艦娘の戦争   作:黒猫クル

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重い描写や世界観その物に対する皮肉が多いので注意して下さい


艦娘になんてなりたくなかった②

 どこにでもいる普通の少女、それが私だった。

 家は貧乏だけど学校には連れていってもらえたし、食べる物に困る事は無かった。両親も優しくて大好きだった。

 

 運命の変わり目は15歳の時。突然、戦争が始まった。

 

 深海棲艦という正体不明の化け物が現れ、世界中が大混乱になった。

 当時の私はあまり理解していなかったけど島国である日本にとって海上路の確保は死活問題だ。海上路が塞がれる事は、貿易封鎖される事を意味する。食料や資源の自給率が低いこの国にとっては首を絞められたのと同じ状態。空路も存在はするけども海上路に比べて輸送できる量が少なすぎる上に、深海棲艦の航空隊に襲われる可能性もあった。

 深海棲艦のせいで物価は高騰し、私の家は困窮状態になった。朝の食事がご飯とサツマイモ1個だけ、昼の食事はお芋だけ、夕飯になってやっと魚の切り身が出てくる……そんな日々が続いた。

 自衛隊やアメリカが何とかしようとしたけども歯が立たない。国家存亡の危機だったと思う。

 

 開戦から1年ほど経って、艦娘という存在が現れた。

 どういう経緯かは知らないけど秘密裏に研究されていた物が実戦投入されたらさい。

 初めての艦娘である吹雪は近海の深海棲艦を打ち破り人類に希望の光をもたらした。

 私の両親も彼女の活躍に見とれていた。

 

 すぐに艦娘募集用の広告が作られ、大々的に宣伝された。全国で艦娘の適性検査ができるようになって、年齢制限無しの志願制で受けることになった。検査の結果、幸運だったのかは分からないけど私には適性があった。私に艦娘への適性があると聞いた両親は大喜びした。

 当時の私は体は中学生でも中身は無邪気な子供だった。子供故に喜んで……周りに流されて……自分から志願する形で……艦娘となった。

 この先に終わりのない地獄が待っていることを知らずに……

 

 艦娘の志願生は最初に訓練所に送られる。艦娘になる前に軍隊としての基礎的な体力や知識を身につけるためだ。朝は5時起床、夜は23時就寝。加えて緊急招集が組まれることもあった。起床して五分以内に身支度を整えて整列する……

 

 時間が無くて真冬にブーツを素足で履いたことがある。整列している最中に足の激痛に耐えきれずにモジモジとしていて、担当の指揮官に「真冬に素足でブーツを吐く馬鹿がいるか!」と怒鳴られたのはいい思い出だ。

 訓練生時代、上官の皆が同情してくれた。「こんな子を戦場に送り出したくない」って。上官の同情とは裏腹にそれを気に入らないと言っていた子ばかりだった。」志願したのだから、1人の兵士として扱って欲しい」って……

 だけど、私は同情されても何も感じなかった。「同情してくれていい人だなぁ」としか思わなかった。

 なんで、気づかなかったのだろうか? 普通に考えれば私達のような子供が戦争の道具にされる時点でおかしいはずなのに。狂っていたのは私達の方だった。

 

 3ヶ月程経った時、艦娘になる為の手術を受けた。艦娘になると言うことは人間とは異なる生き物になるということ。人間に戻る事も可能だと聞いていたけど、手術を受ける前は少し不安だった。だけど、麻酔をかけられて眠っていたらいつの間にか終わっていた。艦娘になっても特に喜びとかは無かった。

 

 私がなった艦娘のモデルは航空母艦瑞鳳。

 開戦から機動艦隊が壊滅したレイテ沖海戦まで活躍した軽空母だった。

 両親にその事で手紙を送ったら大喜びしてくれた。実の娘が史実で活躍した軍艦になれて嬉しいって。

 

 私自身はまだ、活躍してないのに船の名前や戦歴だけで喜ばれるって変な話だよね? だけど、皆喜んでいたし私自身も嬉しかったと思う。

 

