艦娘の戦争   作:黒猫クル

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 需要があれば2人の初夜(R-18をかくもしれません)


承認欲求と依存と⑨

 彼との交際関係は形だけの状態のまま二ヶ月が過ぎた。

 

 久しぶりに発作が発生した。輸送任務の帰り道でイ級に遭遇し撃破したが、ここ数日間忙しくて徹夜続きだったこともあって体が悲鳴をあげた。他の艦娘の前では取り乱さずに済んだけど、周囲に他の艦娘がいなくなると激しい吐き気に襲われた。

 3人に受け入れられてから発作が起きる頻度自体は減っていたし、ある程度はコントロールできるようになっていた。だけど、この時はコントロールしきれなかった。

 

 トイレでの激しい嘔吐の後、執務室に戻ると彼が心配そうな顔をしていた。

 

「叢雲、無理しない方がいいぞ」

「平気よ。陽炎も荒潮もいないんだし、私がやらなきゃいけないでしょ?」

 

 陽炎と荒潮は長期遠征で鎮守府にいない。本当は今すぐにでも休みたいけど私以外が秘書艦をやれる子がいないから休んでなんていられない。

 

「いいから休め。残りはやっとくから……」

「馬鹿言うんじゃないわよ! アンタじゃ間違いだらけになるでしょ? 明日には陽炎も荒潮も帰ってくるから平気よ」

「あっ……おい……」

 

 彼が止めるのも聞かずにいつもの席に座った。

 吐き気は収まったが頭は重いし、イ級の姿が脳裏に浮かぶたびに寒気がする。意識を保つのが精一杯でとてもではないが仕事をやれる状態じゃない。

 

「つっ……」

 

 急に耳鳴りが始まるのと同時に視界がブラックアウトした。

 

「叢雲?」

 

 遠くで司令官の声がする。ダメ。耐えきれない。私は意識を闇の中に投げた。

 

 

ー--------------------

 

 

 気づくとベッドの上にいた。辺りを見回して医務室であることに気づいた。外は日が沈んでいて真っ暗だった。

 

「叢雲、大丈夫か?」

 

 椅子に座って私を見つめていた司令官が呟いた。

 

「仕事はどうしたのよ?」

「何とか片付けた。君のことが心配で……」

 

 本来なら私も一緒に片付けなければならない仕事を彼一人にやらせてしまった。私は何をしているのだろう? 後ろめたさを感じた。

 

「……迷惑かけたわね」

「いや無理させていたのは自分だ。叢雲が謝ることじゃないよ」

 

 彼は気にかけてくれたみたいだけど罪悪感しか感じない。艦娘としての義務すら果たせない私はどうかしている。それ以外に生きていく道は無いはずなのに……

 

「私の責任よ。本当に悪かったわね……」

 

 司令官からの返事は無い。しばらくの間、沈黙が流れた。

 

「なぁ叢雲」

 

 十分程して彼が口を開いた。

 

「何よ?」

「前に、たまには頼って欲しいって言ったこと覚えているか?」

「いつのこと?」

「君が初めてイ級と交戦して病んでいた時のことだけど……」

 

 あの時の自分を思い出した。ガタガタで何も出来ずに自己嫌悪と死への恐怖で震えてるだけの私。考えていて気分が悪くなった。

 

「アンタは自分が頼られる人間って思っているの?」

 

 彼の顔が歪んだ。

 

「思えないな……」

「じゃあなんでそんなこと言うの?」

「……君が心配なんだ。少しでも君の負担を背負いたい。だから……」

 

 彼の言葉にため息をついた。

 

「そういうのは自分のことが満足にできてから言いなさいよ。今のアンタに他人を気にする余裕があるの?」

「……」

 

 言い返せなかったのか少しの間、会話が途切れた。

 

「それでも君を支えたいんだ。愚痴なら聞くし、困ったことがあるなら何でも言ってくれないか……?」

 

