艦娘の戦争   作:黒猫クル

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 久しぶりの新作です。いつも通り、2話からが本編の予定でしたがハーメルンの字数制限の関係で第1話は1話と2話の合成になります。
 本作は過去トップクラスで暗い話だと思うので注意して下さい。


叢雲編
承認欲求と依存と①+②


 綾瀬さん(艦娘の時は陽炎さん)の話を聞いてから、二ヶ月後、今度は彼女の紹介で青崎 葵さん(艦娘の時の名前は叢雲さん)の話を聞くことになった。

 

 真冬の息が凍るほど寒い日、彼女の話を喫茶店で聞くことになったのだが……

 

「ねぇ、聞いていい?」

 

 青崎さんが呟いた。

 

「どうしました?」

「なんで、瑞鳳がいるの?」

「えっと……」

「なんか悪い?」

 

 高塚さんの態度に青崎さんの顔が歪んだ。

 

「アンタに話す気はないんだけど」

「私じゃなくてこの子に話すんでしょ? 無視すればいいじゃん」

「アンタがこの場にいるのが嫌なのよ!」

 

 青崎さんが大声をあげた。

 

 綾瀬さんを仲介して彼女の話を聞くことになったのだが、直前になって、高塚さんが一緒に聞きに行きたいと言い出した。止めた方がいいと思ったけど、止めきれずについてきてしまった。どうしても聞きたい何かがあるのだろうか?

 

「ふーん、話せないんだ」

 

 高塚さんの皮肉を帯びた言葉に嫌な予感がした。

 

「何が言いたいのよ?」

「どうせ、話せないぐらいみっともない黒歴史が詰まってるんでしょ?」

「何よバカにして!」

「馬鹿にされたくなければ話せばいいじゃん。私は秘書官様の武勇伝、楽しみだなー」

「このっ……!」

 

 青崎さんが高塚さんを睨みつけた。

 

「まぁまぁ叢雲、落ち着いて……」

「帰るわ! 瑞鳳がいるのになんで話さなきゃいけないのよ!?」

 

 綾瀬さんが宥めるのも聞かずに青崎さんは席を立った。

 

「あっ、叢雲……!」

 

 綾瀬さんが止めようとしたが、青崎さんは背を向ける。

 

「ごめん!」

 

 突然、高塚さんが大きな声を上げた。

 

「……煽って悪かったよ。私も叢雲の話が聞きたかっただけ。謝るし、馬鹿にしたりしないから……話してくれない?」

 

 

 青崎さんが無言で席に戻った。

 

「嘘じゃないわよね?」

「本音だよ。どうしても信じられないって言うなら止められないけど」

 

 彼女が謝ったことに驚きを感じた。高塚さんとの付き合いはまだそこまで多くないけど、彼女が誰かに謝る光景を僕はまだ見たことがない。

 青崎さんが高塚さんから目をそらして小さくため息をついた。

 

「何から話せば良いかしら?」

「艦娘になる前からお願いします……」

 

 彼女の話が始まった。

 

 

ー---------------------

 

 

 私の家系は軍人の家系。父方の祖父は先の大戦のパイロットだった。母方の祖父は陸軍の歩兵。両親は両方とも現役の自衛官だった。

 

 なかなか子宝に恵まれない両親にようやくできた子供が女の子と知った時、二人は残念がったらしい。男の子なら家系を継ぐことができたのに……と何度も愚痴られた。生まれた時点で私は二人の妥協の産物だった。

 

 両親からの愛情は感じたことがない。幼い頃から軍隊としての規律を徹底的に叩き込まれた。それに従うのが当たり前と思っていたし応えようと努力した。私は両親を尊敬していた。だから二人に認められたかった。

 

 だけど、私は二人の理想になれなかったらしく、次第に「女だから仕方ない。男なら良かったのに……」と言われるようになった。

 二人の愚痴を聞くのが嫌いだった。嫌な気持ちになるし、自分を否定された気がするから。女だからって言われる子が嫌だった。

 

