昔から仲の良かった女の子と終わってる関係になる話 作:トマトは後ろから呼んでもトマト
やっぱみんなヤンデレ好きなんですね~。
キャラクター説明とかいるんですかね、これ。
今のところは作る予定ないんですけど、あった方がいいって言うなら作ります。
あ、過去編は前回で終わりです。ようやく本編に移ります。
なんか書いてるうちに文体が砕けてきたな…いいのか悪いのか分からない…
ジリリリリリリ!!!!!!!
男の家の目覚まし時計がうるさく響く。
男は、いつも通り叩き潰すようにしてそれを止める。
起き上がった男の背中は汗でびっしょりだった。
勘弁してくれ。またこの夢か。 男は、そう思った。
彼女との、終わりの始まり。
シラとの不貞関係の始まり。
男は、その夢をよく見ていた。
既にあの出来事から1年以上たっていたが、それでも、時たまこの夢を見るのだ。
あの後、もう一度風呂に入り直して、寝室に向かった。
その後のこと?言うまでもなくわかるだろう?
一言いうなら、相性はとても良かった。男は、それを認めている。
思わず、体が勝手に動いてしまう。そんな感じ。
ただ、相性がいいからといって、今の恋人との関係を断てるほど男は尻軽ではなかった。
むしろ、こういう時に、悩み、苦しむタイプなのだ。
そうでもなければ、こんな悪夢を何度も見ることはない。
取り敢えず、顔を洗ってこないと。男はそう思い、ベッドから体を起こし、洗面所に向かった。
顔を洗って、自分のひどい顔を鏡越しに見る。こうして鏡を見るたびに、男は思う。
昔の自分に、将来二人の女性に二股をかけていると言ったらどんな顔をするだろう?
軽蔑か?それともすごいといわれるか?
どっちでもないだろうな。男は思った。きっと、そもそも信じてもらえないだろう。
顔をタオルで拭いて、歯磨きをする。歯磨きが終わったころには、出発の十分前だ。
今日も朝食はなしか。男はそう思いながら、スマホをとって出社していった。
男が、電車に揺られながらスマホを確認する。
そこには何度目か分からないシラからの着信があった。
1年前までは、連絡をほとんどよこさなかったシラは、今では恋人と同じくらいの数、同じくらいの頻度で連絡をよこしていた。
そうして、会社まで出社して、いつもと同じように仕事をする。
昼休みになれば、コンビニに食事を買いに向かう。
恋人が作ってくれていた頃が恋しい。男はそう思った。
実際一年ほど前までは、週に3回は恋人がお弁当を作ってくれていたのだ。
基本的に前日の作り置きだったから、冷たかったけど。
それでも、とても美味しかった。男はそう思う。
一年前のあの出来事のせいで、もはや作ってもらう事はなくなったが。
男は、もう作らなくてもいいと言った時のあの問答を今でも覚えている。大変だ何だと、適当な理由を並べ立てたが、結局のところ嫌だったのだ。恋人のことを裏切っている自分が、恋人から食事を作ってもらう。男にとっては、それは不誠実で耐え難い事だった。
男は、常に罪悪感に苛まれていた。
そうして、お弁当や食事に関する問答を終えて、結果的に、最低でも毎週一回は2人で食事をとるという結論に達した。
男も別に作ってもらわなければそこまで強く罪悪感もなかったので、それに納得した。
そんな形で、2人のルーティーンは完成した。
男がいつも通り、仕事を終え、家に帰ろうとする。
すると、恋人から連絡が来ていたことに気づいた。
恋人の名前は三等 左記(さんとう さき)
男の大学時代の同級生で、男とはまた別の会社で働いていた。
『今日は早めに上がれた。一緒に食事行こ?』
そんなメッセージが、恋人から来ていた。
男はそれに対し、了承の返事を送る。
するとすぐに返信が返ってくる。
『おっけ~。それじゃ、いつもの場所で!今日は君が決めてね!』
恋人と彼には、二人だけのルールがあった。
二人で食事をするときは、一回交代で店を決めて食事に行くこと。
それが、彼の恋人との外食のルールだった。
男は、今日は何を食べようか考え始める。
前回は居酒屋だったから今回は少しお高めのフレンチにでも行ってみようか?
