艦娘の戦争   作:黒猫クル

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 妹を守る事を決意した不知火。その行く末は…


憎悪と呪い⑤

「いい加減にしろ!」

 

 妹が着任して2ヶ月後、妹を庇い被弾した私は提督に怒鳴り声をあげられた。

 

「はい……」

「任務に私情を挟むなと何度も言ってるだろ!? どうして改善しない?」

「本当に申し訳ありません……」

 

 初日以降も私は妹に甘い姉であり続けた。妹が被弾しそうになって私が庇う事が多かったし、そのせいで作戦に支障が出る事もあった。ここに来たばかりの時に比べて精神的にも肉体的にも妹は強くなったとは思う。だけど、ここで生きていくのにはまだ足りない。毎晩のように甘えられるし、「姉さん無しでは生きていけない」と言われる事も多い。妹は未だに子供のままだ。

 

「いつまで妹を甘やかすつもりだ? お前と妹の関係を知っているから大目に見てきたがこれ以上は無理だ。今後はお前と舞風は別の任務に当てる」

「待ってください!」

 

 慌てて声を上げた。

 

「私無しで舞風は戦えるレベルではありません。せめて、妹が戦えるようになるまでもう少し……」

「駄目だ」

 

 提督がキッパリと言い張った。

 

「今までに何度も同じ事を言ってきたな? その結果はどうだ? お前のやっている事は軍人失格だぞ? 覚悟して艦娘になったんじゃなかったのか?」

「それは……」

 

 私は覚悟を決めて艦娘になったから、私自身の死は怖くない。だけど、妹の事となると話は別だ。妹は私の命以上に大切だ。

 何もかもが私の妹への甘さが招いた弊害だ。

 

「このまま続けてもお前の為にもお前の妹の為にもならないし、間違いなくどちらかが死ぬ事になる。いい加減、覚悟を決めろ」

「……」

 

 視界が滲む。私は妹を救いたくて艦娘になった。

 

 私は艦娘になった事は後悔していない。過酷な日々だったけど、自分の仕事にプライドを持てた。死者を乗り越えて前へ進む事ができた。

 

 だけど、妹は私の命以上に大切な存在だ。妹が艦娘にならなければ……せめて、ここに来なければこんなことにならなかったのに……視界が滲んだ。

 

「どうしても妹だけは守りたいか?」

 

 私を見ていた提督が小さくため息をついた。

 

「はい……私は……どうなっても構いません。秘書艦でも何でもします。ですから、舞風だけは……私には妹しかいないんです……!」

 

 私の言葉に提督が横を向く。

 

 ポタポタと涙が床に落ちる。両親が死んでから妹とは士官学校卒業後を除いてずっと一緒だった。妹の為に私は強くなった。立派な姉であろうとした。今更、捨てるなんて事ができるはずがない。

 

「……1ヶ月だな……」

 

 提督が呟いた。

 

「舞風の代わりの艦娘を探してやる。それまで生き延びさせろ。それと、お前にはこれまで以上に働いてもらう」

「本当……ですか?」

 

 彼の言葉が信じられなかった。提督の過去は知らないけど彼は軍務に忠実な人だ。飢えていた私に缶詰を渡して艦娘への勧誘をしたのも義務でしかなかったのだと思う。提督として優秀な人間ではあったけど、ずっと冷血漢だと思っていた。

 

「ああ。今までのお前の功績を考えた上での判断だ」

「ありがとうございます……!」

「礼を言うのは妹が助かってからにしろ。妹にも伝えておけ」

「了解です!」

 

 部屋に戻ってから妹に話をすると初めは嫌がったが最終的には分かってくれた。話してる時に心を鬼にしたりしたけど、妹も私の気持ちをわかってくれていたと思う。

 

 

ー--------------------

 

 

 私の努力は無駄だった。

 

 妹は妹なりに頑張ったのだと思う。私が生きる術を教えた時は必死になって聞いていた。訓練の時の態度も全然違うものになっていた。だけど、妹は私と違って耐えるだけの才能や運が無かった。

