艦娘の戦争   作:黒猫クル

14 / 57
次回がラストです


憎悪と呪い⑧

 私は、彼の仕事を手伝いつつも嫌味を言う時は的確に彼が傷つくように言うことを意識した。日が経つにつれ、提督は私を恐れるようになった。私が秘書艦の時には一日中イライラしているし、意図的に私の秘書艦任務の日を削ろうとする。他の秘書艦から私の秘書艦任務の時間が少ないことを羨ましがられる時もあった。

 そんな日は、その艦娘と一緒にシフトを変えられないかと提督に直談判に行く。大体は拒否されるが提督が臆病なことや私から逃げていることを指摘すると彼はそれを否定するためにシフトを変えざるを得なくなることが大半だった。

 

 そんな下らない彼の強がりを私は笑った。他の艦娘がいない時の彼の前で馬鹿にしてやった。私に馬鹿にされるたびに彼は興奮状態になり、よりいっそう強がろうとする。そうするとまた私に馬鹿にされる悪循環。

 

 悪循環の中、提督はこれまで以上に急速に疲弊していった。

 

 

ー--------------------

 

 

 鎮守府に戻ってから一ヶ月して、提督が殺されかける事件が起きた。

 犯人は提督に仲間の介錯を強要される予定だった艦娘(彼女の同室の人間は見るからに助からない状態だった)で、提督を目の前にした彼女は彼を撃ち殺そうとした。

 

 咄嗟に私が提督をかばい、彼女は他の艦娘に取り押さえられた。提督に怪我は無かったが、私は右目付近を負傷してしまい、医務室に送られることになった。

 

「大丈夫?」

 

 目を覚ますと、陽炎が私を見つめていた。視界に違和感を感じ、怪我をした右目付近に手を触れると包帯が巻かれていた。

 

「はい、平気です。どれぐらい寝ていましたか?」

「丸一日よ。相変わらず早いわね」

 

 丸1日……偶然にも今日は1年でも数少ない休日だったから仕事の心配はしなくても良いと思う。

 

 外を見ると大雨が降っていた。大きな出撃は無いだろうがこの調子だと出撃中の艦娘は苦労しただろう。負傷して1人で休んでいる自分に罪悪感を感じた。

 

「ねぇ、聞いていい?」

 

 陽炎が呟いた。

 

「何ですか?」

「どうして、司令を庇ったの? 嫌いなんでしょ?」

「陽炎も私と同じであれば、庇ったのでは?」

「私じゃなくて貴女の事を聞いているの。どうして? 艦娘としての義務だけじゃないんでしょ?」

 

 本当は分かっているはずなのに……。わざわざ答え合わせをしようとする彼女に内心ため息をついた。

 

「分からないのですか? 司令を苦しませたいから、ですよ」

 

 陽炎の顔が曇る。

 

「殺すよりも生かしておいた方が苦しめられるって事?」

「そうですね」

 

 私は自分の利益無しに提督を助けたつもりは無い。彼を苦しめ続けたいからこそ彼を助けた。死は彼にとっての救済なのだから。

 

 それに、今回は偶然にも提督をより強く傷つける武器が手に入った。その面でも都合が良かった。

 

「分かった。私と再会した時から貴女は何も変わってないのね」

「はい」

 

 陽炎が小さくため息をついた。

 

「話は変わるけど、整形は受ける? このままだと顔に火傷の跡が残るし、美人な顔が台無しよ? 」

「受けません」

「苦しめる為……ね…… 」

「はい」

 

 私の手にした武器、それは顔の火傷の跡だった。私の火傷の跡を見る度に彼は私を意識するはずだ。より強く罪悪感を感じるはずだ。

 それらが私の思い込みでしか無かったとしてもそれはそれでいい。私にとって顔の火傷の跡は復讐の象徴でもあるし、彼への復讐心を忘れない為の物でもあるのだから。

 

「分かった。貴女がそれならそう伝えておいてあげる。残って後悔しても知らないわよ」

「今更後悔することもありません。外面なんてどうでもいいです」

「そう……」

 

 陽炎はそう呟いて部屋を後にした。

 

 

ー--------------------

 

 

 私の予想通り、提督の怯えが強くなった。彼は私が秘書艦になると平常心を保つ事すらできていなかった。常にオドオドしているし、私に対して暴言を吐く事も増え、殴られる時さえある。暴言を吐かれても殴られても私は抵抗をせずに嫌味を言い、笑いながら彼に答え返す。その度に提督は興奮状態になり、また私に暴言を吐くか項垂れてしまう。その繰り返しだった。

