今作から一話当たりの字数を増やします。
私はできる人間だった。何もかもが人並み以上の優等生。周りから一目置かれていたし、真面目な妹からも尊敬されていた。それに、容姿が良いからそれなりにモテた。このまま平穏な人生を送ると思っていた。
運命の変わり目は14歳の時。戦争が始まった。メディアは戦争のこと一色となり艦娘の志願生の募集が始まってからはそのことばかり報道していた。志願生の募集がプロパガンダであることにはすぐに気づいた。やり方が学校でウンザリするほど聞かされた先の大戦と同じだったから。
反戦教育をしながらいざ、戦争になったら先の大戦と同じことをする大人のやり方を軽蔑したものだ。両親も私と同じだったし、妹もそうだった。
だけど、艦娘の適性があることが分かると私は同じ考えの妹と共に艦娘に志願した。実際に被害にあった地域の映像を見ると心が傷んだし、国を守る為に誰かが犠牲にならなければならなかったのは事実だったから。
両親は反対したけど私と同じ考えの妹と一緒に説得した。「娘を戦場に送るなんてとんでもない」と中々納得してくれなかったけど、何度も繰り返して話をしていたら、最終的には(生きて帰ってくることを約束させられたけど)私達の意志を優先してくれた。
こうして私と妹は艦娘になることになった。
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訓練施設で体力作り等の基礎的な訓練を受けたり、教育を受けてから艦娘になって、士官学校に送られた。なった艦のモデルは私が陽炎型1番艦の陽炎で妹は15番艦の野分だった。
陽炎型が量産された艦型ということもあって、多くの義理の妹ができることになった。その中で私達の最も身近にいたのは2番艦の不知火と18番艦の舞風の2人だった。2人は実の姉妹で不知火は私よりも1つ年下、舞風は私の妹と同い年で私よりも3つ年下だった。
士官学校では自身の艤装のモデルになった姉妹艦同士で部屋を共有する。その関係で私は不知火がルームメイトになり、妹は舞風がルームメイトになることになった。
「陽炎さん。よろしくお願いします」
目の前の少女が私に深く頭を下げた。
「不知火、よろしくね。呼び捨てでいいわよ」
不知火の初印象は真面目な大人びた少女というものだった。声は私よりも低く、表情にも起伏が少ない。歳は私よりも下のはずだったけど、まるで向こうの方が歳上のようにも感じた。
「ねぇ、ちょっと聞いていい?」
「どうしました?」
「不知火は、なんで艦娘になったの?」
笑顔で聞いたけど意地の悪い質問をしたと思う。どうせ、国の為とか皆を守りたいとかそんなプロパガンダに踊らされた答えが帰ってくると思っていた。
だけど、帰ってきた言葉は予想外な物だった。
「そうしなければ生きていけなかった。ただそれだけです」
「どういうこと?」
「空襲で私は両親を失いました。残ったのは私と妹だけで、孤児院で過ごしていましたがそこで海軍の関係者に拾われ、艦娘になりました」
「そう……」
面食らうとはこのことを言うのだろうか? 私は自らの傲慢さを恥じた。
「舞風も同じ?」
「妹は私から離れたくないだけです。孤児院に置いていこうとしましたが私と一緒にいたいと言われ、断りきれませんでした」
「……苦労してるのね……」
不知火の方を見ていられなくなり顔を逸らした。彼女は私なんかよりもずっと苦労している。世間なんて関係ないのだろう。自分が生きるか死ぬか。それが彼女の全てなのだから。
「陽炎は?」
「私は誰かがやらなければならないと思ったからよ。妹も同じ。世間の熱に騙されずに自分の意思でなったわ」
「そうですか」
不知火がつまらなさそうに呟いた。軽い苛立ちを感じたが何も言うことができずに私は我慢するしかなかった。
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艦娘としての生活が始まった。私は自分ができる人間だと思ってた。だけど、その自信を不知火に全てへし折られた。
彼女は私よりもできる人間だった。歳下なのに何もかもが私よりも優れていて他の妹達からも尊敬されている大人びた性格。彼女への敬意が嫉妬に変わるまではそこまで時間はかからなかった。
人は嫉妬が生じると相手の嫌なことが嫌でも目に付く。私も例外ではなかった。不知火は艦娘としては優秀だけど、私生活はダラしない。ベッドの横 にゴミは常に転がっているし、衣服も無駄だからと言って畳もうとしない。指摘しても改善しない態度が余計に私を苛立たせる。妹の舞風は素直で良い子なのに姉はどうしてこうもいい加減なのだろうか?