 人一倍苦労したこともあって小中学校時代は、いわゆるできる人間だった。成績トップだったし、容姿も良かったからモテた。

 できる人間故のプライドの高い性格だったし、周囲から見れば高嶺の花だったと思う。だけど、当時の私にはそんなことはどうでもよかった。できるのは当たり前だったし、周りができないことが不思議でしかないと感じていた。別にモテたいわけでもないし、周囲から羨ましいと言われてもできない人間が悪いぐらいにしか思わなかった。

 

 私はただ、両親に認められたいだけの子供だった。

 

 運命の変わり目は十五歳の時。深海棲艦という人類の敵が現れた。報道や両親の話から通常兵器では歯が立たなかったり、本土が空襲されたと聞いて絶望したものだが、極秘裏に開発されていた艦娘がという兵器が有効だと発覚した。

 

 今思えば試作兵器をぶっつけ本番で実戦投入するなんて無謀もいいところだと思うけど、それだけ必死だったのだろう。艦娘という聞きなれない名前に首を傾げたけど、女性しかなれないと聞いてテスト候補生に志願した。

 

 周囲には私の使命だからと言っていたけども両親に認められたいその一心だった。両親も私を止めなかった。むしろ「やっと自分の使命に目覚めたのか」とため息をつかれたぐらい。恐らく、志願しなくても艦娘にされる運命は決まっていたと思う。

 

 こうして、誰にも褒められないまま私は艦娘になった。

 

 

ー---------------------

 

 

 私がなった艦娘のモデルは駆逐艦の叢雲。先の大戦でろくに活躍もせずに沈んだ無名な艦だった。モデルになった駆逐艦の艦歴を聞いた時、正直失望した。なるならもっと有名で戦果の多い艦娘になりたかった。

 

 認められたくて人一倍努力したのが良かったのか、研修期間内の訓練は同期の駆逐艦の中で常にトップだった。どの子よりもできたし、他人から評価されることも多かった。相変わらずそれを当たり前と思っていたけども、嬉しいと思うことはなかった。両親が私を褒めてくれることはなかったし、周囲の賞賛は私にとって上っ面だけの空虚な言葉にしか聞こえなかったから。

 

 三ヶ月にも満たない短い研修期間を終えた後に最前線の鎮守府に送られた。司令官は両親と面識がある人だったが、人として見られている気がしなくて気味が悪いと感じた。

 

 

 

 鎮守府では軍隊らしく、連携を深めるためにルームメイトがいる。私の場合は……

 

「よろしくお願いしますね。叢雲さん」

 

 目の前の川内型特有のセーラー服を着た茶髪の見慣れた女性が私に挨拶をした。目の前にいるのは私の母親だった。

 

「よろしくお願いします。母さん」

 

 彼女はいつもの笑顔と冷たい瞳で私を見つめた。

 

「軍隊で母さんはよしなさい。ここでは貴女は私の子供ではなく、駆逐艦叢雲であり、私の部下です。神通さんと呼んで下さい」

「了解です……神通さん……」

 

 私だけでなく、私の母も艦娘になった。彼女の場合は軽巡洋艦の神通。先の大戦の武勲艦だった。

 母が軽巡洋艦神通をモデルにした艦娘になると聞いた時、羨ましく感じた。やっぱり母は私とは違うのだろうか?

