艦娘の戦争   作:黒猫クル

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 次回が戦後編と現代編でラストです


あの時があったから今の私がある⑫

 居候を始めてから数週間ほどした頃、一通の手紙が私宛に届いた。何だろうと思って中を見てみると叢雲の結婚式への招待状だった。分かっていたことではあったけど、司令官と結婚するらしい。終戦直後に仲直りしたとはいえ不仲だった私に送られてきたのは意外に感じた。

 人生で結婚式に招待されるのは初めてだ。私一人で大丈夫だろうか? 考えていたら不安になってきた。

 

「満潮さん、どうかしましたか?」

 

 顔に出ていたのだろうか? 夕食の準備をしていた神通さんに声をかけられた。

 

「結婚式に招待されたのよ……」

「不安ですか?」

 

 心の中を見透かされた気がして顔が引きつった。慣れてきたつもりだったけど神通さんは勘がいい。

 

「平気よ。私一人でできるわ」

 

 癖でつい、反発してしまった。

 

「本当ですか?」

 

 席に座って笑顔で答える神通さんに嫌なものを感じた。あの笑顔は何かを企んでいる時の笑顔だ。数週間しか一緒に過ごしてないけど何となく分かる。

 

「何が言いたいのよ?」

「何かが起きてからは遅いですよ?」

 

 分からないなら何かが起きる前に素直に聞きなさい。

 そんな意味だと思う。感情的には反発したい。だけど、反発したところで上手く言いくるめられるだろうし最終的に損をするのは私だ。選択肢は一つしか残されていなかった。

 

「分かったわよ……聞けばいいんでしょ? 聞けば!」

「良くできました」

 

 ニコニコとしながら話す神通さんが憎たらしい。

 

 ここ一週間程、神通さんは私に意地悪をするようになった。からかうように話すし、私自身が折れなきゃいけない状況を意図的に作ってくる。

もっとも私のことを考えての行動だろうけど。

 

「意地が悪いわね」

「満潮さんの為ですよ。嫌な人が相手でも頭を下げなければいけない時はあります」

「……分かってるわよ……」

 

 分からないことを分からないと素直に聞く練習……だと思う。私に必要なことだと思うけど嫌な気分になった。

 

「話を戻しますが誰の結婚式ですか?」

「叢雲よ」

「叢雲さん……?」

 

 神通さんの顔が急に暗くなった。

 

「何よ? 知り合いなの?」

「相手はどなたですか?」

「どなたって……司令官だけど?」

「そうですか……」

 

 神通さんが何も話さなくなった。ただ黙って夕食の焼き魚とご飯を食べている。雰囲気が一気に暗くなった気がする。叢雲との間に何かあったのだろうか? 聞いてみることにした。

 

「叢雲との間に何かあったの?」

 

 神通さんが夕食を食べる手を止めた。

 

「……聞きたいですか?」

「聞きたいわ」

「分かりました」

 

 神通さんが小さくため息をついた。神通さんは普段はこんな素振りを絶対に見せないから珍しく感じた。

 

「叢雲さんは私の実の子です」

「えっ?」

 

 思いもよらぬ一言に戸惑った。

 

「あの子とは縁を切りました。だから今は赤の他人ということになっています……勉強でも運動でも何でもできる子でした。あの子を超える子は不知火さんぐらいしかいなかったと思います」

「じゃあ何で……?」

「縁を切ったのか? ですか?」

 

 私の気持ちを察したかのように神通さんが呟いた。私は何も言わずに頷いた。

 

「家の名誉の為です」

「名誉の為って……子供だったんでしょ? 子供よりも名誉の方が大切なの?」

「それは……」

 

 少しの間、沈黙が流れた。

 

「あの時の私ならそう言ったと思います」

「名誉ってそんなに大切な物なの?」

「……あの時の私にはそれが全てでした」

 

 士官学校時代に似たようなやり取りをした事を思い出した。あの時は事の重要性がよく分からなかったけど今なら分かる。神通さんはとんでもない決断をしていた。世間的に見れば親失格と言われても仕方ない事だ。縁を切ったことを後悔していると聞いた気がするけど、この人は叢雲の事をどう思っていたのだろうか?