しばらくして、不知火が妹のことしか考えていないことに気づいた。いつも妹のことを気にしているし、妹も彼女に甘えていた。彼女にとっては妹が全てなのだろう。艦娘として強くなるのも妹を守る為の手段でしかないし、それ以外のことには興味が無い。不知火にとって義理の妹の野分と私のことは、親しい身内という立ち位置でしかないのかもしれない。
言いたいことはいくらでもあった。だけど、私が不知火に対して優位に立っていることは、私が義理の姉で歳上であることしかない。そのせいで日常生活のことぐらいしか私が言えることはなかった。
だけど、義理の姉としてせめて、二人の歪んだ共依存関係だけは何とかしなければならないと思う。2人の共依存に気づいてから2ヶ月ぐらいして妹に協力してもらい、舞風を自室に呼ぶことができた。
「失礼します」
舞風の顔を見て私は笑顔を作った。
「忙しい所、悪いわね。お茶を入れるからそこに座って待ってなさい」
「はい」
舞風が笑顔で椅子に座る。相変わらず素直で良い子だと思った。不知火は話を聞かないけど彼女なら聞いてくれるだろう。
「陽炎姉さん、話したいことって何ですか?」
舞風が私から湯呑みを受け取って呟いた。私は自分のコップに口をつけてから彼女と目を合わせた。
「率直に言うわ。貴女、不知火に甘えすぎじゃない?」
「そうですか?」
「甘やかす不知火も不知火だけどいつも、不知火にベッタリじゃない?」
「それは……」
舞風の顔が曇る。少し罪悪感を感じたけど姉としての義務だと思って心の底に押し込んだ。
「厳しいことを言うけどいい?」
「はい……」
「貴女、不知火のことを考えたことがある?」
「……少しは……」
少しの沈黙の後に舞風が小声で呟いた。
「気づいているのか分からないけど貴女、不知火の足を引っ張ってるのよ」
不知火はできる艦娘だ。だけど妹の舞風は何もできない艦娘。座学も実技も成績は悪いし、4人の姉妹の中で落ちこぼれと言ってもいい。舞風にも自覚があるのだと思う。
舞風は何も話さずに沈黙が流れた。
「確かに不知火は何も言わないし、本人も無自覚なのかもしれない。だけど、いつか別れは絶対に来る」
「はい……」
「貴女のために言うけど、甘え続けるのは貴女の為にもならないし、不知火の為にもならない。いつまでも子供でいずに少しは自立しなさい」
「……分かりました……」
舞風が震える声で呟いた。
私の見込み通り、舞風は不知火に依存していたのだと思う。不知火から離れて自立していくことの必要性を感じながらも不安なのかもしれない。だけど、2人のために必要なことだ。
私は笑顔を作り、今にも泣きだしそうな彼女の頭を撫でた。
「大丈夫、舞風ならできるわ。あの、不知火の妹でしょ?」
「はい。私……頑張ります!」
舞風の言葉にふと、不知火へのある種の優越感を感じた。不知火は舞風をコントロールできないのに対して私はそれができてる。それが気持ち良かった。
「私も野分も応援しているから、頑張りなさいよ」
私は自分の中の気持ちを舞風にバレないようにニコニコしながらそう返した。
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舞風への説得が良かったのか悪かったのかは分からない。結果としては2人の共依存部分的な解決には成功した。だけど、代わりに私の苛立ちが溜まる結果となった。
舞風の中の何かが変わったのは確かだと思う。舞風は不知火に泣きつかなくなった。いつも元気でいるようになったし、彼女の趣味のダンスを積極的にやるようになった。不知火の方もそんな舞風の様子を見て安心したらしく、直接的に甘やかす機会は減った。
だけど、現実としては舞風は強がっているだけだった。野分から舞風が無理をしている気がすると彼女のことを心配する話は聞いていたし、舞風自身もそれを認めていた。不知火はそれに気づいていないだけ。
不知火への依存をやめるように言ったのは私だし、舞風に口止めもしていたが不知火が気づかないことには腹が立った。だけど、2人の共依存の再発を避けるためには黙るしかなかった。
艦娘としての成績で一向に勝てず不知火への嫉妬が積もっていたこともあり、私のフラストレーションは溜まる一方だった。自然と不知火への敬意よりも苛立ちの方が強くなってついには、顔を見るのすら嫌になった。そんな私を気にもせずに日々を過ごす不知火の態度にも余計に怒りたくなる。