 その日から、姉妹艦という繋がりだけだったけど航空母艦祥鳳の艤装を背負うことになった艦娘の人と同室をすることになった。

 大学生で艦娘に志願した人だった。綺麗で優しくて物知りな人で、一人っ子の私にとっては本当のお姉さんのような人だった。艤装のモデルが姉妹艦だった事もあって、自然と私は彼女をお姉ちゃんと呼ぶようになり、彼女も私の事を瑞鳳と呼び本当の姉妹のような関係になった。

 

 艦娘になってからは空母としての訓練や専門的な勉強をした。これまで以上に大変な日々だった。ただ、走るだけじゃなくて技術力を求められたし、日々の訓練も専門的で過酷なものになっていった。人の呼び方も艦娘相手だとモデルの名前になった艦の名前で呼ぶことになっていたから違和感を無くすまで時間がかかった。

 

 私は根本的な動機が戦う意思のある子に比べて弱かった事もあると思うけど私は成績があまり良くなかった。成績が悪い事に焦りを感じたし、軽い自己嫌悪も感じていた。今思えばもっと真面目に取り組んでいれば違ったと思う。

 

 対してお姉ちゃんは成績優秀で2年ほどで直ぐに卒業してしまった。お姉ちゃんが卒業して、1年後私もなんとか卒業する事ができた。

 

 

ー--------------------

 

 

 私の送られた先は最前線の鎮守府だった。提督は中年の男の人。40代くらいの口数が少ない厳格な人というのが初印象だった。

 

「瑞鳳です。軽空母ですが練度が上がれば正規空母並の活躍をお見せできます」

「よろしくな。他の艦娘と相部屋だがいいな?」

 

 無表情の彼が呟いた。

 

「はい、大丈夫です」

「君の部屋は、301号だ」

 

 指示された部屋に向かうと無駄の無い部屋で一人の艦娘が艤装の手入れをしていた。ルームメイトの不知火さんだ。

 彼女は桃色の短髪をポニーテールにまとめている。私よりも年齢は幼いと思うけど、目や態度は古参兵の物だった。私が来るよりもずっと前から戦っていたのだと思う。

 

「新人の瑞鳳です。よろしくお願いします!」

 

 私の挨拶に彼女が手を止めた。

 

「よろしくお願いします。呼び捨てで結構です。食べれる時に食べて寝れる時に寝ておいた方がいいです。それが生きる秘訣です」

「はい!」

 

 私の態度が気に入らなかったのか、彼女が小さくため息をついた。

 

「笑顔でいられるのも今のうちですよ」

「分かりました……」

 

 彼女の態度に小さな嫌悪感を感じたけどルームメイトとは仲良くするべきだと思い、押さえ込んだ。

 

 お昼頃、出撃から帰ってきたお姉ちゃんと1年ぶりに再会した。私が送られた鎮守府は偶然にも彼女と同じ場所だった。

 

「お姉ちゃん!」

 

 港から帰ってきたお姉ちゃんの元に一目散に走った。

 

「瑞鳳、久しぶりね」

 

 お姉ちゃんは笑顔で答えてくれた。

 

「元気にしてた?」

「うん。お姉ちゃんも元気にしてた?」

「私は元気よ」

 

 出撃した艦娘の負傷者が担架で運ばれていくのが見えた。彼女は苦痛に顔を歪めていたけども悲鳴を上げずに歯を食いしばって耐えている。

 

 お姉ちゃんが急に真面目な顔になった。

 

「瑞鳳、1つ言っておくわ」

「何?」

「私が死んだとしてもあなたは何がなんでも生きなさい」

「えっ?」

「いいから、約束をして。お願いだから」

「うん……分かったよ……」

 

 お姉ちゃんが死ぬとは思わなかったけど、お姉ちゃんの圧に負けて「うん」と答えることしかできなかった。

 

「ありがとう瑞鳳。約束よ」

 

 今思えば彼女は何となく自分の死期を悟っていたのだと思う。たとえ、何が起きても私だけは庇うと決めていたのかもしれない。

 

 

ー--------------------

 

 

 着任して3日後、初めての出撃をする事になった。

 

