艦娘の戦争   作:黒猫クル

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重めです。荒潮とのやり取りがメインになります


あの時があったから今の私がある⑩

 その日から医療系の本を読むようになった。部屋で一人で応急器具の使い方を学んだり、荒潮相手にガーゼを買ってきて練習してみたりした。叢雲に脅えて引きこもる日々は続いていたけども、学ぶことは沢山あった。

 明石さんに憧れていたのだと思う。毎日、勉強をしながら誰かを救ってみたい。そう思っていた。

 

 数ヶ月程して機会が訪れた。この頃、人類の反抗作戦が始まっていたこともあり慌しくなっていた。後方の鎮守府である私達も前線に行くことが増えたし、危険地帯の船団護衛をすることもあって実戦の機会もずっと多くなった。

 そんな中、出撃した荒潮が負傷した。私は何もできなかった。頭の中が真っ白になって、叢雲にドヤされて……

 

 気づいた時には医務室でベッドの上で寝ている荒潮を見つめていた。

 

「あら? 満潮ちゃん……?」

 

 荒潮が目を覚ました。私は彼女に頭を下げた。

 

「ごめんなさい……何もできなかった……」

 

 悔しかった。手を出せなかった自分が。何もできなかった自分が。

 

「満潮ちゃん、大丈夫よ。誰だって最初はそんなものよ。次に生かせれればいいのよ」 

 

 荒潮は笑顔で話してくれたけど、私の気持ちは晴れなかった。荒潮は次に生かせばいいと言ってくれる。だけど、次があったとして私にできるのだろうか? また、何もできずにフリーズしてしまうのではないだろうか? 不安な気持ちばかりが浮かぶ。

 

「ねぇ満潮ちゃん。止血帯の使い方は覚えてる?」

 

 少しの沈黙の後に荒潮が呟いた。

 

「一応は……」

「そこの人体模型の左腕に使ってもらえるかしら?」 

 

 覚えていた手順を思い出しながら人体模型の左腕に止血帯をはめた。何度も練習していたから簡単だった。

 

「満潮ちゃん、できるじゃない」

 

 荒潮が笑顔で呟いた。

 

「今できたって本番でできなければ意味ないわよ」

「大丈夫よ。今できるなら本当に必要な時にもできるわ。止血帯を使うか使わないかの判断は難しいかもしれないけど、使う技術はある。だから、自分の技術を信じましょ?」

「でも……」

「大丈夫」

 

 荒潮が私の右手を握った。

 

「満潮ちゃんが誰かを助けたい気持ちは私が一番知ってる。それに、技術力もある。誰でも本当に助けたいって気持ちがあればいつかは動けるのよ」

「ありがとう……」

 

 荒潮の言葉に気持ちが少し救われた気がした。

 

 

ー--------------------

 

 

 一週間ほどして再び機会が訪れた。

 護衛任務の帰り道に深海棲艦の空襲にあった。それ自体はすぐに撃退できたけど、代償として駆逐艦の涼月が右手に大きな怪我をした。

 私達艦娘はとても丈夫だ。四肢を無くしても生きていれば入渠することで再生できるし、生きていれば何とかなることも多い。だけど、大量に出血していてすぐにでも止血が必要な状態だった。

 

「……誰か止血帯持ってない?」

 

 空襲が終わった後に、瑞鳳が舌打ち混じりに呟いた。

 手をあげようと思ったけど、相手が苦手な瑞鳳だったことや失敗する怖さで手を上げられなかった。誰か他の人は……と思って周囲を見回したけど私以外に誰も手をあげようとしなかった。

 

「誰も持ってないか……悪いけど、傷から上の方を紐か何かで強く縛って我慢して。次が来る前に離脱する。最寄りの基地ぐらいなら多分、それで持つから」

「はい……」

 

 涼月がだらんと垂れ下がった右腕を抑えながら苦しそうな顔をして呟いた。危険だと思った。瑞鳳の指示は的確だけど、後遺症が残ってしまうかもしれない。

 

「私……持ってる」

 

 気づいたら手を上げていた。

 

「満潮さん……?」

「悪いけど、ジッとしてて」

 

 ガーゼで傷口を抑えて止血帯をつける。本番でやるのは初めてだったけど、何とか体が動いた。

 

「助かったけど、持ってるならもっと早く言って欲しいかな……満潮は涼月と一緒に動いて」

「了解」

「満潮さん。ありがとうございます」

「当たり前のことだから気にしないで」

 

