昔から仲の良かった女の子と終わってる関係になる話 作:トマトは後ろから呼んでもトマト
第7話 読者の皆様のお気に召すことを願っております。
男は、スマホを閉じて電車に乗り続ける。
今日は全く楽しめなかった。
明日も、明後日もこんな苦しみが続くのだろうか?
男は、ため息をついた。
今日は祝日で、駅には家族連れがたくさん歩いている。
その中には当然、初々しい学生カップルや、長年連れ去っているであろう老夫婦、楽しそうに両親と手を繋ぐ子供連れなどもいた。たくさんの人が、歩き、笑っていた。
そんな中、完全に疲れ切った、死に体の自分が歩いている。
それも、恋愛がらみの悩みで。
男は、自分の不誠実で優柔不断な性格に情けなくなっていた。
自分と彼らの違いは何だろう?
それは、きっと。
そんな事をぼんやりと考えていると、急に後ろから手を引っ張られる。
その力があまりにも強くて、思わず後ろに倒れ込んでしまう。
そうして、怒号が飛んでくる。
『おい!あんた前見ろ!赤信号だろうが!』
男より少し若い、大学生くらいの男性が男を怒鳴りつける。
…ホントだ。
考え事をしすぎていたらしい。目の前は横断歩道で、男は危うく車に轢かれそうになっていた。
取り合えず、感謝の言葉を伝えないと。
申し訳ない!本当に助かった!
そうやって立ち上がった男は頭を丁寧に下げる。
そんな男の姿に目の前の彼も、男が本当にぼんやりしていただけだと納得したのだろう。
『ほんとに気をつけてくださいよ。危ないですから』
と、先ほどとは違う優しい口調で心配してくれた。
あぁ…本当に申し訳ない。
男はそんな事を言って、彼にお辞儀とお礼をして。
また、自宅に向かって歩き始める。
取り敢えず、帰ってから考えよう。今あの事について悩むのは危険すぎる。そう思って、男はまた帰路をゆく。
あぁ…でも。
もし、本当に車に轢かれていたら。
楽になることが、出来たのだろうか?
そんな考えが男の頭に浮かんだ。
その考えは、男がアパートに着くまで消えることはなかった。
アパートについて、鍵を開ける。
当たり前の話だが、中には誰もいなかった。
男は靴を脱いで自分の部屋の中に入る。
ほとんど飲み物しか入っていない冷蔵庫を開けて、冷え切ったビールを取り出す。
そうして、飲んではみるものの、あまりおいしくは感じなかった。
疲れているのだろう。本当に疲労困憊の時は、何もする気が起きないものだ。
冷蔵庫に溜まっている冷凍食品を取り出して食べようかとも思ったが、結局食べる気にもなれなかった。
何も考える気が起きない体を引きずって、風呂を沸かす。
明日は普通に仕事がある。せめて風呂には入らないと。
そう考えて、男は風呂を沸かして。
沸くまでの間、適当にスナックを体に入れて。
風呂に入って体を乾かした後、すぐに寝た。
明日からの事は、明日の自分が何とかしてくれるだろう。
そんな、適当な事を考えながら。
翌日、早めに目を覚ます。
普段より早く寝たからだろうか?
お腹が減って、どうしようもない。
出社する時に、何か買って食べよう。
そんな事を考えながら、男は出社して行った。
そうして、適当に入った飲食店で朝食を摂って思い出す。
そういえば…明日、シラが家に来るのだったか。
思い出したら胃が痛くなってきた。
今からでも、有休がないと嘘をついてみようか?
そんな事を思うけれど、そうしたところでシラからの振り戻しが悪化するだけだろう。
とりあえず、彼女のフラストレーションを解消しないと何をするか分からない。
男はそう考え、大人しく有休を取ることにした。
有休を取る事を伝える時、上司がすごく嫌そうな顔をしていた。
もっとも、有休自体は普通に受理されたが。
しょうがないだろう。
こっちだって人生の危機なのだ。
男は思った。
仕事を終わらせて、帰宅する。
今日は恋人からも、そしてシラからも連絡はこなかった。
そうして、次の日は訪れる。
天気が悪くて、遠くで雷が鳴っている。ひどい天気だ。
そうして、男が目を覚ますと、インターホンが鳴る。
…まだ午前8時半だった。
男が、猛烈に嫌な予感がしながら扉を開けると。
そこには、可愛らしい笑みを湛えたシラが立っていた。
『入れて?』
シラが張り付けたような笑みで男に言う。
男は、その笑顔を見て何故か動けなかった。
蛇に睨まれたカエルって、こういう事を言うのか。
そんなくだらない考えが、ひどく上滑りしていた。
シラと見つめ合っていると、ほんの少しだけ正気に戻る。
早くないか?