必然的に不知火への当たりがきつくなり、彼女ともあまり話さなくなった。
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艦娘になってから半年が経った。不知火との関係は相変わらずだけど舞風とは仲良くなれた。彼女は私を実の姉のように慕ってくれるし、私の言うことをよく聞いてくれる。舞風は私にとっても可愛い妹になった。姉の不知火と違って成績が悪いことだけが欠点だけど……
この頃、舞風が4人で思い出作りをしたいと言い出し、士官学校近くの浜辺に海水浴に行くことになった。普段はノリの悪い不知火も妹が行きたいと言っていると話すとあっさりと乗ってくれた。
当日はとても暑い夏の日だった。歩いているだけで汗が出るし、外を歩くのが憂鬱だったけど舞風に気を使って私も妹も笑顔でいた。
私はビーチに着くと服を脱ぎ捨て海に飛び込んだ。妹と舞風も私に負けじと海に飛び込む。うだるような暑さだったこともあって、とても気持ちよかった。ビーチは私達だけで貸切状態だった。
そのまま三人でバシャバシャと水遊びをしてしていたがふと、不知火が居ないことに気づいた。
どこにいるのだろうか? と泳ぎながら探していると木陰で座って私達を見つめている彼女を見つけた。
無表情で私達を見つめる不知火にせっかくの海水浴なのに何をしているのかと文句を言いたくなった。
「不知火、貴女は泳がないの?」
水遊びを中断して私は木陰の不知火に声をかけた。
「私は舞風の方が気になりますから……」
「相変わらずね。そんなに妹のことが大切なの?」
「はい。残った唯一の身内ですから」
彼女の言葉にため息をついた。
「どこに行っても妹、妹ね。陰でシスコンって言われてるわよ」
「言いたい人には言わせておけば良いのでは? 妹しかいない人間の気持ちなんて分かるはずがありませんから」
やっぱりだ。不知火はどこに行っても妹のことしか頭にない。舞風が唯一の身内なことは理解できる。だけど、彼女の妹への想いは強すぎる。
考えていたらイライラしてきた。少し嫌味をつけてやろう。
「ねぇ、聞いていい?」
「なんですか?」
「もし、仮にの話よ」
「はい」
「自分か舞風、どちらかを犠牲にしなければならないとなったら貴女はどちらを選ぶの?」
少しの間、沈黙が流れた。
「……私が犠牲になる方を選びます」
「筋金入りね。そんなに大切なら、どうして妹を艦娘にしたの? いくら妹がわがままを言ったとしても貴女なら黙らせれたでしょ?」
「つっ……」
歪む不知火の顔に口角が吊り上がるのを感じた。
妹を艦娘にした理由は私が前々から気になっていたことだった。艦娘になるということは地獄に身を置くということ。不知火にとって舞風は何よりも大切な存在のはず。それなのに、妹を艦娘にしたのは違和感しかない。その矛盾をついた。
「……私が……妹に甘すぎただけです。私が艦娘になると決めた時、妹は私から離れることを泣いて嫌がりました。本当ならどんな厳しい言葉を話してでも遠ざけるべきだったと思います。悪いのは私なんです……」
今にも泣き出しそうに話す不知火に罪悪感を感じた。触れてはいけない傷だったと思う。
不知火が妹を思う気持ちは事実だ。だからこそ、頭で間違ってると理解しつつも妹からの甘えを遠ざけることができなかった。もし、私が不知火と同じ立場だったら舞風を遠ざけることができたのだろうか? 私ならできると言い切ることはできなかった。
「……悪かったわね……」
不知火との間に沈黙が流れた。泳ぐ気にもなれなくなり、私も不知火の横に座った。視線の先では妹の野分と舞風が大はしゃぎしている。私と不知火の組と野分と舞風の組の間に大きな隔たりができた気がした。
「姉さん達、どうしたんですか?」
気まずい雰囲気を破ったのは舞風だった。彼女は私達が泳いでいないことに気づくと水遊びを中断して笑顔でこちらに向かって走ってきた。
「私のことはいいですから、遊んできなさい」
「そんなこと言わずに姉さんも遊びましょうよ!」
「あっ……舞風、待って……」
舞風が不知火の手を引っ張り無理矢理ビーチへと引っ張っていった。そのまま野分との間に加えさせて3人で水遊びを始めた。はたから見ると不知火は困惑しながらも舞風に振り回されているように見える。
「私もあれぐらいの強引さが必要ね……」
私はため息をついてから、3人に加わろうと立ち上がった。