 

「叢雲さん」

「はい!」

 

 神通さんの声に反射的に体が反応した。

 

「モデルになった艦の過去は何も関係ありません。大切なのは、これから何をするかです。それを理解して下さい」

「はい……神通さん……」

 

 神通さんの心の中を見透かされているような感覚に嫌悪感を抱いた。

 だけど、彼女の言葉は正しいと思う。モデルになった艦はあくまでも武器でしかなく、これから活躍するかしないかは私次第。これから何が起きるのかは分からないけど、神通さんが近くにいる今はチャンスだと思う。

 

 生まれて一度も褒めてもらったことがないけども、艦娘になって活躍できれば今度こそは認めてもらえるはず。当時の私は無邪気にもそう考えていた。

 

 

ー---------------------

 

 

 着任からしばらくは訓練やデータ収集に費やされた。前例のない新兵器だから軍も分からないことだらけで仕方なかったと思う。過酷な訓練ばかりだが、命のやり取りのない忙しいけど退屈な日々だった。

 

 この間も私は優秀な艦娘であり続けた。同期の駆逐艦の中で成績トップだったし、個人演習も負け無し(さすがに神通さんには勝てなかったが)だった。だけど、神通さんが私を褒めてくれることは一度もなかったし、むしろ他の子達よりも厳しい訓練をやらされた。神通さんは他の子達を励ましたり、評価したりするのに私には無関心なままだった。私だけが悪い意味で特別扱いされていた。

 

「叢雲ちゃん、ご一緒してもいいですか?」

 

 着任から二週間ほど経って新しい環境にも慣れてきた頃、昼食のカレーを食べていると同期の駆逐艦の電に声をかけられた。

 

「好きにすれば」

「失礼します……」

 

 彼女が緊張した様子で私の隣に座った。周囲をチラリと見たけど、食堂の人数は少なくて座る場所に困っていた様子はない。私に用があるのだろうか?

 

「あの……叢雲ちゃん」

 

 少しして意を決したように電が口を開いた。

 

「何?」

「叢雲ちゃんと神通さんは親子って本当なのですか?」

「本当よ。それがどうかしたの?」

 

 意図の分からない質問に軽い苛立ちを感じた。私と神通さんが親子関係なことは皆に知られているし、今更聞いてくる意図が分からなかった。

 

「あの……嫌な気持ちになったら、ごめんなさいなのですが……叢雲ちゃんと神通さんって親子に見えないのです……神通さん、叢雲ちゃんだけには当たりがキツくないですか?」

「ふーん、なるほどね」

 

 言いたいことは分かった。

 要するに電は私に対して厳しい神通さんに違和感を感じているわけだ。たしかに、私は他の皆よりも過酷な訓練をさせられているし、叱責される事も多い。私としてもそれに不満がないわけではない。

 だけど、それの文句を言ったところで「叢雲さん、貴女にできて当たり前のことをやらせているだけです。黙って指示に従って下さい」と言われるのが関の山だ。

 神通さんからすれば、私はできて当たり前なのだ思う。今までもそうだったし、これからも変わらないだろう。

 

「そういうものじゃないの? 親子といっても血の繋がりがあるだけだし」

「どういうことなのですか?」

「私、あの人に一回も褒めてもらったことがないのよ」

「えっ、叢雲ちゃんが、ですか!?」

 

 電が信じられないという顔をした。

 

「神通さんにとって私は失敗作なのよ。多分、子供だって思われてないわ。下手したら邪魔だって思われてるかもしれないわね」

「どういうことなのですか?」

「神通さんは跡継ぎの男の子が欲しかったのよ。だけど、生まれてきた私は女。神通さんはそれが気に入らないの。私は両親から愛されたことが無いし、愛されるってことも分からないわ」

「それっておかしいんじゃないのですか? 叢雲ちゃんは寂しくないのですか?」

 

 愛情を知らない私は異常者だと言われた気がしてイラッとした。私は、寂しいなんて感じたことがない。世間では一人なのが寂しいと言うらしいが、生まれてから私はずっと一人だ。孤独が当たり前の人間がどうして寂しいと思うのだろうか?

