艦娘の戦争   作:黒猫クル

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少し長めです


承認欲求と依存と⑫

 満潮は想像以上にタチの悪い子だった。人の言うことを聞かないし、周囲には反発する。姉妹艦という括りで荒潮と同室にしたが、荒潮も絡み方に悩んでいた。

 

 我慢しきれなくなり、満潮が着任して一週間して声すら聞きたくない人間に電話をかける羽目になった。

 

「はい、神通です」

 

 受話器から忌々しい声が聞こえた。

 

「久しぶりね」

 

 電話の向こうから苛立った雰囲気を感じた。

 

「……今度は何の用ですか?」

「お宅の士官学校から来た満潮のことを教えて欲しいのよ。言うことは聞かないし、荒れてばっかりで使い物になりゃしないわ。アンタの教育に問題があるんじゃないの?」

 

 少しの間、沈黙が流れた。

 

「……可哀想な子ですよ。貴女みたいに」

「は? それってどういう意味よ!?」

 

 ガチャンという音と共に電話が切れた。

 

「チッ」

 

 思わず小さく舌打ちした。

 

 私の聞き方が悪いのもあるかもしれないが、あのクズの説明の仕方は分かりにくい。今回話した感じだと私と似ているとでも言いたいのだろうか?

 私と似ている? 冗談じゃない。あんなのと私の何が似てると言うのだろうか? 仕事はできないし、言うことも聞かない。ただ周りに反発するだけ。他人に何も話さないから救いようがないし、仕事をやらない分、瑞鳳よりもタチが悪い。最前線に送られてこき使われて戦死すればいいとさえ思う。

 荒潮は悪い子じゃないとフォローするが、それが鎮守府の規律を乱して良い理由にはならない。

 

 今の私に満潮を憐れむ気持ちなんて微塵も無い。できないならできないなりに頑張れば評価するのに彼女はそれさえもしない。いくら徴兵制に巻き込まれた立場とはいえ、軍人としてどうかと思う。

 司令官や荒潮は反対するだろうけど、体罰の類も考えなければならないだろうか?

 

 考えていたら電話が鳴った。

 

「言い忘れましたが」

 

 咄嗟に受話器を取ると先程、話していた人間の声がした。

 

「つい先日、貴女の父親が戦死しましたよ」

 

 どうでもいい内容にイラッとした。

 

「それが何?」

「少しは悲しんでもいいんじゃないですか?」

 

 受話器を強く握りしめ、舌打ちをした。

 

「何で私が悲しまなきゃいけないの? 死んだって聞いてせいせいしたわ。それに、縁を切ったのはそっちでしょ? アンタ達の子供だったなんて考えたくもないわ」

「……小娘が!」

 

 電話が切れた。

 

 あんな声を聞いたのは本当に久しぶりだ。よっぽど苛立っていたのだろう。あのクズは怒っていても丁寧な口調を崩さないが、手が出るレベルで切れた時はあんな声を出す。あの二人は夫婦仲が良かったから、よっぽど苛立っていたのかもしれない。

 だけど、今の私にそんなことはどうでもいい。向こうが縁を切った以上、私は私の生き方をする。アイツとは仕事関係でしか付き合わないつもりだし、和解なんてもってのほか。向こうもその気はないだろう。

 

 ため息をついてから受話器を戻し、執務室に戻った。

 

 この時の会話が神通との最後の会話になった。神通は終戦まで生き延びたらしいが、戦友会で見かけても声をかける気になれないし向こうからもかけてこない。今も昔もアイツとは赤の他人のままだ。

 

 

ー--------------------

 

 

「叢雲、何か分かったか?」

 

 執務室に戻ると司令官に声をかけられた。彼の隣では荒潮が秘書官任務をやっていた。

 

「何も分からないわ。ただ、私に似てて可哀想な子って言われただけ。あんなのとどこが似てるのかしら?」

「叢雲ちゃんに似てる……?」

 

 何か思い当たることがあったのか荒潮が手を止めて考え事を始めた。

 

「何よ? 思い当たることでもあるの?」

「ちょっとね……叢雲ちゃん、似てるって誰から聞いたの?」

「悪いけど話したくないわ」

 

 神通から情報を仕入れていたことは私と本人以外誰も知らない。誰にも話していないし、話す気もなかった。

 

「すまん、叢雲。できれば話してくれないか? 陽炎の時もそうだったけど、君がどうやって情報を仕入れているのか気になっていたんだ……」

 