その後、4人でビーチバレーや砂遊びをした後に記念撮影をした。時差式のカメラで撮影した素人レベルの不格好なものだったけど良い記念になった。その時の写真は今でも大切にしている。
私にとって大切な思い出であり、不知火を少しだけ理解できた日だった。
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あっという間に時は過ぎて気づくと士官学校を卒業する時期になっていた。私と不知火と野分は卒業、舞風だけが成績不振で残ることになった。舞風だけを残していくのは嫌だったけど、どうしようもなかった。
卒業が迫るある日、野分に声をかけられた。
「姉さん、少し良いですか?」
「どうしたの野分?」
「舞風のことなんですが……不知火さんに話すべきなんじゃないですか?」
野分の言葉に私は小さくため息をついた。
「二人のことなんだし、ほっときなさいよ。不知火にとっても未練を残さない方が良いでしょ?」
私は舞風が無理をしていることを知っている。私が彼女に忠告をしてから舞風は常に不知火の前では笑顔でいるようになった。彼女なりに努力をしているのだと思う。だけど、野分からの話を聞いていると疲れているような話も聞く。見ていて痛々しかったが、二人のために必要なことだし舞風も我慢できると思っていた。
「昨日の夜、舞風が泣いてましたよ」
野分の言葉に耳を疑った。
「それ、本当?」
「はい。舞風には秘密にしておいて欲しいと言われましたがこの際ですし話します。舞風は1人で残されるんですよ。ずっと甘えていた不知火さんと離れ離れになりますし、一生再会できないかもしれません。姉さんは舞風の気持ちを軽視しすぎなんじゃないですか?」
返す言葉が無かった。妹の話す言葉はもっともだ。
不知火は妹の無理に気づいていない。下手をしたら元気になったと思い込んでいるのかもしれない。こうなってしまったのは私の責任だ。
「……分かった。私が不知火に話す。野分、貴女は二人きりになれるように上手く調整しなさい」
「分かりました。姉さん、お願いします」
私は妹に背を向けた。
部屋に戻ってから不知火に舞風の現状を話すと彼女は目を白黒させながら妹の方へと向かっていった。不知火が妹のことに気付いていなかったことには内心腹が立ったが、彼女に対して優位に立てたことに優越感を感じた。
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私が配属された鎮守府は後方の作られたばかりの小さな鎮守府だった。鎮守府のメンバーは秘書艦で古参兵の叢雲と私と同期(士官学校は別の場所だったけど)の荒潮の3人だけ。提督も1ヶ月前に士官学校を卒業したばかりの新人だった。
正直に言ってハズレだと思った。私は最前線の鎮守府に着任することを望んでいた。不知火と野分はそれが叶ったのに私だけが後方。妹達に仲間外れにされた気がした。どうして私だけが……
提督への挨拶の時もその時の心境が露骨に出てしまったし、秘書艦から睨まれた。当然ながらルームメイトの荒潮相手にもそれが出てしまった。
「よろしくねー陽炎ちゃん」
ルームメイトであるセミロングの少女が私に挨拶をした。彼女は同期の荒潮だった。
「よろしく……」
「あらー、元気ないわね。何か嫌なことでもあった?」
荒潮の掴み所の無い話し方に小さな苛立ちを感じた。
「別に……」
「不満なら正直に言った方がいいわよー」
「悪いけど、放っといて」
「素直じゃないわねぇ」
荒潮が小さくため息をついて部屋から出ていった。
今頃、不知火と野分は何をしているのだろうか? 舞風は士官学校で上手く過ごせているのだろうか? 知りたいことは沢山あったし、不満だらけだけど今は耐えるしかない。
私はベッドに寝そべってこんな所すぐに出ていってやると心の中で呟いた。
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鎮守府に着任してから1ヶ月が経った。面白いことは何も無い。遠征という面目でドラム缶を背負って資材を集めてきたり、戦闘の無い簡単な護衛任務をするだけの日々。深海棲艦と戦闘になることは一度もなかったし、平和だけど地味な任務ばかりで不満しか貯まらなかった。
この頃になると鎮守府のメンバーの人間性が段々と分かってきた。
新人の提督は弱気で容量が悪く、秘書艦の叢雲に扱き使われている。秘書艦の叢雲はプライドが高く強気。彼女が実質的な鎮守府のリーダーと言っても良いと思う。荒潮はフレンドリーだけど掴みどころの無いマイペースな性格。彼女は私や叢雲のことを茶化すことが多い。