 相変わらずの瑞鳳の嫌味に嫌悪感を感じたけど、涼月の感謝の言葉に気持ちが救われた気がした。

 

 

ー--------------------

 

 

 その日から負傷者が出ても普通に動けるようになった。負傷者が出た時には誰よりも率先して動いた。多くの人に感謝されたし、ありがとうと言われるのが嬉しかった。

 人生で初めて自分を肯定できた日々だったと思う。だけど、叢雲に怯える日々なのは変わらなかった。叢雲がいると行動することを躊躇してしまうし、彼女が怖いから何も無い時は部屋に引きこもっていた。仕事の関係で一緒に行動する時はほぼ必ず彼女に怒鳴られる。

 多忙だったせいか日が経つにつれて叢雲は不機嫌になっていったし、荒潮が高熱を出して倒れると尚更酷くなった。毎日を過ごす日々の中で叢雲だけが怖かった。

 

 そんな中、高熱を出してから何日か経って荒潮が部屋に戻ってきた。

 彼女が部屋に戻ってきたのは意外だった。昨日の夜はまだ熱を出していたし、帰って来れる状態だとは思えなかった。

 

「治ったの?」

「満潮ちゃんに良いニュースがあるわ」

 

 質問に答えずに笑顔で話す荒潮に嫌なものを感じた。

 

「何?」

「今日から鎮守府を出歩いても大丈夫よ。叢雲ちゃんに出会うことはまずないと思うわ」

「叢雲が?」

 

 信じられなかった。叢雲は遠征で不在の時以外は常に鎮守府にいる。執務室にいる時が多いとはいえ、鎮守府内をであることは多いし出歩けない要因の一つだった。

 

「何で叢雲がいないのよ?」

「叢雲ちゃん、働きすぎて疲れちゃったのよ。変わりの秘書艦は私がやるの」

「えっ……?」

 

 耳を疑った。

 

「叢雲が勝手に病んだだけじゃない。何で荒潮がやるのよ? それに熱は大丈夫なの?」

「私がやるって約束したの。熱は治ったから大丈夫よ」

 

 嘘だ。私の直感が叫んだ。

 

「本当に?」

「本当よ。私が病気に見えるかしら?」

 

 急に荒潮が激しく咳き込み始めた。ゲホゲホとした湿ったような咳が十秒ぐらい続いた。

 

「全然大丈夫じゃない。すぐに医務室に行った方がいいわよ」

「いいの。私がやるって言ったから……」

「バカ言ってんじゃないわよ!」

 

 思わず叫び声をあげた。

 

「良くないって自分が一番分かってるんでしょ!?」

「私の好きにさせてもらえないかしら!?」

 

 荒潮が大声をあげた。初めて聞いた彼女の大声に思わず萎縮してしまった。

 

「満潮ちゃんが心配してくれてるのは分かってる。でも、私が選んだ道なの。だから……お願いだから……私のやりたいようにやらせ欲しいの。お願い、満潮ちゃん……」

 

 おかしいと思った。だけど、荒潮は本気で言っている。それだけは伝わった。

 

「分かったわよ……」

 

 勢いに押されて荒潮の言うことを聞くことしかできなかった。

 

 

ー--------------------

 

 

 その日から以前のように執務室にいられるようになった。叢雲はいないし、司令官とは話ができる……常に叢雲が遠征で鎮守府にいないような状態だった。

 だけど、あの時とはいくつか明らかに違うことがあった。司令官も荒潮も毎日忙しそうだし、荒潮は明らかに無理をしている。我慢しきれなくなって、荒潮の秘書艦任務を手伝うと私の方から名乗り出た。荒潮は笑顔でありがとうと言って私の提案を受け入れてくれた。

 だけど、手伝うと言っても私は秘書艦任務の経験が無い。必然的に雑務や誰にでもできることしかできなかった。少しでも荒潮を助けようとして秘書艦任務を学ぼうとしたけど、足を引っ張るようなことしかできなかった。

 私が慣れないことに苦戦している間に荒潮は衰弱していく。司令官は危険だと荒潮を止めようとしたけども秘書艦を辞めようとしない。まるで何かにとりつかれたかのように無休で働き続けた。

 

