艦娘の戦争   作:黒猫クル

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 短めです。遅めの反抗期


承認欲求と依存と③

 電が戦死したその日から神通への敬意は軽蔑に変わった。彼女の命令には従うし、訓練も真面目にやる。だけど、嫌味を言うようになり敬語を使わなくなった。

 神通は初めは狼狽えたけど、途中から私の嫌味を無視するようになった。無視できる部下の不平は無視する。それが上司として正しい態度なのだろう。

 プライベートでもろくに話さなくなったし、自室が居心地の悪い空間になった。一緒にいるのが嫌で嫌で仕方なかった。

 

 鎮守府内では私の豹変に気づいたのか、私と神通さんの噂をしている人が見受けられるようになった。生前の電から家庭環境の話が広まったらしく、神通は「理想の上司ではあるけども、子供には冷たい人」というものになり、私に同情してくれる人が多かった。

 

「叢雲さん、少しいいですか?」

 

 電の死から1ヶ月ほどしてその日の終わりに、自室で神通に声を掛けられた。

 

「何よ」

「最近、態度がおかしくありませんか?」

 

 真面目な顔で話す彼女にそんな事かと思い、少しイラッとしながらため息をついた。

 

「別に私が何をしようが勝手でしょ? 何が悪いの?」

 

 どうでもいいと思いながらいい加減な返事を返した。

 

「ここは鎮守府であり、私達は上司と部下です。黙認してきましたが、いくらなんでも酷すぎませんか?」

「アンタを人として価値が無いと判断しただけよ。今まで尊敬してきたのが馬鹿みたいだわ」

「何様のつもりですか?」

 

 神通の声があからさまな怒気を帯びた。

 

「いくら私の娘といっても言っていいことと悪いことがあります。叢雲さん、貴女は何を考えているのですか?」

「じゃあ私からも言わせてもらうわ」

 

 軽く息を吸った。言えと言うのであれば思いっきり言ってやる。

 

「アンタ、私のこと……子供として見てないんでしょ?」

 

 私の言葉に神通は信じられないと言わんばかりの顔をした。

 

「何を言い出すのですか? 叢雲さん、貴女は私の子供ですよ。母として保証します」

「遺伝子学的に、の話でしょ? 知ってるわよ。アンタ、私が嫌いなんでしょ? 女だから失敗作だったって思ってるんでしょ?」

「それは……」

「私はアンタに認められたかった。褒めて欲しかった。でも、どれだけ頑張っても、嫌味ばっかりでねぎらいの言葉一つなかったわ。当たり前よね? 私は失敗作なんだから」

「……!」

 

 言い返せなかったのか彼女は口をつぐんだ。

 

「私なんかよりも教え子の方がずっと大切なんでしょ? だから、私に上官命令を盾にして電の介錯を押し付けたのよね?」

「叢雲さん、それは貴女の為に……」

「言い訳はいらないわ。私なんていなくなればいいって思ってるんでしょ? 死ねばいいって思ってるんでしょ? 人間失格よ。親としても軍人としてもね!」

「つっ……」

 

 神通は黙って部屋から出ていった。

 

 私は初めて彼女を言い負かしたことに解放感と快感を感じた。私をずっと抑圧し、無視し続けていた存在を打ち倒した。今の私は、自由だった。

 

 

ー---------------------

 

 

 その日以降、神通が私を怯えるようになった。私から露骨に距離をとるし、声をかけようともしない。戦場でもオドオドしているし、私ばかり見ている。

 少し強気になっただけなのにここまで弱気になるのは滑稽だった。どうして、こんな人に私は怯えていたのだろうか?

 私は神通を馬鹿にし、神通は私に仕事で必要な時以外声を掛けなくなった。

 

 長年の抑圧から解放されて以降、私は仕事に身が入らなくなった。任務中に別の事を考えていることが多いし、訓練中もこれぐらいでいいかと勝手に自分の中の目標を落としていた。周囲から見ればそう見えなかったかもしれないけど、私自身、集中しきれていないことを自覚してた。以前の神通が見たなら絶対に指摘したし、私もそれを改善しようとしていたと思う。だけど、この時の鎮守府にはそれを言う人は誰もいなかった。

 

 今思えばこの時の舐めた態度が悪かったのだと思う。生死のやり取りをする立場だというのをすっかり忘れていた。私だけは大丈夫と無意識のうちにそう思っていたのかもしれない。

 

 生死の境目をさまよったのはそれからたった一週間後の事だった。

 

 その日の出撃のことはあまり覚えていない。ただ、神通の指揮を無視して逃げる深海棲艦を追いかけようとしたことだけは覚えている。神通に頼らなくとも生きていけることを示したかったのだと思う。後に聞いた話だと私は待ち伏せに会い、そこで被弾した。