 

「寂しい? これが当たり前だったから寂しくなんかないわ。まぁ世間から見たら、歪んでいる家でしょうけど」

「間違っているのです! 叢雲ちゃんも本当は寂しいって思っているんじゃないのですか?」

 

 思わず机を叩きつけた。

 

「世間と私の家は違うって言ってるわよね!? 電がどんな家で育ったのかは知らないけど私の家ではこれが当たり前なの。価値観が違うからって、馬鹿にしないでくれる?」

「ご、ごめんなさいなのです……」

 

 そう呟いた電がこれ以上、質問をしてくることはなかった。萎縮した彼女に小さな罪悪感を感じたが、私は謝らなかった。

 

 

ー---------------------

 

 

 データが取れてきたのか着任から一ヶ月ぐらいしてから初戦闘を経験した。鎮守府の近くの海域をウロウロしていた深海棲艦の水雷戦隊だったが神通さんの指揮の下、一方的な勝利を収めた。その時の戦闘で私はイ級を二隻撃沈した。

 

 相変わらず神通さんから褒められるようなことはなかったけど、初出撃で敵を仕留められたのは嬉しかった。戦えることを実感したし、久しぶりに自分で自分を肯定できた気がした。

 

 だけど、鎮守府に戻ってからはそれが全てひっくり返った。きっかけは、戦闘後に落ち込み気味の電に私が声をかけたことだった。

 

「電、元気ないわね。何かあったの?」

 

 初出撃で活躍して上機嫌だった私は彼女に声をかけた。

 

「本当に深海棲艦を倒すしかないのですか……?」

「何が言いたいのよ?」

「私、本当は殺したくないのです。沈んだ敵もできれば助けたいって思って……」

「は? 何言ってんのよ!?」

 

 思わず声が出た。

 

「今が戦争中って分かってるの!? 殺さなきゃやられるのよ」

「分かっているのです! でも……」

「アンタ、この戦争が絶滅戦争って知ってるわよね? 何脳天気なこと言ってるの!?」

「それは……」

「私達が戦わないと皆が死ぬのよ! そこら辺、分かってるの!??」

 

 今日の出撃で電のスコアは0だったことが余計に私を苛立たせた。初出撃なのだし、戦果が無い事はしょうがないと思う。だけど、それを踏まえての言葉とすると電の思考は脳みそがお花畑の理想主義者にしか見えない。何のためにここに来たのか? と言いたくなる。

 

「騒がしいですね。何かありましたか?」

 

 聞きなれた神通さんの声がした。都合が良いと思った。

 

「神通さん、聞いて下さい!」

 

 私は電との間にあったことを彼女に話した。現実主義者の彼女なら私に味方をしてくれるはず。そう思っての行動だった。

 

「なるほど、事情は分かりました」

 

 出来事を話すと神通さんは笑顔でそう呟いた。

 

「色々言いたいことはありますが、まず電さん」

「は、はいっ」

 

 電がビクッとした。

 

「貴女は理想主義過ぎます。平時ならそれでも良いかもしれませんが今は戦争中ですし、私達は軍人です。理想を持つのは決して悪いことではありませんが軍人には軍人の義務というものがあります。それを意識してください」

「分かりました……なのです……」

 

 いい気味だと思った。電は軍人として責任感が無さすぎる。それを普段私が言われるように神通さんに指摘されているのは見てて気分が良かった。

 

「次に葵」

 

 本名を呼ばれてドキリとした。

 

「はいっ!」

「少しこっちに来て下さい。電さんは別のことをやってて下さい」

 

 神通さんに手を引かれ、近くの空き部屋に入れられた。

 

 嫌な予感がした。鎮守府に着任してから本名で呼ばれたことは一度もない。神通さんが冷たい笑顔をしているのが余計に怖かった。

 

「貴女はどうして昔からそうなのですか?」

 

 神通さんが私に向かって呟いた。

 

「えっ?」

「葵、貴女は感情的過ぎます。どうして、冷静に話せないのですか?」

「それは……私の意見が正しかったら……」

「正しいとか間違っているとかそういう問題ではありません。貴女は話し相手の意思を尊重できていません。話す以前の問題ですよ」

「それは……」

 

