艦娘の戦争   作:黒猫クル

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 平常運転に戻ります
 作者個人としては今シリーズの恋愛関連はろくなことになっていない気がします


あの時があったから今の私がある⑦

 

 司令官に恋をして何日かした(恋をしたという自覚は無かったけど)ある日のこと、私はいつもと同じように早朝から執務室で本を読んでいた。早朝だけあって叢雲の目はなく、司令官と気軽に話すことができた。

 彼と話すのが楽しかった。彼の前でもっと素直になりたかったし、仲良くしたかった。

 

 話を始めて三十分ぐらいした頃、執務室のドアが開いた。

 

「あっ、叢雲……」

「おはよう。業務開始の時間よ。昨日からの書類が残ってるし、早く片付けるわよ」

「そうだな……」

 

 ドアの向こうに立っていたのは苦手な秘書艦の叢雲だった。彼女が来たということは司令官は仕事をしなければならないということ。私は黙って、いつものソファーに腰を掛けて読書を始めた。

 

 ペンの音と紙の音だけがする静かな執務室の中で淡々と時間が過ぎていく。司令官に声をかけたくても声をかけられない……モヤモヤとしたものを感じるし叢雲の存在を嫌だと思った。

 幸いなことに読んでいた本は読みやすかったから読書に集中できたけど、ついつい叢雲を意識してしまうのは変わりなかった。

 

「遊びに来たわよー」

 

 一時間ほどして荒潮がやってきた。少しは空気が和むかもしれない。助かったと思った。

 

「おはよう」

「おはよう荒潮」

「……おはよう」

「あら? 満潮ちゃんだけ元気ないわねー。何読んでるの?」

 

 言わなくても分かるでしょ!? と言いたい気持ちを押さえ込んだ。そんな私を気にもせずに荒潮は私の本を覗きこんだ。

 

「別に私が何読んだっていいでしょ!?」

「あら? 海底二万里? いいわねー」

 

 視界の端で叢雲がつまらなさそうな顔をするのが見えた。

 

「叢雲ちゃんは読書とかしないの?」

 

 荒潮が叢雲に振った質問に体がビクッとした。私は叢雲が苦手だ。だけど、相手が秘書艦である以上、上手く付き合っていかなければならない相手でもある。彼女の読書をきっかけに何か話題を作れないかな? という淡い期待が心の中をよぎった。

 

「読書がそういう意味か知らないけど 、文学小説は読まないわよ」

「あらー、じゃあ何なら読むの?」

「クラウゼヴィッツとかジョミニとかそういうものよ」

 

 私の中の淡い期待はあっさりと裏切られた。叢雲が読んでいた本は軍事系の専門書と言えるものばかりだ。美人で仕事に真面目でプライドが高くて能力もある秘書艦。そんなイメージがよりいっそ強くなっただけだった。

 

「うーん……お固いものばかりねぇ……普通の小説は読まないの?」

「読まないわね。読む気になれないし読もうとも思えないわ」

 

 鐘が鳴った。

 

「そろそろ時間よ。二人とも、遠征はいいの?」

「あら、いけない! 満潮ちゃん、行くわよー」

 

 叢雲が指摘した通り、今日は遠征がある。荒潮の背を追って執務室を後にした。

 

「満潮ちゃん、残念だったわね……」

 

 執務室を出た直後に荒潮が呟いた。

 

「何の事?」

「本当は叢雲ちゃんと仲良くなりたいんでしょ?」

 

 意識していなかった本心を指摘されてギョッとした。

 

「そんなわけ……」

「認めたくなければ認めなくていいわよー」

 

 私の気持ちを察したように荒潮が呟いた。

 

「読書のことで話が合えばいいかな? って思ったんだけど中々上手くいかないわねー」

 

 叢雲に話を振ったのはそんな理由か……たしかに私は叢雲と仲良くなりたいと思っていたのかもしれない。だけど、叢雲は性格がキツイし向こうがそれを望んでいるのか分からない。

 

