艦娘の戦争   作:黒猫クル

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 この作品が書き納めになります。1年間、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。


私の見た戦争⑤(完)

 綾瀬陽子さん(陽炎さんの本名は綾瀬陽子さんだった)の話が終った。

 すごく強い人だと思った。これまでの二人とは違い、希望の持てる終わり方だったけど、彼女の強さ故の結末だろう。彼女の中の戦争はまだ続いているのかもしれない。

 

「ありがとうございました」

「面白かった……かな? 役に立てれば良かったけど……」

「聞いていて、凄く引き込まれました。話の終わりが明るいのも初めてでしたし……」

「初めて? 瑞鳳さんにしか聞いてないの?」

「高塚さんと鈴木さんにしか聞いてないです」

「えっと……瑞鳳さんと不知火のこと?」

「はい」

 

 綾瀬さんが小さくため息をついた。

 

「それならしょうがないかな。良かったらだけど、2人の話を聞かせてくれない?」

「鈴木さんは良いですけど高塚さんは難しいと思います……」

「それなら、不知火のことだけでいいよ。不知火は私のことなんて言ってた?」

「相方と呼べる艦娘の1人と言ってました。ただ、助けようとしたのは余計なお世話と思っていたみたいです」

「今の私のことは何か言ってた?」

「いえ……どこで何をしているのかとしか……」

「そっか」

 

 綾瀬さんがコーヒーを飲んで深くため息をついた。

 

「今も昔も私はあの子の視界に入っていないみたい。今のあの子は何を見てるのかな……」

 

 何か言ってあげたいと思ったけど、かける言葉がなかった。彼女が予想した通り、鈴木さん(不知火)はあまり綾瀬さん(陽炎)のことを視野に入れていなかったと思う。綾瀬さんが鈴木さんの話をしたことは多かったけど、鈴木さんの話から綾瀬さんの話が出てきたことは少なかった。今の彼女も同じだろう。

 距離のある二人にやるせない気持ちを感じた。

 

 ジリリリ

 

 電話が鳴る音がした。

 

「はい、綾瀬です。不知火? 何? えっ!」

 

 スマホを手に取った綾瀬さんが驚いた声を出した。

 

「そんなこと急にいきなり言われても困るわよ。って! あっ、コラ! 待ちなさい!」

 

 彼女が苛立ち含みのため息をついた。

 

「まったく……自分勝手なんだから……!」

「どうしました?」

「不知火から電話。瑞鳳さんが酔い潰れたから迎えに来てほしいって」

「えっ、高塚さんが!?」

 

 高塚さんは修繕後は酒を辞めたと聞いていた。戦時中は心の支えの両親が死んだショックでヤケクソ気味に飲んで潰れるのを繰り返していたらしいけど、その再発かもしれないと思うと怖くなってきた。

 

「すぐに向かいましょう」

「えっ? 酔い潰れるなんてよくあることだし、そんなに急ぐことじゃ……」

「戦中の高塚さんはヤケ酒で潰れるのが当たり前だったんです」

「そうなの!? マズいじゃない!」

 

 綾瀬さんと慌てて会計を済ませて喫茶店を後にした。

 

 

ー--------------------

 

 

 現地に着くと高塚さんは穏やかにスヤスヤと眠っていた。現地にいた鈴木さんに話を聞いたが、荒れていたというわけではなく調子に乗って飲み過ぎてこうなってしまったらしい。ただ酔い潰れただけという事実にホッとした。

 

 綾瀬さんが高塚さんと僕を高塚さんの家まで車で送ってくれることになり、鈴木さんはそのまま自分で帰ることになった。

 高塚さんは帰宅途中に車の中で目を覚ましたがとても機嫌が良かった。やけに笑うし、僕に絡もうとしてくる。まだ付き合いはあまり長くないけど、こんな彼女を初めて見た。

 

