二段階変身ってロマンだろ? えっ違う? 作:変身しながらの変身好き好き侍
俺は私立探偵。この町1番の事情通。
名を
当たり前の街の景色に紛れ込む異物に慣れて早数年、うだつの上がらない日々に放り込まれた劇物どもとやり合うのも、何度目か数えるのも億劫になって来た。
ここで言う異物と言うのは魔法少女達を初めとした超自然的な存在の事を言う。一般人にははっきりと認識出来ないそれは、俺自身まだよく分からない事だらけの存在だった。
厚い黒皮のシートにもたれながら、加熱式タバコを呑む。200℃を超える加熱によるガツンと来る吸い応え。技術の進歩も中々どうして悪いものじゃない。
なんたって、こうして未成年の前で吸っても文句を言われないのがいい。
「……所長、今日も暇してますね」
「いけませんね、そんな事言ったら失礼でしょう」
すると、2人のバイト君が俺の前にやって来る。
「仲良いねぇ、君達。うん、悪いよりはマシだね」
吸い殻が規則正しく並んだ小箱に、また1本詰めながら席を立つ。今日は晴天、仕事らしい仕事もない。平和な一日だ。これもバイトの助手2人が頑張ってるおかげもあるんだろうがね。
「仲良くなんてありませんよ」
バイト1人目、
……と見せかけて、実は魔法少女。魔法少女ってのがいつどこでどう名付けられたのかは定かではないが、俺が初めて彼女達の存在を知った時には既にそう呼ばれていた。彼女達は、皆特別な力を持っていて、それを使い、日夜魔界から侵略を試みる魔人達と戦っているらしい。
因みに彼女の力は、影を操る能力だ。影の中に潜んだり出来る、探偵業には打ってつけの能力だな。
個人的には使って欲しくはない。
人には過ぎたる力、なんて崇高な考えじゃなく。彼女がもし独立してその力を振えば、俺みたいな木っ端の探偵はすぐに廃業させられてしまうだろうからだ。これは割と本気だ。切実な願いだ。頼む夢洲助手よ、自重をしてほしい。
「……お言葉ですが、僕も彼女と同意見ですね」
バイト2人目、
それは、古い時代の遺物、アーティファクトを回収するとある『財団』の一員であるという事。アーティファクトと言うのは、千年以上も昔の世界で作られた凄まじい力を有する道具の事。御伽話に語られる様な道具は、フィクションと思いきや実在していて、使用者に絶大な力を与える。身体能力だけでなく、概念や物理法則にすら干渉し得る力だそうだ。
そんな力、当然ながらそれを悪用しようとする存在も居る。『秘密結社クロノス』と名乗る存在と、彼ら財団のエージェントは日夜戦いを繰り広げているのだそう。
因みに俺が使っていた短剣も、その力を宿している。どういった物なのかは古物商でもない俺には分からなかったが、発現する力を見るに、相応に凄まじい代物ではないだろうか。何でも切れる短剣で、刃こぼれしなくて料理にも使いやすい長さ、とても便利だ。
そんな2人のバイトは、俺の素性を一切知らない。
「そう言うトコだよ、そう言うトコ。おじさんを若者2人で揶揄っちゃってさぁ」
「所長の言葉って、何というか、良い意味で適当ですね」
「……確かに、所長の気の抜けた言葉は、どこか安心しますね。不安になる時もありますけど」
軽く微笑む2人。何、何よその自分は分かってる感。俺もその中に入れて欲しいんだが。おじさんみたいなのは入っちゃダメかね。
俺は財布と事務所の鍵を取り出して席を立つ。若い子と一緒に居るとこっちも若くなれる気がするから、ついつい言ってしまうこの台詞。
「今日は仕事も無いし、君達も一緒にお昼はどうだい。おじさんが奢ってあげるよ」
「え、良いんですか? じゃお言葉に甘えて」
「夢洲先輩、遠慮と言うものは無いんですか?」
「じゃ後輩くんは来なくても良いよ〜?」
「行きますよ、2人で行ったら所長が職務質問受けちゃいますから」