 妹は提督と約束を取り付けた日の2週間後に戦死した。大規模作戦の最中に運悪く、深海棲艦の戦艦の砲弾が妹に直撃してしまった。他の艦娘が妹を背負ってもらい、帰ることはできたたけど、医務室で助けようがないと判断されてしまった。

 

 医務室のベッドの上の妹を見た時、肩の力がガックリと抜けた。目の前の光景を信じたくなかった。朝、「行ってきます」と挨拶をしたばかりなのに……。

 

「分かっているな?」

 

 提督が手渡した拳銃を震える手で受け取った。冷たくて重い感触。いつもよりもずっと冷たく感じた。介錯には慣れている。今までに何人も手をかけた。だけど、今、私の目の前にいるのは私の命よりも大切な妹……

 

 両親を失ったあの日から妹とはずっと一緒だった。孤児院では妹の為に我慢したし、士官学校でも別れるのは嫌だった。私がどんなに苦労しても妹が笑顔ならそれで良かった。それなのに……

 

 ベッドの上の妹は呼吸が浅い呼吸をしている。意識がなく、被弾した腹部を中心に制服とシーツを真っ赤に染めていた。もう長くないのは明らかだ。

 

 妹の髪に手を触れる。サラサラとした金髪。妹は幸せだったのだろうか? 私に甘えてばっかりだったけども誇れる生き方ができたのだろうか?

 

 孤児院で共に過ごしていた日々を思い出す。妹は泣き虫で甘えん坊だった。辛い日々だったけど私は妹の前では姉として強くあろうとした。それなのに……

 

「楽にしてやれ」

 

 私を見ていた提督が呟いた。

 彼の言う通り、妹への介錯は私がしてあげれる最後の慈悲なのかもしれない。

 

 左手でそっと目を隠すように手を当てた。

 

「ごめんなさい……舞風……」

 

 右手で持った拳銃をこめかみに当てて重い引き金を引いた。

 

 手を挙げていられなくなり、ガックリと両腕が垂れる。目からポタポタと落ちた涙が床を濡らした。

 

 私は妹の為に生きてきた。妹の為に立派な姉になろうとしたし、艦娘という過酷な環境にも適応してきた。だけど、妹が居ない今、私はどうやって生きれば良いのだろうか……?

 

「やっと終わったか」

 

 提督がため息混じりに呟いた。他人事のような彼の話し方に違和感を感じた。

 

「何が言いたいんですか……?」

「今まで邪魔くさかった姉妹の関係がやっと終わって清々したと言っているんだ」

「何のつもりですか!?」

 

 目の前が真っ赤になった。人が変わった様な彼の発言が信じられなかった。

 

「この際だから言うか。俺はお前達二人の仲が嫌いだったんだ。嫉妬していた」

「意図的に舞風を殺したんですか?」

「舞風が死んだのは実力不足が原因だ。それぐらいお前も分かるだろ? いくら俺でも公私混同は避ける。お前と舞風を引き離したのも艦隊運営としての事だ」

「妹の新しい着任先を探すと言ったのは嘘だったのですか?」

「そうだな」

 

 私から顔を背けて素っ気なく呟く提督に激しい怒りが沸いた。提督の胸倉を掴んだ。

 

「ふざけるな!」

「なんだ? お前が俺を殺してくれるのか?」

 

 異常事態なのにも関わらず彼は平然と答えた。

 

「殺すなら早く殺してくれ。俺は生きているのが嫌なんだ」

 

 わけが分からない。提督は私に殺して欲しいと言っている。今までそんな事を言われた事は無かったし、自殺志願者のような素振りも無かった。

 

「話して下さい」

「なんの事だ?」

「提督に何があったのか話して下さい」

 

 提督が小さくため息をついた。

 