それぞれがそれぞれの生き方をしていたけど、私の場合は何もすることが無い時は訓練や体力作りをすることにしていた。
周囲はそんな私を真面目だと言っていたけど、私にとってはどうでもよく、一刻も早くここを出ていきたいし、最前線にいる妹達に遅れを取りたくない。その一心だった。
「陽炎、ちょっといいかしら?」
ある日、叢雲に声をかけられた。
「何か用?」
「個人演習をしない?」
「個人演習?」
「私と一対一で砲雷撃戦をするの。使う弾は模擬弾だし、死ぬ可能性は無いから安心しなさい」
叢雲は何か企んでいると私の直感が言った。
「やる意味あるの?」
「戦いたいんでしょ? 勝ったら1つだけ何でも言うことを聞いてあげる。その代わりに負けたら聞いてもらう。それで、どうするの? 受けるの? 受けないの?」
安い挑発だけど彼女の煽るような話し方に苛立ちを感じた。叢雲としては受けさせるつもりなのだと思う。そうでなければ、こんな言い方をしない。
叢雲の思い通りになるのは癪だけど、最前線の鎮守府に行けるかもしれないし、いくら叢雲が古参兵といっても相手にならないことはないはずだ。私は彼女の勝負を受けることにした。
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士官学校時代にも個人演習をする機会は何度もあったし、不知火相手以外には全勝だったから自信があった。
だけど30分後、私は一方的に負けてペイント弾塗れになっていた。
「少しは現実が分かったかしら?」
叢雲の冷たい言葉に返す答えが無かった。
叢雲の動きが不規則すぎて読めない。私の砲撃は全て未然に交わされ、逆に私への砲撃は移動先を見越したかのように当てられてしまう。本来、当てるのが難しいはずの魚雷も全弾命中させられていた。
不知火を相手にした時もここまで一方的な負け方はしなかった。実力の差というものを嫌という程味あわされた。
「動きが甘すぎよ。士官学校でままごとでも習ってきたの?」
「つっ……」
「あの場所で戦っていた立場で言わせてもらうけど貴女、1週間以内に死ぬわよ。士官学校では優等生だったみたいだけど、戦場で成績の優越なんて関係ない。プライドばかり無駄に高い貴女みたいなのが現実を受け入れられずに真っ先に壊れるわ。戦場を甘く見すぎよ」
叢雲が古参兵だったことを甘く見すぎていた。実戦でしか得られないものがあるのだと思う。当然ながら実戦経験が無い私はそれを持っていないし、その時点で実力の差は圧倒的だったのかもしれない。
「約束の件は後で言いに行くから、シャワーを浴びて部屋に戻ってなさい」
私は無言で自室に戻った。
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シャワーでペイント弾を落として部屋に戻ると荒潮が私を出迎えた。
「あらー、陽炎ちゃんボコボコにされちゃったわね」
「うるさい」
立っているのも嫌になり、私はベッドの上に寝転んだ。
荒潮の笑みが腹ただしい。私を煽っているようにしか感じないし、1人にして欲しかった。
「叢雲ちゃん、凄かったわねー。私もあんな風になりたいわ」
叢雲と比較されるのは癪だったが無視した。
私の今までは無駄だったのだろうか? 人一倍頑張ってきたつもりだったし、才能もあると思っていた。だけど、現実は違う。私は実戦経験が無ければ戦績も無いただの凡人。最前線ではなく後方に送られたのもそのせいなのかもしれない。改めて才能のある不知火が羨ましいと思った。
「ねぇ陽炎ちゃん」
「何?」
「もしかして今までやってきたことが無駄だったって思ってない?」
荒潮の言葉に内心、舌打ちをした。
「……だったら何?」
「陽炎ちゃんみたいに努力してない私が言うのも変な話かもしれないけど、陽炎ちゃんは頑張ってるわよ」
「頑張ってたとしても結果が出なければ意味無い。それぐらい分かるでしょ?」
「いじけちゃって素直じゃないわねぇ。結果はこれから出せばいいんじゃないかしら? まだ、鎮守府に着任して1ヶ月しか経ってないでしょ?」
「こんな場所で結果なんて出せると思っているの? 着任して1ヶ月経つけど戦闘は今日の個人演習しかやってないし任務も忙しいけど簡単なものだけ、こんな仕事誰だってできるわよ」
「うーん、そう言われると困っちゃうわねぇ……」
ドアが開く音がした。