 気が付くと真っ暗な世界にいた。上も下も分からない何もないただ暗いだけの空間。

 

 私は一人。それが当たり前と思っていたけどもいつも感じていたものと全然は違う。閉じ込められて永遠に抜け出せない感じがした。このままだと私が私じゃなくなってしまう……

 何とか抜け出そうと必死になって足を動かすけど闇はどこまでも続いている。

 

 初めて孤独を怖いと思った。誰でもいいから助けて欲しかった。それが例え大嫌いな母さんだとしても……誰か……助けて……

 

 

 目が覚めた。

 

 視界に真っ白な天井が広がっていた。消毒液のにおいが鼻をつく。私の横で無機質な心電図の音がなっている。

 

「痛っ……」

 

 体を動かそうとして激しい痛みを感じた。痛みをこらえて首を動かしてみると体中が包帯巻きにされてるのが見えた。辺りには誰もいない。外は昼間で太陽光が室内を照らしている。無駄なものが無い殺風景な個室のベッドの上に私はいた。

 

 ここは医務室だ。

 

 どれぐらい寝ていたのだろうか? 半日か数日……いや、下手をしたら一週間以上かもしれない。その間、私は生死の境目をさまよっていた。真っ暗で孤独で寒くて……あれが死の世界。

 

 死ぬのが急に怖くなった。

 

 心臓がバクバクして体がガタガタと震える。息をするのが苦しかった。

 

 ドアの開く音がした。

 

「あっ、お目覚めですか?」

 

 中に入ってきたのは工作艦の明石だった。彼女とはあまり話をしたことがないが、何回か被弾したときに世話になったことがある。ただ淡々と目の前の仕事をこなしていく人という印象だ。

 

「はい……」

 

 明石を前にすると恐怖心はそのままなのに、不思議と体の震えが収まった。体が勝手に反応していたのかもしれない。

 

「大丈夫そうですね。一週間、寝たきりでしたよ。艦娘は傷の治りが早いので意識が戻ったならあと、三日ぐらいで動けるようになると思います。後遺症が残るかもしれないので注意は必要ですが……」

 

 淡々と語る明石にふと、聞きたいことがあった。

 

「治ったらまた出撃になるの?」

「当たり前じゃないですか。リハビリは必要になると思いますが、戦えるようになったらまた出撃ですよ」

「そう……」

 

 嫌だとは言えなかった。艦娘である以上、戦うことは私の義務だ。戦闘拒否なんてありえない。心の中の恐れを無理矢理押さえ込んだ。

 

「何か聞きたいことはありますか?」

「何も……」

「では、私は失礼しますね」

 

 席を立つ明石を見て急に母のことを聞き忘れたのを思い出した。

 

「待って!」

「何ですか?」

 

 一瞬、母のことをどう呼ぶか迷った。母さんと呼ぶのは論外だし、神通さんと呼ぶのも負けた気がする。

 

「……神通はどうなったの?」

「神通さんですか? あの人はもうここにはいませんよ」

 

 耳を疑った。

 

「えっ? どういうことよ!?」

「神通さんは今日から艦娘の士官学校の教員ですよ。叢雲さんを助けたのは神通さんで、彼女も死にかけたのですが戦うのに支障が出るレベルで後遺症が残ったので、提督と話し合って決めたそうです。鎮守府を去るまで毎日、叢雲さんの様子を見に来てましたがかなり心配してたご様子でしたよ」

「そう……」

「では、私は失礼します」

 

 明石が部屋を後にした。

 

 部屋には私一人が残された。艦隊が帰投したのか、ザワザワとした声が外から聞こえる。

 

「担架、早く! ボーッとしないで! 急げ!」

 

 明石の怒鳴り声が聞こえた。

 あの様子だと誰かが重い傷を負ったのだろう。私と同じ状態になったその子に心の中で同情した。

 

 外部の事から意識をそらして、母さんの事を考えた。私は彼女に命を救われた。それが軍人としてなのか母としてなのかは分からないけど、私の様子を気にしていたからあの人にも母親らしいところがあったのかもしれない。

 

だけど……

 

「どうして……もっと早くしてくれなかったのよ……!」

 

 目から涙が頬を伝った。

 何もかもが手遅れだった。仮に助けたのが軍人としてだったとしても、助けてくれたことに礼を言いたい。だけど、母さんは既に鎮守府にいない。

 彼女の真意は分からないし、直接話すこともできない。あと一日早く私が目を覚ましていたら、話ができたかもしれないし、もっと早く母さんが私を思うようなことをしていれば何かが変わったかもしれない。

 

 だけど、何もかもが手遅れだった。

 

 

ー---------------------

 

 

