二週間が経った。
執務室で読書をする習慣は続いていた。
この日は秘書艦の叢雲は遠征で居なくて私は休みという絶好の日だった。早朝から私は執務室で読書をしていた。
秘書艦の荒潮は訓練の様子見で執務室にはいなかった上に、司令官の仕事が少なくてすぐに終わったから荒潮の代わりに彼と話を沢山した。荒潮のように私の気持ちを察してくれるわけではないけど、正直に接してくれるし話しやすかった。
読んだ本のことで話しに夢中になっていると昼の鐘の音が鳴った。
「昼時か」
彼が呟いた。
昼時と聞いて、どうしよう? と心の中の私が呟いた。
私は普段、昼食を荒潮と一緒に食べる。私と食べてくれる相手なんて荒潮ぐらいしかいないし、食堂で他の艦娘にジロジロと見られるのが嫌だった。荒潮が居ない時は一人で食べるけど、食堂になんて行けないし、サンドウィッチを買って野良猫の彼を見ながら食べている。司令官ともう少し話したいけど、一旦話しに区切りをつけなければならないかもしれない。
「良かったらなんだけど……一緒に食べないか?」
悩んでいたら思いもよらぬ提案が飛んできた。
「えっ?」
「いつもは荒潮と食べてるだろ? 良かったらなんだが……」
反射的に一瞬、断ろうかと思った。だけど、ここで断ると一人になってしまう。他の艦娘に変な目で見られるかもしれないけど、司令官が一緒なら大丈夫だと思う。
「お願い……」
彼と一緒に食堂に向かった。
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昼時だったこともあって食堂の中は混み合っていた。人は多いけど、苦手な叢雲と瑞鳳の姿はない。ひとまずはホッとした。
だけど、司令官と一緒にいるのが珍しいのか艦娘からの視線が気になる。早く食事を済ませてこの場を離れたい一心だった。
「大丈夫か?」
私の様子が気になったのか司令官が呟いた。
「何よ急に?」
「いや、落ち着きが無いように見えてな……気のせいだったらすまん」
当たっている……だけど、荒潮みたいに察した上で私のことを適切に気遣ってはくれいない。ただ誠実に向き合おうとする。悪い人じゃないし、それを嫌だとは思っていなかったけど相変わらず不器用な人だと思った。
「何でもないわ」
迷惑をかけるのが嫌で強がりを言った。
「そうか……」
彼が黙って目の前のカレーに手をつけた。
司令官との間に沈黙が流れた。周囲で他の艦娘が話しているのと食器を動かす音しかしない。本当は話したいことがいっぱいあるはずなのに……気まずくて嫌な雰囲気だった。
「ご馳走様」
やけに辛いカレーを食べ終えてから席を立った。
落ち着かない昼食だった。他の艦娘がチラチラと見てくるし、司令官は私を見ながらオドオドとしている。荒潮がいれば上手くこの場をまとめてくれたと思うけど生憎彼女はこの場にいない。一秒でも早く、執務室に戻りたかった。
「あら? 満潮ちゃん、司令官と一緒にご飯食べていたの?」
聞きなれた声に振り向くと荒潮がいた。荒潮は私と司令官をチラリと見回した。
「……執務室に戻った方がいいかしら?」
「そうだな……」
荒潮が出した助け舟に乗るように司令官が呟いた。私としてもここにいるのが嫌だったし、願ってもない提案だ。
「うん……」
二人と一緒に執務室に戻った。
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一旦、二人と別れて猫に餌をあげてから執務室まで戻った。中に入ると荒潮と司令官が何か話をしていた
「おかえりなさい、満潮ちゃん」
「ただいま……」
いつも座っているソファーに腰をかけた。
「満潮ちゃん、何か司令官と話したいことがあったんじゃないかしら?」
荒潮の声に顔が引きつった。相変わらず荒潮は勘がいい。
「何でもないわよ……」
強がりを言って昼休みで中断してた読書を再開した。ただ、難しめの本だったこともあってあまり理解して読めなかった。司令官に聞きたかったけど声をかけようか迷う。
「あら、いけない。瑞鳳さんに訓練で聞きたいことがあったのを忘れてたわー」
「あっ、荒潮……!」
わざとらしく話した荒潮は司令官が止めようとするのも聞かずに執務室を出ていった。
気まずい雰囲気が流れた。声をかけたくてもかける覚悟のない私とどうすれば良いのか分からずに私をチラチラと見る司令官。当たり前といえば当たり前だと思う。食堂の時みたいに他人の目を気にしなくて良い状態だけど、気分が悪いことには変わりない。
春特有の生暖かい部屋の中で時間だけが過ぎていく。読書に集中できない。昼休みの時間も少ない。声をかけられない臆病者さよりも苛立ちの方が勝った。
「ねぇ」
「どうした?」
私の声に新聞を読んでいた司令官が慌てて反応した。
「聞きたいことがあるんだけど……」
私が本の内容で分からない内容のことを話すと彼は「えーと……」と言いながらも丁寧に答えてくれた。
「なぁ……満潮」
質問が終わった直後に彼が呟いた。
「何よ?」
「良かったらなんだが……食堂で何が気になってたのか教えてくれないか?」
話すか迷った。だけど、ここで言わないと言う機会を逃してしまう気がする。本で顔を見せないようにしつつも話すことにした。
「視線が嫌だったのよ」
「視線?」
「私、嫌でも目立つでしょ? 司令官と歩いていると尚更……普段は荒潮がいるからいいけど、そうじゃない時は一人だし……」
話していて情けなくなってきた。目立つのは自業自得だし視線を感じていたのも気のせいなのかもしれない。何で、こんなことを考えなきゃいけないんだろ……
「すまん!」
司令官が大きな声で叫んで頭を下げた。
「えっ?」
「もっと、君の気持ちに気づくべきだった。君がどう思うか考えるべきだった。謝るから許してくれないか?」
「謝るって……何で司令官が謝るのよ」
わけがわからない。私が勝手に他人を気にして勝手に病んでいるだけの話。空気を悪くして謝らなければいけないのは私の方だ。
「君を嫌な気持ちにさせたのは誘った僕の責任だ。本当に申し訳ない」
彼は謝るのをやめない。どうすれば良いのだろうか? 荒潮に相談したいけど彼女はいない。
「……大丈夫よ。気にしてないから……」
何を言えば良いのか分からず口から出た、せめてもの言葉だった。
彼が納得してくれるまで時間がかかった。それまで、ずっと頭を下げられていたし、誰かに見つかったら大変なことになっていたと思う。
司令官はどこまでも誠実な人だった。誠実過ぎるゆえに自分で自分をせめてしまう。私の気持ちが分からないけど向き合おうとしてどうすれば良いのか分からずに戸惑ってしまう……そんな人だ。
その誠実さと不器用さに惹かれたのだと思う。気がつくと私は、無自覚のうちに彼のことが好きになっていた。
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