 神通さんの話し方に嫌な汗が流れた。彼女が私を怒る時は声を荒らげずに淡々と私を責める。そして、今がまさにその時だった。

 

「小さな戦果をあげて得意になってるのかもしれませんが、それはただの傲慢です。今日の戦闘は運が良かっただけですよ。傲慢は身を滅ぼすと何度も教えましたよね? どうして分からないのですか?」

「はい……」

 

 今日の戦果も評価してくれるつもりはないらしい。息が詰まるのを感じた。

 

「これ以上、家に恥をかかせるようなことをしないで下さい。母として命令します」

「申し訳ありませんでした」

 

 私の言葉に神通さんは背を向けて空き部屋を後にした。

 

 残された私は自分の未熟さを自覚し、一人で歯を噛みしめた。

 

 

ー---------------------

 

 

 初出撃以降は激務な日々が始まった。とてもではないが戦果を誇っている暇なんて無かった。食事を食べれる時に取って、寝れる時に寝るのが当たり前の日々。空母型の深海棲艦が出てきたせいで緊急招集されることが増えて尚更忙しくなった。鎮守府の中も神通さんを含めて皆、目の下にクマができているのが当たり前になったし、私自身も疲れを感じることが多かった。

 

 二ヶ月した時には初めて負傷したし、その数日後には鎮守府初の戦死者が出た。戦死したのは同期の駆逐艦の子であまり話したことのない子だった。

 

「彼女は立派な艦娘でした。これからも、戦死者は出ます。仲間が死んで辛いかもしれません。ですが、私達は国の為に戦い続けなければなりません」

 

 初めて戦死者を見た時の神通さんの言葉は未だに印象に残っている。その日の言葉で 私は地獄に来たんだ と気付かされた。

 

 地獄の日々が続いたが私は適応することができた。幼少期から訓練されていたし、適応するのが当たり前だと思っていたから。だけど、周りではそうでなかったらしく潰れている子ばかりだった。夜中に発狂して「死にたくない!」と叫び出す子がいて我慢しきれずに怒鳴りに行ったこともある。

 地獄の中でも私は優秀な艦娘であり続けた。泣き言一つ言わなかったし戦場では活躍できた。実戦ばかりの日の中で成績が役に立たないことに気づいたけど、病むようなことはなかった。怖いと思ってもその気持ちを押し殺して、活躍することを最優先にした。

 

 だけど、神通さんが私を認めてくれることはなかった。他の子は褒められるのに、私だけは……

 私の中のコンプレックスはいつまで経っても消えることがなかった。

 

 過酷な日々の中、着任から五ヶ月目に電が戦死した。空襲下の緊急招集の混乱の中で他の子を庇っての死だった。空襲が終わり損害を報告したり敵の哨戒をしたりしている中、私だけが医務室に呼び出された。

 

 医務室には司令官と神通さんと白いベッドの上に虫の息の電がいた。

 

「いいんだな?」

「はい、叢雲さんの為ですから」

「そうか」

 

 司令官が私の横を通り医務室を後にした。司令官がいなくなるのを見て神通さんが私を真面目な顔で見つめた。

 

「叢雲さん」

 

 彼女の声かけに胸騒ぎがした。ゴクリと唾を飲み込む。

 

「何ですか?」

「電さんの介錯をしてあげて下さい」

 

 耳を疑う間もなく、真っ黒な拳銃を手渡された。

 

「えっ……?」

「聞こえませんでしたか? 電さんを楽にしてあげて下さい」

 

 思わず息を飲んだ。心臓がバクバクする。

 

 神通さんが何を言ったのか分からない。いや、理解することを頭が拒否していたというのが正しいのかもしれない。

 

「申し訳ありません。聞き間違いかもしれないのでもう一度、聞いてもよろしいですか……?」

 

 数分の沈黙の後にかろうじて出た言葉に神通さんが小さくため息をついた。

 

「電さんの介錯をしてあげて下さい。叢雲さんの仕事です」

 

 背筋に冷たい物が走った。神通さんは電を殺せと言っている。

 

 私と電は仲が良かった方ではない。考え方が全然違うし、私から噛み付くことも多かった。だけど、電は戦友だ。同じ飯を食べていたし、同じ場所で戦った。なのに、どうして私が……?