「大丈夫よ。叢雲ちゃんと満潮ちゃんって似てるから話せば分かりあえるわよ」

「えっ、叢雲が……?」

 

 荒潮がしまったという顔をした。

 

「ごめんなさい。何でもないわ」

「どういうこと?」

「……悪いけど、聞かないでもらえると助かるわ」

 

 荒潮はいつものように柔らかい笑顔ではなく、深刻そうな顔をしていた。こんな彼女は初めて見たし、あまり踏み込まない方が良いのかもしれない。

 

「分かったわよ……」

「満潮ちゃん、ありがとうね」

 

 空気の悪さを察して私は質問をするのをやめた。

 

 

ー--------------------

 

 

 その日の夕方、遠征が終わって司令官に会いに行こうとしたら用事があると断られた。元からたまにあったことだけど、この日は何故かとてもガッカリした。

 肩を落としながら仕方なく部屋に戻ったら荒潮が日記を書いていた。

 

「あら、満潮ちゃん。司令官の所には行かないの?」

 

 彼女が日記を書く手を止めた。

 

「用事があるって言われたのよ!」

 

 ベッドの上に身を投げ出した。無性にイライラする。何で自分がこんなにイライラしているのか分からない。その事が余計に私をイライラさせた。

 

「ねぇ、満潮ちゃん」

 

 少しして荒潮が私に声をかけた。

 

「何よ?」

「満潮ちゃんってお酒は飲める?」

 

 酒と聞いて嫌なことを思い出した。

 私にとって酒と言うと嫌な思い出しかない。その日暮らしをしていた時に酔った馬鹿に絡まれるのは日常茶飯事だったし、毎日酒漬けの瑞鳳の生活が良いようには見えない。

 

「飲んだことないわ」

「良かったらだけど……奢ってあげるから飲みに行かない?」

「何よそれ?」

「強い弱いがあるからあまり強くは勧められないんだけど……飲むと素直になりやすいし、ストレス解消になると思うの。満潮ちゃんも飲んでみない?」

 

 素直になれるかもしれないという言葉に小さな好奇心が湧いた。

 

「少しぐらいなら……」

 

 念の為その場で即興のアルコールパッチテストをやってみたところ強いという判定が出た。私がアルコールに強いのは意外だった。

 

 

ー--------------------

 

 

 荒潮に連れられるがままに居酒屋に向かった。馴染みの居酒屋と言っていたが人数は少なかった。最初に目に付いたのはカウンター席で男の人と一緒に飲んでいる瑞鳳だった。噂で整備兵と付き合っているとは聞いたが、それが彼なのだろうか? 

 

 荒潮に連れられるまま席に座ろうとして目に映った光景に目を疑った。

 

「なんで叢雲がここにいるのよ!?」

 

 司令官が秘書艦の叢雲と一緒にテーブル席で飲んでいた。司令官に断られたのはこの為……? 苛立ちと黒い気持ちが心の中に渦巻くのを感じた。生まれて初めて感じる嫌悪感だった。

 

 私の声に驚いたのか司令官と叢雲が私に視線を向けた。

 

「満潮ちゃん! 落ち着いて……」

 

 胸がムカムカして息苦しい。嫌だ。二人を見たくない。

 

「帰るわ! なんでこんな所で飲まなきゃいけないのよ!?」

「あっ……待って……!」

 

 私を追う、荒潮を後目に居酒屋から外に出た。そのまま鎮守府に向かって歩いた。

 雨の後だったこともあって人数は少ない。梅雨特有のジメジメとした暑い曇りの嫌な季節だった。

 

 無我夢中で歩いて、気づいたら自室に戻っていた。部屋に戻ってもイライラが収まらない。どうして、私はこんなにイライラしているのだろうか? 布団の上に身を投げ出した。そのまま何も考えずに枕に顔をうずめる。

 荒潮に疑問をぶつけたいが帰る途中で「買い物に行ってくる」と言われ別れたから彼女は部屋に居ない。いつになったら帰って来るのだろうか? ただただ彼女が待ち遠しかった。

