じゃらじゃらと金属音。
首輪につながれた
「ふぅー……ふぅー……!」
荒い吐息。乱れる歩み。
宇宙服のような出で立ちの男が、おれを牽引していた。
脂ぎった大粒の汗が額に浮いている。中年らしい肌だ。
「逃げろ!」「あぁあああ!」「わちきの奴隷が! 逃がすなぇえ!!」
あちこちから怒声が聞こえてくる。
襲撃は突然であった。
聖地マリージョアを戦禍が包んでいる。
大地を舐める紅蓮の渦。
解放された
「奴隷の分際で、奴隷の分際でぇ……!!」
中毒者のように、忌々しげに何事かを呟きを続ける。
豪奢な調度品で飾られた白亜の屋敷。
踏みしめる絨毯は、柔らかな感触を踵に返す。
白い基調の壁。
石造の柱。広い空間。
採光用の窓からは、聖地を焦がす焔が差している。
「プルミング聖、どちらへ!? すぐに避難しなくては──」
「うるさいえぇ!!」
スーツ姿の執事が、銃声で倒れた。
こうして反感を買って殺されるのは、日常茶飯事であった。
首越しで振り返ると、血だまりが赤黒く絨毯を染めていた。
コレもおれが掃除するのかな。
「久しぶりに、久しぶりに勃ってるぇ……!」
「…………」
「でへえへへ……奴隷など、また買い足せばぇい……! わちきには、わちきにはコイツが……!」
執着の貼り付いた瞳が、おれを見下ろす。
おれの体をなめ回す視線。
興奮で絞り出された脂汗。
もう我慢できない、そう訴えている。
奇遇だ。おれだってもう、限界だよ。
廊下の突き当たり、扉が開かれる。
凝血した闇の底のような部屋。
天竜人が己の
室内の中央には、巨大なベッド。
人種、年齢を問わず、ここで色んな人が恥辱の限りを尽くされた。
体を投げ込まれると、マットレスが衝撃を受け止めた。
「わちきの寵愛を、くれてやる」
「…………」
下半身を突きつけてくる。
布地を押し上げる柱。無言で眺めた。
指を伸ばす。
その屹立に布越しで触れる。
途端──
「ぁえ?」
間の抜けた声。
彼の芯が血流を失い、力を失う。
腰が抜けたように、男はマットレスへ倒れこんだ。
離された鎖が、蛇のように蟠る。
立ち上がり、男を見下ろした。
「どうしました、射精障害でも起きましたか?」
「ぁあぁぇ、んだえ、なんだえ!!?」
「ある時期を境にして、アンタはEDに悩まされるようになった」
清冽な笑みを浮かべる。清々しい気分だ。ようやく、コイツを殺せる。
おれの豹変に、男は瞠目する。
「下々民が、わちきの前で喋るなぁぁあぁ!!」
気が狂ったみたいに唾を飛ばす。
内容自体に意識を向けられず、おれの態度にばかり気を取られている。
おれは、毒が効き始めるのを待つ蛇が如く、じっと彼の仕草や表情をうかがう。
「まあ聞けよ! 条件を整えるのに苦労したんだ!」
「死ね、死刑だえ!!」
「おれは能力者だ──その能力で、アンタの性欲がおれにだけ向くようコントロールしてきたんだよ!」
マットレスで跳ねる。
伸ばしすぎた自分の銀髪が、肩口に揺れる。
顔色を失った天竜人は、自分の体に起きた異変の正体を感覚しはじめていた。
「アンタがおれにフェ×チ×や手××をさせるとき、アンタの『性欲減退』と『おれにだけ興奮する』ように細工してきたんだよ!」
思い出すに嫌悪感が湧き出るが、寝室に天竜人と二人きり──復讐のチャンスを作れた、その
「物事を腐った感性だけで判断する低能で助かったよ。アンタは、操られてる種馬とも知らず、どんどんおれにのめりこんでいってくれた」
男は、力無く持ち上げた腕で銃をまさぐる。
金色の銃が、おれに向けられた。
「よるなぇええええ!」
「やってみろ、アンタの粗末なモノで始末できるもんかよ」
思惟を体に巡らせる。
体内の血流操作。器官の掌握。
拡張される皮膚感覚。