やめてくれないか阿澄君、おじさんそう言うのトラウマになっちゃうタイプだから。『ちょっといいですか』で振り向いたらお巡りさんが立ってる時の緊張感は二度と忘れられないのよ。
なんて呑気にしてた俺が間違いだった。
「……」
俺の前には、酷い冷や汗を垂れ流す夢洲君が居る。視線は泳ぎ、来たばかりの時には意気揚々と頼んでいたドリアとパスタとピザには全く手をつけていない。
しかしながら同行を申し出た筈の阿澄君の姿はどこにもない。4人席で、俺と彼女が向き合い黙り込む……食事の一場面としては最悪の部類に入る状況だった。
何故こんな事になったのか。それはこのレストランに来たばかりの時。
席に座って注文して、料理の到着を待つ最中。
着信音が不意に鳴ったかと思えばそれは阿澄君のもので、机の下で画面を確認した彼は急にトイレに行きたくなったと席を立った。……それから彼は帰って来なかった。
いくら何でも不自然だ。だから俺がトイレを見に行くと言えば、次は夢洲君の様子が一層おかしくなる。
「夢洲君。おじさんやっぱりトイレ確認しに行っても……」
「いえ、あんな人の事心配しなくていいと思いますよ。多分デカいのしてるんですよ」
「だとしても、遅すぎないかい? 流石に心配にもなるよ」
俺を行かせまいとする彼女の態度に、薄々勘付いてはいる。阿澄君は今、どこかで戦っているのだろうと。恐らく彼女と彼は互いの事情を知っているんだろう、でなければこうも的確に庇おうとはしない。どんな経緯でそうなったのか、気になるところではあるものの、今は彼の事だ。
折角のバイト君に怪我でもされたら俺が困る。暇な時は兎に角暇で、忙しい時は猫の手すら借りたくなる様な仕事の中、1人でも欠けたらどんな事になってしまうか。考えただけで恐ろしい。
保身第一、社会的な信用を得る為には自分の土台からしっかりと建てなければ。滅私奉公なんてやってられない世の中だ。
これも保身の為だ。俺は席を立ち出口へ向かおうとする。
「なら、ちょっと外でタバコでも吸ってくるよ」
「……そうですか。早く帰って来て下さいね。外は物騒ですから」
ひらひら手を振りながら、俺は店を出た。
もし、『それは知ってる』なんて言ったら彼女はどんな顔をするだろうか。当然言わないがね。
──さて、変身するか。
俺は店を出た瞬間、人目につかない店の裏手に入り込み、懐から短剣を取り出し鞘から引き抜く。
また光に包まれ、俺の姿は変わる。短剣の刃には、黒い外套を被った暗い濃緑の鎧を纏う俺の姿が写っていた。この前は銀騎士だったが、あれは魔法少女に変身した状態で短剣を抜いたからだ。本来の姿はこう。短剣とワイヤーを駆使して戦うアサシンスタイルだ。
だが今回使うのはこれじゃない。阿澄君より早く店に帰らないと怪しまれるだろうし、遠距離攻撃が出来る姿になろう。
俺は懐から更にコンパクトを取り出し、携帯の様に片手で開く。その中の小さな鏡には先程の鎧姿ではなく──
街外れの廃墟群、かつて魔法少女と魔人達が激しい戦闘を繰り広げた事で荒廃した場所でアーティファクトの不審な取引が行われていると報告を受け、僕は所長の目を誤魔化し、何とかこの場所まで辿り着いた。
不本意だが魔法少女である彼女の力も借りなければ所長は誤魔化せない。あの人は勘が鋭過ぎる。おかげで仕事を抜け出す時はいつも大変だ。
財団からの命令で未登録のアーティファクトを使用する謎の存在を探す為に潜入した探偵事務所だったが、最近は探すよりも所長にバレない様に立ち回る事ばかり考えている気がする。
けどそれ以上に、所長はいい人だ。いきなりここで働きたいと願い出た僕の事を受け入れてくれた。仕事だけの付き合いじゃなく、親の様に心配もしてくれる。彼の様な人が理不尽な危険に巻き込まれないよう、僕もより一層アーティファクトの回収に熱意を向ける事ができる。