そのような事をシラに言ってみる。
せっかくの休みだし、どこかに出かけようか?とも。
その瞬間、空がピカリと明るくなり、雷の音が響き渡る。
…そういえば外はすごい土砂降りだった。
外の天気の事を忘れて、本当にしょうもない事を口に出してしまうくらいには、今の彼女と閉鎖空間で2人にはなりたくなかった。
しかし、まぁ…
目の前の少女には、彼なりの冗句はお気に召さなかったようで。
『いいから入れてよ』
『一昨日についての、お話をしよ?』
男の提案は、笑顔を張り付けた少女にバッサリと切り捨てられてしまった。
男は大人しく彼女に従う。はっきり言って、シラに従わないとどうなるか分からなかったから。
そうして、一度彼女に背を向け、サンダルを脱ぎ、部屋の中に入ってくるように促す。
一瞬、後ろからあの子が自分の頭めがけて何かを叩き付けるのではないかと恐怖するが…
そのような衝撃はやってこない。
ひとまず安心はする。しかし、その瞬間。
ガチャ
ガチャ
男の真後ろで、念入りに鍵を閉める音がした。
わざわざチェーンまで掛けている。
…少しだけ、嫌な想像が頭をよぎる。
だが、杞憂だろう。
そう思っていなければ、男はその場に立っていられなかった。
立ったままの男に向けて、シラが言う。
『ね、ソファーに座ろ?』
『一緒にさ』
全然笑っていない目でシラが言う。
…はっきり言って、こわい。
こわいけど、従わない場合の事を考えると従わざるを得なかった。
男がソファーに座った。
すると、
『よいしょっと…』
シラが向かい合うような形で男の上に体を置く。
男が思わず抗議の声を上げようとすると。
『…なぁに?別にいいじゃん』
じっとりとした目で男は睨まれてしまい、それ以上何も言えなかった。
シラは無言で男の手に重ね合わせるように自分の手を重ねる。
そうして、ぽつりぽつりと言葉を吐き始める。
『…ねぇ、コンサートの事についてなんだけどさ…』
『…少し、ひどいんじゃない?』
『私、頑張ったよ?貴方にいいものを見せようと思って、一所懸命に努力したよ?』
『普段ならやらないような事だって、やろうとした』
シラは、男の手のひらに重ねていないほうの腕で男のシャツを握り、話し始める。
その言葉は、いつもの強気な彼女とは異なって。
少し、涙声になっていた。
『貴方の為に…』
『精いっぱい!頑張ったのに!』
『それなのに!あの仕打ちはないんじゃないの!?』
涙で頬を湿らせながら、シラは男に思いの丈を吐き出す。
男は思わず驚いてしまう。
彼女との過ちが始まったあの日みたいに、また怒りに身を任せて、衝動的にぶつかってくるとばかり思っていたから。確かに怒りに身を任せてはいる。
しかし、このような涙ぐんだ表現は男にとっては想定していないものだった。
男は黙る事しかできない。それでも、シラの言葉は連なっていく。
『大体さぁ、なんで、なんで私にコンサートに行くなんて言ったの!?』
『最前列で!恋人と一緒に!それならあらかじめ伝えておいてよ!』
『一人で勝手に舞い上がってた私がバカみたい!』
『目の前でイチャイチャしてるお兄さんたちの姿を見せられた私の気持ち考えた!?』
『苛立ちと嫉妬でぐちゃぐちゃになってる私の気持ちを!』
シラの表情と声がだんだんと悲痛なものになってくる。
彼女の怒りが、悲しみへと変質し始めるのを男は感じていた。
『私との関係が嫌になったんだったら突き放してよ!』
『こんな回りくどい手を使わずに!』
『もっと直接!私を突き飛ばしてよ!』
『もうお前との関係はおしまいだって!もう二度と目の前に現れるなって!」
彼女の声が尻すぼみになっていく。
『そうすれば…それなら…』
もはや、目の前のシラは男が恐れていたようなものではなく。
昔から愛する者に縋りつく、みじめで悲しい少女だった。
『それなら…きっと…諦めれる…はずだから…』
シラが頭を下げて、男の服に雫が垂れる。
もはや、彼女の声には力は込められていない。
込められているのは、悲しみと。
彼女の諦めの悪い、男への執着だけだった。
男は、やはり何も言うことが出来ない。
そんな男を知ってか知らずか、シラは涙を流し続ける。
シラからは、先ほどまでの威圧感を感じることはない。
ぽたりぽたりと、大粒の涙が男の衣服に零れ落ちていく。
目の前の少女は、いつもの強気な態度とは一変して、涙を流して悲しんでいる。
