艦娘の戦争   作:黒猫クル

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 本作の瑞鳳はシリーズ初めの作品の艦娘になんてなりたくなかったの瑞鳳と同一人物です。


承認欲求と依存と⑩

「航空母艦瑞鳳、よろしくお願いします」

 

 目の前の茶髪の少女が深々と頭を下げた。

 

 瑞鳳は私より従軍歴は二年ほど短いが激戦区の鎮守府に三年居た叩き上げの熟練兵だ。私と同い年のはずだけど、私よりも背丈が少し小さいせいか彼女の方が幼く見えた。

 

「秘書艦の叢雲よ。よろしく」

「提督の青崎だ。よろしく」

「部屋は?」

 

 彼女が感情のこもらない声で無機質に呟いた。

 

「あっ……えっと106号室だけど……」

「了解」

 

 そう答えると瑞鳳はろくに話もせずに私達に背を向けた。

 

「なんか……話しかけにくい感じだな……」

「そうね」

 

 熟練兵はあんな感じなのだろうか? 私の母だった人もそうだったが、最低限の礼儀はあるが仕事以外に関心を示さず感情もあまり見せない。典型的な仕事にストイックな軍人の姿。ベテランは皆こんな顔なのだろうか? 過去のことを思い出して嫌悪感を感じた。

 

 瑞鳳との初対面の印象は最悪だったが、それがさらに悪くなるのにはそう時間はかからなかった。

 

 

ー--------------------

 

 

 瑞鳳を交えて私が旗艦として遠征をしたある日のこと。一隻のイ級と遭遇した。私達には気づいてなかったらしいし、相手はたった一隻。発作の原因になるのも嫌だし、無視した。瑞鳳から「旗艦命令?」と聞かれたが旗艦命令で押し通した。不満そうな顔をしながらも瑞鳳は私の指示に従った。

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

 その日の遠征終わりに鎮守府に帰ってから二人きりになった時に瑞鳳に声をかけられた。

 

「何よ?」

「なんで戦わなかったのか聞いていい?」

 

 瑞鳳の苛立ち混じりの声に嫌な予感がした。

 

「避けれるなら、戦わないに越したことはないないでしょ? 今回の任務は遠征よ。戦う必要はないでしょ?」

「舐めてるの?」

 

 彼女の言葉にイラッとした。

 

「いくら後方だからってどうかしてない? 仮にも絶滅戦争中なんだけど。少しでも深海棲艦を削らなきゃだめだよね? それに、民間船に被害出たらどう責任取るつもりなの?」

「じゃあ、アンタならどうしたのよ?」

「倒すに決まってるじゃん。秘書艦なのにそんなことも分からないの?」

 

 高圧的な態度に嫌悪感を感じたが返す言葉に困った。瑞鳳の言ってることが正しいことは分かってる。だけど……認めたくなかった。

 

「後方だからいいじゃない……」

「後方だからこそ潰さなきゃいけないと思うけど? 前線だと戦略上色々考えた上で戦うか判断するけど、ここは後方。今後の安全確保のことを考えるべきなんじゃないの?」

「つっ……一々うるさいわね……」

 

 瑞鳳の額にシワが寄る。

 

「うるさい? 色々言われるようなことする方が悪いんじゃないの? まさか、戦うのが嫌だったからなんて言わないよね?」

 

 心臓を握り潰されたような感触が全身を走った。

 

「ふーん、図星なんだ」

 

 動揺を抑えたつもりだったけど、バレバレだったらしい。無意識のうちに瑞鳳から目を逸らす私に彼女はため息をついた。

 

「臆病なことを悪く言う気は無いけど実戦に響くのはありえないんじゃないかな? まっ、せいぜい頑張りなよ。秘書艦様」

 

 これ以上、話す気が無くなったのか瑞鳳は冷たい瞳で私を見つめてから背を向けた。

 

 私は一人で言い返せなかった悔しさの中、手を握り締めた。

 

 

ー--------------------

 

 

 その日のうちに司令官と陽炎と荒潮(二人とも勝手に着いてきた)の三人と一緒にいつもの居酒屋に向かった。

 

「あー、ムカつく! なんなのよあの子!!」

 

 ビールを飲んでジョッキを机に叩きつけた。

 

「大変だな……」

「叢雲ちゃんも大変ねー」

「瑞鳳さんって、できる人だけど言わせるとキツいわよねー」

 

 陽炎の一言にイラッとした。

 

「何、アイツを庇うの?」

「いや、そういうわけじゃないけど……ただ、叢雲にあれだけのこと言えるって凄いなーって」

「は?」

 

 思わず机をドン! と殴りつけた。

 

「何なの? 私のこと馬鹿にしてるの?」

「ごめんごめん、叢雲が嫌だったことは分かってるから……」

 