 

「嫌です」

「命令です」

「命令でも嫌です……」

 

 神通さんが冷たい瞳で私を見下ろした。

 

「拒否権はありませんよ。叢雲さん、貴女の仕事です」

「どうして……どうして私なの?」

 

 目から零れた涙が地面に落ちた。

 

「死んで行った仲間を背負う為の通過儀礼です」

「母さんがやってよ!」

「鎮守府で母さんはやめなさいと言いましたよね? それに叢雲さん、貴女が生きていく為に必要なことです。それに瀕死の仲間を楽にしてあげるのも優しさの一種だと分からないのですか?」

 

 そう話した母さんの声には微かに怒気が含まれていた。何がなんでも私にやらせる気だ。

 

「叢雲さん。次は貴女が電さんと同じになりますよ」

 

 ゾッとするぐらい冷たい声がした。

 

「片手で目を隠し、こめかみに拳銃を当てて引き金を引くだけの簡単な仕事です。遅かれ早かれ経験しなければならないことです。叢雲、やりなさい」

 

 命令する話し方に覚悟を決めるしかないことを悟った。生き抜くためにはやらなければならないのは事実だろうし、私が逃げることはできない。

 

 私は無言で電の横に座った。左手で彼女の目を隠すと彼女の高い体温の暖かさを感じた。彼女との短い思い出が頭の中をよぎる。

 私は理想主義者の電に噛み付いてばかりだった。私が噛み付く度に電は萎縮してオドオドとしていた。今思えば話し合えば分かり合えたのかもしれない。私と電、考え方に違いはあったけどもお互いに理解できる点があったのかもしれない。

 

 だけど、もしかしたらの話でしかない。私が最後にしてあげられることは彼女の介錯を務めること……

 

 意を決してこめかみに拳銃を当てる。

 

「ごめんなさい……電……」

 

 パンと乾いた音が響いた。

 

 

ー---------------------

 

 

 電の介錯を務めたその日、食事が喉を通らなかった。神通さんに食欲は無くとも何かしらは腹の中に入れておけと言われてしかたなく、携行食を水で流し込んだ。

 異変に気づいたのか何人かの艦娘に心配されたけど「何でもない」と強がりを言った。言ったところで信じてもらえるとは思えないし、皆遅かれ早かれ経験することになるだろうから。

 

 その日の晩、すすり泣く声に目が覚めた。声のする方に目を合わせると神通さんが一人ですすり泣きをしていた。

 

 激しい苛立ちを感じた。人にやらせておいてこのザマか。

 神通さんと電は仲が良かった。二人がよく一緒にいる所を見たし、電も神通さんを慕っていた。

 神通さんは電が死んだのがショックだったのだろう。私には電の介錯するのが義務と言ったくせに何をしているのだろうか?

 もしかすると電の介錯をするのが嫌で私に押し付けたのかもしれない。だとしたら、公私混同もいいところだ。そうでなく、彼女が私にやらせたことが私の生存に繋がることだったとしても、私よりも電の方が大切だったことは事実だろう。やはり、私は神通さんに嫌われている。私なんかよりも自分の教え子の方が大切なんだ。

 

 前々から思っていたけども私が死んだ所で彼女は涙一つ流さないだろう。私がどれだけ頑張っても神通さんは私を認めることはないし、褒めてくれることもない。今まで頑張ってきた自分が馬鹿らしくなってきた。

 

 声をかける気にもなれずに布団を被り目を閉じる。今はただ、眠りたかった。

 

 奇しくもこの日は、私の誕生日だった。

 

 

 

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