艦娘になんてなりたくなかった①
10年前、ある人に命を救われた。無邪気な子供だった頃、その人は道路に飛び出して轢かれかけた僕を庇ってくれた。
「大丈夫!?」
凄く綺麗な人だった。子供だったから、恋とまではいかないけどみとれていたと思う。
感謝するべきだったのに、僕の元に走ってきた母親がその人に浴びせた言葉は罵声だった。
「元艦娘がなんでこんな所を歩いているのよ!? 子供に触らないで汚らわしい!」
母親のその一言に彼女は僕から手を離した。
直後に母親に手を引っ張られたから、振り向き際に一瞬しか見えなかったけど、その人はとても悲しそうな顔をしていた。あの時の彼女の表情は今でも忘れられない。
その人が元艦娘である事を知ったのは少ししてからだった。
艦娘と言えば、僕が生まれた頃に行われていた深海棲艦という化け物との戦争で大活躍し、人類を勝利に導いた人達だ。適正のある人間が志願してなっていたけど戦争末期は徴兵制になっていたと聞いている。テレビや雑誌でも英雄扱いされていて、彼女達をメディア越しに見かける時は今でもある。とはいえ、終戦から10年以上経つ今では終戦したばかりの頃よりも圧倒的に数は少なくなったけど……
英雄のはずなのに何故か僕の周りの人達は彼女を差別する。母親に理由を聞いてみた事があるけど「人間じゃない化け物だから、気持ち悪い」と言っていた。あまり理解はできなかったけど、そういうものだと納得するしか無かった。
今日、10年ぶりに彼女と会う。母親には反対されたけど無視した。夏休みの自由研究という名目だったけど、実際には彼女がどういう生き方をしてきたのかを知りたいというのが本音だった。
彼女は何を見てきたのだろうか? テレビとかの証言集を見ると戦争での活躍談がメインになっているけど彼女の場合は違う気がする。
僕を助けてくれた人の住所は良くも悪くも有名人だったからすぐに分かった。彼女の本名は高塚 結衣さん。町外れの古い一軒家に1人で住んでいる。収入源とかは不明だけど、町中で彼女を見ることはあまり無い。
アポ無しだったけど、連絡の取り方が分からない以上、直接彼女を尋ねるしか無かった。自分の中の不安と戦いながら、彼女の家のチャイムを押した。
「はい」
ガラガラと音を立てて玄関の引き扉が開いた。
「こんにちは。高塚 結衣さんですか?」
「誰?」
無表情の彼女が呟いた。
10年ぶりに見た彼女は少し白髪が見えてきたけど記憶の中の綺麗な人のままだった。あの時は気づかなかったけど、彼女の背は低く小柄な印象を受けた。
「えっと……僕は一ノ瀬 純一です。学校の課題で艦娘だった人の証言を集めていてそれで……」
「帰って」
「うっ……」
いきなり飛んできた冷たい言葉に思わず一瞬たじろいでしまった。
「私じゃなくて戦友会にでも連絡したら? 話してくれる人はいくらでもいると思うよ」
「僕は高塚さんの話を聞きたいんです」
もの好きな人間と思ったのか彼女が小さくため息をついた。
「理由を聞いてもいい?」
「覚えていているかは分かりませんが……10年前、僕は高塚さんに助けて貰ってるんです」
「は?」
高塚さんはキョトンとした顔をした。
「車道に飛び出して車に轢かれかけた所を庇って貰って……直ぐにそれを見ていた母親が高塚さんに向かって息子に近寄らないで! と叫び声をあげていて……その時の高塚さんの悲しそうな顔がずっと忘れられなくて……」
高塚さんは少し考えるような顔をしたがすぐに顔を上げた。
「そういえばそんな事があったね。その時の子供って事?」
「はい……」
少しの沈黙の後に彼女が一瞬、ニヤリとしたような気がした。
「いいよ。気が変わった。話してあげるよ」
「ありがとうございます」
彼女が何を考えたのかは分からない。だけど、話してくれると聞いて内心ホッとした。
「だけど、約束して」
「何ですか?」
「話を最後まで聞くこと。キツイ話が多かったり、大人の話も入るけど絶対に遮ったりしないで」
「分かりました」
高塚さんが引き扉を大きく開けた。
「中で話すから上がりなよ」
「失礼します……」
踏むとギシギシと鳴る床を踏みながら彼女の後をついていき、家の中へと入った。
「散らかってて悪いね」
「いえ……気にしないで下さい」
彼女の家の中は散らかっていた。空き缶やコンビニ弁当の空などのゴミが散乱していた。加えて、掃除もしてないのか辺りに埃が積もっている。だけど、勲章や艦娘だった頃の彼女の写真等は軍人であった時の物は何も無かった。彼女は過去の事を嫌な思い出と思っているのだろうか?
「コーヒーか紅茶ぐらいしかないけど何か飲む?」
丸机に敷かれた座布団の上に座ると彼女が呟いた。
「コーヒーでお願いします。それとできれば砂糖も……」
「悪いけど、出すコップが紙コップしかないから我慢してね」
数分程して紙カップに入ったコーヒーが目の前に置かれた。
「何から話そっか?」
「えっと……艦娘になる前からお願いします」
「初めからだね。分かった」
彼女はポツリポツリと過去の事を話し始めた。
次回から本編です
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