは《地獄瘴気》と《煉獄火炎》を同時に使用。毒霧と火炎放射でイフタフを牽制する。
「《厳しくも素晴らしき世界に》」
毒と炎がかき消える。だが、レイを乗せた一陣の風はイフタフの眼前まで迫っていた。
「オォォッ!」
レイは大剣に変じたネメシスを振り上げる。
愚直な破れかぶれの特攻。対策・考察はなし。
噂に名高い“不屈”はこの程度の男だったか、と。
イフタフは期待はずれな行動にやや落胆して、両の掌を体の前方に持ってくる。
「――《
「ン――?」
圧縮した空気をシルバーからイフタフへ。
殺傷性の低い小型爆弾が彼女の胸元で破裂する。擦り傷程度のダメージはおまけに過ぎない。レイの狙いは風圧でイフタフの姿勢、より正確にはスキルの予備動作を妨害するという一点にある。
「やっぱりな。あんたのスキルは
空間転移を成立させる条件のひとつ。
イフタフの<エンブリオ>、アメノウズメはスキル発動に拍手を必要とする。
個々のスキルで追加条件が課されているものの、共通する制約にして誓約は上記の一点だ。
両手が離れた状態で転移スキルは封じられる。
レイとネメシスは掴んだ勝機を逃さない。
イフタフからのダメージカウンターが溜まっていないため《復讐するは我にあり》をはじめとするネメシスのスキルは使用条件を満たしていない。
それでも通常の《風蹄》で傷を負うレベルの低い防御力なら、レイの素の攻撃力で突破できる。
ネメシスの刃がイフタフの右腕に触れ、
「ンーフフフ……残念ながらこちらが先だ」
レイは眼前で重なる両手を見た。
◇◆
オーナーの二回の敗北を目にして観客席は再び無念の声をあげた。特に二戦目は勝負の形を成していた分、観戦している側の悔しさもひとしおだ。
また年長者と<超級>は今し方の攻防について考察を交わす。詳細不明の能力に予測をつけるのは、たしかに頭の体操としておあつらえむきである。
「<エンブリオ>は転移能力で間違いないですねー。となると、最後の拍手を間に合わせたトリックはジョブスキルでしょうかねー?」
「身体強化系のバフあたりカ。おいアルベルト、あいつのジョブ知らねーのかヨ」
「…………」
「ア? 何だっテ?」
「『以前伝え聞いている』だそうですよ」
アルベルトは首肯する。迅羽は「
閑話休題。
イフタフ・ヤー・バーブのメインジョブ。
アルベルトから解答が明かされる。
「なるほど……『彼女のジョブは【
「道化師というと、
「フィガ公はそっちが出てくるか。俺としてはファストフードのDさんとか、ホラー映画が思い浮かぶクマー。サーカスではクマの飼い主みたいなもんクマー」
らんらんるーと鼻歌を歌うシュウ。なぜか座席に立ってキレッキレのダンスを踊り出す。なまじ芸能活動歴があるので非常に様になっていた。見た目はクマなのに。
「ま、道化師系統のスキルならアレだろう」
「急に落ち着かないでくれます!? 落差激しくてびっくりするじゃないですかー!」
隣に座っていたマリーが文句を垂れるが、シュウは口笛を吹いて誤魔化した。
埒が開かないので話を進めようと、マリーは<DIN>のデータベースを記憶から呼び起こす。道化師系統がレベル一の時点で有するスキルの名前とその効果を。
「《オベーション》。
「何だそリャ……って普通なるとこだガ、あれを見た後だと恐ろしい程に噛み合ってやがるナ」
それは敬意と賞賛を表すためのスキル。
ただ自分のAGIを超えた速度で両手を鳴らすことができる、たったそれだけの効果である。
実際、ジョブビルドを組む<マスター>は百人中百人が見向きもしないだろう。
拍手を発動条件とする<エンブリオ>の持ち主のような例外でもなければ。
「上級職の【
「普通に音速超えるのでは?」
「だからやべーって話ダロ」
やがて自分達ならどうやって攻略するかという内容に話題が流れるなか、ルーク・ホームズだけは思考の海に沈んでいた。
(アメノウズメと《オベーション》のシナジーはたしかに強力だ。けれど空間転移を拍手という縛りだけで成立させるのは無理があるはず。やはり他に条件かシナジー要素があると考えるべきですね)
(可能性が高いのは前者。転移に何かしらの制限を課しているタイプ。対象ではない。レイさんと装備品、そして炎や瘴気まで転移させている。体積や重量はあり得ますか。連続で使用しているならコストやクールタイムは軽いのでしょう。あと想定されるのは……
