今回の話だけド鬱で注意です!
○月×日
手記を手に入れた。
海鳥が落とした羽根をつけペンにして、筆記の準備を整えた。
取り立てて書きたいものはないし、日記として活用していこう。
誰かに読まれても恥ずかしいし、日本語で記す。どこぞのロビンでもなければ解析できないだろう。
この『ONE PIECE』の世界に産まれ、はや七年が経過した。
経緯は解明できていない。気付いたら現代日本から転生し、田舎島で暮らしていたのだ。
生きていくしかなかった。
畑を耕し、時々魚を釣りに行く。
そんなスローライフのさなか、親が他界した。幸福でいるよう言葉を託し、静かに眠っていった。牧師の父らしい最期だった。
おれはこれから、どう生きよう。
○月△日
地に足をつけることに精一杯だ。畑の野菜と干物を自分で用意するのは、なかなかに堪える。七歳児だし。
島のみんなは、おれをよく気に掛けてくれている。
父はみんなから慕われていた。誰かが父のことを話すとき、必ずそこに穏やかな時間が流れている。父を間接的に窺えるようで、うれしくてたまらないし、巨大な寂しさが去来する。
七歳の体に情緒が引っ張られている気がする。気持ちを落ち着かせていこう。
□月○日
おれはいま、商船に身を寄せている。
簿記の知識を買われ、見習いとして置いてもらえた。
海は恐ろしいけれど、小さい島で生涯を終える方がこわかった。
胸の寂しさを埋めるみたいに、海へ飛び出してしまった。
海原はすべてを包んでくれる。
色んな人がいて、無限の夢が海に宿っている。
少しずつ、この世界が好きになってきた。
船旅は過酷だけど、楽しくて、充実している。頑張ろう。
△月□日
悪魔の実を食べた。
なんの気もなしに手をつけた果実が、たまたま悪魔の実だった。
リンゴを口に運んだと思ったら、下水を絞った雑巾のような味が口に広がったのだ。これからは、袋から取り出すときにノールックで食べるようなマネはしないと誓う。
本当に能力者なのか。
試しに触れた水で、強い脱力感に襲われた。
ぞくぞくと震えた興奮がまだ残っている。
なれたんだ。なってしまったんだ。
なんの能力だろう。身体的な変化は自覚できない。
外傷はつくし、少なくとも〝
悪魔の実図鑑を手に入れたら、どの種類か照合してみよう。
△月×日
めまぐるしい日々を過ごしている。
時間感覚にずっと慣れない。
〝
人攫いの一味に捕らわれてしまった。
●月●日
いまの日付がわからない。
看守から手記とペンをくすねた。
牢屋の床に隠していれば、バレることもないだろう。誰も掃除する人間もいないし、不衛生で奴隷以外は立ち入らないし。日記を書いているところを目撃されないよう、周囲に気を張っていこう。
近況だが、人攫いの一味に捕らわれ、そのままオーディションで天竜人に競り落とされてしまったのだ。
自分の容姿と年齢が災いした。
奴隷に対する嗜好は、天竜人のそれぞれで異なる。
慰安用、労働用。
おれは、そのどっちともだ。
マリージョアでの天竜人同士の会話を聞くに、おれは『ツラの整った子どもを調教する』といった趣旨で落札されたらしい。
昼は、鎖につながれて散歩へ連れ出され、家のなかでは、鞭を打たれながら清掃や手慰めに従事している。
痛いし、苦しい。
天竜人の気まぐれで、いつ殺されるかもわからない。天竜人の機嫌を損ねたほかの奴隷が、銃弾に沈むのを何度も目撃した。
銃声が耳から離れない。
声をあげたら鞭を打たれる。泣いたら殺される。
何もできない。無力感が植え付けられる日々だ。
逃げても、泣いても無駄。
彼らの加虐主義は、漫画で読む以上に徹底的だった。
ペンを握る手が痛い。彼がおれに馬乗りになったとき、手首の骨を痛めたらしい。
今日はここまでにしよう。
●月×日
天竜人が寝ている間だけ、おれは牢屋で過ごせる。
不幸中の幸いだが、睡眠の暇は3時間ほどあった。
痛む体に活を入れ、日記を書く。
人間としての尊厳を剥奪されたいま、この記録する行為だけが、自分の寄り辺となっている。捌け口があれば、気持ちも楽になる。
◆月●日
食事はほとんど取れないから、牢に湧く虫やねずみを捕らえて食べている。
湿気で壁の表面に浮かぶ露をすすり、遠くなる意識をつなぎ止めた。
生きているのか死んでいるのかわからない。
ただ、死にたくないから生きる、それだけで十分だと思えた。
明日の自分を想像できないけど、きっといつか、報われる。
■月●日
ベネティクト。
気まぐれで名前を与えられた。
男と女ともつかない自分に相応しい由来だ。
番号で奴隷の妻を管理する彼だが、どんな風の吹き回しだろうか。