せっかくボーナスも出たし、罰は当たらないだろう。
そうして、男は携帯をマナーモードにして、電車の改札を通る。
他の人物からの連絡に、気づかないまま。
男が待ち合わせ場所のある駅のホームを抜け、改札を通る。
2人の待ち合わせ場所である石像前までつくと、男の恋人はすでにそこに立っていた。
『遅いぞー…15分も待ったんだけど!』
男の恋人は、頬を膨らませながら男に話しかける。
もっとも、本気で怒っているわけではない。
男はそれを見て、笑いながら言った。
君がいつも早すぎるのだと。 君から食事を誘う時、既に君は待ち合わせ場所まで向かっているじゃないか。と
それなのに遅れた何だというのは不公平じゃないか。
そのような事を言った。
すると、男の恋人は、頬を描き、にっこりと笑いながら
『しょうがないじゃん? 君と一緒にご飯に行く時、楽しみで体が先に動いちゃうんだもん!』
『それくらい考慮に入れるべきだと思いまーす』
男の恋人は、そのような可愛らしい抗議をする。
男は笑って、じゃあしょうがないと。
今日はこっちが多めに払うから許しておくれ。
今日は少し高めのフレンチレストランに行こう。
そのような事を恋人に言った。
この一連の流れは、この2人のいつもの流れだった。側から見れば、ただのいちゃついてるバカップルだったし、実際そうだった。
そうして、さぁ食事に行こうと2人が手を繋ごうとしたその時、
ゾワリ
何かが男の背を撫でた。
いや、物理的に撫でたのではなく…
何か、嫌なものが男の背筋を伝っていったような気がしたのだ。
つい、男はそれに気を取られてしまい…
いつのまにか目の前にいた恋人が男に話しかけてくる。
『おーい…大丈夫?…その、心ここに在らずって感じだったけど』
手を差し出したはずの恋人は、男を心配していた。
男は、はっと正気に戻る。
そうだそうだ…目の前には恋人がいるのだ。
よく分からないものに気を取られている時間はない。
そう思い、男は恋人に、大丈夫だと、少し疲れているだけだと。
そう言った。
恋人は少し訝しんでいたが、信じてくれたようで。
『体は大事にしなよ〜??もし倒れたりしたら看病するの私なんだからね〜?』
そんな事を冗談めかして言っていた。
君に看病されるなら悪くないかもな、なんて適当な事を言いながら、手を繋いで2人で改札を通る。
先ほどの嫌な感覚は、男が改札を通るまで続いていた。
2人の男女が食事を済ませ、フレンチレストランから出てくる。
食事の感想を語りながら、そのまま最寄駅まで向かう。
休日だったらもう少し遅くまでいたかもしれないが、生憎今日は平日である。少し名残惜しく感じるが、そのまま2人で駅のホームにやってきた。
恋人とは住んでいる地区が反対なので、彼女が乗る次の電車が来たら今日はお別れだな。
そんな事を男が考えていると、恋人がスマホを見せてきた。
『ね、これもう聞いた?一昨日出たRASIの新曲』
『何だかすっごくバズってるらしいよ』
RASI それは、今の恋人と男の繋がりの原点であり、今現在、男を最も苦しめているシラの歌手としての名前だ。
高校生だった時の動画投稿者時代、シラがどんな名前で投稿者になるか悩んでいた時、男が適当にしたアドバイス。
名前を反対にしてローマ字にでもすれば?