(先程から見る限り、彼女は結界の内側にある対象を外側に転移させている。双方向なら一度飛ばした瘴気をレイさんの座標に戻すこともできるはず。それをしない)
(モチーフはアメノウズメ…… 天宇受賣命。日本神話で祀られる神格だ。天岩戸に隠れた天照大神を連れ出した逸話がある芸能の神。なら<エンブリオ>が似通った性質を発現していてもおかしくない。とすれば)
情報を縒り合わせて真実の糸口を掴む。“決闘最強”の秘め事を、名探偵が詳らかに暴こうとした時。
少年の銀髪にポンと手が置かれた。
「ルーク。あんまり考えすぎるなよ」
「お兄さん……」
「大丈夫だ。
無造作に髪をかき乱される感触。
力任せだが柔らかな動きに、ルークは知らず抱えていた懸念や思考がほぐれてゆくのを感じた。
「…………」
「アルベルトもそう言ってる」
「いえお兄さん。アルベルトさんは『彼女は友人思いの素晴らしい人間だ。友誼を結んだ相手を傷つけるような真似は絶対にしない。王国と<デス・ピリオド>に敵対する可能性は小数点以下だ』と言ってます」
「信頼できる友人っていいものクマー」
◇◆
都合九回。レイがイフタフに敗れた回数だ。
三戦目から九戦目は同様に、レイの攻撃を捌いたイフタフが最後に場外勝ちする流れだった。
「次で最後にしよう。疲労を抱えたまま惰性で続けても鍛錬の効率は落ちる」
「ああ……分かった」
定位置に着いたレイは深呼吸をすると、両の頬を平手で叩いて気合いを入れ直した。
相棒の行動にネメシスは思わず人型になる。
「レイ……?」
「悪いネメシス。俺は少しばかり自分を過大評価していたみたいだ」
この模擬戦でレイは課題を設定していた。
それは『“決闘最強”を相手に、通常使用できるスキルと装備のみで立ち向かって手傷を負わせる』こと。
戦争は常に万全の状態で戦えるとは限らない。ただでさえレイの持つスキルや特典武具は使い切りでクールタイムが重いものが多く、継戦能力に難を抱えている。
故に手札を使い切った状態でどこまで戦えるかという想定はしておくべきで、実際に他者との模擬戦でもスキルに頼らない戦闘技術の鍛錬を続けていた。
同じように……全力を振り絞って抗い続ける死闘も必ず訪れるはずなのだ。
「自分の最大値を把握することも大切だよな。それに勝てるかどうか分からない相手に手加減するなんて、イフタフさんに対して失礼になる」
「レイ……うむ、うむ! では私が御主の剣となろう! この【復讐乙女 ネメシス】はマスターの最高の武器であるのだからな!」
即ち。次の一戦で全力を尽くすと。
聞き方と捉えようによっては挑発と受け取れる決意をレイ・スターリングは顕にした。
「ンーフフ」
イフタフは無表情を崩さない。
怒りを堪えているようでいて、その実【宮廷道化師】の内心に湧き上がるのは期待だった。
決闘が単なる作業と成り果てるビルドを持ち。王者の栄光を求めず。かつてランキングの頂点に君臨した<マスター>は……輝きを前に高揚が収まらない。
故に。
「レイ君。ひとつ頼みがある」
「なんですか?」
「結界を不可視の設定に変更してほしい。……ワタクシも本気でお相手しよう」
“決闘最強”は火がついた。
もはや嫌だと言っても通じない。手向けとして秘匿すべき手札をレイに披露するつもりである。
「望むところです」
「ありがとう。君は素晴らしい友人だ」
感謝。圧倒的感謝。
イフタフは胸に満ち満ちる喜びを殺意で表した。
他の“最強”に勝るとも劣らない濃厚な重圧がレイとネメシスの肩にのしかかる。素人じみた徒手空拳の構えすら、武芸の奥義ではないかと感じてしまうほどに。
結界は閉じ、死闘が幕を開けた。
「《ジョーカーズ・ワイルド――
イフタフは【宮廷道化師】の奥義を発動。
既知のスキル群から【殺人姫】の奥義を設定した。以降の五分間に限り、イフタフが使用する【宮廷道化師】の奥義は《屍山血河》に置き換わる。
本来、置換後のスキルを使用するには追加でコストを支払う必要がある奥義だが……《屍山血河》は常時発動のパッシブスキル。五分間イフタフは人間範疇生物の討伐数分だけ全ステータスが上昇する。
その数、およそ三万。
「《我が拳、巌となりて》」
続けてサブに置いた【硬拳士】の奥義。
素手の場合に限り、手首から先にENDの三倍の物理攻撃力・物理防御力を加算するスキルだ。
この時点でイフタフの攻撃力は十二万。戦闘系超級職に匹敵する速度で、無防備なレイに手刀が迫る――!