 荒潮だけではなく、司令官まで教えて欲しいと言い出した。今までは話す気がなかったけど、長年の付き合いがあるし相手がこの二人だけなら良いかもしれない。話すことにした。

 

「仕方ないわね……誰にも話さないって約束してくれる?」

「約束する」

「私も約束するわ」

 

 軽く息を吸った。

 

「軽巡洋艦、神通よ」

「えっ!? 神通さん!?」

 

 荒潮と司令官が信じられないと言わんばかりの顔をした。

 

「そんなに驚くこと?」

「だって……神通さんって鬼軍曹って凄く有名な人じゃない。陽炎ちゃんが教わってたって言ってたわ」

「何かコネでもあるのか?」

 

 親子関係のことは話すか迷った。だけど、ここまで言ってしまったなら最後まで言うべきだ。

 

「……認めたくないけど、アイツは私の実の母親なのよ」

 

 司令官と荒潮からの言葉は無い。ただ、空気が重くなった。私の過去を知る二人は実の母親と聞いて、事の重大さを察してくれたのだと思う。

 

「本当にろくでもないクズだったわ。口を開けば、家のことや軍人として、ばっかり。どれだけ頑張っても、一回も褒めてもらったことがないし、愛されたこともなかった。終いには絶縁宣言……軍人としては優秀だったかもしれないけど、親としては最悪よ」

 

 沈黙が流れる。アイツへの愚痴ということもあって好き勝手に話したけど、少し申し訳ない気持ちになった。

 

「ごめんなさい……辛いこと聞いちゃったわね……」

 

 少しして荒潮が呟いた。

 

「いいのよ別に……それで、満潮のことで何か分かったの?」

「あくまでも私の予測なんだけど……いい?」

「いいわ。話しなさい」

「満潮ちゃん、寂しがり屋なんじゃないかなって思うの」

「は?」

 

 満潮が寂しがり屋? わけが分からない。あの子が一人なのは認めるが周囲に当たり散らかしているだけだ。どこに寂しがり屋という要素があるのだろうか?

 

「叢雲ちゃんや提督は知らないかもしれないけど……満潮ちゃん、夜泣きしてること多いの」

「夜泣き?」

「うん。気になって話しかけたんだけど、何でもない! って言われちゃって深入りできなかったけど……」

「そういえば……」

 

 司令官が呟いた。

 

「少し前に廊下で満潮が泣いてるのを見かけたんだ……声をかけたら逃げられたな」

「ねぇ司令官、満潮が泣いてたのっていつの話?」

「一昨日の昼頃だな……何かあったのか?」

 

 一昨日の昼頃……間違いない。遠征帰りに満潮が他の艦娘とトラブルを起こしたから怒鳴りつけた後のことだ。満潮は何も聞いていないような態度をとっていたし、そんなに凹んでいたようには見えなかったけど……

 

「他の艦娘とトラブルを起こしたから叱ったのよ。聞いてるようには見えなかったわ」

「ねぇ……なんか、昔の叢雲ちゃんに似てない?」

 

 荒潮の一言にイラッとした。

 

「言われてみるとそうだな……」

「ちょっと待って! アンナのと私のどこが似てるのよ!?」

「自分を抑え込む所よ」

 

 私の声に怯みもせずに荒潮が呟いた。

 

「叢雲ちゃん、強がってたけど陽炎ちゃんに話すまで抱え込んでばかりだったじゃない。誰にも話さないし、頼ろうともしない……満潮ちゃんも似てない?」

 

 言葉に詰まった。言われてみると今の満潮の態度は昔の私とよく似ている。私は寂しいと思わなかったし泣いたりしなかったけど、誰かを頼ろうとしなかった。陽炎からの救いの手ですら一度は拒絶している。満潮も同じ……?

 

「考えてみた方が良さそうだな……」

「正確には叢雲ちゃんの時とは少し違ってると思うど……でも、可哀想な子なのかもしれないって思うの」

「ちょっと、待ちなさいよ! 何勝手に話を進めてるのよ!?」

 

 私に似ていることが前提の話し方に慌てて話を切った。

 

「神通さんに似てるって言われたんでしょ? 私もそう思うわよ」

「あの女の名前を出すのはやめて!」 

「ごめんなさい。気を悪くしちゃったわね……」

 

 少しの間、沈黙が流れた。

 

「ねぇ叢雲ちゃん、頼みたいことがあるんだけどいい?」

「何よ?」

「射撃訓練をしてる子達を見てきてくれない? 私は秘書官任務をやらなきゃだし、叢雲ちゃんしかやれる子がいないの」

 