 無理がたたったのだと思う。三週間ほどして遠征の帰りに荒潮が倒れた。私は彼女を医務室まで運んだ。

 ベッドの上で荒潮は高熱を出していてとても苦しそうだった。治療をしてくれる人は最前線に取られてしまっていて鎮守府にはいない。手持ちの医療書を読んで手探りで彼女の看病をするしかなかった。皆に好かれていただけあって、他の艦娘も(司令官は仕事に集中するように言われてそちらに集中していた)荒潮の看病を手伝ってくれた。

 

 必死になって看病した甲斐があったのか、夕方には熱が下がって荒潮が目を覚ました。

 

「満潮ちゃん?」

「荒潮! 良かった……」

 

 荒潮が目を覚ましたのを見て私は涙を流した。荒潮が目を覚ましてくれて本当に良かったと思った。

 

「ねぇ……今何時かしら?」

 

 荒潮が呟いた。

 

「十八時だけど……」

「叢雲ちゃんにご飯を届けなきゃ……」

「何しようとしてんのよ!」

 

 荒潮がベッドから起き上がろうとしたから慌てて止めた。

 

「叢雲ちゃんにご飯を届けなきゃいけないのよ。それと今日あったことの報告を……」

「倒れたばっかりなのに何馬鹿な事言ってんのよ!? いいから休みなさい!」

「でも……」

 

 説得しようとしたけど、「叢雲にご飯を届けに行くだけだから…」と言われて押し通されてしまった。そして、荒潮は私との約束を破ってそのまま執務室で働いていた。止めようとしたけど「私の好きにさせて」と開き直られた。どうしても働いていたいと言い張る荒潮を私は止めることができなかった。司令官も私に「ごめん」と話すだけで荒潮を止めようとしてくれなかった

 どうしてここまでして荒潮は働こうとするのだろうか? 何も分からなかったけど、荒潮を止められなかった自分が嫌だった。

 

 

ー--------------------

 

 

「ねぇ、ちょっといい?」

 

 その日の夜、執務が終わった直後に荒潮に声をかけた。

 

「どうしたの満潮ちゃん?」

 

 荒潮が笑顔で答えた。

 

「どうしたもこうしたもないわよ……なんでそんなに働きたいの?」

 

 私の質問に荒潮の顔が曇った。

 

「話したら今後は止めないで貰えるかしら?」

 

 荒潮とは思えないふざけた答えにイラっとした。

 

「話さなくたって止めるわよ! アンタ死にたいの!? 皆が心配してるのよ! ふざけるのもいい加減にしてよ!」

「満潮……落ち着け……」

「司令官だってこのままじゃいけないって分かってるでしょ!? 何で荒潮を止めてくれないの!?」

 

 私の怒鳴り声の後に少しの間、沈黙が流れた。

 

「ごめんなさい……」

 

 荒潮が小さな声で呟いた。

 

「満潮ちゃんが心配してくれてるって分かってる……司令官も皆が心配してくれてることも……でも、どうしても止まれないの……」

「荒潮……」

 

 目に涙を浮かべた荒潮を見た司令官が心配そうな表情で声をかけた。

 

「どうしても止まれない理由って何よ?」

「私……昔、好きな人がいたの」

 

 司令官が荒潮に「話すのか?」と声をかけたが、荒潮は「いつか話さなきゃいけないから」と呟いた。

 

「相手は歳上の自衛隊のお兄さん。カッコよくて笑顔が素敵で大好きだった。だけど……深海棲艦との戦争が始まったら真っ先に戦死しちゃったの……」

 

 荒潮の涙が床に落ちて地面を濡らした。

 

「艦娘になったのは死にたかったからなの。戦場に近づけば死んだお兄さんに会えるかもしれないって思ってた。死んでもいいし、死にたいって思ってた……」

 

 まさか……と嫌な思考が頭の中をよぎる。これ以上話を聞くのを怖いと思う私を無視して荒潮は話を続けた。

 

「無理をしてるのは私の選んだ道なの。誰かの為に死ねるならいいと思ってる。皆が大好きだから……」

「……大好きなら死なないでよ……」

 

 気づくと自分の目から涙が流れていた。

 

「嫌だよ。荒潮が死ぬなんて……お願い。いい子になるから……仕事でも何でもするから……だから……死なないで……」

「満潮ちゃん……」

 

 荒潮が私を抱き締めた。

 

「ごめんなさい。これだけはどうしても譲れないの……」

「馬鹿……!」

 

 心の中にあった微かな希望は粉々に打ち砕かれた。荒潮は死ぬ気だ。誰が止めても助けようとしても彼女は死のうとするだろう。

 司令官も涙を流していた。私達は無力だった。

 

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