 艦隊はお姉ちゃんを旗艦としてお姉ちゃんと不知火さんを除くと新人が中心の編成。鎮守府から少し離れた海域に軽空母型の深海棲艦が出現したからそれを叩きに行く作戦だった。出撃が決まった時は少し不安だったけど、お姉ちゃんと古参の不知火がいると聞いてあまり不安を感じなくなっていた。今思うと馬鹿馬鹿しい話だけど、休日にピクニックに行くような気持ちだったと思う。

 

 出撃から1時間程経った時、不知火が急に叫び声を上げた。

 

「航空機です!」

「瑞鳳! 気をつけて!」

「えっ?」

 

 私はキョトンとして辺りを見回したけど何も見えなかった。実際にはその時、深海棲艦の航空機が近くを飛んで行ったみたいだけど……。

 興味津々で見ようとしていたのにがっかりしたぐらい。周りを見ると不知火やお姉ちゃんは戦闘態勢に入っていた。周りの子も同じ。ボーッとしているのは私だけだった。

 

 飛行機はすぐに向きを変えてもっと低空で戻ってきた。この時は私の目にもそれがハッキリと見えた。黒い四角形に歯が生えてきて背中には緑色で緑色の何かが光っている。不思議と恐怖心は無かった。訓練所で教わっていたはずなのに……

 

 突然、機銃掃射が始まった。辺りに爆弾が落ちて水柱が上がる。

 何を考えていたのか覚えていないけど頭が状況を理解するのを拒否していたのだと思う。呆然として身動きが取れなかった。怖いとも思わなかった。

 

 目の前にゆっくりと爆弾が落ちてきた時、誰かが私の上に覆いかぶさり、直後に鼓膜が破れたかと思える程の爆発音が聞こえた。

 

「わっ!」

 

 爆発の衝撃で水面に叩きつけられてようやく状況を理解した。私達は空襲を受けている。辺りでは対空戦の機銃音や爆発音が鳴り響いている。

 

「ボーッとしてないで動いて下さい!」

 

 対空戦闘をしていた不知火さんが怒鳴り声をあげた。

 

「は、はい!」

 

 慌てて艦載機を飛ばす。

 

 空襲を受けながら対空戦をするのは予想以上に大変だ。撃墜するべき敵機を捉えながら回避運動をとる必要がある。訓練で何度かやっていたけど私が動揺していた事もあって、回避するので手一杯だった。空襲は30分ほど続いたけど、弾が尽きたのか敵は水平線へと消えていった。

 

「被害報告を」

 

 不知火が呟いた。

 皆が自身の損害状況を叫んでいく。奇襲となる形で空襲を受けてしまったけど、幸いな事に被害はあまり無かった。ただ、1人を除いて……

 その唯一の艦隊の被害に気づいた時、胸が張り裂けそうになった。

 

「お姉ちゃん!?」

 

 艦隊唯一の被弾者は私を庇ったお姉ちゃんだった。

 お姉ちゃんは水面に倒れていて意識がない。爆弾の当たりどころが悪かったのか艤装に穴が空いて、背中からは赤黒い血がドロドロと流れている。

 

「引くしかありませんね」

 

 不知火が冷静に呟いた。

 

 空襲を受けた後、旗艦のお姉ちゃんの変わりは全て不知火がやってくれた。お姉ちゃんの怪我の応急処置から撤退戦の指揮まで一から十まで彼女頼り……

 何もできなかった私とは大違いだ。惨めだった。私はただ、泣くのを我慢する事しかできなかった。

 

 1時間後、私は医務室にいた。私の目の前で工作艦の艦娘である明石さんが白衣でお姉ちゃんの様子を見ている。私の隣には提督がいて、無表情で私達を見下ろしていた。

 

「無理ですね。鎮静剤で落ち着かせてはいますが、死ぬまでは時間の問題です」

 

 明石さんが呟いた。

 

「そうか……楽にしてやった方がいいな……」

「お姉ちゃん……」

 

