夏油傑と“妖怪”たち   作:にわとり肉

3 / 9
ジバニャンとの出会い

 遠く、集落を見守る山々から聞こえてくる蝉の声と、ジリジリと肌を焼くような陽光に晒らされながら、男は目の前の惨状に丸めた頭を抱えた。

 

(これだけの損壊痕が残るような戦闘を、いくら不誠実な窓といえども見逃すはずがない)

 

『――信じてくださいよ! 私はここに()()()()()()()()()、術師がすでに派遣されていたものだと……! いや、まぁ私になんの連絡もなかったのは変な話ですけど、いや、術師ってヘンテコなひと多いから断りなく始めちゃったのかって……』

 

 日本全国の日常生活に紛れ込み、呪いの観測や呪術師の助けを行う“窓”、今彼が立っている九州某所の街においてその任を任されている者の、自らの怠慢を隠す苦し紛れの言い訳と思っていた言葉。

 街の南西部にある、再開発が滞る寂れた地域。この場所に()()()()が根を下ろし、呪術師の派遣が行われた矢先にこの始末。

 内側から爆ぜたように、屋根に大穴を空けた家を見上げた男は、あり得ないと思っていた方の予感が的中したことに、再度重苦しいため息を吐いた。

 

「――ダメですね、夜蛾さん。報告が遅すぎました…… 残穢が散ってしまって、これでは」

 

 その時、男――夜蛾の屈強な立ち姿の隣に、スーツ姿の女性が1人。

 彼女の悲観的な物言いに、しかし、夜蛾は静かに鼻を鳴らす。

 

「とはいえ、これだけの破壊痕を残しておきながら、3日4日で残穢が全て消えるのは不可解だ。……何か外部からの介入を感じるな」

 

(放っておけん)

 

 紫がかった黒い制服からサングラスを取り出してかけた夜蛾は、怪訝そうに崩れた建物を見ていた女性に向き直った。

 

「私は少しこの街を調べる。その旨を高専に連絡してくれ」

「了解です!」

 

 ――そして夜蛾は、坂道に沿って段々のように家々が連なる住宅街に足を進めた。電柱にはカラスが止まってフンを落とし、住宅の塀の上を猫が1匹走っていった。

 陽炎が立ち上る道を歩いているのは、サングラスに光を湛えた夜蛾1人。

 

「……」

 

 と、その時、目の前の曲がり角から、1人の少年が歩いてきて、その黒い目の視線と夜蛾の視線が重なった。

 ほんの一瞬。2人はすぐに視線をちらし、お互いに進むべき方向へ足を踏み出す。

 

「……」

 

 夜蛾はこの街の住人からすれば部外者であり、彼の肩ほどの身長の少年と、大柄な夜蛾がすれ違う時の雰囲気といえば、なんともいえない気まずさが流れているものであった。

 その緊張した空気感は、お互いの足音が聞こえなくなるまで尾を引いた。

 

 ――夜蛾の姿が見えなくなった後、少年――夏油は、隣に顔を向け、虚空に対して口を開いた。

 

「とんでもなくコワモテな人だったな……」

「底知れない何かがあったでうぃすねぇ、俳優さんか何かでしょうか? ハルクみたいな役柄の」

「おい……」

 

 そこに人知れず浮かぶ、丸い目に青紫の唇をした大きな口を笑わせた白いボディ――ウィスパーは、ニコニコと笑いながらそう言った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 夏油がウィスパーの封印を解いて2日が経った。

 

『言っておくが、僕は君の全部を信用したんじゃない。自我を持って言葉を喋り、僕を助けてくれたからといっても、君は奴らと同じ呪霊なんだから。だから、力を使って取り込まないにしても、しばらく君のことは監視――』

『わかっとりますってスグル君! 冤罪の濡れ衣を払ってくれた君を裏切るようなマネは絶対しないと誓うでうぃす!!』

 

 夏油はその言葉通りに、今日までウィスパーの一挙手一投足に至るまで、その生活史を注視していた。

 しかし…… 一日目の昼下がり、夏油は部屋の掃除をしようと掃除機を2階へ持ち込み、扉の外にあるソケットにコンセントを差し込み、部屋へ向きなおった。

 その先にあったのは、白く渦巻いた髪の毛(?)をゆらめかせながら、細い肘をついて畳に寝転がり、夏油の漫画を読み漁るウィスパーの姿。

 