 やらかしたと思ったのか陽炎が慌てて謝った。

 元前線希望だった陽炎は瑞鳳のことを尊敬している。陽炎の発言に悪意はないだろうけどそれが余計に不快だった。

 

「まぁまぁ、叢雲ちゃん落ち着いて。瑞鳳ちゃんには瑞鳳ちゃんの良さがあるけど叢雲ちゃんには叢雲ちゃんの良さがあると思うの。あまり気に止めない方がいいんじゃないかしら?」

「簡単に言ってくれるわね……! あのガキが言いたい放題なのがムカつくのよ!」

 

 愚痴を言いながらアルコールを飲んでいたら手にしていたジョッキの中が空になった。

 

「追加頂戴!」

「程々にしておいた方がいいぞ……」

 

 酒が進む私を見た司令官が心配そうに呟いた。

 

 いくら飲んでもイライラが収まらない。アルコールが進んで頭がグラグラする。その日のことは五杯くらい飲んでからの記憶が無い。潰れていたと思う。

 

 案の定、次の日は二日酔いだった。頭は痛いし吐き気がするし死にたいぐらい気持ちが悪かった。加えて、少しでも意地を見せなきゃ行けない場面なのに陽炎に秘書艦を代わってもらって一日療養する羽目になってしまった。そのことで瑞鳳から直接何か言われることは無かったが他の艦娘からの視点が嫌だった。

 

 その後も瑞鳳絡みでストレスを感じる日は続いた。彼女は日常生活では何も言わないが、鎮守府運営の方針や指揮が気に入らないと容赦なく口出しする。その度に言い合いになったし、彼女のことを避けるようになった。他の艦娘は私達の言い合いに賛否両論だったが不快だったことには変わりない。瑞鳳が着任して一週間ぐらいしか経ってないのに顔を見るのも嫌になったぐらい。

 

 だけど、そんなことも気にしていられなくなった。前線の人手不足が原因で後方の鎮守府の私達が前線任務の直接的な支援をやらなければならなくなったのはそれからすぐのことだった。

 

 

ー--------------------

 

 

 私達が前線で囮任務をやることが発表された瞬間に鎮守府から笑顔が消えた。陽炎は顔を青くしているし、荒潮も口数が明らかに少なくなった。

 私は司令官から離れられなくなった。毎日彼に甘えたし、体を重ねた。司令官との繋がりに身を任せれば一時的に忘れることができたけど、目が覚めると再び恐怖に襲われる。一日一日が過ぎるのがただただ怖かった。

 

 私達が作戦決行の日を恐れる中、瑞鳳だけは人前で笑顔を作り日々をいつも通りに過ごしていた。

 

 作戦の日が近づく中、荒潮が急に司令官の誕生日パーティ(偶然にも作戦の日の二日前が彼の誕生日だった)をやりだしたいといいだした。

 狂ってると思った。現実逃避を続けている私の言えたことではないが、自暴自棄な行動をとっているようにしか見えない。話を聞いた時にヒトラー最後の十二日間でエヴァ・ブラウンが乱痴急騒ぎのパーティを開いているシーンを思い出した。あれと重なった。

 私は反対したが誕生日パーティの準備は勝手に進められた。司令官は参加するか迷っていたが、主催として必要だという理由で参加させられた。私は彼を止めれなかった。

 

 パーティの当日、私は部屋にひきこもっていたが外の喧騒に耐えきれなくなり、衝動的にパーティを壊そうとした。

 

「アンタ達、何やってんのよ!?」

 

 私の怒鳴り声に賑やかだったパーティは静まりかえった。

 

「叢雲ちゃん、落ち着いて……」

「頭がどうかしてるんじゃないの!? 二日後には死んでいるのかもしれないのよ! 不謹慎だって思わないの!?」

「ねぇ……少しは空気を読んだらどう?」

 

 黙っていた瑞鳳が冷たく呟いた。

 

「空気を読めですって!? 読むも何もここの空気が異常なのよ!」

「黙れ!」

 

 瑞鳳に胸倉を掴まれた。

 

「皆が死ぬのを怖がってないとても思ってるの!? 怖いからこそ、明るく生きようとしているって何で分からないの!? 叢雲がそれをどう思うかは勝手だよ。だけど、それを他人に強要しないでくれる?」

 

 沈黙が流れた。

 瑞鳳に面と向かって言われてようやく、皆の考えが理解できた。皆は現実逃避をしていたんじゃない。死を怖がるからこそ強く生きようとする不条理に反抗する精神。私なんかと真逆でずっと強い人間だ。この場で不謹慎なのは私……自分の行動に強い罪悪感を感じた。

 

「お酒……頂戴。一番強いやつ」

 

 瑞鳳が無言で注いだウイスキーを口の中に無理矢理流し込み、その場を後にした。

 

 

ー--------------------

 

 