 明石さんと提督の会話に絶望感を覚えた。

 再会したばかりなのに……私のミスで。私が無能だったせいでこうなってしまった。涙が頬を伝ってポトリと地面に落ちた。

 

「瑞鳳、君がトドメをさせ。こめかみに対艦娘用の当てて引き金を引くだけの簡単な作業だ」

 

 提督の言葉に耳を疑った。

 

「えっ……?」

「今回の件は君に責任がある。君がミスをしたからこそ、こんな状態になっているんだろ? その責任をとれ」

 

 彼が腰に差している拳銃を差し出した。

 

「でも……」

「命令だ。それとも、このまま死ぬまで祥鳳を苦しめるつもりか?」

「なんで……私なんですか?」

「今回の件は、君の責任だからだ。何度も言わせるな。不知火から報告で聞いたが新人とはいえ、何もかもが甘すぎる。戦場で飛行機を呆然と見上げる馬鹿がどこにいる? 空襲されたのに伏せもしない馬鹿は? その代償が今の祥鳳だ」

 

 耳が痛い。提督の言葉にナイフで体を抉られるような痛みを感じる。何もかも私が悪いのかな……?

 

「でも私……いやだよ……」

「これは君への通過儀礼であり、命令だ。君がトドメをさせなかったら命令違反として罰を受けてもらうことになる。目の前の祥鳳にトドメをさして楽にしてやるか、祥鳳を受けている苦しめた上で君も罰を受けるのかどちらが良いかは明白だろ?」

 

 提督から目を離してお姉ちゃんを見た。お姉ちゃんは息が浅く今にも息絶えそうだ。誰がどう見ても助からないのは明らかだ。

 

「早くしろ。祥鳳は長くない」

 

 覚悟を決めて彼の手から拳銃を手に取った。冷たくて重い嫌な感触。震える手を抑えながらゆっくりと銃口をお姉ちゃんのこめかみに当てる。

 

 息を飲んだ。ここで引き金を引けばお姉ちゃんは死ぬ。だけど、それをしないのはお姉ちゃんの死を早めるか遅らせるかの差でしかない。お姉ちゃんはどうしても助からない。それなら……提督の言う通りに少しでも苦しませないためにいっその事トドメをさしてあげるべきなのかもしれない……

 一筋の涙が頬を伝った。

 

「お姉ちゃん……ごめんなさい……」

 

 パンッと乾いた音が響いた。

 その時の感覚は今でもたまに思い出す。頭がクラっとするような胸が締まるような全身が鉛のように重くなったような感覚……上手く言葉にできないけど一言で言えば……たまらないって感じ……かな?

 

 突然、濁流のように怒りと絶望が私を襲った。お姉ちゃんが助からなかったことは分かってる。だけど、なんで私が殺さなきゃいけなかったの? 他の人がトドメを刺しちゃダメだったの?

 体の中の激しい感覚をこらえて拳銃の銃口を提督に向けた。

 

「なんだ? 俺を殺す気か?」

 

 彼が無表情で呟いた。

 

「どうして……? どうして私に殺させたの!?」

「助からないことは分かっていただろ」

「だからって、私にさせる事ないじゃない!」

「必要だからやらせただけだ。この鎮守府にいる奴の大半は同じ事をやっている」

「そんな……!?」

「殺したいなら好きにしろ。念のため言っておくが、俺を殺したら物理的に君の首が飛ぶ。それを理解した上で君の命と俺の命が釣り合うと思うなら殺せ。君にはその権利がある」

 

 命の危機が迫っているというのに提督の表情は変わらない。「殺それてもいい」と言っているようにも見えた。彼は多分、死ぬことを恐れていない。明石さんも私を止めようとしなかった。

 そのまま沈黙が流れる。

 

「すみません。やりたい事があるので出ていってもいいですか?」

 

 時間の無駄と思ったのか明石さんがつまらなさそうに呟いた。

 

「好きにしろ」

 

 彼がそう呟くと明石さんは無言で医務室から出ていった。

 

「怖くないの?」

 

 明石さんが出て行ってから呟いた。

 