ただ、時々、おれを見る目が気持ち悪くなってきた……そう感じる。
■月■日
同室に新人がやってきた。
アマゾンリリーの三姉妹だという彼女達。
たぶん、七歳半くらいのおれより、ちょっと年上だと思う。
絶望で啜り泣く三人を慰めた。
泣いたら殺される。天竜人の習性を共有すると、彼女達はまた泣き出してしまった。おれも泣きたくなった。なんで、こんな子どもがひどい目に遭わなくちゃならないんだ。
牢に棲んでいたねずみの干物を差し出したり、蓄えた水を渡してみたりした。ご機嫌取りが板に付いたおれの姿が滑稽だったのか、彼女達は逆におれのことを気にかけようとしてきた。
久しぶりに、人の手が温かく思えた。
会話は、看守や天竜人が聞いたら殺されてしまいかねない。
自分の血を水に薄めたインクを地面に書き、筆談を試みた。
名前を聞けた。
ハンコック、サンダーソニア、マリーゴールド。
知っている。おぼろげになった漫画の知識に、彼女達も残っている。
たしか、七武海のひとりだ。
世界一の美女とかなんとか。まあ、それはどうでもいい。
元奴隷の立場で、世界貴族の元から逃げ出した。
おれにとって、確約されたその実績が重要だった。
彼女達がそばにいれば、おれもいずれ抜け出せる。
がんばろう。時系列を思い返せば、あと数年で、フィッシャー・タイガーが奴隷を解放しにくるはずだ。そのときまで堪えられれば、おれの人生はそこから始められる。
脱出したら、もう一度海へ。
父の墓へ行こう。きっと、寂しがっている。
■月●日
口が気持ち悪い。顎の関節がおかしくなったみたいに、ガクガクとかみ合わせが悪い。
喉の奥で泥がへばりついているみたいだ。
おれも、慰安用の奴隷だから、その任を命じられた。
おれの所有主は好色で、奴隷の妻を侍らせる傍らで、おれのことを『そういう対象』として扱おうとしている。
妻とひとしきり愉しんだあと、捌け口としておれを呼び寄せた。
思い出したくもない。
口を開けば、自分の意思とは関係なく「死にたい」と発声してしまう。
なんのために生きているか、意味を失った気分だ。
ヒトデナシ共に人間以下として扱われ、自分はなんなのか。
ただ。
濁った視界のなかで、おれのことを抱き留めてくれた暖かさは、大事にしたい。
大丈夫、大丈夫。
そう頭を覆ってくれた彼女達が、泥濘のなかで見つけた花に見えた。
◆月×日
彼女達が犯されるのを見せつけられた。
後ろ手を拘束されたまま、おれはずっと、彼女達の尊厳が嬲られるのを眺めるしかできなかった。
あの白濁が瞼の裏に焼き付いている。
助けを求める顔。苦悶に歪んだ悲鳴。
おれがなにか声を上げるたび、おれは体を鞭で打たれた。
痛みで気絶したころには、既に情事は終わっていた。
牢屋のなかは地獄の底だった。
今度は、おれが彼女達の手を握った。
大丈夫、大丈夫。
ひとりひとりの掌に、筆談で言葉をつづった。
子どものまじないでも、慰めになればよかった。
震える彼女達と身を寄せ合った。
脱出まで待つ。それは変わらない。
だけど、見て見ぬフリなんてできっこなかった。
おれになにが出来る。
ふと、思い出す。
おれは能力者だ。
悪魔になろう。彼女達のためにも。
▲月×日
奉仕の時間。
好色な彼は、見目麗しい少女では飽きたのか、おれに自分の
さっきまで、彼女を貫いていたもの。
嫌悪感が拒絶を示していたが、脳裏に、始末された奴隷の姿が浮かんだ。
恐怖で顔を濁らせたおれの表情を眺め、男は恍惚とした表情で、おれの喉の奥で果てた。
今日はもう寝よう。彼女達はもっと辛い想いをしているのだ。
大丈夫。
おれならきっと。
●月×日
長い年月のなかで、チャンスを掴んだ。
所有主が『図鑑』から、自分の奴隷に与える悪魔の実を吟味していたのだ。
めくられるページのなかで、あった。
おれが口にした悪魔の実。その能力を掴んだ。
自覚できた途端、希望が見えた気がした。
一度でも、彼女達に笑ってもらえるかもしれない。
『解放』の日まで、おそらくあと二年。
計画を練ろう。うまくやれるはずだ。
■月×●日
奉仕の頻度が減ってきた。
天竜人は、精力が減衰し、どんどん元気がなくなってきたみたいだ。
三人と一緒にいられる時間が少し増えた。
その浮いた時間で、彼女達から『覇気』を教えてもらう。
事態は暗闇でも、一歩ずつ好転してきた感覚がある。
その日が来るまで、あと少しだ。
きっと三人で脱出しよう。彼女達がいなければ、きっとおれは折れていた。
×月×日
あちこちで火の手が回っている。
怒声と悲鳴。
奴隷解放の日。
みんなは無事だろうか。
そのときがきたのに、おれは、天竜人のそばにいた。