男はそんな彼女を見て、思わず。
シラの背中に手を当てて、さすっていた。
自分に泣きついてくる彼女を慰めるように。
少しでも、彼女の悲しみが緩和される事を願って。
男だって分かっていた。
こんな事をしてもより話が拗れるだけだと。
面倒な事態が更に面倒なことになるだけなのだと。
分かっていた。分かっていたが…
それでも、愚かな男は、目の前で泣いている幼馴染がいて、突き飛ばすような選択を取ることはできなかった。
背中を優しく撫でる。
泣いていたシラの涙声が、時間を立てて少しずつ普段通りの声に戻ってゆく。
そうして、暫く経った後シラが顔を上げて、そして話し始める。
目は真っ赤に腫れて、男の事をじっと見つめる。
そこには、大きな歓喜の想いが隠されていた。
涙で目を腫らしながら、シラは話しかけてくる。
涙で目を腫らしていても、彼女は美しかった。
『…ねぇ、今日はお兄さんからやってよ』
『いつもみたいに、私からじゃなくて』
『貴方の方から、たくさん愛してよ』
男は、一応躊躇する。
けれど、自分がシラにした仕打ちが頭を過ぎる。
それに、何より、涙で湿ったシラの顔がとても色っぽくて。
思わず、男はそれを肯定してしまった。あの時と同じように。
あの時と同じように、最悪の選択をしていた。
『…ん。なら、ほら』
『今日は、私はあなただけのものだから』
『…優しくしてね?』
ゆっくりと、シラが手を伸ばす。
その日、男とシラは部屋から出ることはなかった。
そうして、いつもよりも時間をかけた秘め事が終わって。
ひどい罪悪感で、男に頭痛と吐き気が襲ってくる。
男は、この感覚を何度も味わったことがある、しかしいつまで経っても、何度経験しても、慣れることは出来ない。
ただ、今日はシチュエーションも相まってなお酷くて。
いつも以上に自分に対して殺意が湧いた。
シラが、自分に興味を失うまで。失恋を忘れるまで。
そう言って始めたこの関係は、もはや当初の目的が達成されることなどあり得ないのだと。
いい加減、男もそれを認めないわけにはいかなかった。
疲れ切って、ベッドに横たわっているシラを尻目に男は洗面台まで歩いて行く。
鏡に映った自分の顔は、ひどく憎たらしく。
そして、全てに疲れ切った表情をしていた。
過去の自分を呪いたくなってくる。
しかし、いくら呪えども現状は変わることはない。
鏡に映る自分と睨み合っていると、スマホの通知音がなる。
そこには、恋人からの連絡が入っていた。
はっきり言って見ることも気が引けたが、一応連絡を返すために視界に入れる。
すると、そこには。
日曜日、君の家に行くね!楽しみにしてて!
そんな連絡が、恋人から来ていて。
男は、何だか凄く嫌な予感がした。
コンサートを終えて、やるべき仕事を終えた後。
家に帰って、ソファーに体を投げ捨てる。
明後日は休みで、お兄さんに会いに行かねばならないから。
その日が来るまでにできる事を済ませちゃおう。
そう考えて、家でも出来る仕事をしながら思考する。
思い悩む。
彼にこの怒りをどうやってぶつけようか。
ただぶつけるだけでは、彼にストレスをかけるだけ。
ぶつけ方を考えないといけない。
それに…お兄さんは恋人に負い目を感じている。
それは私が彼に付け入ることのできる隙でもあり、あの人とあの人の恋人を繋ぎ止める最後の障壁でもあった。
どれだけ、彼と深い関係になって絡み合っても。
結局、お兄さんの心は恋人に向いたまま。
もしも、今私が彼にあの人との恋人関係を切るように迫ったところで、きっと私との関係を切ろうとするのがオチだろう。或いは、両方との関係を切ろうとするかも。
だから、もう少しお兄さんに浸透させないといけない。
私という存在を。
今、最初みたいに怒りに任せた衝突をしても。
彼の心は遠のいていくだけだ。
だったら、もう少しだけ。
正直に、話してみるべきだろうか?
様々な考えが、頭に浮かんでは消えていく。
どうすれば、お兄さんを私で縛れるだろう?
どんな方法を使えば、私という人間であの人の心に楔を打ち込めるだろうか?
そんな事を考えながら、ゆっくりと夜は更けていく。
翌日になっても、いい案は浮かばなかったけど。
少しだけ、頭の中で渦巻く怒りと憎しみは落ち着いた。
もう少しだけ、正直に。
実直に当たれば、お兄さんは私を見てくれるだろうか?