 歳の差はあるけど異性に絡まれるのは緊張する。ましてや、相手が美人なのだから尚更だ。母親を除く異性と手を繋いだことすらない身としては寄りかかられるだけで心臓が飛び跳ねそうになる。

 

 何とかして欲しいと綾瀬さんに助けを求めても助けてくれない。むしろ、「仲良しでいいわね」とからかってくる。高塚さんもそれを聞いてますます調子に乗って僕に近づいてくる。帰り道の間、ずっと心臓がバクバクするのが止まらなかった。

 

 永遠に感じるぐらい長い時間をかけて、高塚さんの家についた。綾瀬さんは僕と高塚さんを降ろすとすぐに帰ってしまった。

 

「じゃあ、僕も帰りますから……」

「えー、もう少しつきあってよ」

 

 自分も帰ろうとしたら高塚さんに腕を掴まれた。

 

「離して下さい。学校の課題があるんです」

「後でやればいいじゃん。そんなことよりも、もっと話そうよ」

「高塚さんは良いかもしれませんが僕は困るんです。お願いですから返して下さい」

 

 これ以上、彼女と一緒にいると何をされるか分からないし、学校の課題があるのは事実だ。それに、時間が経てば経つほど親に戦友会に行っていたことがバレるリスクが高まる。そういう意味でも早くこの場を離れたかった。

 

「じゃあ、帰してあげるけど代わりに私のお願い聞いてくれる?」

「何ですか?」

「キスしてよ」

「え?」

 

 思わず声が出た。

 

「それぐらい、いいでしょ?」

「いいでしょって……困りますよ!」

「えー、私じゃ不満? それとも好きな子でもいた?」

「そういう問題じゃありません!」

 

 彼女とそういうことをするのは問題がありすぎる。誰かにバレたら大変なことになるし、普段冷静で皮肉ばかり言っている彼女がこんなことを言うなんてありえない。何かしらの意図を疑ってしまうし、受け入れても後で彼女に嫌味を言われるに決まっている。

 お互いに後悔することになりそうだし、受け入れられる理由がなかった。

 

「ダメ?」

「ダメです」

「そっか……」

 

 彼女が残念そうな顔をして僕から手を離した。

 

「ごめん。私みたいな女に絡まれて迷惑だったよね? いいよ帰って。いつも迷惑ばかりかけてごめんね」

 

 罪悪感が心の中をチクリと刺した。彼女が僕に謝るのは今回が初めてだ。

 

「鈴木さんと何かあったんですか?」

「素直になるのが下手だって言われたの。私の話を聞いたあの時から何も変わってないって……。本当は君に傍にいて欲しいの。1人なのが嫌なの……」

「少し考えさせて下さい」

 

 泣きながら話す彼女の心境を察した。高塚さんは孤独だ。身内は誰もいないし、積極的に関わろうとする人間は僕しかいない。キスを求めたのは不器用な彼女なりの甘え方なのかもしれない。

 

 彼女を受け入れて後悔するかもしれない。だけど、助けたい気持ちもある。自分はどちらの選択肢を取るべきなのだろうか?

 

 数分後、僕は答えを出した。

 

「……今回だけですよ」

「ありがとう……」

 

 彼女と目が合う。オレンジ色の綺麗な瞳だった。心臓が破裂しそうなくらい激しく動く。

 顔を近づけてそっとキスをした。人生初めてのキスはアルコールの匂いがした。

 

 高塚さんは照れくさそうな笑顔を見せてくれた。

 

 

 次の日、SNSに彼女からの通知があった。メッセージには 「忘れて」 とだけ書かれていた。画面の向こうにいる高塚さんがどんな顔をしていたのかは分からない。イライラしているかもしれないし、顔を真っ赤にしているのかもしれない。

 だけど、あの時の彼女の言葉は彼女の本音だと思う。彼女を受け入れると決意してしまった以上はそれにふさわしい人間にならなければならない。

 

 僕は一人で決意をした。

 

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