感度の高まった触覚が、銃弾の軌道を捉える。
弾道を避ける。
銃声は散発的に、寝室を震わす。
一発ごとに一歩、接近する。
発砲の反動で喉を痙攣させながら、男がベッドの縁まで後退していく。
「
「う、ういぅうう……!! つ、使えん銃だぇえ!!」
「バカな実だよな。〝ホルホルの実〟の劣化版みたいなもので、感度・勃起・射精、そういった下ネタ関連のものなら何でもできる」
裏を返せば、それだけ。
ホルモンの分泌をコントロールするのは不可能だし、ひどく限定的だ。
だからこの数年間、能力の幅を広げるべく、ずっと訓練してきた。
「血流操作はその応用だ。勃起時に海綿体へ血液を集中させるみたいに、各部の器官の機能を増進する。まあ、
「やめるぇえええ!」
額を狙った銃口。
頭部に直撃した弾丸は、しかし。
硬化した皮膚が弾いた。
傷はないが、痛みは走った。
眼光鋭く、男をにらんだ。
「うざってえなぁ、もう。生き様どころか死ぬ瞬間も醜いとなると、いよいよ救えない」
「下々民の分際で!! 創造主の末裔たるわちしに手をあげるつもりかぇ!!?」
「苦しくはない。全部は、アンタのためだよ」
「
「────!」
名前を呼ばれた。
ただ、それだけ。
のばした手が、びくりと震えた。
動揺している? 今更?
これから命を奪うのだと、今になってようやく自覚したのだ。
「わちきは主人だえ! 知らぬわけではないえ!? 天竜人に手をあげてどうなるか!?」
「…………」
命乞いをする瞳。怯え、涙。
脂の浮いた皮膚。
何度も、何度も、おれを包んだ肉。
自らの吐き出し続けた体液に塗れ、痙攣する醜い体。
命は命。立場は違えど、単位は同じ。
息を吸う。臭気が鼻腔を満たす。
開く口は、いとも容易く良心の呵責を超越した。
「まあ、別にいいか。殺しても。あんたはいまから、誰かに危害を加えられて死ぬわけじゃないし。
「なっ……!!?」
「あんたこそ、地獄への教訓にしていくといい。捨てるものが何もない人間が起こす行動の恐ろしさを」
「さ、
喚くたびに、顎の肉がぶよぶよと揺れた。
見苦しいな、もう。
吐き出す言葉は、自分でもぞっとするほど冷たかった。
「黙って死ねよ、気持ち悪い」
死んだと思ったゴキブリが動いた、その程度の
五指で、顔に触れる。
「続きだ。おれの能力は、触れた対象の感度も操れる。もちろん、名は体を為す通り、そのまま絶頂だってさせられる」
流血のイメージ。
自分の熱が、体外へ漏出する。
熱に侵され、男が舌をわななかせる。
涙と脂汗が大粒の玉をつくりながら顔を覆っていた。
白目を剥き、男は己の絶頂を予感して腰を反らせる。
ガクガクと、壊れたゼンマイ人形のような動作。
「やめるえ……!」
「これまでありがとう。生産性のない〝
「やめっ!」
「なんにでも
「ぁぁあああぁあ!!」
「──
告げる意思は涼やかに響いた。
触れた指先が灼熱を流す。
電流が男に奔る。
ビクン。大きく跳ねた体。
「ぉおおおぉおおぉお❤️❤️❤️❤️」
噴出する熱。断末魔は、たまらなく下劣だった。
恍惚と絶望とがないまぜになった表情。
狂ったように伸びた舌。
心臓に落雷を受けたかのような衝撃で、男は絶命していた。
力をなくした肺腑が、空気をひゅーひゅーと絞り出す。
断末魔を聞き届け、踵を返す。
「…………そろそろ行こう」
ハンコック達を探さないと。
おれは、寝室を振り反ることもなく、地獄と化した聖地へと赴いた。
イクイクの実
対象を絶頂させる能力。
Cティアの悪魔の実。絶頂までのプロセスを実験することで、主人公のベネディクトは『身体強化』『武装色・見聞色の再現』『生命帰還』『触れるだけで対象を無力化』のクソ能力へと進化させた。