 彼の言葉に小さな負い目を感じた。思えば交際関係を始めてから司令官に頼ったのは、初デートの時の一回だけだ。彼の為にも少しぐらい愚痴を話しても良いのかもしれない。

 何を言うのか少し考えてから口を開いた。

 

「私ってどうしようもない人間ね」

「叢雲?」

 

 司令官は何を言い出すんだ? と言いたそうな顔をした。

 

「自分の義務を果たせないし、戦場では逃げたくなる。自分で自分が嫌になるわ。できるのが当たり前だと思ってた。だけど、今の私は何もできない。艦娘失格よ」

 

 一人で話していて心の中に黒い物が渦巻いていくのを感じた。思えば私の行動は両親への承認欲求が先にあった。認められることを諦めて反発して縁を切られて無力な自分を知って……

 本当に行き当たりばったりでろくでもない子供みたいな生き方。今の私は死ねないから惰性で生きているだけ。艦娘としても人としてもダメな気がする。

 

 私の自己嫌悪の吐露を司令官は何も言わずに聞いていた。沈黙を続ける彼を見てやらかしたと思った。

 

 愚痴を話してくれと言われたから話したけど話しすぎだ。司令官はこんなこと話されても困惑するだけだろう。少し話すつもりだったのについ話しすぎた。

 

「ごめんなさい。こんなこと言われても困るわよね? 忘れて頂戴」

「叢雲も大変なんだな……」

 

 少しして彼が呟いた。

 

「あくまでも俺個人の意見なんだが聞いてくれないか?」

「何よ? 」

「叢雲、君は自分を艦娘失格と思っているかもしれないが自分はそんなことはないと思う」

 

 彼らしいと思った。

 

「否定しないのね」

「否定なんてするわけないだろ? 君は頑張っているし、執務も自分なんかよりずっとできる。君無しだと鎮守府運営なんてできないよ」

「私が居なくても陽炎や荒潮がいるでしょ? あの二人がいるならできるわよ」

「いや、君じゃないとできないよ。陽炎よりも君の方が早く終わるし、艦娘としても鎮守府で君が一番強いんだろ? 君がいるから鎮守府が成り立っているんだ。今日は倒れてしまったけど、気に病まないでくれないか? ……上手く言えないけど自分には君が必要なんだ」

 

 何の解決にもならない励ましの言葉。だけど、少しだけ心の中の物が晴れた気がした。

 私は私を必要な存在とは思えない。だけど、司令官は私を必要としてくれている。これだけは事実なのだと思う。

 

 返す言葉がなく沈黙が流れた。

 

「……変なこと言ってごめんな。今日はゆっくり休んでほしい。それじゃあ……」

 

 何も言わない私に失敗したと思ったのか司令官が医務室を後にした。

 

 一人で私は小さくため息をついた。何の解決にもならないし、現実の何かが変わったわけではない。だけど、私の中のものを吐いて少しは気持ちが軽くなったのかもしれない。今後も彼には私の中のものを少しだけなら吐いてもいいのかもしれない。そう思った。

 

 

ー--------------------

 

 

 その日から私は司令官に少し甘えるようになった。彼に話を聞いてもらうようになったし、私の方から彼を飲みに誘うようになった。司令官は私を否定することは決してなく、不器用ながらも彼なりに励ましてくれる。それが嬉しかった。

 

 何ヶ月か同じことをするうちにようやく彼が信頼できる人だと確信を持った。確信を持つのと同時に甘えは依存に変わり、司令官を失うのが怖くなった。司令官が陽炎や荒潮と話していると不安になるし、彼を飲みに誘う機会も増えていった。

 

「なぁ、叢雲……」

 

 付き合ってから半年した頃、飲みに誘った際に司令官が呟いた。

 

「何よ?」

「最近、多くないか?」

 

 彼の言葉にドキリとした。

 

「何!? 嫌だって言うの?」

 

 私の言葉に彼がビクッとした。

 