「怖いとは思わん。むしろ、殺された方が清々するぐらいだ。どうせこの戦争中に朽ちる身だしな」

「どういうこと……?」

「俺は深海棲艦に復讐するために提督をやっている」

「深海棲艦への復讐……?」

「数年前だったな。俺の家族が深海棲艦に殺された。愛する妻と幼い娘がな」

 

 提督がポツリポツリと過去の事を話し始めた。

 

「当時は仕事が忙しくて2人に会えなかった。やっと時間ができて再会できると思っていたらフェリー船が深海棲艦の襲撃を受けた。いたぶるように殺されたらしい。乗客全員皆殺しだったよ」

 

 無表情でシワひとつ動かなかった彼の目から一筋の涙が零れた。彼は嘘をついていない。そう思った。

 

「私達を復讐の為に利用してるって事……?」

「お前たちから見るとそうなるな」

 

 彼の素っ気ない態度に激しい怒りを感じた。

 

「私達は復讐の道具じゃない……!」

「そう思いたいなら思ってもらってもかまわない。だが、俺は深海棲艦を殺す為ならなんでもやるつもりだ。加えて立場は俺の方が上だ。命令違反は許さない」

「だからって……!」

「許されないとでも言うつもりか? 君がなんと言おうと俺は止まるつもりは無い。俺は死ぬまで深海棲艦を殺し続ける。そのつもりだ」

「狂ってる……」

「そうかもしれないな。だが、狂っているのは君も同じなんじゃないか?」

 

 彼の言葉に嫌悪感を感じた。

 

「何が言いたいの……?」

「冷静に考えてみろ。いくら、深海棲艦への抵抗手段が限られてるとはいえ、女子供を戦場に立たせるのが正しいと思うのか?」

「それは……」

 

 正しいわけがない。特攻という狂気がまかり通っていた先の大戦ですらそんな事は無かった。

 

「結論を言おうか。今この国は狂ってる。狂っているからプロパガンダで戦争に行けと国民を煽る。国債を買えと叫ぶ。女子供を戦場に立たせる。だが、そうでもしなければ戦線を維持できない。それが現状だ」

「くっ……」

 

 彼の言葉を否定できない。それが悔しかった。

 

「まぁ、絶滅戦争だから無理もない話だがな」

「絶滅戦争?」

「どちらかが絶滅するまでやる事になる戦争の事だ。俺の知る限りだと人類史においては独ソ戦に続いて2度目になるな。君も知っての通り、この国は海上輸送に強く依存している。仮にそれらが完全に止まったとしたら、間違いなく餓死者が大量に出る。自給自足で少しは補えるだろうが国民全員となると無理な話だ。下手をしたら先の大戦よりも悲惨な事になるな」

 

 艦娘になる前の生活を思い出した。生活必需品の値段は馬鹿みたいに高くなって、毎日の食事は芋ばかり。彼の言うことは真実だ……。

 

「艦娘も今は志願制で落ち着いているが、戦況が不利になれば徴兵制になるだろう。下手をしたら先の大戦みたいに特攻作戦も行われるかもしれないな」

「そんなの……間違ってる」

「起こりうる事を言っただけだ。どうせ死ぬなら無抵抗で飢えて死ぬ事と抗って死ぬ事のどちらを選ぶか。答えは明白だろ?」

「つっ……」

「君は着任早々、最前線に送られたがそれだけ戦場が切羽詰まっているという事だ。断言する。君が立っている今この場所は地獄だ。地獄に甘えは許されない。君に祥鳳を殺されたのはその甘えを捨てさせる為だ」

 

 彼の言葉を黙って聞くしかなかった。彼は狂ってる。だけど、それはこの国の国民全員が同じだ。

 彼のやる事は正しいとは思えない。だけど、私達も間違った事をしている。私をここに送り出した両親もその狂気に踊らされた人間だ。そして黙ってそれを受け入れた私も同じ……。私はこの人を殺せるのだろうか?