そのアドバイスを真に受けたシラが、そのままずっと使い続けている名前。男はその芸名の名付けの親でもあった。
聞いてないな。 男はそう答える。
正直、RASIの曲はもう聞きたくなかった。
恋人には曲の好みが変わったからと適当に嘘をついているが、実際は違う。単純に彼女の声を聞くと思い出すのだ。思い出したくない事と、自分が直面している地獄を。
曲に罪はない。罪はないが…やっぱり声を聞くと思い出すので聞きたくなかった。実際、有名になっただけあり曲自体は好みのものが多い。
カバーだったら聞けるんだけどな…男はいつもそう思っている。
男のそんな思いを全く知らない彼女は、イヤホンを取り出し音楽を聴き始める。すると、こんな事を言い出した。
『お、今回はいつもと違う感じだ。…うわ、これすごい歌詞。攻めてるなぁ…』
『ね、君も聞いてみなよ。最近の曲は気に入ってなかったみたいだけど、これなら気にいるかも』
恋人はそんな事を言いながら、男に右耳用のBluetoothイヤホンを渡す。それは、男が恋人の誕生日に買ってあげたちょっと高いやつ。
男は一瞬断ろうかと思ったが、やめた。
元々、今の恋人との出会いはRASIという歌手があったからだったのもある。それに、RASIはデビューしてからの1年半の間で大きく成長していた。デビューして一年未満にもかかわらず、年末の音楽特番にも出ていたし、新曲を出すたびに音楽ランキングサイトで一位を独占していた。 客観的に見て、とんでもなく人気になったのだ。あの子は。
何より、動画投稿者時代の初期から目をつけていたことが仲良くなったきっかけだったのだ。
男に、誘われて曲を聞かないという選択肢は残されていなかった。
イヤホンを受け取り、曲が流れ始める。
リズムはいつもとは違い、スローテンポな曲だった。
2番からだったが、歌が聞こえ始める。
…確かに、攻めた曲だった。ラブソング…なのだが、普通のラブソングじゃない。恋人がいる男性と肉体関係を持つ女性の視点からのラブソング。歌詞は、貪欲で、諦めが悪く、少し病んでいて…その男性を絶対に自分のものにする。もしできなければ…そんなニュアンスが感じられる、曲だった。
男は嘔吐きそうになる。歌詞が自分とシラに重なり、どうしようもなく嫌だった。歌を聞けば聴くほど、あの光景が蘇ってきて。
落ち着こう。隣には恋人がいる。これはただの歌で、他意は込められてない。男はそう自分に言い聞かせ、精神の安寧を保った。
彼女のスマホからチラッと見えた概要欄。
この歌の作詞者は、RASI本人だった。
男は吐きそうだった。さっき食べたフレンチ料理が逆流しそうだった。この曲だけはカバーでも聞けない。 男はそう強く思った。
歌が終わる。
恋人が感極まった様子で、感想を述べる。
『いや〜すごい攻めた曲だったね!』
『なんだか、聞いてるこっちにまで感情が伝わってきたよ』
『彼女本人の曲みたいだった!』
彼女本人の事を歌った曲だからな。 男は思った。
興奮冷めやらぬ様子で恋人が続ける。
『うわ!すごい!これ作詞者RASI本人だよ!』
『まだ若いのに、一体どんな経験すればこんな歌詞思いつくんだろ?』
そのまんまの経験じゃないですかね。 男はまた思った。
『ね、すごい歌だったね!きっと、これから彼女もっと大成するよ!』
『古参ファンとして鼻が高いね〜』
恋人が同意を求めてくる。
そうだな 男は生返事しか返せなかった。
一応笑って返したつもりだった。自分でも笑えているかだいぶ怪しかったが。恋人の反応を見る限り、一応笑う事自体はできているようだった。
恋人はまだRASIについて話している。
正直もう辞めて欲しかった。男の頭の中では、さっきの歌詞がめちゃくちゃに残っている。心臓がバクバクなっている。
その思いが通じたのだろうか、警笛の音が聞こえ、電車がやってくる。
恋人が残念そうに話しかけてくる。
『あ、もう電車がきちゃった…残念、君ともう少し話したかったのに』
『それじゃ、また。週末にでも!』
恋人が彼に別れの言葉をかける。
当然、男もお別れの挨拶を返す。
恋人は電車に乗って帰って行った。
男も、別のホームへ移動し、家に帰るための電車に乗る。
帰る時間が残業帰りの会社員の帰宅ラッシュと被っていたので、混んでいて座れなかった。
吊り革にじっと捕まり、無心で電車に乗り続ける。
さっきの衝撃が酷すぎて、スマホすら見る気にならない。
そうして、ようやくたどり着いた家からの最寄駅では、バカでかいディスプレイに今日の新曲ランキングが表示されていて、さっきの歌が爆音で流れている。
男は人目も憚らず耳を塞いで家に帰った。もう人の目とか気にしてられなかった。
決めた。今日は帰って酒を飲もう。
嫌なことがあったら酒を飲んで寝るに限る。
そう思いながら家路に着く。疲れ切った男は早足で家へと向かった。
おぼつかない足取りで、鍵を取り出し、ドアノブに手をかける。
ガチャ。鍵を刺してないのに、なぜかドアノブが回る。
…なんで?