 病室での生活とリハビリは怯える日々だった。

 毎日負傷者が運ばれてくるし、完治すると戦場に送られてしまう事実がただただ怖かった。だけど、弱い所は見せられないし後方に行った母に恥をかかせるわけにはいかなくて、手を抜くわけにはいかなかった。

 

 負傷者が運ばれてくるのが聞こえる度に背筋が凍った。体の一部を失った人を見ると明日は我が身と思ってしまい、怖くなった。淡々と状況確認をしに来る明石を見るのが嫌になった。他の子達に復帰を期待されるのが嫌だった。

 

 焦る気持ちの中、目を覚ましてから一週間ぐらいした頃。明日から戦線に復帰するという段階で司令官に呼び出された。

 

 執務室のドアを開けると彼が椅子に座って一人で書類仕事をしていた。

 

「急に悪いな」

「用って何よ」

「お前を秘書艦に命ずる。それと、次の遠征任務の旗艦も任せたい」

「えっ? 秘書艦? 旗艦もやったことないわよ」

 

 彼の言っていることに首を傾げた。私は両方とも経験していないし、未経験の病み上がりの人間に任せようとするのもどうかと思う。

 

「秘書艦任務は俺の方で教える。旗艦も危険度の低い遠征ならやれるはずだ。それに優等生で、あの女の娘なんだろ? まさか、できません、なんて言わないよな?」

 

 煽るような話し方に司令官の狙いに気づいた。彼は私のプライドを逆手に取って仕事をさせようとしている。

 

「……何が目的なの?」

 

 狙いに気づかれたことを察したのか彼は手を止めた。

 

「人手不足だ」

「人手不足?」

「秘書艦をやらせていた神通がいなくなってから水雷戦隊の旗艦をする人間がいない。お前以外の初期組は戦死するか後方送りになったし、軽巡も新人の川内が昨日来たばかりだ。駆逐艦の中ではお前が最古参だぞ」

 

 嫌な汗が流れた。吹雪の次の艦娘として鎮守府に着任した時点で私が最古参になるのは決まっていたけども、他の四人が潰れて私だけが残っている。優秀な古参兵と言えば聞こえがいいけど、実際の私は……

 

「嫌よ」

 

 現実を見てそう答えた。

 

「本当にいいのか? 神通はお前ならできるはずだと言っていたぞ。アイツを失望させる気か?」

「つっ……」

 

 嫌なところをついてくる。徹底的に私に嫌だと言わせないつもりだ。私に選択肢は無い。

 

「いいわ」

「いいじゃ分からん。YESかNOではっきり言え」

「YESよ! そんなにやらせたいならやってやるわ!」

「明日の5時からだ。執務室に来い」

 

 私の態度など関係ないと言わんばかりの話し方の彼に苛立ちを感じた。だけど、私だってタダで受けたわけじゃない。それ相応の対価を払わせるつもりだ。

 

「秘書艦になる代わりに一つ聞いていいかしら?」

「何だ?」

「アンタはどうして前線に私達を送ろうとするの? 自分の役目だから? そんな生易しいものじゃないでしょ?」

 

 私の質問に彼が小さくため息をついた。

 

 司令官は冷淡な人間だ。負傷兵も戦えるようになれば平気で前線に送るし、「嫌だ」と泣き叫ぶ子を弾除けぐらいにはなると神通に連れていかせたこともある。この人は何を考えているのだろうか? それが知りたかった。

 

「深海棲艦への復讐だ」

「どういうこと?」

「俺の妻と子供は深海棲艦に殺された。だから、奴らを皆殺しにするまで止まれない。ただそれだけだ」

「そう……」

 

 ようやく彼の中のものが分かった。妻子を失った復讐をしたいだけの男。ただそれだけ。そうでもしないと生きていけないのだろう。彼に少しだけ同情した。

 

「……失礼するわ」

 

 これ以上、聞く気になれなくて執務室を後にした。私のこれからは地獄かもしれない。だけど、地獄にいるのは誰もが同じだ。

 

 

 

 

 母がいなくなった自室は広々としていた。私の物だけが置かれていたけども私自身、物を持つことが少なかったから余計に広く見える。少し前は母のことを嫌い、目障りだと思っていたけども、いざ彼女がいなくなってみると心に穴が空いたように感じる。これが寂しいという感触なのだろうか?

 何をする気にもなれなくてベッドの上に寝転んだ。

 

 これからは一人で生きていくしかない。選択肢なんて無いし、恥はかけないから。母と再会した時に立派だと言って貰えるような艦娘にならなければならない。一人で決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 次の日から本当の意味での地獄が始まった。

 

現代編は必要は必要だと思いますか?(よろしければ投票した理由を一言で良いのでコメントにお願いします)

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