 

 彼は特に私の火傷痕の付いた右目で見られるのを嫌がった。秘書艦任務の際は私を左側に座らせ、意図的に私の火傷痕を視界に入れないようにしていた。私は不意に右目の視界に提督を入れ、彼を見つめる。提督はそれに気づくと化け物を見たようにギョッとして、慌てて眼をそらそうとする。傍から見ると猫が獲物をいたぶるような光景だったと思う。

 

 顔を負傷して1ヶ月を過ぎた辺りから提督が耐えきれなくなったのか無謀な作戦に投入されたり、なんの前触れもなく急に他の鎮守府に飛ばされたりもした。

 

 彼が私を遠ざけようとしていることは明確だったが、何をされても私は帰ってきた。どんな激戦でも私だけは生きて帰ってきたし、他の鎮守府でも現地の提督の脅迫やクーデター紛いの事等のありとあらゆる手段を使った。

 

 日が経つにつれて私の悪評が広まった事で私の転勤を受け入れなくなり、戦局が落ち着いてきた事や私を殺した所で罪悪感が更に強まるだけな事に気づいたのか無謀な作戦にも投入されなくなった。

 

 

ー--------------------

 

 

 ある日の事、私は別の鎮守府に着任する事になった。もっとも長居するつもりはなく、脅迫してでもすぐに帰してもらうつもりだった。

 

 提督は30代ぐらいの穏やかな風貌をした若い男性だった。優秀な提督と聞いていたし初印象も悪いものでは無かった。

 

「不知火です。ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします」

「君が不知火か。噂は聞いているよ」

 

彼の言葉に違和感を感じた。

 

「何が目的ですか?」

 

 私の事を知っているのであればわざわざ私を呼ぼうなんて思わないはず。それに、今回は陽炎は着いてきていなくて私一人が引き抜かれた形だ。私自身に何かしらの目的があるとしか思えなかった。

 

「君にしか頼めない事があるんだ。それが終わったら明日にでも鎮守府に返すよ」

「何ですか?」

「瑞鳳に会ってくれないか?」

「瑞鳳にですか?」

 

 瑞鳳の名前を聞いて彼女が送られた鎮守府である事を思い出した。瑞鳳とは別れてから初めの1ヶ月は文通をしていたがお互いに忙しくなり、今は全く連絡を取れていない関係だった。

 

「君がいた鎮守府の元ルームメイトで戦友なんだろう? ここに来た当初は真面目に働いていたんだが……2ヶ月したぐらいだったかな……急に酒に溺れたんだ。今の彼女は誰が話しかけても話を聞いてくれないし、話そうともしない塞ぎ込んでいる。だけど、元戦友ならば、と思ってね……」

 

 着任から2ヶ月経ったあたりから豹変したと聞いて納得した。瑞鳳の両親はその頃に死んでいるし、彼女が潰れたのはそれが原因だろう。

 正直に言って私一人で何とかなるとは思えない。今の瑞鳳の心の傷がどれくらい深いかによるけど、かなりの傷を負っている事には間違いない。加えて、他人に発破をかけるのが上手い陽炎がいれば少しは話が違ったと思うけど今は私一人しかいない。その面でも自信が無かった。

 

「瑞鳳を立ち直らせる保証はありませんがそれでもよろしいのですか?」

「ああ、構わない」

「承知しました。今の瑞鳳はどこに?」

「工廠に瑞鳳と付き合いのある若い整備兵がいるはずだ。手間をかけるが彼に聞いてくれ」

 

 瑞鳳と付き合いのある整備兵はすぐに見つかった。彼は私と同い年の青年だった。

 

 彼に教えてもらった居酒屋に向かうとカウンター席に変わり果てた戦友がいた。

 

「ご一緒してもよろしいでしょうか?」

 

 後ろから声をかけると彼女が振り向いた。私を見た彼女は一瞬、驚いた顔をした。

 

「不知火……久しぶりだね」

「瑞鳳、お久しぶりですね」

 

 かなり飲んでいたのか瑞鳳は赤い顔をしていた。遠目からは分からなかったけど、髪をよく見ると白髪が何本か見えている。

 

「生きてたんだ。よくここが分かったね」

 

 激戦区の鎮守府だったからどこかで死んだとでも思われていたのだろうか? 今の瑞鳳に私の生死には興味はないと思うが小さな不快感を感じた。

 

