昔から仲の良かった女の子と終わってる関係になる話 作:トマトは後ろから呼んでもトマト
少し閲覧注意かもしれません。直接表現は控えましたが…
第8話 少しでも退屈を紛らわせるものになると良いのですが。
第8話
男はシラを家に送り返す。
そうして、独りぼっちになった部屋で立ち尽くす。
結局、自分は変わることが出来ない。
いつまで経っても、選ぶことが出来ず。
ズルズルと物事を引き摺り続けている。
そうして、もう一年以上たっている。
もう幾ばくもしないうちに恋人にこの関係はバレるだろう。
いや、もしかしたらもうバレてるかも。
そんな考えが男の頭に浮かぶ。
あぁ、もしも。もしも本当にそうなってしまったら。
自分はどうすればいいのだろう?
あの二人からどちらかを選ぶ?
そんな事、男には出来やしない。
出来たのだったら、こんなことにはなっていない。
もしかしたら、恋人が自分に失望して振ってくれるかもしれない。
けれど、そうだとしても。
シラと幸せになることなど、出来るのだろうか?
無理だ。不可能だ。
そんなのは、余りにむごすぎるし、最低だ。
そんな自分に幸せが来るわけもないし、シラを幸せにできるわけもない。
男は自分の幸せはともかくとしても、シラには幸せになってほしかった。自分のような人間になぜ執着しているのかはほとんど理解できなかったが、それでもあの子の傍に寄り添っていたものとして。
あの子の幸せを願っていた。
しかし、その願いはあの子を、そして自分自身を苦しめている。
あぁ、どうしてこうなってしまったのだろう?自分はただ、大事な人を傷つけたくなかっただけなのに。
男の罪悪感が、苦しみが、男の心の中で循環していく。この現象はシラと関係を持ってから度々あった。
シラとの関係が続けば続くほど悪化し、酷くなっていった。
そうして、今。
男は真剣に、大真面目に自分が終わる方法を考えている。
気が付けば、男は自分を終わらせる方法を検索していた。
検索エンジンから相談を促す画面が表示される。
こんな事、誰かに相談できるわけもない。
それに、この問題の原因が己にあることを男は誰よりも理解しているつもりだった。自分が死ねば、全ての問題が解決される。
そんなバカげた極論を男は本気で信じ始めていた。
もう少し、マイルドな表現に変えて、検索してみる。
すると、いくつかの方法が出てきた。
それを見て、男は。
少しだけ、正気に戻った。
妙に生々しい実行方法に触れて、現実に引き戻されたのだ。
男は思いなおす。
取り合えず、今悔やんでもどうしようもない。
それよりも、日曜日に恋人が家に来るのだ。
そっちの方を優先するとしよう。
男は自分の部屋の整理を開始した。
さて、どう誤魔化したものかな。
男は自分の滅茶苦茶になった部屋を見ながら、そう思った。
とは言っても、繰り返し行われた作業なわけで。
男はもう慣れ切っていた。
いつもと同じように部屋を掃除して。
見せても大丈夫なくらいには片づけておく。
なるべく恋人にバレないように、配慮すべきものはきちんと処分しておく。その程度の事しかしていなかった。
残念なことに、男の恋人にはその程度の偽装では一瞬で浮気を見破られていた。
唯一の救いは、男が見破られた事実に気づいていないことだろう。
気づかない振りを続ける限りは、男は罪悪感に圧し潰されずに済むのだから。
そうして、日曜日が訪れて。
恋人が、男の家にやってくる。
部屋のチャイムが鳴る。
いつものように扉を開けると、そこにはにこやかに笑う恋人が立っていた。
『おはよう!』
恋人は男にそういって。
おはよう と。
男もそう返した。
恋人が部屋に入ってくる。
そうして、彼女が自分の家のソファーに座った。
男はなんだか気まずくなって、自分の家の冷蔵庫を漁る。
何か飲みたいものはあるか?