そう思った男は、直ぐに一つの可能性に辿り着く。
あぁ、もういやだ。なぜ今日はこんなにも出来事が重なるのだろう?
ここまでくるとお腹いっぱいだよ。もう休ませてくれよ。
そんな事を男は思う。
今からでもここを立ち去って、カプセルホテルにでも行って泊まろうか…そんな虚しい意味のない考えが男の頭をよぎる。
しかしまぁ…時間は経ってしまうもので、そんな事を考えているうちにパタパタと足音が聞こえ、目の前の扉が勝手に開く。
『…お帰りなさい。お兄さん。お邪魔してる』
男の
ドアの前でしょうもない問答が始まる。
なんでいるの?
男が言う。
『合鍵くれたから。いつでも来ていいって言ってたじゃん?』
シラはそっけなく返す。
連絡してなくないか?
男が言う。
『…スマホ見れば?』
シラが言う。
男がスマホを見ると、着信3回。メッセージ8件。
全部シラからだった。
…そういえば、恋人に会ってから今の今まで、一度もスマホ開いてなかったな。
男は今更ながらそんな事を思った。
『取り敢えず入んなよ。ここで突っ立ってても邪魔だし』
シラが不機嫌を隠さずにそんな事を言ってくる。
もう男は考えるのを辞めた。色々言いたいことがあったが、とりあえず入ってから考えよう。 そう思った。
そうして、部屋の中に入る。
テレビには、契約しても見ていなかったサブスクが表示されている。
シラは、どうやら1人寂しく映画を見ていたらしい。
『座りなよ。ここ、お兄さんの家なんだから』
ぱっぱと部屋着に着替えた男に、そんな声がかけられる。
正直思うところがないわけでもなかったが、男は慣れていた。
あぁそうだな、男は適当に返事をして、ソファーに座り込む。
すると、シラが何食わぬ顔で隣に座ってくる。
彼女の美しい見てくれにぴったりの上品な香りが漂ってきて、男は複雑な気持ちになった。
それはそれとして、思わず彼女の事を睨んでしまう。
『なに?別にいいでしょ、隣に座ったってさ。私たち、家族みたいなもんなんでしょ?』
男の肩に頭を預けながらシラは言う。その言葉には棘以外感じられなかった。
何でこいつ今日こんな機嫌悪いんだろう。
男は思っていた。けど指摘しない。もう今日は疲れたから。
新曲について聴こうかとも思ったがどう考えても藪蛇なので辞めておいた。
出来ればあれはもう聞きたくない。なんかとんでもない地雷を踏みぬく気がする。
何も考えず、ソファーにぼーっと座っている。何もしないで、何も感じないでいる時間はそう悪くはない。少なくとも、基本的に罪悪感に包まれている男にとってそのような時間は楽で心地の良いものだった。
だが、男の隣には、1人の女性がいた。とびきり綺麗で、とびきり歌が上手い。そして、それ以上に男への想いを拗らせている。そんな女性が横にいた。
シラは不愉快そうに顔を顰めると、男の体にのしかかった。
男は、むぎゅ、とでも鳴りそうな触感を感じながら、されるがままになっていた。
シラが言う。
『何で、連絡返してくれなかったの?』
『今日だけでも何度も連絡したんだけど、せめて何か一言でもいいから送って欲しかった』
体の上に乗り掛かられた男は適当に返す。
恋人といたから返せなかった。申し訳なかった。と。
『…朝。朝は?朝にも一回電話かけたんだけど』
『それも無視したよね?』
『それにさぁ、恋人さんと随分楽しそうだったもんね?』
『いいねぇ?私とは所詮、私が満足するまでのあさ~い関係だもんね~?』
彼女の奇麗な目が、その視線が男を貫く。
思わず、ゾワリとした感触が背中を撫でる。あぁ、なるほど。
男は、シラの機嫌がこんなに悪い理由と、食事前に駅前で感じた背中の感触の原因を理解した。
面倒くさかったんだからしょうがないだろう? 男はそう言いたくなる。
しかし、ぐっと堪え、どう返すべきか考え始める。
ここで間違った返答を返すと本当に大変なのだ。男は経験則から知っていた。
彼女は荒れると制御が効かない。彼女はたくさんの物を持ち、たくさんの人に囲まれているはずなのに。
その中には、自分よりも顔がよく、優秀で、気の利く人がいただろう。
それなのに、なぜ自分などと言うちっぽけなものに固執するのだろう?なぜ、取り逃がしそうになるとなりふり構わなくなるのだろう?
