戦後、すぐに司令官と結婚した。
結婚式では皆が祝福してくれた。陽炎も満潮も嫌味を言ってばかりの瑞鳳でさえもおめでとうと言ってくれた。
幸せだった。苦節だらけの人生だったけど、やっと私を受け入れてくれる人と結ばれた。彼と結ばれ家ともトラウマとも無関係の人生をこれから二人で生きていく……そう思っていた。
ケチの付き初めは司令官の実家に挨拶に行った時。いきなり彼の両親に侮蔑の言葉を吐かれた。突然のことに唖然としたが、この時は司令官が私の味方をしてくれた。実家よりも私のことを優先してくれたし、実家から離れた市内のアパートで一緒に暮らそうと言ってくれた。他の元艦娘が経験したような周囲からの差別もあったけど、彼の支えがあったから耐えることができた。
だけど、彼との生活も三ヶ月ぐらいするとギクシャクし始めた。司令官が疲れた顔をするようになって、 私はそれを気にしたが彼は何も話そうとしなかった。今思うと、平時になったことで戦時から続く私の依存を司令官が受けきれなくなったのだと思う。もっと早く気づくべきだった。
五ヶ月ぐらいすると彼の口数が減り、私から距離をとるようになった。ここで焦って無理に距離を詰めようとして甘えたのが失敗だったのだと思う。司令官の態度はますます悪化して、ますます冷え込むようになった。私は満潮に嫉妬したあの時から何も成長していなかった。
七ヶ月目には私が妊娠していることが分かった。だけど、司令官に気を使わせるのが嫌で黙っていた。
別れる二週間前、もう関係修復は無理かもしれないと思いながらも司令官を旅行に誘った。楽しかった。お酒は飲めなかったけど、彼と最後に過ごした時間の中で最も楽しい時間だった。もう一度、やり直せるかもしれないと思った。
だけど、無駄な悪足掻きだった。結婚から八ヶ月して、彼と別れた。司令官が去ろうとした日、私は彼に妊娠していたことを告げた。だけど、止めることはできなかった。彼は私に謝りつつも私のためにならない(金銭面での支援は約束してくれたが)と言って私の前から去っていった。
司令官が私の目の前から去った時、自暴自棄になりかけた。瑞鳳のように酒を飲もうとたし、死ぬことも考えた。戦争が終わって欲しくなかったとすら思った。
だけど……お腹の中の子供の存在が私を思いとどまらせた。この子に罪は無い。たとえ、世の中の全てが敵だったとしてもこの子だけは幸せにしてあげなければならない。この子のために生きていこうと決意した。
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一人での生活は過酷だった。
周囲からは元艦娘と好奇の目で見られたし、やり捨てられた女なんて見方もされた。精神的には最初の三ヶ月ぐらいが一番辛かったと思う。身重の体を支えながらつわり特有の吐き気に襲われる日々。誰も助けてくれなかったし、一人で耐えて生きていかなければならなかった。
だけど、私は幸いだった。司令官から頼まれた形ではあったけども、私を支えてくれる元艦娘と再会できたのだから。
彼女と再会したその日、私は買い物をしていた。その日の買い物は偶然にも多く、帰り道に地面に落としてしまった。慌てて拾い集めようとする私を周囲の人達が嘲笑してるのが聞こえた。「元艦娘が」なんて声も聞こえたし「気の毒にねぇ」なんてなんの助けにもならない同情の声もした。
戦後、何度もされてきたことだからいい加減慣れてきたが嫌なことには変わりない。周囲の反応、全てが不快だった。
「困ってる人がいるなら黙って助けなさいよ!」
突然、聞き覚えのある声がした。
「満潮……?」
満潮だった。彼女は私に近寄ると、落ちていたものを無言で拾い集めてくれた。
「行くわよ。こんなとこいない方がいいわ」
彼女は私から買い物袋を取ると、アパートまで持っていってくれた。
「ありがとう、助かったわ」
「別に……司令官が部屋代払ってくれるって言ったから受けただけよ」
「司令官?」
詳しく話を聞いてみると満潮は近くの看護学校で勉強をしているらしく、住処に悩んでいたところ司令官に声を掛けられたという話だった。アパート代を彼が払う代わりに私の隣の部屋に住んで面倒を見て欲しいと言われたらしい。
「私は実利を取っただけ。感謝される筋合いはないわ。感謝するなら司令官に感謝しなさいよ」
「そうね……」
思えば彼が出ていったあの日以降、一度も連絡を取っていないけど彼に感謝したいと思った。
「それで、生活は大丈夫なの? 見たところろくなもの食べてないように見えるけど?」
「食事なんてカロリー取れてれば十分でしょ?」
「ちょっと見せてみなさい」
私の部屋の冷蔵庫の中身とゴミ箱を見た満潮の顔が青ざめた。
「何よこれ!?」
「何って食事よ」
「インスタント食品や栄養食材ばっかじゃない!」
世間では食事にこだわるらしいが私はあまり真剣に考えたことがない。加工食品でも何でも必要最低限のカロリーと栄養さえ取れればいいと思うし、そう教えられてきた。司令官が家にいた頃は彼が色々作ってくれる(どれもそれなりに美味しかった)ことが多かったが、今の私には関係のないことだ。
「子供のことが大切ならもっとしっかり栄養を取りなさいよ!」
「大切に思ってるわよ! 妊娠してからアルコールは飲んでないわ」
「一般常識よ! あーもう信じられないわ!」
満潮が呆れたと言わんばかりの声を上げた。彼女が何で怒っているのか分からない。そんなに大切なことなのだろうか?