そんな事を恋人に聞いてみる。
『ん~そうだな~』
『普通に緑茶とかお茶でいいよ』
恋人はそう返し、男もちょうど奥の方に置いてあった緑茶を取り出す。
彼女が来た時にいつも使っているコップを取り出し、適当に中身を注いで出す。
『お、ありがと』
そんな風に、二人でいつも通りのやり取りを交わす。
男はさっそく恋人に聞くことにした。
なぜ、急に俺の家に来たいなんて言ったんだ? と。
『ん~…なんで…なんでかぁ』
『なんでだと思う?』
恋人が悩まし気にそんなことを言う。
分からない。いや、まぁ。ちょっと心当たりが多すぎて。
男の背中に冷や汗が垂れる。
ここですっとぼけてもよかったが、何だかそんな事を言える雰囲気じゃないような気がして。素直にわからないと答えた。
すると、
『ホントに分からない?』
恋人が含み笑いを見せる。
『…しょうがないなぁ…私から言ってあげるね』
スッと呼吸をする音がした。
恋人の口が開いて、言葉が吐かれる。
『君、浮気してるよね?』
男は、心臓が止まりそうになった。
いや、もしかしたら。あの瞬間は本当に止まっていたかもしれない。
男は、思わず黙ってしまう。声が出なかったのだ。
男が最も恐れていた瞬間は、実はもう目と鼻の先にまで迫っていた。
男が気づいていないだけだった。
恋人は男の動揺を全く気にせず話を続ける。
『悲しいな~…裏切られてたなんて』
『私と会った次の日とかにその浮気相手と会ってたんでしょ?』
『結構君もいい趣味してるよねぇ?』
恋人がソファーに体を預けながら男をなじる。
それは至極真っ当な言葉で。男にまっすぐに突き刺さる。
男は何も言えない。
ここで反論できるほど、男に余裕は残されていなかった。
『それで、君はどうするつもりなのかな。私よりもその子の方が好き?その子と付き合いたい?』
『…どうなの?』
…男は、答えることが出来ない。
現状に気が動転していて、恋人の質問に答える事よりも先に。
いつから気づいてたんだ? と。
そんな無意味な事を聞いてしまう。
聞いたところでこの状況は何も変わりはしないのに。
『…それって、重要な事なのかな?』
『別に今、君が知る必要はないよね?』
『それに、その発言をするってことは浮気は認めることになるけど』
恋人が、笑顔を顔から消して男にそう言ってくる。
そう言われてしまうと、男は黙る事以外何もできなかった。
実際、それを知ったところでこの絶望的な現状が変わることはない。
この場で最も重要な事は、男の罪がついに明るみに出た。
それだけなのだから。
『で、どうなの?』
『私よりもその子と付き合いたいって感じ?』
もう一度、先ほどと同じ質問が投げかけられる。
もはや、気が動転しているなどという言い訳は通じない。
いい加減、決断を下さないといけない。
それを男も理解していた。
しかし、言葉が出てこない。
どちらかを選ぶべきなのに、まだ選ぶことが出来ない。
自分の優柔不断さに嫌気がさす。しかし、どれほど考えても。
2人との思い出の数々が頭をめぐり、男の決断を鈍らせる。
男はここまで追い詰められても、まだ決断を下すことが出来なかった。
恋人が大きくため息をつく。
『…はぁ…君ってさぁ。本当に…』
恋人が心底軽蔑したような表情で、男を見つめる。
しかし、その顔はすぐにいつもの顔に戻った。
男は動揺している頭でうっすら思う。
何で彼女はこんなにも冷静なのだろうと。
しかし、そのような思考はすぐに露と消える。
それ以上に考えるべき問題が男の鼻先に迫っているから。
男が硬直していると恋人が口を開く。
『…まぁ、いいよ。分かった。一週間だけ待ってあげる』
『その間に、浮気相手の子と話をつけてきたら?』
『君の性格から考えて、その子も結構大事な人なんでしょ?』
『私と同じくらいには』
優しく柔和な、聖母のような笑みを恋人が浮かべながら恋人が言った。
その表情を見て、男の罪悪感はさらに増大する。
自分は何と愚かなのだろう。
浮気をされた人物にこんな顔をさせるなんて。
恋人が見せた優しさは、男の持つ醜悪さをより際立たせていた。
彼女が立ち上がって、男のほうに歩いてくる。
何をするつもりなのだろうか?
男は戦々恐々としてしまう。
そうして、ゆっくりと近づくと。
優しく男の顔に両手を当てて、顔を近づけて、口づけをした。
男は驚いてしまうが、抵抗はしない。
というか、体が驚きで硬直して動けない。
触れ合うようなやり取りの後、恋人の顔が離れる。
『…ぷは』
『それじゃ、また来週。君が、私の思った通りの行動をしてくれる事を願ってる』
『信じてるから』
そう言うと、恋人はドアを開けて、男のアパートから立ち去って行った。
男は思う。
いっそのこと、思いっきり殴りつけて。ビンタとかして。振ってくれれば良かったのに。そうすれば、この選択はしなくて済んだのだ。
しかし、現に今。怒られるべき恋人には、自分の罪は見逃されてしまった。いや、彼女的には最後のチャンスを与えたつもりなのだろう。
その最後の慈悲は、より男を苦しめる。
男は、1人になって。これから自分がどうするべきなのか。
さっぱり分からなかった。
男は、悩み、苦しみ、どうするべきかと思案する。
自分に問いかけ、自問自答する。
文字通り三日三晩考えた。
あの2人には幸せになってもらいたい。
自分の優柔不断なところがあの2人を苦しめている。
自分は地獄に行くし、それでも構わない。
だが、巻き込まれただけの彼女たちは幸せになるべきなのだ!