自分の人生を犠牲にしてでも縋りついてくる。男は、シラのそんな所が理解できなかった。
分かった。すまなかった。埋め合わせはする。約束しよう。 思わずそんなことを言った。
シラが男に聞く。
『ほんとに?埋め合わせしてくれる?』
男がそれを肯定する。
それを聞いたシラがニヒルな笑みを浮かべる。それは心底楽しそうで。
とても艶やかだった。
あ、このパターンはやばい。男は自分が別ベクトルで失言したことに本能的に気づいた。
けれど、反応はシラの方が早くて。
『…じゃあ、今してもらうよ。ほら、顔近づけて。…逃げんな』
『…いつも口先だけなんだから。もっと正直になればいい』
『私だったら、貴方をもっと愛してあげるし、なんだってしてあげるのにな』
気づいた時には既に遅く。逃げようとして、顔をそむけても、彼女の端正な顔が近づいて。
シラにそういうことをされると、男は否応なしにそういった気分になってしまう。
男は、自分でもびっくりするほど浅はかで、間抜けなほど欲望に忠実だった。
結局、正気に戻った時には、深夜二時を回っていて。
自分の体を大切そうに抱きしめながら寝ているシラを見て。
男は自分がまた一つ罪を重ねたことを理解した。
パチリ。そのような擬音がなりそうな目の覚め方。
今日は、目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
私は、お兄さんとの夢をよく見る。
とはいっても、ただの夢ではなくて、彼との最初の夜の夢。
この夢は嫌いじゃない。
実際に愛してもらう方が好きだけど、この夢を見ると少し目覚めがよかった。
もう少し浸っていたかったけれど、今日も今日とて仕事は入っている。
広告の企業さんとの打ち合わせとか、ボイストレーニングとか。
あぁ、あとCMソングの依頼もあった。収録は今日じゃないけど。
そんな風に、私の生活は順調に回っていた。
忙しいのは嫌いじゃない。自分の成長が感じられるから。
あの人と会う時間が減ることを除けば、基本的に望ましいものだった。
今日は気分がいいから、お兄さんにモーニングコールでもかけてみようか。
つい最近出した新曲についても聞いてみたいと思っていた。
どうせ聞いていないだろうけど。せっかくだしちゃんと聞いてほしい。
あの曲には、私の想いが、貴方に向けた熱情が詰まっているのだから。
もう朝の七時になっていたけれど、モーニングコールをかけてみる。
案の定、電話がとられることはなかった。
彼の出発時刻は確か今よりも30分くらい後だから、もしかしたらもう起きてしまっているのかも。
少し残念な気持ちになりながら電話を切る。
メッセージアプリにメッセージを打ちこみ、彼が見てくれることを願いつつ、私も外出の支度を開始する。
さて、今日も仕事をしにいかないと。
大きな建物から出てくる。マネージャーのおかげで、想定よりも早く打ち合わせが終わった。
今日やることはもうない。 まだ、時間は結構余っていた。
いつもだったら、家に帰ったり、追加でトレーニングをしたりするのだけれど。
今日は彼に会いたい気分だった。今朝の夢を現実にしたい気分だった。
時計を確認して、時間が余っている事を確認する。
自分が個人名義で借りているロッカーに行く。
中から変装用の度のない眼鏡、地味目なキャップ、それに薄い色のカーディガン。
それらを身に纏えば、少なくとも外見から一発でバレることは減る。
マスクもすれば、まぁそこまで話しかけられることもない。
さ、お兄さんの家まで遊びに行こう。
メッセージアプリに連絡を入れる。連絡を入れないで怒られたことがあったから。
これで、少なくとも連絡不足で怒られることはない。
そうして、私は電車に乗り込んだ。
一部の会社員の人が帰宅する時間だったから、電車は思った以上に混みあっていた。
そんな中、見覚えのある顔を見つける。
その人を追って、つい、降りる駅でもないのに私は下車していた。
たくさんの人ごみの中、かき分けるようにして件の人物の背中を追いかける。
背中に飛びついて、驚かしてやろう。
そんなことを、思っていたのだけれど。
その人を見失ってしまって、暫く探し回ったのちに、モニュメントの石像の前で見つけた。
けれど、そこには…彼と一緒に、彼の恋人がいて。
彼とその恋人が、余りにも、楽しそうに。にこやかに笑うものだから。
思わず、憎悪の目を向けてしまう。
あぁ、割り込みたい。あそこに、笑顔で、何食わぬ顔で入っていって。
話題を、自分にすり替えてやりたい。
そうすれば、少なくともあの二人のいちゃつきを見ないで済む。
けれど、私の足は動かなくて。
私は所詮、出遅れた負け犬なことが、嫌と言うほど分からされただけだった。
私の足は、筋肉は、決して動かない。
結局、あの二人は腕を組み、手をつなぎながら改札に入っていった。
思わず、舌打ちをしてしまう。
乱雑にスマホを取り出し、彼の番号に電話をかける。
案の定無視された。
あの人、きっとスマホをカバンの中に突っ込んでるな?
