艦娘の戦争   作:黒猫クル

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 視点が叢雲になっただけでほとんど、陽炎の話の時をなぞる内容です


承認欲求と依存と⑦

「叢雲、起きてる?」

 

 どれぐらい時間が経ったのだろうか? 外から陽炎の声が聞こえた。

 私は彼女の声を無視した。

 

「私の独り言と思って聞いて欲しいんだけど叢雲、私は貴女が心配なの」

 

 私の返事を待っていたのか、少し間を置いて陽炎が呟いた。嘘だ。陽炎は私を馬鹿にしているに決まってる。

 

「……それが何?」

「馬鹿にするつもりは無いし、誰にも話さないからできれば話して欲しい……かな」

 

 どうしようか迷った。陽炎の口調は本当に私を心配しているように聞こえるし、私の話を聞いてくれるかもしれない。だけど、それはするのは弱味を見せることになる。

 

 答えを出せずに沈黙が流れた。

 

「ごめん。疲れてる……よね? 今日のことは皆には秘密にしておくから……おやすみ」

 

 アプローチに失敗したと思ったのか陽炎がそう話した。遠くなる足音に、今話さないと私の中のもの永遠に話す機会を失ってしまう気がした。

 

「……待ちなさいよ」

 

 咄嗟に彼女を止めて、ドアを開けた。

 

 

 

 陽炎は部屋に入ると散らかり放題の部屋の中を見わたした。

 

「馬鹿みたいでしょ?」

 

 気づくと口から声が出ていた。

 

「そんな時もあるわよ。叢雲だって大変なんでしょ?」

「……そうね」

 

 陽炎の気遣いに少しだけ心の中が晴れた気がした。彼女が相手なら私の本心を話せるかもしれない。小さく息を吸ってため息をついた。

 

「ねぇ陽炎。一番、人を殺してきた深海棲艦って知ってる?」

「知らない」

「駆逐艦イ級よ」

 

 陽炎が意外そうな顔をした。

 

「そうなの?」

「イ級はたしかに弱い個体かもしれない。だけど、数は物凄く多いの。数さえ集まれば戦艦でも沈めるわ。私はあれに殺される人を何回も見てきた。人や艦娘が生きたまま食われた時に上げた悲鳴が忘れられないの」

 

 話していてあの時の光景が目の前に蘇る。息が切れ、体が震えて寒気がした。

 

「大丈夫?」

「私、死ぬのが怖い……。臆病なのがバレるのが怖いから皆の前では強気でいるの。本当は戦うのが怖いし、逃げたいって思ってる。私は後方で安全な任務をしてるのがお似合いなのよ」

 

 話していて自分で自分を情けなく感じた。艦娘としても秘書艦としても失格だし後輩に愚痴を聞いてもらうなんて惨め過ぎる。何もかもが自業自得なのに……

 

「私を指導しようと思ったのは?」

 

 陽炎の何気ない質問に息が詰まった。

 

「教えなきゃダメ?」

「気になっただけ。話したくないならそれでもいいわ」

 

 話すと全てが終わってしまうかもしれない。だけど、話せるのはいまこの場しかない。それに、バレるのに怯えるくらいなら、今話してしまった方が楽なのかもしれない。

 

「努力家なことが気に入ったし、優秀な弟子が欲しかった……理由は色々あるけど、根本的には……」

 

 心の中のものを口にしようとして言葉がつっかえた。気づいた私の中の気持ちに私自身、強い嫌悪感を感じた。本当に話して良いのだろうか?