『今から掃除するから。散らかした漫画片付けて』

『んえええええ? んもお今ちょーいーとこなのに……』

『……』

 

 まるで休日はグータラ寝転がって家事のひとつもしない親父のような緩慢な動きで、漫画を夏油のベッドの上にぽいぽい上げていくウィスパーの後ろ姿を見ていた夏油が、無意識にウィスパーへ掃除機の吸い取り口を向けていたのは言うまでもなかった。

 ここで電源をつけなかったことを、彼は今日一日中後悔することとなる。

 

『――ぐふふ、もーらいっ』

『最後の一個の唐揚げ……!! くそ、大体なんで呪霊が食事を取ってるんだよ……!!』

『呪霊が飲み食いしちゃいけないルールなんてありゃしないでうぃすよぉ〜』

『このヤロ……!!』

 

 夕食どきともなれば、父と母、そして夏油で和気藹々と食卓を囲んでいたところに白い悪霊が乱入。夏油の皿に乗せられた5個の唐揚げ、そのうち三つを強奪し、満足げに見下ろしてくる。

 そこに夏油が腹を立てるだけならいざ知らず、ここには彼の父と母がいるのであって……

 

『……傑? どうしたの天井に語りかけて……』

『……あ、あ! いや! ちょっとね』

『疲れてるなら、今日は早めに寝なさいよ? 夜更かしなんて小学生がすることじゃないんだから』

『……』

 

 取り込んでやろうかな。

 夏油はそう思った。素直に恥ずかしかった。すいーと視界の端を流れていくウィスパーの顔面を掴んで、星にしてやりたい気持ちに駆られていた。

 

 そして、太陽が顔を隠して月夜の自主警備の時も……

 

『きゅろろろろ』

『あん? なーんか一丁前に唸ってきてやがりますけどぉ、私はアンタみたいなやつと違ってスグル君の優秀なパートナーとして……って、ちょ、オイ! 噛むなってってわー!! スグルくーん!! この人味方攻撃してますって!!』

 

 マシュマロに間違えられたのか、ウィスパーは夏油の使役下に置かれている不完全な人型呪霊に抱きつかれ、悲鳴をあげていた。

 その日はかのサメ頭呪霊のような怪物が現れることもなかったものの、戦闘そのものは数回起こっていた。

 

『ここは私にお任せでうぃっす!! でりゃぁああああ!!?!?!? お助け〜〜!!!!』

 

 その度にウィスパーが突撃しては敵対する呪霊に噛み付かれるわぶっ飛ばされるわ連れていかれるわ。しまいには、夏油はウィスパーを前線に出さないように立ち回ることを決意せざるを得なくなっていた。

 

 弱いタダ飯食い。やかましくて定期的にイライラさせてくる白い呪霊。

 

 たった一日で、夏油の中でのウィスパーの立ち位置は定まりつつあった。限りなくマイナスな方に。

 ただ、決してマイナス面だけと言うわけではなく、

 

『お疲れ様でしたスグル君! 今日も平和を守れましたでうぃすね! 流石は我らが主人様!』

『おいやめろよ……』

 

 誰にも褒められない、自分の正義感だけに頼っていた行動を褒めてくれる。

 そんな存在に、くすぐったいような、暖まるような感覚を覚えているのも、また事実であった――

 

「――スグルきゅんは今日も今日とてお勉強でうぃすかぁ〜??? 全く、真面目すぎるのも考えものでうぃす。小学生らしく友達遊びに…… はっ! まさかスグル君……!!」

「……僕は夏休みの宿題とか、そういうのはさっさと終わらせるタチなんだ。20日も残ってればいくらでも遊べるさ…… それと、僕にも友人と呼べる人ぐらい――」

 

 ――夏油とウィスパーは、再開発が著しい街の東部へ足を進めて、そこで最近改築が行われた図書館を訪れていた。

 天窓から陽光が優しく降り注ぐここに訪れるのは今日が初めてではなく、1週間に4度はこの場所に赴き、見通しの良い窓際の席について、家とは違う、本の匂いが醸す落ち着いた雰囲気の中で課題をこなすのが夏油の普段であった。

 とはいえ、つい1週間前から彼と行動を共にする白い餅のような呪霊のせいで、いうほど落ち着きがある雰囲気では無くなっているが……

 