 

「ただいまー」

 

 どれぐらい時間が経ったのだろうか? 荒潮の声がした。彼女の方を向くと右手に近所のスーパーのビニール袋がぶら下がっていた。

 

「おかえり……」

「ごめんなさい。満潮ちゃん、嫌な気持ちにさせちゃったわね……二人があそこで飲んでるって知らなかったの」

 

 荒潮が机の上に買ってきたものを置くとガシャンと金属音がした。

 

「ねぇ、荒潮」

「どうしたの?」

「……ごめん、何でもない」

 

 先程の質問をしようとして思いとどまった。荒潮は私に気持ちを分からせようとするアプローチをとる。私自身が今の気持ちを言語化できないのに、荒潮が分かるはずがない。

 

「ねぇ、満潮ちゃん。お願いがあるんだけど、いいかしら?」

 

 少ししてから今度は荒潮が私に声をかけた。

 

「お願い? 何よ?」

「良かったらなんだけど……一人で飲むのは寂しいし付き合ってくれない?」

 

 机の上を見るとチューハイやビールの缶とつまみの類が並べられていた。私に飲もうと提案したのは酒が飲みたかっただけなのではないだろうか?

 

「酒が飲みたいだけなんじゃないの?」

「うーん……ちょっと間違いかな……誰かと、じゃなくて満潮ちゃんと飲んでみたいの」

 

 私と? 嘘はついてないみたいだし、荒潮のことだから何かしらの意図があるのだと思う。それが何なのかは分からないけど、今までのことだから私にとって悪いことでは無いはずだ。乗ることにした。

 

「分かったわよ。でも、初めてだからどれくらい飲めるか分からないわよ」

「ありがとう。飲んでくれればいいの」

 

 荒潮が笑顔でそう話した。

 

 初めて飲んだ酒はぶどう味のチューハイだった。ぶどうジュースに変な苦味がついた味だったけど、飲みやすかった。

 チューハイを飲んでから惣菜のポテトフライに手をつけてみると口の中が油っぽくなって、もう一度飲みたくなった。再びチューハイに口をつけてから次は唐揚げを食べるとまた、飲みたくなって……しばらくの間は荒潮に勧められるがままに酒を飲んでつまみを食べた。

 

「気に入ってもらえたかしら?」

 

 ビールを飲みながら荒潮が笑顔で呟いた。

 

「思ってたよりもイケるわね」

 

 荒潮はすぐに本題に入ることはなく、しばらくの間は雑談が続いた。荒潮との会話は楽しくて、自然と酒(ビールは流石に苦くて飲めなかったが)とつまみを食べる手が進んだ。荒潮も同じらしく、ニコニコとしながら酒を飲んで話をしてくれた。

 

 時間が経つにつれて頭の中がボーッとして上機嫌になってきた頃、ふと荒潮が何かをしようとしていたことを思い出した。酒を飲むと話が進む。そうなると私に話したいことがあるのではないだろうか? 聞いてみたくなった。

 

「そういえば、荒潮。話したいこととかあるんじゃないの?」

 

 勢いだけでカマをかけてみたら、荒潮の顔から笑顔が消えた。

 

「満潮ちゃんに聞きたいことがあるの」

 

 荒潮がポテトフライを食べながら呟いた。いつもの軽い感じで話す荒潮とは違って真面目で落ち着いた声だった。

 

「私に? 何よ?」

「最近、司令官と一緒にいたいと思っていない?」

「司令官と……?」

 

 少し考えてみて答えが出た。

 

「一緒にいたいと思う……」

「叢雲ちゃんを嫌だと思ったことは?」

 

 答えが分かりきった質問にイラッとした。

 

「私が叢雲が苦手だって知ってるでしょ? 何でそんなこと言わなきゃいけないのよ!」

「ごめんなさい」

 

 荒潮が頭を下げた。

 