「勝手に殺さないでくれますか? そう簡単に死ぬ気はありませんよ。場所は瑞鳳と仲が良いと他の艦娘が言っていた整備兵から聞きました」

「仲が良い……か……」

「違いますか?」

 

 私は瑞鳳の横に腰をかけてビールを注文した。

 

「間違ってはないけどあってもいないと思う」

 

 瑞鳳から彼と付き合っている事を聞いた。ただ、瑞鳳は彼に好意が無く彼から一方的に好かれているだけ。瑞鳳は彼を鬱陶しいと思っている。しかし、別れる気にもなれない……そんな話だった。

 

 私には瑞鳳が彼の好意に甘えているように見えた。

 

「交際相手ができたことを祝うべきでしょうか?」

「祝わなくていいよ。向こう側から一方的に好かれてるだけだし」

「そうですか……」

 

 沈黙が流れた。

 瑞鳳は無言で酒を飲んでいる。彼女の言いたい事を言わせて、聞き手に回ろうと思っていたけども、自分の身に起きた悲劇を話すのが嫌なのか話そうとしない。このままでは埒が明かないし、私から切り出す事にした。

 

「例の話、聞きましたよ」

「そっか……」

 

 瑞鳳が目の前のコップに入っていたアルコール飲料を一気に飲み干す。彼女がそのまま背中から倒れそうになったから咄嗟に手を出して体を支えた。

 

「大丈夫ですか?」

「うん……慣れてるから……」

「無理しない方が良いですよ」

「不知火……」

 

 瑞鳳と目が合った。彼女の目はオレンジ色の子供のように澄んでいた。共に戦っていた頃の彼女とは別人のように感じる。

 

「何が……悪かったのかな……?」

 

 瑞鳳の目から流れた一筋の涙が彼女の頬を伝った。

 

「私、頑張ったんだよ。どんなに辛くても耐えたんだよ……それなのに……どうして……? どうしてお父さんとお母さんは死んだの? 私、どうすれば良かったの?」

 

 瑞鳳は泣きながら話し続けた。彼女は鎮守府に来た当初は子供だった。しかし、過酷な経験を積むにつれて急激に成長し大人になっている。だけど、目の前で泣いている彼女は1人の少女だった。

 

 彼女の姿が泣いてばかりいた妹の舞風と重なった。

 

「何が悪かったのかは分かりません。ですが、瑞鳳が悪くない事だけは事実ですよ」

 

 妹相手だったら、抱き締めて頭を撫でてあげるけど流石に歳上の瑞鳳相手にそれをすることはできない。私のできることは落ち着いた声で事実をゆっくりとはっきりと伝える事だけだった。

 

 何が悪かったのかは分からない。だけど、瑞鳳には何の責任もないし、冷淡な言い方をすれば……運が悪かったと言うしかない。それだけは事実だ。

 

「ありがとう……」

 

 その後もしばらく会話が続いたけども私は聞き手に回った。下手に傷に触れるのは逆効果だし、彼女の話したい事を話させるべきだから。

 

「すみません! 遅くなりました!」

 

 どれぐらい時間が経っただろうか? 居酒屋の扉が開いた。視線を向けると瑞鳳の交際相手である整備兵の彼がいた。

 

「私は消えた方が良さそうですね」

 

 彼が来たとなると私は邪魔者でしかないと思い、私は席を立った。

 

「不知火……今日はありがとうね」

 

 そう呟いた瑞鳳の顔は少しスッキリとしていた気がした。

 

「瑞鳳、貴女が救われることを願っています。生きていたらまたお会いしましょう」

 

 居酒屋を出る前に彼女の交際相手の彼をチラリと見た。彼は本気で瑞鳳の事が好きなのだと思う。私では瑞鳳を助けるのは無理だけど、もしかすると彼ならば……そう思ったけども下手な事はするべきでは無いと思い声を掛けるのを辞めた。

 

 私との話で瑞鳳は少しでも救われたのだろうか? 私のような人間にその資格があるかは分からないけど心から彼女の幸福を祈った。

 

 戦後の瑞鳳の事はあまり知らない。瑞鳳は戦友会には顔を出さないしたまに文通をするぐらいしか繋がりがない。ただ、私の祈りは届かなかったし、彼女は救われなかったのだと思う。今の瑞鳳は一人暮らしなのだから。

 

現代編は必要は必要だと思いますか?(よろしければ投票した理由を一言で良いのでコメントにお願いします)

  • いる
  • いらない
  • どちらでもいい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。