 

「話せない?」

 

 陽炎が優しい声で呟いた。

 陽炎に突き放されてしまうかもしれない。だけど、ここまできてしまったからには話すべきだ。しばらく考えてから覚悟を決めた。 

 

「駒になって欲しかったんだと思う」

 

 陽炎の表情に動揺が走った。

 

「えっ、どういうこと?」

「私、自分が信用できないの。だから、他人に頼ってる。司令官がそうだし、陽炎や荒潮だってそう。貴女はやる気があったから尚更都合が良かった」

 

 陽炎からの答えは無い。ただ、信じられないような顔で私を見つめている。終わったと思った。

 

「軽蔑しなさいよ。自分勝手な女でしょ? 私は貴女が思ってるほど立派な艦娘じゃないのよ。本当は秘書艦なんて立場につくべきじゃないと思う。艦娘失格よ」

 

 自然に自分で自分を責める言葉が口から出た。艦娘失格、それ以外の言葉が無い。改めて自分のしていたことを後悔した。

 

「そんなことないわ。叢雲は立派よ」

 

 陽炎の言葉は無理に私を励まそうとする言葉にしか聞こえなかった。

 

「下手なお世辞を言うのはやめなさいよ。私はできる艦娘として振舞っていただけ。無駄にプライドばかり高い秘書艦で迷惑だったでしょ?」

 

 陽炎からの返事は無い。考え込んだように見える。少しの間、沈黙が流れた。

 

「……ねぇ叢雲、嫌味じゃなくて興味本位で聞きたいんだけどいい?」

「何よ」

「叢雲は何で艦娘になったの?」

 

 普通なら絶対に誰にも話さないことだけど今更どうでもいい。話してしまうことにした。

 

「させられたのよ」

「えっ?」

「艦娘なんてなりたくなかったわ。だけど、私の実家は軍人の家。拒否権なんて無かった」

 

 嘘は言っていない。私は艦娘の志願者ではあるけどもあの家の中だと拒否権は無かっただろう。

 両親への承認欲求のことは話すのを省いた。話したところでどうせ理解されないだろうから。母だった人間の名前も出すのは避けた。あの人間には憎悪しかないのだから。私の話を陽炎は相槌もせずに黙って聞いていた。

 話していて色々なものが馬鹿らしくなった。自分はこんな人間だったという事実を叩きつけられるのが嫌だったし、苦痛でしかなかった。

 

「みっともない話でしょ? 私は怯えて逃げ回ることしかできないの。その癖、無駄にプライド高くて迷惑はかけるし、他人を下に見るのをやめられない人間よ」

「叢雲」

 

 陽炎が私の話を切った。

 

「何よ?」

「辛かったね」

 

 予想外の一言に狼狽えた。

 

「貴女に何が分かるの?」

「分からないわ」

 

 陽炎の一言に強い苛立ちを感じた。

 

「じゃあ、何なのよ!」

「人の気持ちはその人しか分からないし、私が叢雲の辛さを全部理解するのは無理だと思う。だけど、とても辛かったことだけは分かるわ」

「つっ……」

 

 うつむく向く私の肩に陽炎は優しく手を置いた。

 

「叢雲、貴女は立派よ。鎮守府の誰よりも辛い過去を持っているのに頑張ってる。叢雲にとっては私達を騙していただけなのかもしれないけど、私にとって叢雲は憧れの艦娘なの。指導は的確だったし、秘書艦任務も完璧じゃない」

「そんなの……誰だってできることよ」

「できないわよ! 私だったら妹への嫉妬心を拗らせて自分勝手な艦娘の面倒を見るなんてごめんだわ! それに、私の指導に付き合いながら秘書艦任務を完璧にやるなんてオーバーワーク過ぎて普通はできないわ。叢雲だからこそできることよ」

 

 こんな私でも肯定してくれた陽炎の言葉が嬉しかった。目から涙がポロポロと落ちる。みっともない私でもいい。私だからこそできるその一言がありがたかった。

 

「私達、仲間でしょ? ここではだれも貴女を責める人はいないし、貴女を必要としている。自分の立場に誇りを持っていいのよ」

「陽炎、ありがとう……」

 

 私は陽炎の前で大泣きした。

 

 

ー--------------------

 

 

 どれぐらい時間が経ったのだろうか? 私は涙を吹いた。

 

「落ち着いた?」

「うん……」

 

 陽炎を優れた人間だと思った。だけど、こんな子がなんで艦娘になったのだろうか? 彼女に聞いてみたいと思った。

 

「ねぇ陽炎」

「どうしたの?」

「陽炎はなんで艦娘になったのか聞いていい?」

 

