あの日以降、私は誰よりも死を恐れるようになった。艤装の手入れは念入りに行ったし、航空機や深海棲艦が水平線の彼方に映る前に気づくぐらいには勘も鋭くなった。
私が生き延びることと提督が生きる事が復讐する上で最も大切な事だった。提督は生きれば生きる程、罪を重ねて彼は苦しむし、私は苦しむ彼を見ることができる。私からは提督に手を出さずにただ成り行きに任せるだけ。
罪悪感を抱えながら生きている提督は終戦が近づけば近づくほど、彼は自身の存在意義を失って病んでいき、狂っていく。終戦までにどちらかが生きている保証はどこにもない。だけど、私は何を引き換えにしてもそれを実現するつもりだった。
妹の死後、1ヶ月して新しいルームメイトが決まった。彼女と初めて会うその日、私が艤装の手入れをしていると部屋の扉が開いた。
「新人の瑞鳳です。よろしくお願いします!」
元気の良い声に振り向くと1人の少女が立っていた。彼女はセミロングの茶髪をポニーテール状に一房だけまとめていた。
私よりも年上だったが目は新兵のものだった。人手不足が原因だろうが、実戦経験0にも関わらず激戦区の鎮守府に送られた彼女に内心同情した。
「よろしくお願いします。呼び捨てで結構です。食べれる時に食べて寝れる時に寝ておいた方がいいです。それが生きる秘訣です」
「はい!」
笑顔で能天気に答える彼女にため息をついた。
「笑顔でいられるのも今のうちですよ」
一瞬、「明日生き残っていられれば」と言おうと思ったが辞めた。どうせ長生きしないし、1週間以内には死んでいる。
私の嫌味に対して彼女は「分かりました……」と嫌悪感を隠さずに呟いた。
私にとって2人目の相方になる軽空母の瑞鳳との出会いだった。
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瑞鳳が来た次の日の出撃は悲惨な結果になってしまった。先制攻撃を受けてしまった事や部隊が瑞鳳を含めた新兵だらけだった事もあって、私並の古参だった軽空母の祥鳳(瑞鳳の姉妹艦で瑞鳳とは仲が良かった)を一方的に失う事になってしまった。
出撃終わりに提督に呼び出された瑞鳳(恐らく、祥鳳の介錯をさせられたのだと思う)は部屋に帰ってきた時には、目つきが変わっていた。現実を知り、彼女は覚悟を決めたのだと思う。この日の内に、彼女は大人になっていた。
次の日の瑞鳳は旗艦の私に対して自分から攻撃を提案したり、口数が少なくなったりと昨日とは別人のようだった。祥鳳の介錯が彼女を強くしたのだと思う。私の予想とは裏腹に瑞鳳はこの環境に順応する事ができていた。
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瑞鳳が着任して1年が過ぎた。この頃にはお互いにパートナーと言える関係になっていた。お互いに口数は少なかったけど、相手の言いたい事は分かったし、提督が嫌いな事もあって気が合った。
ルームメイトだった事もあって、彼女とは常に同じ戦場で戦った。違う兵科同士だったけど、お互いにお互いの役目を全うできていたと思う。瑞鳳は立派な艦娘だった。
ある日のこと、瑞鳳が明らかに機嫌が悪そうな顔をして部屋に戻ってきた。
「機嫌が悪そうですね」
「秘書艦に任命されたのよ」
「は?」
瑞鳳の予想外の言葉にが思わず身構えた。
「待って! 待って! 本当に任命されただけだから」
「命令ですか……」
「いや、拒否権はあったよ」
「拒否権があった? ならなんで、拒否しなかったんですか?」
「給料をチラつかされて断れなくなっただけよ。私の家が貧乏なこと知ってるでしょ?」
瑞鳳の理由には違和感はない。彼女の実家は貧しく、給料の大半は仕送りに使っていると聞いている。彼女は提督に自分の戦う理由を探せと課題を出されて彼女なりに答えを探していたが恐らく答えは「両親の為」になるだろう。彼女はそれぐらいに両親の事を大切に思っている。
だけど、提督が秘書艦に命じる際に拒否権があったというのは信じられない。提督は彼が気に入った艦娘(重巡以上が彼の好みだったと思う)を秘書艦にする。提督の秘書艦任命は命令されるから強制で拒否権なんて無い。そういう艦娘を何人も見てきた。
ただ、強制しないと秘書艦になる艦娘がいないのも事実だ。この鎮守府の艦娘は誰しも提督の事を嫌っていたし、秘書艦任務で彼と過ごす時間が増える事を喜ぶ艦娘はいないだろう。必然的に秘書艦になろうとする艦娘は皆無だった。
「何? 何か変なことある?」
私の反応を不快に感じたのか、瑞鳳が不満そうな顔をした。
「拒否権があったことを意外に感じただけです」
「そんなに珍しいの?」
「いつもなら命令ですよ」
今までの秘書艦の事を軽く話すと瑞鳳は黙って聞いていた。
話していて気づいたが瑞鳳は何かと提督に優遇されている気がした。提督が彼女にわざわざ「戦う意味を見つけろ」なんて言うのは、戦う意味を見つけて生き残って欲しいと言っているようにも聞こえるし、秘書艦になるのにも強制でなかったのには違和感を感じる。
しかし、秘書艦に任命されたのもどうして瑞鳳なのだろうか? いくら軽空母と言っても彼女の体は年齢の割には子供っぽいし、提督好みの見た目ではない。何もかもが分からない。