「……でも、しっかり考えてほしいの。最近、司令官と叢雲ちゃんが一緒にいるのを見てモヤモヤするのを感じたことがない?」

 

 モヤモヤする気持ち……何回も経験している。私は無言で頷いた。

 

「満潮ちゃん」

 

 荒潮がゆっくりとした声で呟いた。

 

「今から話すことは満潮ちゃんにとってとても辛い話かもしれない。だけど、知っておかなきゃいけないと思うの」

「いきなり、何言い出すのよ?」

「お願いだから。聞いてもらえないかしら……? 私もお酒の力を借りなきゃ話せないの」

 

 荒潮の声に迫真がこもっていたのを感じた。聞かないという選択肢は無いらしい。酒を勧めたのも、その何かを話さなければならないという義務を果たすためなのだろう。何の話なのか全く分からないけど、ひとまず聞くことにした。

 

「分かったわよ……聞けばいいんでしょ?」

「ありがとう、満潮ちゃん……」

 

 荒潮が缶の中に残っていたビールを一気に飲み干した。

 

「最初に、満潮ちゃんは恋をしてるわ。満潮ちゃん、司令官のこと好きでしょ?」

「えっ?」

 

 恋? 私が? 斜陽で書かかれていたあの感情を……? 

 

「恋なんて分からないわよ……」

「司令官と一緒にいたいんでしょ? ずっと話していたいんでしょ? それが恋ってことよ」

 

 顔が真っ赤になるのを感じた。胸が今までに感じたことがないほどドキドキする。息が切れて、胸が熱い。私……司令官が好きなんだ。好きだから彼に会いに行きたいし、彼の隣にいる叢雲を邪魔だと思ってしまう。私の苛立ちは嫉妬なのかもしれない……

 

「次に悪いお話をしたいんだけど、いいかしら?」

 

 私が落ち着くのを見計らってか荒潮が呟いた。嫌な予感がした。だけど、荒潮はなにが何でも話す気がした。覚悟を決めた。

 

「うん……」

 

 ボーッとするような感触の中、荒潮の口が開くのが見えた。

 

 

 

 

 

 

「司令官、叢雲ちゃんと付き合ってるのよ」

 

 

 

 

 

 手に持っていた缶が床の上に落ちた。

 

 

 

 

「えっ……?」

「一年ぐらい前だったかしら? 司令官が叢雲ちゃんに告白したの。叢雲ちゃんはどう受け止めるか迷ってたんだけど、鎮守府の秩序のために受け入れたの」

 

 仕方なくという言い方に針の穴を通すような可能性が見えた気がした。

 

「それじゃあ……」

「だけど、少ししてから叢雲ちゃんも司令官のことを好きになっちゃったの。叢雲ちゃんが告白したその日のうちに肉体関係になっていたみたいだし、あの二人の間に入る余地は何も無いの」

 

 荒潮が何を言っていたのか分からない。頭の中が思考を必死になってシャットアウトしようとしている。だけど……

 気づくと目から涙が流れていた。

 

「満潮ちゃん大丈夫? 」

 

 荒潮が慌てて私に駆け寄った。

 

「どうして……どうして、叢雲なのよ……?」

「ごめんなさい……」

 

 荒潮が私を抱き締めた。

 

「何で……何でよ……?」

 

 相手が叢雲の時点で勝ち目なんてない。私よりも綺麗な身で美人で仕事ができてプライドも高くて私よりも司令官とずっと一緒にいて……

 儚い恋だった。始まった時点で負けが決まっていた。こんなに辛いなら、無自覚なまま知らない方が良かったかもしれない。

 だけど、私は失恋した。それだけは事実だった。

 

「お酒頂戴……」

 

 荒潮が袋からチューハイを私に渡した。私は封を切って一気に飲み干した。

 

「大丈夫。満潮ちゃんも美人だし、いつか絶対に受け入れてくれる人ができるわよ」

「ありがとう……」

 

 その日は大泣きして、寝落ちするまで荒潮に慰められながら酒を飲んだ。

 

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