「お前は両親を失ったが、俺は深海棲艦のせいで戦争初期に妻と子供を失っている。提督になったのは深海棲艦への復讐のためだ」

 

 深海棲艦への復讐と聞いて納得した。私を艦娘に勧誘した理由もそうだろうし、介錯を強制させるのも精神的に強い艦娘が欲しいからだ。

 

「私達のことを復讐の道具として見ているという事ですか?」

「そうだな。その面でお前はよく働いてくれたよ」

 

 津波のように激しい怒りが私を襲った。

 

「狂人が!」

「そうだな。俺は狂人かもしれない。だが、今はその狂人が求められる時代なんじゃないのか?」

「つっ……」

 

 反論できなかった。

 この戦争は絶滅戦争だ。絶滅戦争下ではとにかく敵を殺す動機のある人間が求められる。下手な慈悲は不要だ。相手を殺さなければ自分達が死ぬのだから。

 

「俺だってやりたくてお前らを前線に立たせているわけじゃない。必要だからやっているだけだ」

 

 提督の言葉に違和感を感じた。彼は何故、わざわざ「やりたくてお前らを前線に立たせているわけじゃない」と言ったのだろうか? 提督が私達を復讐の道具としてしか考えていないのであれば、やりたくない事をほのめかす理由がないはずだ。

 

「本当は、やりたくないって思ってるんじゃないですか?」

 

 私の言葉が図星だったのか提督は私から目を逸らした。

 

「嫌なら辞めればいいじゃないですか……!」

「それができたら苦労しないのが分からないのか? 進む道が間違ってる事は分かってる。だけど、俺は復讐をする事でしか生きていけない人間なんだ……」

 

 彼の目から一筋の涙が流れた。

 

 復讐。それが提督が生きていく唯一の目的となっている。彼のしている事は許される事では無い。だけど、彼は苦しんでいる。本当は誰かに止めて欲しいと思っている。私に殺される事を望んだのはそれが理由。

 

 彼の胸倉を掴む手の力が緩んだ。

 

「お前に憎まれたかった。お前は優秀な艦娘だ。だが、妹を亡くし生きる意味を失いかけている。お前に深海棲艦をもっと殺して欲しかった」

 

 提督が私を煽ったのは、私に恨まれる事によって私に生きる意味を与えようとした為だ。殺されたら殺されたで、死を望む彼にとってはそれで良かったのだろう。どう転んでも彼は損をしない結果になっている。本当にズルい人間。心の底から軽蔑した。

 

「舞風の代わりを探していたのは嘘でしたか?」

「本当は、探していたよ。間に合わなかったがな……」

「舞風を殺した事に罪悪感は感じましたか? 本音を話して下さい」

「感じたよ……お前にもトドメをさせたく無かった。姉妹関係に嫉妬していたのは事実だがな……」

「そうですか……」

 

 私は提督を憎んでいる。妹の介錯を強制させられたし、彼の指揮で妹は死んだのだから。

 だけど、私は彼を殺す事ができない。殺した所で彼は死を望んでいるし、私の自己満足にすらならないのだから。

 

 私は拳銃を下ろし、地面に投げ捨てた。

 

「そうか……」

 

 彼が残念そうに呟いた。

 

「失礼します」

「提督に銃を向けた謹慎処分で1ヶ月だ」

 

 彼の言葉を無視して自室へと向かった。

 

 提督の気持ちは分からなくもない。だけど、私は彼を許せなかった。妹が彼のせいで死んだ事には変わりないし、彼を恨む事でしか私は生きていけないのだから。1人で私は提督への復讐を決意した。憎まれて、私に深海棲艦を殺す事を望んでいる彼の思惑通りなのは癪だけど、復讐しないという選択肢をとる事ができない。

 

 提督を殺す事に意味が無いのであれば生かせばいい。彼は生きている限り、罪を負い苦しみ続ける。彼を生かして苦しめて発狂させて、復讐の対象が消える終戦時には……それが私の考えた彼への復讐だった。

 

 

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