 少し頭を冷やしてきた方が良いんじゃないかしら? そう言われた気がした。

 

「……分かったわよ……」

 

 たしかに今の私にはクールダウンが必要なのかもしれない。荒潮の指示に従い執務室を後にした。

 

 

ー--------------------

 

 

 射撃訓練所に向かっていると、廊下で窓から海を眺めている満潮を見つけた。

 

「何をしているの?」

 

 私が声をかけるとビクッとして、私の方を向いた。

 

「何よ!?」

「それはこっちのセリフよ。射撃訓練はどうしたの?」

「別に……私が何したって勝手でしょ!?」

 

 いつもの満潮の態度にため息をついた。射撃訓練を勝手に抜け出してサボっているというのが実際の所だろう。

 

 怒鳴りつけようか? と思った。だけど、それだけだと今までと変わらない。ついさっきの荒潮との会話を思い出して、少しアプローチを変えてみることにした。

 

「いつまで抱え込むつもりなの?」

 

 満潮がビクッとした。図星らしい。

 

「はぁ!? 何言ってんのよ!?」

「あまり抱え込み過ぎると壊れるわよ。潰れる前に誰かに相談しなさい」

「抱え込んでなんて……」

 

 満潮の表情に明らかな動揺が浮かんだ。

 

「私に話しにくいなら司令官か荒潮にでも話せばいいじゃない。二人とも今、執務室にいるわよ」

 

 満潮は一瞬、チラリと私を見てから無言で執務室の方へと向かっていった。

 

 荒潮と司令官の読みは当たっていたのかもしれない。満潮の中の物が何なのかは分からないけど私の中の物と似ているのだろう。

 

 私が無意識に満潮を避けていたのは同族嫌悪なのだろうか? 分からないけど、満潮の様子は少し気にしてみようと思った。

 

 

ー--------------------

 

 

 その日以降、満潮の様子が変わった。

 

 私に懐かないのは相変わらずだったけど、荒潮と一緒に行動しているのを見ることが増えた。

 二人は満潮の心を開かせることに成功したのだと思う。不機嫌そうなのは変わらなかったけど、司令官と荒潮の二人には懐いているみたいだった。

 

 総じて満潮の更生には成功したと思う。訓練での態度も良くなったと聞く。私の見る限りでもサボることは無くなったし、任務にも真面目に取り組むようになった。

 

 満潮の更生には成功したし、ひとまずはこの問題は解決された……そう思ってた。

 

 

 

 満潮の更生に成功してから一ヶ月後、明け方にいつものように執務室に向かうと中から声がした。中からは何かを楽しそうに話す満潮とそれに応ずる司令官の声。無視してドアを開けると、提督机で話していた二人が私の方を向いた。

 

「あっ、叢雲……」

「おはよう。業務開始の時間よ。昨日からの書類が残ってるし、早く片付けるわよ」

「そうだな……」

 

 いつもの執務が始まった。先程の楽しい光景とは打って変わり静まり返っている。

 

 満潮をチラリと見ると彼女はソファーに座り一人で本を読んでいた。私が来たのを鬱陶しいとでも思っているのだろうか? とはいえ、満潮を鬱陶しいと思うのは私も同じだ。

 満潮の更生に成功してから彼女が定期的に執務室に来るようになった。満潮は執務室の中で司令官と話すが、業務時間中は本を読むかスマホで調べ物をしている。

 

 今までは執務室には荒潮を除くと他の艦娘が長時間滞在することはまずなかった。それなのに今は満潮がいる。ただ、それが不快だった。

 

 とはいえ、私も満潮を追い出す権利があるわけではない。彼女のことを考えれば執務室にいた方がいいだろうし、満潮が普段の任務を真面目にやってるのであれば私から言うことは無い。

 

 交わされる会話が司令官との業務上のこと以外何も無い状態のまま時間だけが過ぎていった。

 

「遊びに来たわよー」

 

 一時間ほどして荒潮がやってきた。

 

「おはよう」

「おはよう荒潮」

「……おはよう」

「あら? 満潮ちゃんだけ元気ないわねー。何読んでるの?」

 

 荒潮が満潮の読んでる本を覗き込んだ。 

 

「別に私が何読んだっていいでしょ!?」

「あら? 海底二万里? いいわねー」

 

 名前だけ聞いた事のある小説だ。多分、読書好きな司令官から借りたのだと思う。私には無縁なものだ。

 

「叢雲ちゃんは読書とかしないの?」

 

 何の意図か分からないが荒潮が私に声をかけた。

 