しかし、自分が決断すれば、必ずどちらかが不幸になる。
どうすれば!あぁ!どうすればいい!?
男がそんな事を思考して。寝不足になりながら、考えれども。
いい案は浮かばない。当たり前である。そもそも最初からそんなものはないのだから。
仕事中ですらそのことが頭から離れない。それを見咎めた上司に怒られてしまう。
そして、上司からこう言われた。
『…はぁ。一回休みを取ったらどうだ?何故かは知らないし、知りたくもないが、相当参ってるように見えるぞ』
『大丈夫だ。お前が休んでも、代わりに誰かが埋め合わせをするさ』
いつもは厳しい上司が心の底から心配してくれて、優しい笑顔でそう言った。
そうして、男は。
上司からその言葉を聞いた時、天命を受けたように感じた。
そうだ。そうじゃないか。
俺がいなくとも、誰かが代わりになるのだ。
恋人がいなくなれば、新しい恋人を作るように。
失恋の相手を見失えば、自然とその傷は癒えていくように。
あぁ、なぜ。こんな簡単なことに気づかなかったのだろう。
男は真理に気づいたように、どんどんと自分の頭の中で話を進めていく。目の前の上司の言葉は男には届かない。
この言葉の後、上司はこう言っていたのにも関わらず。
『それに、お前が倒れたらお前の身近な人が悲しむだろう?』
男には届かない。男は自分にとって重要だと思った部分だけを聞き取り、後のことは聞き流していた。
全てを解決する方法を悟った男は、上司の話を聞き流しながら考える。
それに、この問題の責任は全て自分にある。
なら、なら!
自分が責任をとれば!全ての問題は解決するのだ!
シラが自分のことを諦めないのなら、その場から消えれば、諦めざる終えない。つまり、失恋から卒業してくれるだろうし。
恋人も自分が消えれば、自分の事を見限って新しい出会いを探してくれるだろう。
そして、自分もこの苦しみと悪夢から解放される!
あぁ!なんて素晴らしく!なんて完璧なのだろう!
男はそう考える。
…本当に、そうなのだろうか?
自分が消えれば、問題が消える?
それは違う。男が消えるだけで、問題は残ったままである。
そもそも、男はこの問題が起きている根本的な原因を理解できていない。
それは結局、逃避以外の何物でもなく。
事態をより悪化させるだけなのだ。
しかし、男は気づかない。もはや、男の擦り切れた心は限界を超えていた。
少し考えればわかる事ですら、男は思いつくことはない。
自分に示された天命に、男は感激して思わず涙が出てしまう。
ありがとうございますと、泣きながら上司にお礼を告げて。
今日は早退をとらせてもらう。今の今まで真面目に仕事していたのもあって、何か言われるようなことはなかった。そして、追加で有給を申請する。2日分。
先週は有給をとるのを嫌そうな顔をしていた上司も。
男の憔悴しきった、そしてなぜか涙を流している顔を見て。
特に何かを言ってくる事はなかった。
というか何も言えなかったのだろう。
男はさっさと帰り道を歩く。そして、途中にあるホームセンターに寄る。
実行するには、男の家にあるものでは不十分だから。
そして、やるべき事をやっておく。
ペンを手に取り、紙に文字を書く。
伝えるべき事を伝え、全て自分自身に問題があるのだと。
自分の周りは何も関係がないのだと書き込んでおく。
間違っても、後に語弊を招くことがないように。
他にも、変な騒動にならないように。
ある程度の後始末は自分でしておく。色々と調べながら。
そうして、やるべき事をやっているうちに、気づけば土曜日の深夜になっていた。
そして、最後の仕上げを行う。
おそらく最も困らせてしまい、巻き込んでしまったシラと恋人に対して。
メッセージアプリを使って謝罪とお別れの言葉を送信する。
今思えば、本当に自分は最低な男だった。
こんな自分のどこに惹かれたのかは、さっぱりわからないが。
それでも、男はこれからの彼女たちの幸せを心の底から願っている。
男がチラリと窓から外を見る。
最後に見た外の光景は息を呑むほど奇麗で。
ほんの少しだけ、もったいないなと思った。
そうして、男は最悪な逃避を実行した。
その後に起こる事を、考えもしないで。
広げすぎた風呂敷を畳むのは大変ですね。
なかなかに急展開になってしまいました。
次回は、シラと恋人からの視点でお届けします。
次回 一つ目の結末 最終回です。