「いや、そういうわけじゃなくて……なんで誘うのか知りたくて……その……」

 

 オドオドする彼に罪悪感を感じてしまい、目を逸らして下を向いた。司令官が悪いわけじゃない。私が不安を隠すために怒っているだけだ。

 

「叢雲?」

 

 何も話さない私に彼が不安そうにつぶやいた。

 話して良いだろうか? 利用していると幻滅されないだろうか? 嫌な妄想ばかり浮かぶ。だけど、いつかは話さなければならない。グラスの中のアルコールを飲み干して覚悟を決めた。

 

「……不安なの」

「不安?」

 

 私の小さな声に彼が不思議そうな顔をした。

 

「アンタが他の子に取られないかって……」

「えっ……?」

 

 驚いた顔をした司令官を見て一瞬、本当に話していいのか? という疑問が頭をよぎった。だけど今更止められない。

 

「……我儘かもしれないけど……司令官には私だけを見てほしいの」

 

 グラスを掴んでいた手に力がこもる。抑えていたつもりの気持ちなのに言い出すと止まらなかった。

 

「……私には司令官が必要なの……! お願い……!」

 

 自分の中の感情を話すうちに涙が零れた。思えば生まれてから私はずっと一人だった。誰にも受け入れられないし、誰からも愛されない存在。この鎮守府に来てやっと居場所を見つけて……そして私を愛してくれる人に出会えた。

 

 失敗したら全てが終わってしまうかもしれない。何もかもを失って、一人で崖の上に立ったあの時に戻ってしまうかもしれない。怖い……だけど……司令官に受け入れて欲しかった。

 

「叢雲……」

 

 彼は驚いた顔をした後に私の左手にそっと手を添えた。

 

「怖がらなくても僕は君とずっと一緒にいるよ」

「えっ……」

 

 一瞬、彼が何を言ったのか分からなかった。だけど、その意味を理解したとき、心の中が満ち足りた気持ちでいっぱいになった。

 

「ありがとう……」

 

 泣く私を司令官は笑顔で受け止めてくれた。

 

 

ー--------------------

 

 

 その日の帰り道、私は司令官の服の袖を掴んだ。彼から離れると心の中の温もりが消えてしまう気がして怖かった。

 

「叢雲……?」

「今日は離れたくないの……お願い……」

 

 彼からの返事は無い。代わりに顔を真っ赤にしながら頷いて手を繋いでくれた。彼は私の気持ちを受け入れてくれた。

 

 鎮守府に帰り、そのままの流れで体を重ねた。

 初めての行為はお互いに不慣れだったこともあってグダグダしたものだったけど私の中の欠けていたものが満たされるのを感じた。

 戦時下だからこれから何が起きるかは分からない。明日にはどちらかの命が終わってしまいこの温もりが消えてしまうかもしれない。だけど、今、この瞬間だけは私は幸せだった。

 

 

ー--------------------

 

 

 この日を境に司令官に明確に依存するようになった。夜、寂しくなったり怖くなった時は彼の部屋に行く。司令官に甘えた上で体を重ねることが大半だった。彼に依存するようになると不思議と発作も少なくなった。

 司令官も私を支えられるようになりたいと思ったのか仕事に精を出すようになった。軍人として仕事のこととプライベートのことを分けるようにしていたが、良い方向に向かっていたと思う。

 

 どこから漏れたのか知らないが、司令官との肉体関係は周囲にすぐにバレた。私と司令官が肉体関係に至ったことを聞くと陽炎は諦めたらしく、司令官にアプローチをしないようになった。むしろ、友人として司令官との仲を応援してくれたぐらい。荒潮は相変わらず私のことをからかってばかりだ。

 

 何もかもが上手くいった。戦時下の私の人生の絶頂期だったと思う。だけど、それも長くは続かなかった。

 

 

 私にとって目の上のタンコブの瑞鳳が来たのはそれからしばらくしてのことだった。

 

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