艦娘の戦争   作:黒猫クル

44 / 57
 一気に暗くなります。叢雲が攻撃的な理由を知りたい方は叢雲編を読んで下さい


あの時があったから今の私がある⑧

 私は予想以上に酒に強かったらしい。ヤケ酒だったのに次の日は普通に目が覚めた。少し寝不足気味で喉が渇いていたけど、頭痛はなく二日酔いにはならなかった。

 

 昨日とはうってかわって外はいい天気だった。小鳥の鳴き声がしていて気持ちの良い朝だった。

 荒潮は部屋にいない。代わりに机の上に梅入りのお茶漬けと「良かったら食べて」と書かれた紙が置かれていた。口をつけてみると塩味が強めの味で身体に染みた。

 

「はぁ……」

 

 食べ終わってから昨日の夜にあったことを思い出して、ため息をついた。

 

 生まれて初めての恋だった。そして、産まれて初めての失恋だった。昨日、散々泣いたせいか気持ちは落ち着いているけども胸苦しさを感じる。最初から負けが決まった戦い。無意識のうちに勝手に始めて勝手に負けただけだ。

 悪あがきするなんて選択肢は私は取れないし、諦めるしかない。そう自分に言い聞かせるしかなかった。

 

 少ししてからいつもの習慣で執務室に向かった。ドアを開けると彼はいつものように一人で執務の用意をしていた。

 

「おはよう」

 

 私が声をかけると彼が私の方を向いた。

 

「おはよう満潮。大丈夫か?」

「何のことよ?」

「昨日のことなんだが……何かあったのか?」

 

 彼が心配そうな顔で私を見つめる。無意識のうちに勝手に嫉妬して勝手に暴走した私が悪いだけなのに……罪悪感を感じた。

 

「何でもないわ。気にしないで」

 

 彼から借りた本を片手にソファーに腰を掛けた。何ページかめくってみたが集中して読めない。

 

「ねぇ、司令官」

 

 何のあてもなく司令官に声をかけた。

 

「どうした?」

 

 書類を書いていた彼が顔を上げる。何も言えずに彼を見つめていてふと、彼と叢雲の関係を聞きたいと思った。

 

「司令官って叢雲と付き合ってるの?」

 

 私の質問に彼が少し驚いた顔をした。

 

「誰かに聞いたのか?」

「荒潮から」

「荒潮か……」

 

 彼が小さくため息をついた。

 

「……ああ、そうだな付き合っているよ」

 

 司令官の言葉に胸の中が締め付けられるのを感じた。

 

「……司令官にとって叢雲ってどんな人なの?」

「大切で放っておけない人かな……」

 

 短い言葉だったけど彼が叢雲を大切に想っていることは伝わった。彼に大切に思われていることが羨ましく感じた。

 

「何で叢雲のことが好きになったの?」

 

 私の質問に司令官が少し困った顔をした。

 

「……今から話すことを荒潮以外には秘密にしておいてもらえるか?」

「約束するわ」

「叢雲はああ見えて人としてかなり弱いんだ」

 

 彼の発言を意外に感じた。

 

「そうなの?」

「叢雲は周囲から見ると完璧かもしれない。だけど、本人はそう思っていないんだ。自分はできて当たり前だと思ってる。できなければ誰も自分を認めてくれないと思い込んでる」

「できるならそれで十分でしょ?」

「傍から見ればそうかもしれないな……」

 

 彼が少し悩んだような顔をした。

 

「叢雲は何でもできる自分以外の生き方を知らないから、弱い所を隠そうとする。いくら悩んでいても無理してしまうんだ」

「あの女に悩みなんてあるの?」

「君が思ってる以上に悩んでいるよ。死ぬのを誰よりも怖がっているし、自己評価も低い。それに、ずっと独りだったんだ」

「叢雲が?」

「叢雲が苦手な君なら分かるだろ? あの性格は近づきにくいと思わないか?」

「それはそうだけど……」

 