万が一にもスマホで私とのやり取りを見られないようにしているのだろう。
その周到さに感謝こそすれど、苛立ったのは今日が初めてだった。
あぁ、ムカつく。思わず近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばしそうになる。
けど、いったん落ち着いて、怒りを冷まして彼の家に向かうことにする。
今日は平日だから彼の恋人がそのまま家に来ることはないだろう。
多くの社会人は明日も仕事だ。
夕食は彼の恋人に譲ってあげよう。
その代わり、彼の深夜は私がもらうのだ。
私は、そんな強がりを自分を言い聞かせながら、電車に乗りなおすことにした。
彼の家につき、合鍵で部屋の扉を開ける。
整頓されていない彼の部屋は相変わらず散らかっていた。
少し掃除、もとい片づけをする。
ある程度時間がたったら、風呂を沸かして、勝手に入らせてもらう。
彼にプレゼントした、高めのシャンプーやリンス、スキンケア用品は全く使われている形跡がなかった。
そういう所もムカつくなぁ…
風呂から出たら、しっかりと持ち込んだ(彼の家に置いてある)スキンケア用品で保湿して、完璧になったらリビングに向かう。衣服は彼の部屋着をそのまま借りた。ん、落ち着くいい匂いがする。
少し香水をつけて、彼がいつ帰ってきてもいいようにしたら、もう後は待つだけ。
テレビをつけて、あんまり興味のないドラマやアニメを適当に流し見する。
彼が家に帰ってくるまで、退屈で仕方なかった。
暫くすると、扉の前で誰かがドアノブをひねる音がした。
あぁ、ようやく帰ってきたんだ。
私はそう思い、そのままドアの前まで行き、ドアノブをひねった。
そこには、心底疲れ切った顔のお兄さんがいた。
彼は無意味な質問を投げかけてくる。
それに対して適当に答えて、部屋に入るように促す。
何故か自分の家なのに突っ立ってるお兄さんを促して座らせる。
隣に座ると嫌そうな顔をするもんだから言ってやった。家族みたいなもの、なんだもんね?
そう言ってやると、お兄さんは私をガン無視して、一人でボーっとし始めたもんだから…
苛立ちが止まらなくて、思わず突っかかる。
面倒くさいと思われるのは嫌だったけど、いないものとして扱われるのはもっと嫌だった。
たくさん嫌味な言葉を投げかける。
彼の顔が少し歪んで、思わず暴言が飛んでくることを覚悟する。
けれど、彼から聞こえてきたのは、謝罪の言葉と、埋め合わせに付き合ってくれるという言葉だった。
あぁ、もうホントに。
そんなんだから、私みたいな諦めの悪い悪女に付け込まれるのだ。
けれど、彼のそんなところが私は本当に大好きだった。
言葉を並べ立て、グッと彼の顔に自分の顔を近づけて。
私の大好きな、彼との長い夜がいつものように幕を開けた。
恋人が出てきましたね。
今のところ、恋人ちゃんは基本的に恋人、と表記しています。
一応、名前はありますが。
こういうのは代名詞よりも名前の方が良かったりするのかな。