 陽炎は一瞬、話すか躊躇ったように見えたけど話さなければならないと思ったのかすぐに口を開いた。

 

「誰かがやらなきゃいけないと思ったからよ。私自身、そう思ったことにプライドを持っていたし自慢でもあった。だけど、義理の妹の不知火に出鼻を折られちゃったわ」

「不知火ってたしか貴女が嫉妬してた子よね? 何かあったの?」

「不知火に艦娘になった理由を聞いたら、そうしなければ生きていけなかったから、って返されたのよ。何も言えなかったわ」

 

 そうしなければ生きていけなかったか……承認欲求で艦娘になった私や義務感で艦娘になった陽炎なんかよりもずっと強い理由だと思った。

 

「そうしなければ生きていけなかった……強い子ね」

「うん。不知火はなんでもできたし、中身も私なんかよりもずっと大人だった。それに、私の実の妹からも尊敬されていた。だから、負けたくなかった。絶対に勝てなかったけど……」

 

 優等生故の悩みと嫉妬。この手の悩みは私は経験していなかったけど陽炎は陽炎なりに苦労していたのだろう。

 

「陽炎も大変ね」

 

 私の言葉に陽炎が大きな欠伸をした。時計を見ると二時を指していた。

 

「ごめん。そろそろ寝ていい?」

「いいけど、今日あったことは秘密にしといてね」

「分かった。約束するわ」

「あらー、お二人さん何を話しているのかしら?」

 

 聞きなれた場違いで呑気な声に背筋が凍る。声のした方を振り向くと声の主の荒潮と司令官がドアの隙間から私達を覗いていた。

 

「荒潮!?」

 

 私を気にもとめずに荒潮がドアを開けた。

 

「叢雲ちゃんの大声が聞こえたから、気になって来てみたけど色々と面白いことが聞けたわー」

「全部聞いてたの?」

「すまん……」

 

 司令官が申し訳なさそうに呟いた。

 

「悪気は無いのよ。でも、二人共女の子で可愛いなぁって思って」

 

 話を聞かれた絶望よりも小馬鹿にされたような羞恥心が先に来た。

 

「違うわよ!」

 

 そう叫んだのは陽炎と同時だった。

 

「ごめんなさい。からかう気はないのよ。ただ、平和だなぁと思って」

「叢雲」

 

 司令官がポツリと呟いた。

 

「何よ!」

 

 彼の声掛けに身構えたが口からはいつも通りの強気な声が出た。

 

「俺って頼りない人間だよな……?」

 

 予想外の弱気な言葉に軽い苛立ちを感じた。

 

「何が言いたいのよ!」

「自分は提督としてまだ未熟だと思う。だから……これからも色々教えてくれないか? それと……頼りない人間かもしれないけど、本当に辛い時は頼ってくれないか……?」

 

 真剣な顔で話す彼に照れ臭くなり、思わず舌打ちをした。誠意は伝わるけど下手なセリフで相変わらず不器用な人だ。だけど……悪い気はしなかった。

 

「……分かったわよ……。明日からもこき使ってあげるから覚悟しなさい!」

「叢雲ちゃん、私も色々教わりたいからよろしくねー」

「ああもう! どいつもこいつも仕事を増や、すわね!」

 

 顔に血が上り、暑くなる。だけど……嬉しかった。

 

 初めて、自分の居場所を見つけられた。真っ暗な先行きの見えない世界の中でようやく光が見えた。ここが私の生きる場所。やっとたどり着いた私の居場所だった。

 

 

ー--------------------

 

 

 次の日から真の意味での秘書艦としての日々が始まった。私は秘書艦の立場として三人に指導をして鎮守府運営を行う。やる気のある陽炎には艦娘としての訓練以外に私に発作が起きた時の為に秘書艦任務も教えた。司令官も陽炎も荒潮も私の言うことを聞いてくれるし、積極的に努力するようになっていった。

 後方任務は地味で目立たない任務ばかりだったけど、日々の活動を上から表彰もされたし物資を届けた他の鎮守府から感謝されるのは素直に嬉しかった。 

 後方の鎮守府での毎日は忙しいけど、笑顔のある充実した日々だった。

 

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