 プライドが高くて言い方がキツくて怒りっぽい人間。戦争が無くて平時だったとしても近寄ろうとしなかったと思う。

 

「それに、叢雲は両親に縁を切られてるんだ」

「え!?」

 

 司令官の発言に耳を疑った。

 

「本当に誰にも話して欲しくないことなんだが……最前線の鎮守府にいた時に叢雲は、大きな失敗をしている。その時のことがトラウマになっているし、軍人の両親に縁を切られてる。それ以降、彼女はずっと独りなんだ」

 

 あの叢雲が……? 信じられなかった。

 

「叢雲は独りぼっちでこの鎮守府に来て頼りない僕を支えてくれた。色々言いながらも見捨てないで助けてくれた。今も昔も叢雲には世話になってばかりだよ」

 

 彼が小さくため息をついた。

 

「そんな叢雲が一人で病んで嘔吐しているのを知った時、放っておけなくなった。助けたいと思った……と言っても結局、何もできずに叢雲を見ているうちに一方的に好きになっただけだったがな……」

 

 そう話した司令官は少し恥ずかしそうな顔をしていた。

 

「そうなんだ……」

 

 苦手な人だと思っていた。私とは違って恵まれていると思い込んでいた。だけど、叢雲も私と同じで苦しんでいるのかもしれない。少しだけ親近感を感じた。

 

「でも、叢雲からも告白されたんでしょ?」

「そうだな……叢雲から告白されたことは今でも信じられないよ。聞き違えなんじゃないかと思ってる」

「どんな感じに告白されたの?」

「えっと……叢雲に飲みに誘われることが増えたからそれを聞いてみたら……」

 

 執務室のドアが開いた。

 

「おはよう」

 

 空いたドアには見るからに不機嫌そうな叢雲が立っていた。

 

「あっ……叢雲……おはよう……」

 

 司令官がオドオドしながら挨拶をした。

 下手に関わると何をされるか分からない。私は彼女に目を付けられないように定位置のソファーに座って本を開いた。

 

「叢雲……昨日は、その……」

 

 昨日のこと、と聞いてハッとした。昨日、私は二人の関係を邪魔してしまった。叢雲はそのことで不機嫌なのかもしれない。

 謝ろうと思った。だけど、どう言いだせばいいのか分からない。せめて、荒潮がいれば……彼女が早く来ることを心の中で祈った。

 

「満潮、そろそろ動きなさい」

 

 急に叢雲が呟いた。

 

「は?」

 

 時計を見るとまだ三十分前だった。まだ動くような時間ではない。

 

「まだ、三十分前じゃない。何で動かなきゃいけないのよ?」

「軍隊で三十分前行動は当たり前。そんなことも分からないの?」

 

 言いがかりみたいな言い方に流石にカチンときた。

 

「何よそれ!」

「叢雲、そこまで厳密にならなくても……」

「アンタは黙ってなさい! 満潮、やる気のない貴女は分からないかもしれないけど、軍隊ではそれが当たり前なの。分かったなら、早く準備をしなさい!」

 

 ムカつくけど立場が上の叢雲が相手だと従わざるを得ない。舌打ちをしてソファーを立った。

 

 

ー--------------------

 

 

 その日の昼、猫に餌をあげてから食堂に行ったらいきなり叢雲に怒鳴られた。司令官に会いに行ってたんじゃないか? と大声で言われた。疑われていたのであれば、とんでもない誤解だ。それに、仮に私が司令官と会っていたとしてもそれの何が悪いのだろうか? わけが分からない。だけど、一つだけ気づいたことがあった。

 

 興奮で瞳孔が開いた独特な表情……今まで何度も見てきたから嫌でも分かる……

 私は叢雲に嫌われている。何が気に入らないのか知らないけど、食堂で叢雲が私に向けた感情は明確な敵意だった。

 

 体が震える。怖いと思った。どうすればいい?