「叢雲の食事は私が作るわ!」
「いいわよ別に。そこまでやる必要ないでしょ?」
「叢雲が良くても私が嫌なの!」
気を遣わせるのも悪いと思い満潮の押し付けを断ったが、結局彼女に押し通されてしまった。
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その日から満潮に世話をされる日々が始まった。鬱陶しいと思ったけど結論から言えば彼女の介護があって良かったと思う。
看護学校で学んでいるだけあって、栄養や妊婦についての知識はあったし彼女から学んだことも多かった。教わるにつれて、いかに自分が無知かが分かった。
それに、買い物や外出が必要な時に一緒にいてくれるのがありがたかった。周囲からの差別に満潮は真っ向から反発する。文句があるなら直接言えと言うし、彼女の方から掴みかかることさえある。数ヶ月もすると私達のことを避ける人は増えたが、悪口を聞くことは無くなった。
一度、何でそんなに強気に刃向かえるのか聞いてみたことがあるが、満潮は「今までと何も変わらないから」と答えた。彼女だからこそできることなのかもしれない。
彼女がいたからこそ私は無事に子供を産むことができた。
妊娠から八ヶ月した頃、早産だったが出産した。
元気な女の子だった。何の取り柄もない私だけど娘を見た時、心から愛しいと思った。愛してあげたい、幸せにしてあげたい……色々な想いが心の中に浮かぶ。
この子の父親は今、何をしているのだろうか? 満潮の件の礼を言った以外の連絡は未だに取れていない。もう二度と会えないかもしれないけど、彼の形見のこの子を大切にしたかった。
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出産から数ヶ月後、司令官と再会した。
きっかけは戦友会で陽炎と話した時のこと。 陽炎に司令官との間に起きたことを話すと、彼女が子供の顔を見せてあげた方がいいんじゃないか? と言い出した。
無茶だと思ったけど、陽炎が仲介役をやってくれると聞いて彼女の提案に乗ることにした。司令官が何を思っているのかは分からないけど、娘の顔を見せてあげたかったし彼に会いたかったから。
約束の日、司令官と再会したのはこの喫茶店だった。
「久しぶり……ね」
「久しぶりだな……叢雲……」
沈黙が流れた。彼から目を逸らして下を向く。
私から切り出すべきだと思う。だけど、声をかける勇気が出ない。
「大丈夫。叢雲なら言えるわよ」
私の気持ちを察したのか、横に座っていた陽炎が小声で呟いた。彼女の言葉に小さな勇気を貰った気がした。覚悟を決めて話すことにした。
「子供……生まれたの」
「そうか……名前は?」
「澪(みお)……」
「抱いていいか?」
「うん……」
彼が恐る恐るとした手つきで娘を抱いた。司令官の目は見れなかったけど、口元には笑顔が浮かんでいた。
「これからも会いに行ってもいいか……?」
彼が娘をベビーカーに戻してから呟いた。
「うん……」
「今の自分にはこれぐらいしかできないけど……これからも支援するよ……叢雲、本当にすまない……」
彼が申し訳なさそうに話した。
「いいのよ。アンタにはアンタの事情があるんでしょ? また、会いましょ……」
「ありがとう……」
彼が席を立った。
彼の背中が小さくなり、消えると急に目から涙が零れた。
「大丈夫。私しか見てないから好きに泣いていいのよ」
陽炎の気遣いがありがたかった。私は彼女の横で気が済むまで泣いた。
それからも司令官とは不定期で会った。彼と出会って軽い会話をして娘を見守る……そんな関係が続いている。
今年で彼との再会から十年が経つが今でも彼との関係は続いている。司令官とは普通に話せるようになったけど、復縁は切り出せずにいる。あの日のことをまた、繰り返してしまうのが怖いし、彼に断られてしまうかもしれないから。
娘は大きくなり、小学校に通っている。
司令官と娘の関係は良好だが、娘は司令官を私の元上司ということしか知らない。娘は実の父親は死んだと信じている。
本当のことを話せる日は来るのだろうか?
司令官との関係がこれからどうなるかは分からない。このまま続くのかもしれないし、どこかで終わってしまうのかもしれない。だけど、関係が終わったとしても私は司令官を責める気にはなれないと思う。
だけど……叶うのであれば彼ともう一度、一緒になりたい。今度は一方的な依存じゃなくて、対等な付き合いがしたい。
今でも彼を想う気持ちは変わらない。
私は司令官のことを愛している。
現代編は必要は必要だと思いますか?(よろしければ投票した理由を一言で良いのでコメントにお願いします)
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どちらでもいい