それは多分、彼女も似た様なものだろう。僕らにとって、所長は日常の象徴だ。それを守ることこそが、今を守る事に繋がると……そう信じている。
だから、今日も僕は戦う。
なんて意気込んで居たんだけど……。
「……これは」
目の前には、矢で壁に縫い留められた哀れな男達が数人。全員気絶していて、取引しようとしていたであろうアーティファクトの収められたアタッシュケースは開かれたままで、間違いなく
誰が一体、なんの為に。
射線と思われる窓際に身体を晒しても攻撃は無し。何を考えているのか。まるで僕にアーティファクトを明け渡す様な真似を。
……ダメだ。情報が足りていない。
取り敢えず、財団に伝えて回収部隊を送って貰おう。そして早く所長の所へ戻らないと……。
そう踵を返そうとした時、矢の一本がふと目についた。鏃の近くに紙が巻かれている、所謂矢文だ。今の世の中にこんな物を拝めるなんて、と少しだけ感動しつつ、紙面に目を通してみる。
けれど、すぐに僕はそれを後悔する事になった。
『ハヤクカエッテコイ』
ぞくり、悪寒が走る無機質な直角の文字。何処となく怒りすら感じる文面を、知らぬ間に落ちた冷や汗が濡らす。
──誰だ、一体。
次の瞬間、部屋中に突き刺さっていた矢は光となって消え、磔にされていた奴等がドサドサと投げ出されていく。
魔法少女、魔人、財団、秘密結社、それか、第三者か。
所長は、例え気付いていたとしてもこんな芸当が出来る人じゃない。先輩も弓なんて使わない筈だ。であるならば、所長達の仕業ではない。だがこの早く帰ってこいと言う言葉は、今僕が離席中である事を知らなければ出せる筈のないメッセージだ。
偶然と取るべきか、必然と取るべきか。
もしかすれば、僕の知らない存在が所長達に近付いているのではないか。
そんな考えが過ってしまった僕は焦りに身を任せ、所長達の待つレストランへ駆け出した。
「……所長! 大丈夫ですか?!」
「うぉい、いきなり何だい阿澄君」
変身し、弓を使える魔法少女となった俺は、阿澄君が向かったであろう場所を千里眼で見つけ、先に制圧しておいた。彼が怪我したらウチの損失だ。客ウケの良い若い子は居てくれないと困るからな。
ついでに早く帰ってこいとメッセージも用意しておいた。筆跡は誤魔化しておいた、流石にいい歳したおじさんが魔法少女なんてバレたら不味いし。バレたら俺もう二度と事務所行かないから。
その甲斐あってか、阿澄君はあっという間に戻って来てくれた。今度2人が離席する時はこうした方が良いか。なんて思いつつ、まるで何も知らない様なとぼけ顔をしていると、彼は安心した様子で俺の隣の席に座ってくれた。よし、バレてないな、これは。
「ははっ、もしかして夢洲君に全部食べられると思ったかい?」
「えっ? えぇ、まあ、そんなところです」
「心外ですね。ちょっとしか食べてませんよ」
「すいませ……ってちょっと食べたんですか?」
「ちょっとです」
「ハンバーグ半分が、ですか?」
「……まあまあ、足りなかったらまた頼めば良いって、いくらでも奢るからさ」
そうして、今日のランチタイムは穏やかに終わった。
魔人も秘密結社もどう言う訳か昼間か夜間によく出て来るおかげで、最近は皆で食事する機会がなかった。でも、こうして仲良くなって貰えればいつか、俺の秘密がバレても庇ってくれるかも知れない……なんて打算が働いている。
こんな明らかに一般人が持つべきでない品を持っているとそれぞれの側の人間にバレたら、一体何をされるか分かったもんじゃない。
そう、事務所の福利厚生は俺の命綱である。例え事務所が傾こうとも、これだけはやり遂げねばならない。
運ばれた料理を食べている2人を見ながら、俺はそう思うのだった。