話の終わりに「そうなんだ」とうなずく彼女に思い切って聞いてみることにした。
「前々から思っていたのですが瑞鳳は提督に優遇されていませんか?」
「そう?」
私の言葉に瑞鳳が怪訝な顔をした。
「提督の秘書艦任命に拒否権があったのは私の知る限りだと瑞鳳だけですし、どうして瑞鳳が秘書艦に任命されたのか理由が分かりません」
「秘書艦に指名された理由なんて私も分からないよ。提督がロリコン趣味なだけなんじゃないの?」
「そうですか? 提督の秘書艦は瑞鳳を除くと皆スタイルが良いですよ」
「それはそうだけど……」
二人でしばらく考えたが提督が瑞鳳を秘書艦に任命した理由は分からなかった。
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提督が瑞鳳を優遇している事が憶測から確信に変わったのはそれから1年してからだった。
この頃、提督に同情した1人の艦娘がいた。彼女とは任務の事以外で話したことは無いし、名前は忘れてしまった。瑞鳳から彼女が提督を放っておけないと言っていたことを聞いた。秘書艦に志願して彼と肉体関係に至った事も……
その艦娘は着任して半月ぐらいで戦死した。戦場に殿として残されての最後だった。死体の回収すらできなかったらしい。私は、この時点では提督は彼女の事を駒としてしか考えていなかったと思っていた。
彼女が戦死した翌日、秘書艦の仕事があった瑞鳳が笑いながら部屋に帰ってきた。
「楽しい事でもありましたか?」
壊れたように笑う彼女を少し気味悪く思いながら声をかけた。
「うん。最高だよ。初めて提督を言い負かしたんだ。アハハ」
「詳しく聞かせてくれませんか?」
話によると瑞鳳は提督が昨日を含めて一日中、食事を取らなかった事に気づいた。その点を指摘すると提督は頑なに食事が不要な事を主張しようとする。
この時点で瑞鳳は彼が彼に同情した艦娘を殺した事を後悔していると確信を持つ。弱味を見せた提督を瑞鳳は言葉で強く攻撃した。提督は興奮状態で「黙れ!」と叫び、瑞鳳に減給と1ヶ月の謹慎処分を言い渡し、瑞鳳は嫌味を言って笑いながら執務室をあとにした……そんな話だった。
「提督の顔、最高だったよ。不知火にも見せてあげたかったな。アハハ……」
話しながらもゲラゲラと笑う瑞鳳に彼女の本性を垣間見た気がして少し怖くなった。だけど、彼女が見た提督の顔を想像すると口角が吊り上がるのを感じた。私も彼女と同じ穴のムジナなのかもしれない。
「そうだ! たしか、戸棚にいいワインがあったよね? お互いにいつ死ぬか分からないし、この機会に開けちゃおうよ」
「私はまだ、酒にはあまり慣れていませんが良い機会かもしれませんね」
悪趣味だと感じつつも戸棚を開けて奥に入れてあった白いラベルの赤ワインを取り出した。瑞鳳が誕生日か何かの時に提督から貰ったものだが、提督の不幸を祝って飲む事に皮肉を感じた。
この頃の私は酒にあまり慣れていなかった。艦娘になってからは未成年であるのにも関わらず、普通に飲まされたが、苦味のある薬のような味があまり好きになれなかった。瑞鳳はアルコールの味が気に入ったらしく、休みの日になるとよく飲んでいたが私がアルコールを飲むのは彼女との付き合いが大半だった。
2人で酒を飲んでいて、今回の件で瑞鳳が優遇されていることに気づいた。明らかに提督の逆鱗に触れることを言っているのに減給と一か月の謹慎処分で済んでいる。私が彼に銃を向けた時には1か月の謹慎処分だったがそれに減給処分がついただけだ。私が同じことをやったとしたらこんなものじゃすまないと思う。
提督にとって瑞鳳は、一体何なのだろうか? 瑞鳳は提督好みの容姿ではないし、秘書艦としての仕事も特段優れているわけでは(瑞鳳の話を聞く限りでは)ない。それなのに、提督は彼女を特別扱いする。まるで、死んで欲しくないかのように。大切な身内のように……
思いついた身内という言葉にもしかして……という考えが浮かんだ。
「瑞鳳、聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」
「アハハ、どうしたの不知火?」
顔を赤くした彼女が上機嫌に笑いながら答えた。
「瑞鳳は提督の遠い親戚という事は無いですよね……?」
私の質問に瑞鳳がムッとした顔をした。
「は? そんな事あるわけないじゃん。提督と私は出身地が違うし、私の両親の両親も親との縁を切って、結婚しているから有り得ない。酒が不味くなるから変な話はやめてよ」
「すみません……」
頭を下げて謝った。瑞鳳の話に嘘は無いと思う。
コップに入れられた鮮やかなルビー色の液体に口をつけると上品だけど酸味と苦味の調和した豊かな味が口の中に広がった。
提督と瑞鳳に親族的な繋がりは本当に無いのだと思う。それなら、何故、瑞鳳を身内のように扱うのだろうか? 考えていて提督が独り身だった事を思い出した。
提督には娘と妻がいたが深海棲艦に殺されている。それ故に彼は無敵の人であり、自身の死すら恐れていない。提督はそんな人間だが、彼に同情した艦娘には依存していたのだと思う。そうでなければ鈍感な瑞鳳が気づくような事になっていない。
あくまでも私の予想でしかないが、彼は妻か娘のどちらかと瑞鳳を重ねてしまったのではないだろうか?