 

「神通さんは叢雲のことをどう思っていたの?」

「あの子は優秀な子で……」

「そういう意味じゃないわ。愛していたのかって聞きたいの!」

 

 また沈黙が流れた。

 

「……愛していなかったかもしれません」

 

 偽善の一言が頭をよぎった。

 

「呆れた」

 

 箸を置いて立ち上がった。

 

「待ってください!」

「待っても何もあるの? 勝手に産んでおいて愛さずに捨てて何様のつもり? 私は叢雲の代わりなんでしょ?」

「満潮さん!」

 

 止めようとする神通さんを無視して外に出た。

 

 

ー--------------------

 

 

 神通さんのやっていたことは偽善だ。私を居候させて、過去に捨てた叢雲を助けた気になっているだけだ。私なんかよりも叢雲を助けるべきだ。それなのに赤の他人の私を助けようなんてどうかしてる。今までは居候させてくれたし、身の回りのこともやってくれたからいてあげたけど、神通さんの為にならないし私は消えるべきだ。

 

 残暑が残る蒸し暑い夕方だった。歩いていたらいつの間にかお祭りの中にいた。お祭りはカップルや家族連れで賑わっていた。多くの人で賑わうお祭りの中で私は一人ぼっちだった。屋台で目に付いたやけに高いりんご飴を買って舐めた。

 お祭りなんて何年ぶりだろうか? 行った記憶も数え切れるくらいしかない。もっとも、あの時も道端で拾った金で何かを買った記憶しか無いけど……

 

 適当なベンチに腰をかけた。アパートを飛び出した流れで来てしまったがこういう場所は私には場違いなのかもしれない。周囲の人達を忌々しく感じた。

 

「一人? 一緒に回らない?」

 

 声をかけられた。声のした方を振り向くと、色の抜けた金髪で色黒のいかにも軽そうな感じの男がいた。

 

「結構よ」

 

 視線を逸らしてそっぽを向いた。その日暮らしの時にこういう輩には何度も絡まれてきたが下心が見え見えだ。良い思い出なんて何も無いし、早く諦めて欲しいのが本音だった。

 

「そんなこと言わないでさー。ちょっとぐらいいいじゃん」

 

 しつこい態度に少しイラッとした。

 

「しつこいわよ」

「えー、いいじゃん」

 

 左手を掴まれた。女だからって甘く見られてるみたいだけど私だって元艦娘だ。一回痛い目に合わせた方が良いだろうか? 今なら正当防衛の口実も聞くはずだ。右手に力がこもった。

 

「すみません。その子、私の連れなのですが」

 

 聞き慣れた声がした。声のした方を見ると神通さんがいた。

 

「はぁ? 誰だよおばさん」

 

 神通さんの琴線が少し動いた気がした。嫌な予感がする。

 

「この子の付き添いです。それに、嫌がってますよね? 警察呼びますよ?」

「何だテメェ!」

 

 彼が神通さんの胸元を掴んだ瞬間に終わったと思った。

 人が元艦娘にかなうわけが無いし、体に艦娘時代の障害があるとはいえ神通さんは元自衛官だ。結果は見なくても分かる。案の定、数秒後に後ろ手でつかまれて苦しそうな声を出していたのは彼だった。

 

「その子、元艦娘ですよ」

 

 神通さんが彼の耳元で呟いて彼の手を離した。

 

「は……? 元艦娘……?」

 

 彼の顔が真っ青になった。元艦娘に喧嘩を売ったのに加えて警察沙汰になりかねない。彼は慌てて逃げていった。

 

「大丈夫ですか!? 満潮さん!」

「なんでここにいるの?」

 

 私に声をかけてきた彼女を睨んだ。

 

「満潮さんを追いかけてそれで……申し訳ございませんでした!」

「何のことか分かってるの?」

 

 神通さんが答えに迷った表情を見せた。

 

「……何が満潮さんを傷つけたのかは分かりません。ですが、満潮さんを怒らせてしまったことです。本当に申し訳ありませんでした」

 

 神通さんが深く私に頭を下げた。私が怒った理由を分かっていないことに軽い苛立ちを感じたけど、誠意は伝わった。しつこい男から助けてもらった恩もあるし、話してあげてもいいのかもしれない。

 

「……偽善って思ったのよ」

「偽善……ですか?」

「捨てた叢雲の代わりにされてるって思ったの。叢雲の代わりに私を助けて救われた気持ちになってる気がしたの」

「そうですか……」

 

 神通さんが呟いた。

 

「否定はしません。ですが、満潮さんを大切に思う気持ちも本物です」

 