 自室に戻った私は一人で自己嫌悪に沈んでいた。小さくなったパーティの喧騒に、私が全てを滅茶苦茶にしたという事実を叩きつけられている気がした。

 本当に余計なことをした。私は弱いし人に迷惑しかかけられないし、自分のわがままを押し通すことしかできない人間。自分が自分で嫌になる。

 

 あの場を盛り上げてあげるべきだった。パーティに積極的だった瑞鳳や荒潮の方が私よりもずっと大人だ。それなのに私は……

 

「叢雲、大丈夫か?」

 

 部屋に戻ってどれぐらい時間が経ったのか分からない。外から司令官の声がした。

 

「入ってもいいか?」

 

 彼を部屋に入れるか一瞬、迷った。だけど司令官なら私の悪口は言わないはずだし、甘えさせてくれるかもしれない。彼を部屋に入れることにした。

 

「……好きにしなさいよ」

 

 部屋のドアが開いた。

 

「何の用?」

「様子が気になってな……」

 

 部屋の中に入った司令官は何も話そうとしない。私も甘えられるかもしれないと思って彼を部屋に入れたけど、いざ彼を目の前にすると言葉が出なかった。

 お互いに沈黙のまま数分が過ぎた。

 

「パーティの時、味方になってやれなくてすまないな… …」

 

 そんなことかと思った。

 

「いいのよ別に……あの時悪いのは私だから……」

 

 本当は慰めて欲しかった。だけど、あの時悪かったのは私なのは疑いようのない事実だ。司令官が私の味方をしてくれなかったとしても仕方ないと思う。彼に謝られる資格なんて私はない。

 

「叢雲……」

 

 少しの沈黙の後に彼がポソリと呟いた。

 

「……何よ」

「一緒に逃げないか?」

「は?」

 

 耳を疑った。

 

「逃げたいんだろ……? 自分は君だけがいればいい。だから……」

「馬鹿言うんじゃないわよ!」

 

 職務の放棄とも言える言葉に思わず大声をあげた。要領が悪くとも仕事だけは真面目にやる彼の言葉として信じられなかった。

 

「アンタ、自分が何言ってるのか分かってるの?」

「ああ……分かってる。分かった上で言っている……誰も殺したくないんだ……提督失格だと思うし、みっともないと思う。だけど、せめて君だけは助けたいんだ」

「つっ……」

 

 司令官の言いたい事は分かった。要するに彼は提督失格と自覚しつつも自分の手で誰も戦場に送りたくないと思っている人だ。それが避けられないと分かった上でせめて恋人の私だけは助けたいと思うのだろう。

 

 魅力的な提案に見えなかったと言えば嘘になる。何もかもを投げ捨てて何にもとらわれずに二人きりで自由に生きていくそんな生活を思い浮かべた。だけど、そんなのは幻想にすぎない。

 

 軍人として到底許されることではないし、職務の放棄なんて他の艦娘への裏切りだ。それに、二人で逃げるとしてどこに行くのだろうか? お互いに貯金はそれなりにあるし、しばらくは逃走生活を続けることもできるかもしれない。だけど、捕まったら何もかもがおしまいだ。軍事裁判は免れないだろうし、下手をしたら死刑になるだろう。敵前逃亡をしてしまったあの日の誓いを破ることにもなる。

 それに……一人ぼっちの私がやっと見つけた居場所を捨てるなんて考えたくなかった。

 

「却下よ」

 

 自然と口からその言葉が出た。

 

「そうか……」

 

 彼が残念そうに呟いた。

 

 逃げ道なんてない。本当は逃げてしまいたいけど、皆を裏切って私の居場所を捨てるなんて私にはできない。今の居場所を捨てない選択肢は今の私は命をかけて深海棲艦と戦うしかない。

 

「……傍に来て」

 

 司令官が私の横に座る。私は無言で彼を抱き締めると彼も私を抱き締め返してくれた。

 

「ありがとう……」

「戦うのか……?」

 

 司令官が私の考えを察したのか小さく震えながらそう呟いた。

 

「それしかないでしょ? 私……行くわ」

「叢雲……本当にごめん……」

 

 無言で彼を強く抱きしめた。彼もそれに答えるように私を強く抱きしめる。抱きしめ合いながら二人で泣いた。弱い二人で痛みを分かち合う関係。引き裂かれてしまうかもしれないけど、せめて今だけはただ彼と一緒にいたかった。

 

 

 作戦の日、旗艦は経験豊富な瑞鳳に任せ、私は彼女の下で戦うことにした。旗艦を譲るのは本当は嫌だけど、それが最善の方法だから我慢した。瑞鳳は嫌味一つ無く旗艦を引き受けてくれたのがありがたかった。

 

 出撃の時、司令官は心配そうな顔をしながら私を見送ってくれた。彼に涙は見せなかった。私は覚悟を決めたのだから。

 

 小さくなっていく鎮守府を背に、絶対に帰ってくるんだと心に誓った。

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