「入るわよ」
「あら、叢雲ちゃんお疲れ様ー」
叢雲は荒潮に小さく挨拶をすると私の方を向いた。
「陽炎、約束の件覚えているわよね?」
約束の件と聞いて息を飲んだ。
「……覚えてるわよ。それで何なの?」
私は起き上がってベッドに座った。
何を要求されるだろうか? 流石に軍法会議とかは無いと思うけど、どんなに良くても何かしらのペナルティはつけられると思う。今更後悔しても遅いけど、軽率な気持ちで挑んだ私が浅はかだった。
どんな要求が飛んでくるのかと身構えていたけど、叢雲からの要求は予想外のものだった。
「陽炎、貴方私の弟子になりなさい」
「は?」
思わず声が出た。
「もう一度言うわ。陽炎、私の弟子になりなさい」
「なんで私が弟子にならなきゃいけないの?」
「私が戦場での戦い方を教えてあげるって言ってるの。私じゃ不満?」
「唐突過ぎてわけ分かんないのよ!」
私の言葉に叢雲は小さくため息をついた。
「分からないの? 私は貴方のことを認めているのよ」
「えっ……?」
「私は貴女が努力家なことを知ってるし、才能があることも分かってる。妹に追いつきたいんでしょ?」
「知ってたの?」
「当たり前じゃない。義理の妹の不知火が大嫌いで、士官学校に残してきたもう一人の義理の妹の舞風が心配な駆逐艦陽炎でしょ? 実の妹の野分は不知火と一緒に最前線の鎮守府。貴女だけが仲間外れにされたって感じてるのよね?」
返す言葉が無かった。
叢雲は私のことを全て知っている。私の心を読まれた嫌悪よりも驚きの方が勝った。
「それで、どうするの? 私の弟子になるの? ならないの?」
嫌な気持ちが無かったと言えば嘘になる。叢雲の態度は鼻につくし、これからどんな仕打ちを受けるのか想像もつかない。だけど、賭けをしてしまった以上、私に拒否権は無いし現実的にも受けるべきだ。
「分かった。弟子になるわ」
私の言葉に叢雲は笑みを浮かべた。
「やっと現実が見えたわね。明日から思いっきり鍛えてあげるから覚悟しなさい」
「はい……」
「あっそうだ」
何かを思い出したかのように叢雲が呟いた。
「もう1つ言っておくけど、陽炎。貴女、仕事を馬鹿にしすぎよ。後方の任務が何の為にあるのか考えたことがある?」
「前線を支える為でしょ?」
「なんだ、分かってるじゃない。後方が補給線を確保するから前線が戦えるのよ。たしかに私達の任務は傍から見ると目立たないし、地味かもしれない。だけど、私達の任務は前線に劣らないレベルで重要な仕事なの。前線は私達がいなければ満足に戦えないし、戦力を後方に余分に割かなきゃになる。貴女はもう少し自分の仕事に誇りを持ちなさい」
叢雲が私に背を向けた。
叢雲が私に目をつけた理由が分かった気がする。私が彼女の態度が鼻につくと感じたように向こうも同じことを感じていたのだと思う。
「陽炎ちゃん、良い師匠ができて良かったわねー」
「良いか悪いかはこれから判断するわ。じゃあ、私は走ってくるから」
「相変わらずの頑張り屋さんねぇ……」
ため息混じりに呟く荒潮を後目に私は外へ出た。
私は無意識のうちに後方の任務を馬鹿にしていた。前線の華々しい戦果が全てだと思っていたし、艦娘に志願したからにはそこで活躍したいと思っていた。だけど、現実は違う。後方には後方の仕事があって、私はそれをしっかりとこなすべきだし、それにプライドを持つべきだ。
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その日から叢雲の指導が始まった。士官学校の時もキツイと思うことは多々あったが叢雲のそれは比べ物にならないレベルのものだった。射撃訓練は100発100中を求められ、体力作りも倒れるまで走らされた。日々の任務や叢雲の秘書艦任務の時は叢雲ではなく荒潮が私の見張りをする。夜中に急に叩き起されることもあったし、数分しか休憩時間が無い日もあった。
最前線の鎮守府では寝れる時に寝て食事を食べれる時に食べるのが当たり前という話を聞いたが、私もその通りの生活になってしまった。
提督や荒潮からは心配されたし、私自身も泣き言を言いたいことは何回もあった。だけど、私自身が選んだ道だし、恥をかくのが嫌で絶対にそれを口にしなかった。
叢雲もそんな私の態度が気に入ったのか色々なことを教えてくれるようになったし、私のことを褒めてくれるようになった。個人演習もしてくれたし、私も段々と彼女の動きに順応できるようになっていった。