 嘘はついていない。そんな気がした。だけど、そうであれば聞かなければならない質問がある。

 

「今は叢雲のことはどう思ってるの?」

「信じてもらえないかもしれませんが……可能であれば仲直りしたいです……あの子のことだから聞かないかもしれませんが……」

「そう……」

 

 真意が知れてホッとした。誤解していたのは私の方だったのかもしれない。神通さんは神通さんで叢雲を捨てたことを後悔して苦しんでいる。それに叢雲はあの性格だから復縁が難しいのも事実だと思う。悪いことをした気がした。

 

「帰るわよ」

「えっ?」

 

 私の一言に神通さんが驚いた顔をした。

 

「夕飯まだ食べてなかったでしょ? 帰って食べるわよ。それと結婚式の時のマナーも教えて」

「満潮さん……」

 

 神通さんが嬉しそうな顔をした。

 

 

ー--------------------

 

 

「そういえば満潮さん」

 

 帰り道の中で神通さんに声を掛けられた。

 

「何よ?」

「ナンパされた時に手を出そうとしてましたよね?」

 

 ギクリとした。トラブルのもとになるから暴力は正当防衛の時以外は避けろと言われていた。

 

「正当防衛だから……」

「確かにあの局面では正当防衛だったかもしれません。しかし、大声を上げるとか逃げるとか他の対策の取りようはあったのではないでしょうか?」

「それは……」

 

 笑顔で質問を押し付けてくる神通さんが怖い。顔は笑っているけど目が笑っていない。

 

「社会マナーの勉強が必要みたいですね」

「はい……」

 

 帰ってからの勉強は覚悟しなければならないかもしれない。叢雲が優秀だった理由が分かったかもしれない。生まれつきこんな教育をされていたら嫌でもできる人間に育つ。過去の彼女に同情した。

 

 神通さんを理解できた日のことだった。

 

 叢雲の結婚式までに結婚式のマナーを徹底的に叩き込まれた。神通さん自身は私が絶対に恥をかかないようにという思いがあったと思うけど、やり過ぎだったと思う。結婚式で徹底したマナーを守っていたのは私ぐらいで他の子はその場の流れと勢いで式に参加していた。瑞鳳に至っては現役の時と同じように一人で酒を飲んでいた。私だけが浮いていたと思うし、叢雲にも本当に満潮なのか? と言われた。

 それでも新郎新婦の司令官と叢雲を見れたのは良かったと思う。二人とも幸せそうだったし、私もあんな風になりたいと思った。二人が羨ましかった。

 

 

ー--------------------

 

 

 終戦から一年ほどが経った。

 この頃、私は自分の将来の進路を決めていた。きっかけは明石さんが新しい看護学校の校長についたことを知ったこと。神通さんに勧められる前にそこに行こうと思った。人を救う仕事には艦娘の時からあこがれていたし、世間で芽生えつつあった元艦娘への差別も気にしなくて良さそうだから都合が良かった。

 進路を決めてからは神通さんからは実生活のことをメインに教わった。看護学校は神通さんのアパートから遠いし、私自身もいつかは独り立ちしなければならない。その準備だった。

 

 司令官からの連絡があったのはそんな時だった。

 

「急に呼び出してすまんな」

 

 待ち合わせのファミレスで見た司令官は少し痩せていた気がした。私は彼の向かい側の席に座った。

 

「それで話って何よ」

「頼みたいことがあるんだ……」

 

 頼みたいこと? 彼の一言に首をかしげた。

 

「何よ?」

「叢雲の面倒を見てもらえないか?」

「叢雲の? 質問の意味が分からないんだけど。司令官がやるもんじゃないの?」

 

 彼が少し困った顔をした。

 

「僕ができないから君に頼みたいんだ……」

「何でできないの?」

「それは……」

 

 少しの間、沈黙が流れた。話すか迷っているように見えたけど、司令官は覚悟を決めたらしく口を開いた。

 

「叢雲とは別れたんだ」

「は?」

 

 耳を疑った。あの時、幸せそうだった二人が……?