「『《カウンター・アブソープション》』」
展開された光の壁は十万を超えるダメージを受け切って砕け散る。イフタフが直接攻撃を仕掛けないスタイルだったために、九戦目までは本領を発揮できなかったネメシスのスキル。今は凶刃からレイを守り、イフタフに対して逆襲の機会を作り出す。
攻撃を受けてから繰り出すカウンターこそレイ・スターリングの真骨頂。
流れるように全身を回転させて、レイは黒大剣を二撃目の手刀に合わせる。
『これまでの分、倍にして返すぞ――!』
「――《
「《
放つ
生命線の片腕を失ってしまう前にイフタフは超々音速で手のひらを打ち合わせた。レイは十メートル程離れた距離に転移させられて、《復讐》は空振りに終わる。
「結界の外だけじゃないのかよ……」
「君の理解には誤りがある。アメノウズメが区別するのは内側と外側だ。これは何も決闘結界に限った話ではない。例えばそう、ワタクシが境界線を認識していれば他のスキルとて有効となる」
足元に半径十メートルの円が広がる。
イフタフが中心に、転移で飛ばされたレイは円と地面の境目……境界線のそばに移動していた。
この円は《トリックスター》。【大道化師】の奥義にして舞台装置だ。範囲内ではAGIとDEXを二倍に、スキルコストを半減するバフスキルだが……イフタフは簡易的な結界として、アメノウズメの転移座標設定に活用する。
「だが、あまり自由度の高い必殺スキルではないんだ。第一に、外にあるものを内に転移することはできない。加えて転移先の座標は区切られた範囲の外縁部にランダムで決まるという縛りがある」
『十分反則だのぅ』
「お褒めに預かり光栄だ。ネメシスちゃん」
さてどうする? そんな問い掛けを残して、イフタフは連続で拍手を鳴らす。自分を対象とした高速転移。十メートル固定かつランダムというデメリットがあるものの、AGIに換算して六〇万の速度で飛び回るイフタフは試行回数を幾らでも稼ぐことができる。任意の場所に転移するまで彼女の喝采は止まらない。
レイは残像を視界に捉えつつ策を練る。
『もう一度攻撃を受けて《水鏡》を使うか?』
「あの速度は転移だけだ。足を止めたタイミングは目で追える。なら行き場を限定してやればいい」
結界内に再び《地獄瘴気》が満ちる。ただし今回は一箇所だけ瘴気が薄い場所を作った。
(判断が早い。ワタクシと読み合いをするつもりか)
するとイフタフは《地獄瘴気》の対応で選択を突きつけられるのだ。超々音速で転移できるとはいえ、自分の転移と障害物の転移を同時に行うことはできない。どうしても一瞬は足を止める必要が生じる。
あからさまな罠と知っていても瘴気が薄い安全地帯に飛び込むか、あるいは高速転移を続けて徐々に瘴気に侵されるのを待つかの二択。
(いいだろう。誘いに乗ってやる)
結界から《地獄瘴気》を排出するため、イフタフは安全地帯で静止。足を止めて瘴気を払う。
瘴気が晴れて視界が明瞭になった安全地帯のすぐ横で。
「《シャイニング――」
潜伏と同時にチャージを済ませた【黒纏套 モノクローム】の砲口が、イフタフに向けられていた。
「――ディスペアー》ッ!」
(光……速……避……否、不要)
一拍の間を置いて光閃が大気を灼く。かつて王国に襲来した三頭竜の熱線の域に足を踏み入れた、スキル特化型特典武具の火力。レイの切札がひとつは一直線に伸び、しかし不自然にあらぬ角度へ方向が捻じ曲がった。
刹那、イフタフは両腕の手刀を振るって二枚の《カウンター・アブソープション》を破壊する。
追撃をかけた二人の間合いはクロスレンジ。大剣型のネメシスは取り回しが悪い。レイの《復讐》が先か、イフタフが残り一枚の《カウンター・アブソープション》を割ってレイを倒す方が早いかの勝負だ。
(――――殺った)
盾は一枚。
イフタフは勝利を確信する。矛盾を語るまでもない。二から一を引いたら一残る、それだけの話。
ガラ空きの胴体を手刀で貫いてお終いだ。
「『《復讐するは我にあり》』」
勝てる勝負のはず、
「な、に……?」
必殺の手刀が弾かれる。否、粉微塵に砕け散る。