「読書がそういう意味か知らないけど 、文学小説は読まないわよ」

「あらー、じゃあ何なら読むの?」

「クラウゼヴィッツとかジョミニとかそういうものよ」

「うーん……お固いものばかりねぇ……普通の小説は読まないの?」

「読まないわね。読む気になれないし読もうとも思えないわ」

 

 話していたら鐘が鳴った。荒潮と満潮はそろそろ遠征の時間だ。

 

「そろそろ時間よ。二人とも、遠征はいいの?」

「あら、いけない! 満潮ちゃん、行くわよー」

 

 荒潮が満潮を連れて執務室を後にした。二人は同い年のはずだけど、ああしてみると親子のように見える。満潮からすると荒潮は甘えられる対象なのだろうか?

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

 二人がいなくなるのを見計らってから司令官に声をかけた。

 

「どうした?」

「最近、あの子と近くない?」

「そうか?」

 

 彼が怪訝な顔をした。

 

「何話してんのよ?」

「えっ?」

「満潮と何を話していたのか聞いてるの!」

「あっ……えっと……小説の話や荒潮の話を……」

 

 彼がしどろもどろしながら答えた。

 

「そう……」

 

 罪悪感を感じて一旦引き下がった。

 司令官は私に嘘を言う人じゃないから、嘘は言っていないと思う。だけど、満潮が毎日来ている現実を見ると不安が残る。

 

「ねぇ、今夜いいかしら?」

「いつもの居酒屋か?」

 

 私は無言で頷いた。

 

「分かった。君がそうしたいなら付き合うよ……」

 

 彼がオドオドとしながらそう答えた。

 

 その日の夕方、司令官と一緒にいつもの居酒屋に向かった。相変わらずのように瑞鳳が整備兵と飲んでいたが無視して、二人から少し離れた場所に席を取った。

 

「何かあったのか?」

 

 二人でビールを頼んで乾杯をした後に司令官が呟いた。素直に満潮といるのが不安だと思うからと認めるのは負けな気がする。

 

「何でもないわ……ただ、アンタと飲みたくなっただけ」

「そ……そうか……」

 

 彼との静かなサシ飲みが始まった。私から話すべきだと思うけど、話す気になれない。司令官も私の言葉を待っているのか何も話そうとしない。

 ただ、時間だけが過ぎていった。

 

「叢雲……」

 

 どれぐらい時間が経っただろうか? 司令官が私に声をかけた。

 

「何よ?」

「そろそろ話してくれないか? 何か悩んでいるんだろ?」

 

 心地の良い時間だったけど、いい加減変えなければならないらしい。話すことにした。

 

 思えば私の心配のしすぎだったのかもしれない。司令官が満潮に取られるなんてありえない。何もかも私の杞憂だった。

 

「実は、アンタが満潮に……」

「なんで叢雲がここにいるのよ!?」

 

 突然、横から聞こえた大声に遮られた。

 

「満潮ちゃん! 落ち着いて……」

 

 声のした方を振り向くと私を睨む満潮と満潮をなだめようとする荒潮がいた。

 

「帰るわ! なんでこんな所で飲まなきゃいけないのよ!?」

「あっ……待って……!」

 

 店を出る満潮を荒潮が慌てて追いかけていった。

 

「つっ……」

 

 目の前の出来事に思わず舌打ちした。

 

 どうして、満潮がここに? しかもこのタイミングで? 何もかもが最悪だった。

 

「満潮……心配だな?」

「は?」

 

 司令官が呟いた一言に思わず声が出た。

 

「何で満潮の心配をするの?」

「え……?」

「何で満潮の心配をするの? って聞いてるの!」

「えーと……業務が終わった時に満潮が話をしたいって執務室に来たんだが、君との用を優先して断ったのが気になってて……」

 

 グラスを机に勢いよく叩きつけて立ち上がった。

 

「もういいわ!」

「叢雲!?」

「アンタに話そうとした私が馬鹿だったわ! そんなに満潮のことが気になるなら、あの子だけを見てなさいよ!」

 

 そう叫んで居酒屋から外に出た。

 

 馬鹿なのは分かってる。何もかも私のわがままだ。だけど……怒らずにはいられなかった。

 

 その晩、一人で泣いた。私の自己中心的な態度で何もかもを滅茶苦茶にしてしまった。

 自分の何もかもが嫌だった。

 




叢雲の精神状態は安定してるように見えて不安定です

現代編は必要は必要だと思いますか?(よろしければ投票した理由を一言で良いのでコメントにお願いします)

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