そうだとすれば、瑞鳳の優遇も納得がいく。提督は死んだ身内と瑞鳳を重ねてしまった。ただ、それだけの話なのだから。
「不知火、何か考えてない?」
「いえ、別に……」
「考えたってしょうがないから今は楽しもうよ。ほら、飲んで」
「はい……」
中身が少なくなった私のコップに瑞鳳がワインを注いだ。注がれたワインに再び口をつけると、先程よりも苦味を強く感じた。
ふと、仮に私の想像が合っているなら瑞鳳を傷つければ間接的に提督を傷つけられるのではないか? という考えが浮かんだ。
提督は基本的に公私混同を避ける。だからこそ、彼は肉体関係にあった艦娘を見捨てたし、その決断に苦しんでいた。もし、仮に瑞鳳が戦死したり事故死したとすれば提督は……?
「どうしたの不知火? また考え事?」
「いえ……なんでもありません」
自分の頭の中の邪念を振り払った。
瑞鳳は戦友だ。いくら私の目標が提督への復讐だったとしても彼女を利用して良い理由にはならない。加えて、私の予想に証拠があるわけではない。
馬鹿らしい妄想をした自分に軽い嫌悪感を感じてこれ以上、考えるのをやめた。
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1年が経った。
結局、私は瑞鳳を傷つける事は無かった。瑞鳳は私の戦友であり続けた。
彼女との別れは唐突にやってきた。提督が瑞鳳に転勤の提案をして瑞鳳がそれを受けた。ただそれだけの話。大規模作戦終了直後の秘書艦任務から帰ってきた彼女からその話を聞いた。
唐突な事に驚いたし、別れることに寂しさを感じたが素直に彼女を見送ることにした。
瑞鳳がいなくなる前々日に二人で居酒屋に入って二人で潰れるまで飲み明かした。
彼女とは艦娘としての戦歴の中で最も付き合いが長い艦娘だったし、人生で一番楽しい飲み会だった。
瑞鳳の新しい着任先は比較的落ち着いている後方で提督も優秀な人間らしい。流石に彼女も自分が提督に特別扱いされている事に気づいたらしく、特にその話題で盛り上がった。
瑞鳳が鎮守府から去る日、私は執務室の外で提督と瑞鳳二人の会話を盗み聞きした。
瑞鳳が自分への優遇の理由を提督に問い、提督は教える代償に瑞鳳の見つけた戦う理由を求める。瑞鳳が言いずらそうにしながらも、それ(瑞鳳の戦う理由は両親を笑顔にしたかったから、だった)を話すと提督がようやく瑞鳳を優遇した理由を話した。
私の予想通り、提督は瑞鳳と娘を重ねていた。娘のように見ていたからこそ、甘かったし、できるだけ戦闘から遠ざけようとした。秘書艦にしたのもその一環なのだと思う。
瑞鳳が最後に提督に言った言葉は「今までありがとう」だった。
瑞鳳は提督の事を恨んでいた。だけど、実際には提督を言い負かしたあの日の事を後悔していた時もあったし、ある種の絆を感じていたのかもしれない。そう思えるほどに2人の別れは穏やかだった。
瑞鳳は新天地で活躍しただろう。それだけの実力も運も彼女にはあったのだから。だけど、それも長くは続かなかったと思う。
瑞鳳が戦う理由である彼女の両親は彼女が鎮守府を離れてから2ヶ月後に空襲で戦死してしまったのだから……
現代編は必要は必要だと思いますか?(よろしければ投票した理由を一言で良いのでコメントにお願いします)
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いらない
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どちらでもいい