咄嗟に腕を引いたイフタフ。彼女の左手は先端から指の付け根までが削り取られ、血煙を噴き上げていた。
(そうか。大剣ではなく、双剣……)
レイの胴体を守る位置に差し込まれた剣。片手で構えた黒翼の片割れは最後の《カウンター・アブソープション》とあわせて、イフタフの二連撃を受け止めていた。
イフタフが大剣と勘違いした右手の武器はもう一本の双剣だった。二分割した《復讐》の残弾が、今、イフタフ・ヤー・バーブの喉元に突きつけられ――
「ンフ、ンーフフ……ンーフフフフ!」
道化女は身をよじる。愉快そうに笑いながら、最後の《復讐》から逃れんと抵抗する。
自らの左腕を肩口から切断。手首を掴み二の腕がネメシスの刃に当たるように調整。固定ダメージが伝播する前に持ち手をむしり取ることで、間に合わせのスケープゴートを作成してのけた。
だが、反撃に移る前に……五分が経過した。
《ジョーカーズ・ワイルド》の効果時間が終了し、イフタフは元の非戦闘職相応のステータスに弱体化する。
『む、仕留め損ねたか』
「バフは切れたみたいだ。片腕じゃ戦えないだろう」
膝をついたイフタフを、レイは見下ろす。
誰が見ても勝敗は既に決していた。
「俺達の勝ちだ。“決闘最強”」
「見事だ。賞賛しよう、“不屈”」
イフタフは晴れやかな表情で「君を讃える喝采はできそうにないのだが」と片腕を揶揄した冗句を飛ばす。
そして一転、少しばかり不安げにレイとネメシスの様子を窺いながら質問を投げた。
「レイ君。ネメシスちゃん。ここで起きた出来事は口外しないと約束してくれるか?」
「ん、ああ。別に“決闘最強”を名乗りたいわけじゃない。その肩書きは厄介事の方が多そうだ」
『各国の決闘ランカーがこぞって押し寄せる気配がするからのぅ……』
「心遣い感謝する。そして忠告を」
「――本番では必ずとどめを刺すように」
――拍手三段。
「……え」
『ッ、レイ!?』
首を傾げたレイが吐血する。
既に彼の視界は機能していない。
なぜなら、光を取り入れる臓器を失っているからだ。
故に、イフタフが何をしたか、何を手にしているのかを理解しているのは本人とネメシスだけである。
右手には脈動する臓器……激しい運動をこなしたばかりのため、勢いよく新鮮な血液を吐き出し続けているレイ・スターリングの心臓と眼球が一対。
傍らには浮遊する左手。《復讐》で粉微塵と化したイフタフ本人のパーツの残り。彼女の意思のままにひらひらと手を振っている。
「すまない。ワタクシは割と負けず嫌いでね」
「そ……んな、の……あ、りかよ……?」
心臓の部位欠損によりレイは死亡する。
決闘結界が起動する刹那、イフタフは優美に、華麗に、壇上から頭を下げるのだった。
「実に心踊る時間だった。またいつか勝負しよう」
――“
Episode End
余談というか今回の蛇足。
(U・ω・U)<お読みいただきありがとうございます
(U・ω・U)<思いついた設定のまま書いた短編ですが
(U・ω・U)<楽しんでいただけたら幸い
(U・ω・U)<作風違うけどこちらもぜひ『https://syosetu.org/novel/236070/』
(U・ω・U)<以下キャラクター設定
名前:イフタフ・ヤー・バーブ
通り名:“決闘最強”
本名:?
年齢:?
メインジョブ:【
サブジョブ:【
備考:元カルディナ決闘ランキング一位
身長:200cm
<エンブリオ>
【拍手割祭 アメノウズメ】
TYPE:ワールド 到達形態:Ⅶ
紋章:“おかめ面”
能力特性:摘出
スキル
《手のなる方へ》
対象の内側のものを自分の手元に引き寄せる
《
必殺スキル、区切られた範囲の内側にあるものを外縁のランダムな座標に摘出する
モチーフ:日本神話の女神“アメノウズメ”
備考:単一スキル特化型。発動条件は拍手
特典武具
【囮操作冠 ラケルタ・カウダ】
形状:小さい王冠型の帽子
装備補正:MP+[着用者の合計レベル]×20,SP+[着用者の合計レベル]×20
装備スキル:《シェッド・パーツ》
備考:古代伝説級武具。切断部位を自分の意思で動かすことができる