ただ、実戦の機会は中々訪れなかった。日々の任務に対しての意識は変わったし、より集中して取り組むことができていたけども生きた深海棲艦を見たことは一度も無かった。叢雲はそれを「平和が1番だ」と言っているけども私としては私自身の実力を試したいと思う気持ちでいっぱいだった。
叢雲との実践演習から1ヶ月後、その機会は訪れた。いつもの船団護衛をしている時に叢雲が機嫌悪そうに舌打ちをした。
彼女の舌打ちに違和感を感じた。叢雲は気に食わないことがあると舌打ちをする癖があるからそれ自体は特に珍しいものではない。だけど、この時は彼女が気に入らないと感じる要因が何も無かった。天気は晴れていて心地よい気候だったし、特にトラブルもなく順調に進んでいる。
荒潮も叢雲の変容に気づいたのか怪訝な顔をしていた。
「叢雲、どうしたの?」
「10時の方向を見なさい」
10時の方向を向くと小さな複数の黒い点が見えた。
「深海棲艦よ。陽炎、何か変化があったら報告しなさい」
全身がゾワっとした感触に襲われた。初の実戦になるのかもしれない。緊張と期待が混じり合う感情に全身の毛が逆立ち、心臓がバクバクするのを感じた。
「了解」
目視を初めてから、しばらくして黒点が大きくなっていくのが見えた。深海棲艦はこちらに向かってきている。ピンポン玉ぐらいの大きさになって、敵の編成が分かった。相手はイ級駆逐艦4隻。深海棲艦の中で最弱の個体だ。生まれて初めて見る生きた深海棲艦は写真で見るよりもずっと禍々しく見えた。
「来てるわよ。編成は普通のイ級4」
初実戦。アドレナリンが分泌され、艤装を握る手に力がこもる。
数の上では3対4で私達が不利だけどイ級は人間の通常兵器でも撃破できるレベルで弱い。逃げるよりも戦闘した方が効率も良いだろうし叢雲は突撃を指示すると思う。私は攻撃の瞬間を今か今かと待ち望んでいた。
「逃げるわ」
だけど、叢雲から飛んできた言葉は意外なものだった。
「えっ?」
「交戦しないに越したことはない。まくわよ」
「わ、分かったわ……」
叢雲は何を考えているのだろうか? 数の上で不利と考えたのかもしれないし、何か他の危険な要因があるのかもしれない。不満はあったが旗艦の指示には従わなければならない。私は自分の中の逸る気持ちを押さえ込んだ。
「叢雲ちゃん、本当に逃げ切れるの?」
荒潮がいつもとは全く違う真面目な声で呟いた。
荒潮が心配しているのは私達が輸送船を連れていることだ。私達が護衛している輸送船は足が遅く逃げる上で足枷になる。足の速い駆逐艦の私達だけならまけたかもしれないが、輸送船の存在が足を引っ張っているのが現状だ。
「いいから指示に従いなさい。陽炎は見張りを続けて」
叢雲の動きにはどこか焦りを感じるし、深海棲艦の方に視線を向けないようにしている。判断も逃げ一方だ。何かがおかしいと私の直感が呟いた。
「叢雲、本当に大丈夫なの?」
叢雲からの答えは無かった。彼女は私たちに背を向けて先頭を走り続けている。
一隻のイ級の口内が光る。同時に砲弾が私たちから50m程離れた場所に落ちて水柱を上げた。
まだ交戦射程距離ではないと思うけど時間の問題だと思う。振り切るのは不可能……
もうダメ。我慢できない。
「叢雲、ごめん」
私は体を捻り深海棲艦に身体を向けた。
「陽炎!?」
「陽炎ちゃん!?」
私は海面を蹴り、深海棲艦に向かって駆けた。
深海棲艦達の視線が私に集まり、口内の砲を私に向ける。彼らの砲口が光るのが見える。
ふと、生きていたいと強烈に思った。
次の瞬間、私は死ぬのかもしれない。戦死して今までの努力が無駄になって、死んだ意味も無く戦死者名簿に名前を載せているのかもしれない。
だけど、死にたくない。生きていたい……
だからこそ私は……前に出た。
スローモーションで世界が過ぎていく。後ろで爆発音がした。咄嗟に自分の胸に左手を当てたが被弾は無かった。
砲を構えて目測で走り撃ちをした。私の砲撃は単縦陣の中央に落ちて前から二隻目のイ級に命中し、火柱を上げた。
私は本能のままに走り続けた。意味があるかどうかなんて関係ない。今の私には前に出ることしか考えられなかった。再び深海棲艦の砲口が私を捉える。
やられると直感が叫ぶ。直後に2つの砲弾が飛んできて私を狙っていたイ級のうち、2隻を沈黙させる。同時に砲弾が私の頬をかする。
「何やってんのよ!?」
後ろから叢雲の怒鳴り声が聞こえた。
「陽炎ちゃん大丈夫!?」
今度は荒潮の声。普段のマイペースな彼女からは想像できない叫び声だった。