 叢雲に嫌われた以上は、何とかしないと大変なことになる。でも、どうすればいいのか分からない。嫌われる原因が分からないのもタチが悪い。

 荒潮に頼ろうかと思った。だけど、今彼女は叢雲と一緒にいるから話せない。必然的に選択肢は一つしかない。それに、叢雲の恋人の彼ならば何とかしてくれるかもしれない。私は昼食も取らずに執務室に向かった。

 

 ドアの隙間から中を覗いた。パッと見た感じでは叢雲の姿はなく、司令官が一人で本を読んでいた。大丈夫だと思う。

 

「満潮か?」

 

 彼と目が合った。

 

「入っていい?」

「いいぞ」

 

 ドアを開けて執務室の中に入った。

 

「やけに早いな……昼飯はもう食べたのか?」

「まだ……」

 

 いつもなら変な反発をしてしまったかもしれない。だけど、そんなことをする余裕もなかった。

 彼が心配そうな顔をした。

 

「何かあったのか?」

「急に叢雲に怒鳴られてそれで……」

「叢雲に?」

 

 ドアが開く音がした。

 

「何でアンタがここにいるのよ!?」

 

 後ろから聞こえた叢雲の怒鳴り声に背筋が凍った。

 

「何でって、午後は何もないからいいじゃない!」

「黙れ!」

 

 ヤバい! と思った時には胸倉を掴まれていた。

 

「アンタは出禁よ。二度と顔を見せないで」

 

 反射的に反発した私が悪いのは分かってる。だけど……何で……?

 

「何で……何でそんなに虐めるの……?」

 

 視界が涙で滲んだ。

 

「何がそんなに気に入らないの? 私が何か悪いことした……!? 悪いことをしたなら謝るから言ってよ……!」

 

 対等に話したいだけなのに、何で嫌われるのか分からない。面白いから? 目障りだから? 私が汚いから?

 叢雲からの答えは無かった。理不尽に嫌われているだけなのかもしれない。

 嫌だ……こんな場所にはいられない。せっかくできた居場所だと思っていたのに……

 執務室から外に出た。

 

 

ー--------------------

 

 

 自室に戻ると荒潮が部屋の整理をしていた。

 

「満潮ちゃん……?」

 

 私の異変に気づいたらしく、荒潮の顔色が変わった。私は何も言わずに枕に顔を埋めた。

 

「えっと……大丈夫……かしら……?」

 

 言わなくても分かるでしょ? 私は何も答えずに意思表示をした。荒潮も私に気を使ったのか声をかけなかった。

 少ししてドアをノックをする音がした。

 

「満潮、いるか?」

 

 司令官だ。ドアを開ける音がした。

 

「荒潮?」

「司令官。何があったの?」

 

 いつもの柔らかい話し方とは明らかに違う荒潮の声が聞こえた。

 

「えっと……」

「話して」

 

 二人の話し声が聞こえた。荒潮はからかいもせずにただ真面目に聞いているように聞こえた。

 

「司令官は叢雲ちゃんの相手をしてあげて。満潮ちゃんは私が何とかするわ」

「えっ……それは……」

「いいから、言う通りにして」

「わ……分かった……」

 

 ドアが閉まる音がした。

 

「満潮ちゃん……」

 

 頭の上をそっと撫でられるのを感じた。

 

「辛かったわね……」

 

 荒潮が優しい声でそう呟いた。

 

「うるさい……」

 

 本当は話を聞いて欲しいのに……こんな時にも反発してしまう自分が嫌だった。

 

「大丈夫。私は何があっても満潮ちゃんの味方だから……話なら何でも聞くわよ……」

「ありがとう……」

 

 その日は一日、荒潮はずっと私の傍にいてくれた。

 

現代編は必要は必要だと思いますか?(よろしければ投票した理由を一言で良いのでコメントにお願いします)

  • いる
  • いらない
  • どちらでもいい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。