 

「何があったのよ? 教えなさいよ!」

「ああ……」

 

 彼の話を端的にまとめると叢雲からの依存に耐えきれなくなったというものだった。言われてみると確かに叢雲は現役の時から司令官に依存していた一面があった。そのせいで過度に敵視されたし、自殺未遂まで起こしている。彼女の依存は相当なものだったのかもしれない。

 叢雲の強い依存に司令官が疲れてしまい、二人は別れた。だけど、その時には叢雲のお腹の中には子供がいた。司令官は叢雲に資金面での援助をしているけど、一人暮らしの彼女を放っておくのは不安だから介護を頼みたい。そんな話だった。

 

「なんで私なの? 他に良い子ならいるでしょ?」

「明石の看護学校に通おうとしてると聞いてな……叢雲のアパートから近いしちょうどいいと思って……」

「ふざけないで!」

 

 思わず出た大声に周りの視線が一斉に私の方に集まるのを感じた。

 いくら何でも自分勝手すぎる。いくら辛いからって子供を作った責任は取るべきだし、別れたなんてどうかしてるとしか思えない。司令官の態度は私の糞みたいな母親や神通さんと何も変わらない。彼を心の底から軽蔑した。

 

「すまない……!」

 

 彼が頭を下げた。

 

「全面的に僕が悪いのは分かってる。でも、叢雲のことは放っておけないんだ。僕のことはどうなってもいい。だけど、叢雲と子供だけは助けて欲しいんだ。お願いだから……」

 

 涙声でそう叫んだ彼は震えていた。彼の態度に違和感を感じた。司令官は叢雲を捨てたと言っていいと思う。だけど、彼はなぜ彼女を必死になって助けたいと思い続けているのだろうか? 彼の気持ちが気になった。

 

「顔を上げて」

 

 司令官が涙と鼻水まみれの顔を上げた。

 

「何で叢雲を助けようとするの? 捨てたんでしょ? 赤の他人なんでしょ?」

「まだ叢雲のことを愛してるから……」

 

 司令官の一言で彼が何を考えているか察した。司令官は叢雲と別れた。だけど、彼女を愛する気持ちは変わっていない。別れるしかなかった自分が嫌いなのだと思う。嫌だからこそそれを償おうとしている。自分自身が破滅しても良いと思っているのかもしれない。今の彼は自分を守りたいだけの偽善だと罵られても頭を下げるだろう。

 司令官は嘘をつかない人だった。助けてあげたいと思う。だけど、私がこの場で受けるには大事すぎる。せめて、神通さんに相談してからにするべきだ。

 

「……悪いけど少し考えさせて」

 

 そう呟いて泣く司令官の前を後にした。

 

 

ー--------------------

 

 

「満潮さん。何か悩みごとですか?」

 

 アパートに帰って悩んでいると、夕食の時に神通さんに声をかけられた。

 

「司令官に叢雲を助けて欲しいって言われたの……」

「どういうことですか?」

 

 司令官の態度を怒るんじゃないか? と不安を感じながらも司令官の話を話すと神通さんは黙って聞いていた。

 

「……それで、満潮さんはどうするつもりですか?」

「どうするって……それが決まらないから困ってるのよ」

「どうするかは満潮さんの意思次第です。満潮さんはどうしたいのですか?」

 

 神通さんの態度に違和感を感じた。神通さんは自分の意思を押し殺してあくまでも私の意見を聞こうとしている。叢雲のことと聞いて何か思うことはないのだろうか?

 

「私はって……叢雲のことよ? 気にしないの?」

「私のことはどうでもいいです。満潮さんの意思を教えてください」

 

 何が何でも私の意思を聞きたいらしい。話すしかないと思った。

 

「助けてあげたいと思ってる」

「満潮さん」

 

 私のことを聞いた神通さんが頭を下げた。

 

「あの子のことを……どうかよろしくお願いします」

 

 言葉数は少なかったけど、小さく震える神通さんを見て気持ちを察した。

 神通さんは私に助けに行って欲しかったのだと思う。それを口にしたかったのはあくまでも私の本音を聞きたかったから。

 私なんかで上手くいくかは分からない。だけど、神通さんの思いには応えたいと思った。

 

 司令官との交渉は全て神通さんがやってくれた。アパートの部屋は叢雲の隣となり、家賃は司令官が出してくれることになった。私は遠慮したけど、金が絡まないと責任を持てないと神通さんに言われてしまった。

 

 別れの日に神通さんは笑顔で私を見送ってくれた。神通さんを一人にしてしまうのが心配だったけど、気にしなくて良いと言われた。当時は気にしなかったけど、かなり気を使ってくれたのだと思う。神通さんには最初から最後までお世話になりっぱなしだった。

 

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