 ぐいーと背筋を伸ばし、椅子の背もたれに寄りかかった夏油を見て、ウィスパーは夏油の頭に手をやり、ぐいぐいと引っ張るようにした。

 

「遊びにいきましょうよォ! この街には海があるでうぃす! 仲良く海水浴〜」

「母さんからお使い頼まれてるだろ…… それに、今日は調べ物をしようと思って」

「うぃすす!??」

 

 それを冷静に、白い身体をぎゅむと握って引き剥がして椅子を引いた夏油は、2階にある席から一階へ移動し、所狭しと並べられた蔵書の只中へ入っていく。

 彼が足を止めたのは、地域伝承などが納められた本棚の列であった。

 

「地域伝承でうぃすか」

「こういうのはそれがあってもなくても()()()()()()かも知れないんだろ? なら知っておいた方がいいと思って」

「そういうことならこの私も―― ってちょっとォ!」

 

 “どんこ池の大船”、“銭湯屋と子豚”、“三又の蛇”、と、三冊の本を手に取った夏油は、自信ありげにない胸をはったウィスパーをおいて2階に向かう。

 その後ろでハッと遠ざかる夏油の背中に気づいたウィスパーは、丸い身体をぐちゃぐちゃと変形させながらその背中にすっ飛んでいく。

 

 ――そして、数時間後。三冊の本を読み終えた夏油、そこに茶々を入れ続けたウィスパーは、図書館からゆっくりと家路を歩いていた。

 

「なんだかんだ、人間から見た昔を読むと言うのは面白かったでうぃすねぇ」

「……今度、ひょうたん池から行って()()()()()()か」

「彼、まだ生きてるんでしょうかねぇ、なにぶん私の記憶は190年とだえてるわけですから」

 

 本から得た知識と考えをお互いに共有しあって談笑していた彼らは、赤信号を灯す信号を待っていた。交差点の向かい側には発泡スチロールが壁のように重なるこじんまりとした魚屋が見えていた。

 

(そうだ、お使いでアジの開き三枚か)

 

 会話も途絶え、あくびを噛み殺しながらなんとなしに横断歩道の縞模様に目をやっていた夏油は――

 

 瞬きの後、()()()()()()()

 

「……は?」

 

 忽然と、横断歩道のど真ん中に現れた小さな姿。一瞬、夏の暑い道路が見せた陽炎かと思われたそれは、腹巻きを巻いた赤毛の体躯に、薄青緑の炎が灯る二又の尻尾を振い、不釣り合いなほど大きな顔の目には眼光が鈍く輝いている。片方に切れ目が入った耳をはためかせるところは、まるで可愛らしい猫のようであったが、彼は平然と2本の足で地面を踏み締めていて……

 それが向いている方を夏油の視線が追うと、一台の軽トラックが、住宅街を走行するときぐらいの普通のスピードで迫ってきていた。

 

「……むむ? あれは、()()じゃないでうぃすか」

「やはりそうか……!」

 

 まるでその辺に猫が現れた時かのように言うウィスパーに向き直った夏油は、すぐに、横断歩道の真ん中で力強く構えている猫(?)の呪霊へ向き直った。

 

(何をしようとしているんだ……?)

 

()()()()……!!」

 

 ――その瞬間、彼の白い靴下のような毛並みの小さな足が屈み、力強くアスファルトを蹴り上げた。ギュンと撃ち上がった身体は、元の身長の4、5倍は飛び上がり、トラックのフロントガラス程の高さで止まる。

 そして、エンジン蒸して突き進むトラックと、猫の呪霊との間がギリギリまで縮まり――

 

「くらえ車め!!! “ひゃくれつ肉球”ーーーッ!!!!」

 

 乱打、乱打。爪が剥き出しになった拳が振り抜かれ、残像を伴ってトラックのフロントガラスへ殺到。

 ジバニャンの体長と比べ、途方もなく巨大なトラックの顔面に突き刺さり——

 

()()()()()()()

 

 ――べちっ

 

 夏油達の目の前で、赤白の猫の呪霊は、なすすべもなくトラックに跳ね飛ばされた。




 【夏油傑と“妖怪”たち】解釈バトル会場

 知ってるヤツは知ってるのが復活しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。