 

「最後に聞く。君は俺を殺すか?」

 

 彼の質問に私は拳銃を足元に投げた。

 

「そうか……」

 

 提督が少し残念そうな顔をした。

 私は提督を殺す事ができなかった。殺せなかった理由に彼を殺すと私自身も殺されてしまうという一面はある。だけど、本当の理由は彼を殺すのは死という結末で彼を楽にしてしまう事と狂っているのは私も同じという事実だった。

 彼を殺した所で何も変わらない。私達は狂気の中を進み続けるだろう。そうしなければ生きていけないのだから……

 

「さて、お前への始末だが、2週間の軟禁生活だ。任務と訓練の時以外、部屋の中に引きこもってろ」

 

 耳を疑った。

 

「え?」

「仮にも上司に銃を向けただろ? その時点で有罪だ」

「そんな事言われたって……」

「俺だってやりたいわけじゃない。だが、規則は規則だ。罰は与えなければならない」

「最低!」

「なんとでも言え」

「こんなんなら殺しておけば良かった」

「余計な事は言わない方がいい。軟禁生活の時間が増えるぞ」

「チッ……」

 

 生まれて初めて舌打ちをした。

 

 

ー--------------------

 

 

 部屋に戻ると不知火が本を読んでいた。

 

「どんな始末を受けましたか?」

 

 私と提督の言い争いを察したのか不知火が呟いた。

 

「2週間の軟禁生活だって、部屋から出るなって……」

「2週間? やけに軽いですね。私の場合は1ヶ月でしたよ」

「やられた事があるの?」

「私は実の妹を撃てと言われました」

 

 彼女の言葉にハッとさせられた。私だけじゃない。不知火も大切な人を殺しているんだ。

 

「そうなんだ……詳しく聞いてもいい?」

 

 不知火が手にしていた本を閉じた。

 

「いいですよ」

 

 不知火の話も私と似たり寄ったりだった。

 彼女は妹と仲が良く、2人で艦娘に志願して2人で成長してきた。不知火に唯一残った身内だったらしい。

 

 別れは唐突に訪れた。1か月前の大規模作戦で作戦は成功したが不知火の妹が瀕死の状態になった。どう足掻いても助からない状態。そこで別れを告げさせるために提督は不知火にトドメを刺すことを強制させたという話だった。

 

 加えて私が不知火と相部屋になったのは不知火の妹が死んで空きが空いたのが理由らしい。

 

「なんで、提督を殺さなかったのか聞いてもいい?」

「先程、提督を殺せなかった瑞鳳がそれを言いますか?」

「ごめん……」

「まぁいいです。私の場合は瑞鳳とは少し違うと思いますから……私の場合は提督に復讐したいからです」

「復讐?」

「はい、提督は自らの死を望みつつも、自分からその道を選ぶことはできずに走る事しかできない人間です。なので、私は提督を生かし続け罪を背負わせます」

「背負わせてどうするの?」

「彼が狂い死にする様を笑ってやるつもりです。終戦がいつになるかは分かりませんがその時を迎えたら提督は死ぬ以外の選択肢がなくなります。その時に提督の傍で今までのことを馬鹿にしてやります」

「そうなんだ……」

 

 歪んでいると思った。

 不知火が復讐の為に取った選択肢は「何もしないこと」と言っているのに等しい。その日まで不知火も提督も生きているという保証はどこにも無い。どちらかが戦死するかもしれないし、提督が艦娘に刺されるかもしれない。だけど、不知火がその道を貫くのであれば私は何もできないと思った。

 

「それに、あの人をそのままにしておく事を一概に悪いとはいえません」

「どういうこと?」

「あの人の目的は深海棲艦への復讐ですが、深海棲艦を殺す事は間接的にこの国を救う事になるからです」

「言われてみるとそうだね……」

 

 深海棲艦を殺す事。それ自体は国を守る為の手段だけど彼の場合は目的となっている。それが根本的に私達と違っている。だけど、最終的にそによって起こる結果は変わらない。彼にその気は無いだろうけど提督は結果的に国の為に戦っている。それは事実だ。

 

「あの人は狂っているかもしれません。ですが、その行いで多くの人を救っている事もまた事実です」

「何が正しくて何が間違えているのかな……?」

「私には神というのが存在するかは分かりませんが神にしか分からないと思います。ただ、一つ言えることは私達は私達の正義を貫くしかないという事です」

「そうだね……」

 