深海棲艦との距離が迫ってくる。砲撃をしたが前に飛びすぎて外れた。再装填している時間は無い。叢雲には高いからあまり使うなと言われていたけど、状況が状況。持っていた魚雷を全弾残ったイ級1隻に向けて発射した。魚雷は白い筋を海中に作り、イ級に命中して大爆発を起こした。敵艦は全艦撃沈、こちらは損害なし。
私達の勝利だ。
「何やってんのよ馬鹿!」
勝利の余韻に浸る暇もなく叢雲の声で現実に戻された。
振り返ると叢雲が私を睨んでいた。
「自分が何やってるのか分かってるの!? 戦場では私の指示に従えって何度も言ったわよね!?」
「……ごめんなさい……」
返す言葉が無かった。実戦経験が無かった私よりも叢雲の判断の方が正しかっただろうし、私は短絡的過ぎたのだと思う。大した傷もなく、完勝できたのは運が良かっただけだ。
「ねぇ叢雲ちゃん」
荒潮が叢雲の声を切るように声を上げた。先程とは違い、いつものマイペースな声だった。
「何よ!」
「怒りたい気持ちは分かるけど、今は鎮守府に戻ることを優先した方がいいんじゃないかしら?」
荒潮の言葉に叢雲が小さく舌打ちをした。
「……陽炎、帰るわよ」
この場は見逃してくれたと思う。背を向ける叢雲に少しだけ安堵感を感じた。
「(荒潮、ありがとう)」
駆け寄る私に荒潮は笑みを浮かべた。
「(陽炎ちゃん、帰ったらファミレスのパフェ奢ってね。約束よ)」
「(……分かったわよ……)」
相変わらず食えない子だと思った。
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1時間して鎮守府に着いた。鎮守府につくのと同時に中から提督がこちらに向かって慌てて走ってきた。
「皆、大丈夫か!?」
「大丈夫よ。着く前に報告したでしょ? 損害は無しでイ級を4隻撃破。弾は使ったけどそれで十分でしょ?」
「それはそうだけど……」
おどおどする提督に叢雲がため息をついた。
「いいからアンタはしっかりしてなさい。司令官なんでしょ!?」
「す、すまん……」
「まったく……こんなんだから……うっ……」
提督と話していた叢雲の表情が急に青くなった。
「叢雲、大丈夫か?」
「陽炎」
急に叢雲から声をかけられてドキリとした。
「何?」
「悪いけど、秘書艦任務代わりにやってくれる?」
「えっ?」
「貴女が暴れるから疲れたのよ。やってくれたら今日あったことはチャラにするから……」
今日あったことをチャラにするのは願ってもないことだ。だけど、不安を感じた。
「秘書艦任務なんて私何も分からないわよ?」
「やり方はアイツから聞いて。残ったら明日は私がやるから……お願い 」
叢雲の体調は本当に悪そうだった。何があったのかは分からないけど、私が変わるべきだとは思う。
「分かった……」
「じゃあ私は部屋に戻るから……お願いね……」
そう呟いた叢雲はおぼつかない足取りで鎮守府へと走っていった。
「叢雲ちゃん、大丈夫かしら……」
荒潮が心配そうに呟いた。
「ねぇ、司令」
私は叢雲の様子を不安に感じ、提督に声をかけた。
「どうした?」
「叢雲がああなったのを見たことってある?」
「いや……初めてだな。戦場で何かあったのか?」
「叢雲が報告したこと以上は何も無いと思うわよ」
「荒潮は何か分かるか?」
提督の言葉に荒潮が首を振る。
「そうか、何も分からないな……」
「あー、でも気にするほどのことじゃないかもしれないけど……」
「何かあったのか?」
「陽炎ちゃん、戦場の叢雲ちゃんはやけに臆病じゃなかった?」
「たしかにそうね」
私達の会話に提督が驚いた顔をした。
「叢雲が?」
「うん。何となくだけど逃げたいって思ってる感じがしたの。私はまくよりも戦った方が手っ取り早いと私も思ったんだけどねぇ……」
「たしかにあの時の叢雲、やけに逃げ腰だったわね」
「何か関係があるかもしれないな……」
ふと、私の判断を荒潮がどう思ったのかが気になった。
「ねぇ荒潮」
「陽炎ちゃん、どうしたの?」
「私の判断は合ってたと思う?」
「うーん……」
荒潮が少し考えるような様子を見せた。
「艦隊の行動としては間違いだと思うけど……個人単位としては悪くない判断だと思うわ。私も戦った方が良いと思ってたし……」
「ありがとう」
荒潮の言葉に少し安堵感を感じた。
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