翌日に備えて寝る前に。
そんな思考放棄にも似た考えが、私の頭に浮かんだ。
午前7時。
タイマーが鳴る前に止める。
ゆっくりと体を持ち上げて、朝ごはんを作り始める。
10分くらいでパパッと作って。
なるべく薄めのメイクをして、勝負服に着替えて部屋を出た。
外の天気は土砂降りだった。
正直、雨はあんまり好きじゃないけど、今日みたいにあの人に会いに行く日はそこまで嫌いじゃない。
この時間帯の電車はとんでもなく混んでいたけれど、これから起こる事を考えていたらそこまで気にならなかった。思考にふけると時間は意外と早く過ぎていく。
そうして、電車に降りて、あの人の家まで歩き始める。
さて、一世一代の大芝居の始まりだ。
あの人の部屋のチャイムを鳴らす。
土砂降りの雨の中、その音だけはしっかりと聞き取れた。
眠そうな顔をしながら、あの人が出てくる。
なるべく、あの人を威圧するような微笑みを浮かべて。
私が怒っている事を分かってもらう。
まぁ…正直言って、どんな顔をしても彼の態度は変わらないとは思うけど。
彼に部屋に入れてもらったら念入りに鍵をかけておく。
…まぁ。これはただの演出。
もしもこれが私の思った通りの働きをしたんだったら。
きっと今日が私の命日になるだろう。
だから、これが仕事をしない事を願っておく。
部屋に入ったら、さっさと本題に入る。
ここはあの人の家なのに、相変わらず座ろうとはしない。
いつもそうなのだ。貴方のそういう他人行儀なところ。
私は好きじゃない。だって、昔はもっと私に寄り添ってくれたから。
まぁ、今の彼との関係性を考えれば、そうなって当たり前だとも思うけど…。
それでも、昔のように笑っていて欲しかった。
座るように促して、彼の膝の上に私も座る。
彼は、何か言いたそうにするけれど。
少し目を向けてあげればすぐ黙る。
利用してる私が言うのもアレだけど。
こういうところは本当にダメ人間だと思う。
もし本当に彼女さんに悪いと思ってるならもっと抵抗するべきでしょ。
恋人に対して罪悪感がないわけじゃないのが尚悪質だ。
ふぅ…。少しだけ、息を吐いて。彼の手に私の手を重ねて。
言葉を彼にぶつけていく。
私の、正直な想い。私が一昨日感じた感情。
でも、ただぶつけるのではない。怒りだけじゃない、悲しみも一緒に織り交ぜて。
一言一言、彼が理解してくれるように。
思わず、熱が入ってしまって。彼を驚かせてしまうけど。
でも、しょうがないでしょう?
これが私の感じている全てで。実際とっても苦しくて、悲しかったのだから。
自然と涙が出てくる。
そうして、その感情を叩き付けた後。
彼に自分を突き飛ばすように言う。拒絶すればいい、と。
本当は、自分でこんなことを言いたくはなかった。
もし、口に出して。彼がそれを実行してしまったら?
そう思うと、余りにも恐ろしくてしょうがなかったから。
本当はウソ泣きをしようと考えていたのだけれど。
何故だか、言葉と一緒に涙が止まらなかった。
彼の胸に頭を押し付けて、縋りついて。
そうして、場を整えて。
私は大きな嘘を吐いた。
嘘だ。諦められるわけがない。
本当に諦められるのだったら、ここまで縋りつきなどはしない。
もしも、貴方が本当にそんなことを言うのなら。
私は、貴方を諦めるより先に、この世を諦めることになるだろう。
あぁ、お願いだから。私を慰めて。
昔みたいに、私の背中をさすって。
そうしてくれないと、私は。
終わりを迎えなければならないから。
そう思っているうちに、彼の手が私の背中に伸びてくる。
優しく、私の事を慰めてくれる。
あぁ…良かった。少なくとも、まだ。
まだ、私は貴方の傍に居られるのだ。
私にはまだチャンスが残されているのだ。
そう思うと、安心して。
なおさら涙が止まらなくなってしまう。
…あぁ。本当に私は最悪な女だとつくづく実感する。
けれど、それでも。
そこまでしてでも、私にはあの人が必要なのだ。
自分の核を、失うわけにはいかないのだ。
私を拒めない、人として最低で。
私にとってはこれ以上ないくらいに好ましいあの人にアプローチをかける。
さっき拒めない貴方が、これを拒めるはずがないよね。
彼と唇を合わせて。
まだ、最悪な関係は継続される。
週末に、終末が訪れる。
…はい。使い古されたネタですね。ごめんなさい。
第八話 出来次第投下させていただきます。