 提督は狂ってる。だけど、狂ってるからこそ熱に浮かれる周りとは違った視点で物事を見る事ができている。

 それに、不知火が言う通り復讐という目的が結果的に多くの人を救う事に繋がっていることも真実だ。

 

 私は提督を許すつもりは無い。だけど、私達にとっての手段と彼の目的は同じだし、私自身に甘さがあったのも事実だ。本当に腹立たしいけど……ここに来た以上、彼の下で生きていくしかないと思った。

 

 

ー--------------------

 

 

 次の日、再び出撃する事になった。

 目標は前回と同じだったけど艦隊の旗艦は不知火がやっていて、戦死したお姉ちゃんの代わりに正規空母の翔鶴さんがいた。彼女は私よりも少し前から鎮守府にいる新兵に近い人だったけど正規空母という私よりも上位の艦種だったし、それだけ全力で叩きに行こうという編成だったと思う。

 

「見つけました!」

 

 翔鶴さんが叫んだ。私も偵察機を飛ばしていたけど先に見つけられた事を少し悔しく感じた。

 

「敵は気づいていそうですか?」

 

 不知火が呟いた。

 

「えっと……そっぽを向いていたから気づいていないと思います」

 

 翔鶴さんの判断がどこまで正しいかは分からない。だけど、空襲をかけるチャンスだと思う。

 

「不知火、飛ばしていい?」

 

 不知火が指示を出す前に声をかけた。

 

「どうぞ。翔鶴さんも空襲をかけてください」

「は、はい!」

 

 不知火の指示に翔鶴さんは慌てて艦載機を飛ばした。つい昨日まで、彼女と同じ様な状態だった私が言うのも変な話だけどキョロキョロしてばかりいるしまだ甘いと思った。

 

 空襲は大成功に終わった。

 

 発見した空母ヲ級に私の艦爆が急降下爆撃をかける。爆発音と共にヲ級の悲鳴が上がる。周囲の深海棲艦が慌てて迎撃体制を取り出したがその前に艦爆や魚雷が彼らを襲った。

 

 何故かは分からないけど直感的に私が最初に爆撃をかけたヲ級がお姉ちゃんを殺した奴だと思った。他の艦爆もそのヲ級を爆撃し、攻撃機からは魚雷を集中させる……理想的な空襲だった。

 

 私の空襲の直後に翔鶴さんの艦載機も空襲を始め、深海棲艦の艦隊は壊滅状態となった。空襲直後に不知火が指揮を執る水雷戦隊がタイミング良く突撃をかけ、大勝利を収めた。空母の絡んだ艦隊決戦は基本的に先手必勝だと知ってたけど本当に一方的な蹂躙だった。

 

 私は、お姉ちゃんの仇を取れただろうか?

 

 分からないけど、戦いが終わった後に海上に浮かぶ深海棲艦の死体を見た時は少しだけ気が晴れた気がした。

 

 

ー--------------------

 

 

 その日少女としての私は消えた。私はあまり笑わなくなった。この地獄で笑う余裕なんて無かった。口数と笑顔が減って訓練にも出撃にも全力で挑むようになった。この鎮守府は常に死と隣り合わせ。いつ死ぬかなんて誰にも分からない。ただ、その日その日を全力で生きなければならなかった。

 

 何もかもに全力だった事に加えて運も良かったのか意識不明の重体になる事はあっても、戦争が終わるまで体に障害が残る事は無かった。

 提督も私の事を評価していたらしく、着任から半月ぐらいした時には旗艦を任せられるようになっていた。あの地獄で生きていくには理想的な人間になっていたと思う。

 同期からの「変わった」という陰口だけは気になったけど……

 

 逃げるつもりは無かった。逃げ場なんて無かったし、それでも私は生き延びなければならなかった。 私を庇って死んだお姉ちゃんの為にも……

 

現代編は必要は必要だと思いますか?(よろしければ投票した理由を一言で良いのでコメントにお願いします)

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