艦娘の戦争   作:黒猫クル

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 すみません。前回の前書きにミスがありました。次の回がラストと現代編です


あの時があったから今の私がある⑬

 引っ越しの日当日、部屋に向かう途中で買い物帰りらしい叢雲を見た。あの時から変わらない目立つタイプの美人だったから一目で分かった。一年ぶりに見た彼女は妊娠しているのに無理をして両手に大きな買い物袋を持っているように見えた。

 叢雲の買い物袋から物が落ちた。叢雲は慌てて落ちたものを拾い集めようとしている。周囲の人間は彼女を助けもせずにヒソヒソ話をしたり嘲笑しているのが見えた。

 大変そうな叢雲を気の毒に思ったが、同時に周囲の態度に呆れた。誰も助けようとしないくせに善人ヅラして、哀れんだり馬鹿にする態度。こういう馬鹿が私を虐めてきたんだ。目に映る元艦娘という社会の異物への明確な差別に腹が立った。

 

「困ってる人がいるなら黙って助けなさいよ!」

 

 我慢できずにそう叫んでから叢雲に駆け寄った。

 

「満潮……?」

 

 叢雲の声を無視して彼女の落とした物を拾い集めた。私の声に気押されたのか周囲のヒソヒソ声は消えていた。ただ私達に対して見て見ぬふりをする。自分からは偽善や差別を押し付けてくるくせに、いざそれを指摘されると嫌がる……臆病な人達だと思った。

 

「行くわよ。こんなとこいない方がいいわ」

 

 卑怯者。偽善者。日和見主義……周囲の人間に思いつくだけの悪口を心の中で言ってから叢雲と共にこの場を後にした。

 

「ありがとう、助かったわ」

 

 アパートに戻るとお礼を言われた。感情的に助けた助けただけなのに少し恥ずかしい気がした。

 

「別に……司令官が部屋代払ってくれるって言ったから受けただけよ」

「司令官?」

 

 善意で助けたことを気恥しく感じてあくまでも自分の実利をとっただけであることを強調した。

 話をしていてふと、カロリーメイトのゴミが異様に多いことに気づいた。思えば叢雲を助けた時も落ちた物はカロリーメイトやプロテインバーの類だった。

 

「それで、生活は大丈夫なの? 見たところろくなもの食べてないように見えるけど?」

「食事なんてカロリー取れてれば十分でしょ?」

「ちょっと見せてみなさい」

 

 冷蔵庫と戸棚の中を見て血の気が引いた。冷蔵庫の中はほとんど空っぽで戸棚の中はカップ麺や栄養食品で埋めつくされていた。

 

「何よこれ!?」

「何って食事よ」

「インスタント食品や栄養食材ばっかじゃない! 子供のことが大切ならもっとしっかり栄養を取りなさいよ!」

「大切に思ってるわよ! 妊娠してからアルコールは飲んでないわ」

「一般常識よ! あーもう信じられないわ!」

 

 頭を抱えたくなった。アルコールは飲んでないと言ったけど、そのレベルの知識しか無いのかもしれない。艦娘の頃の生活習慣が抜けていないのだと思うけどろくな生活を送っていないことは明らかだった。

 叢雲は艦娘としては一流だったのに日常生活はどうしてここまでダメなのだろうか? 神通さんなら絶対に怒っただろうし、すぐに改善させると思う。本当にあの人の子供なのか疑いたくなる。

 

「叢雲の食事は私が作るわ!」

「いいわよ別に。そこまでやる必要ないでしょ?」

「叢雲が良くても私が嫌なの!」

 

 私は大声を上げた。

 

 叢雲は素の頭は良いものだと思う。栄養や食品についてしっかり話すと分かってくれた。お腹の中の子供のことを最優先で動いてくれるし、彼女なりに勉強して生活を良くしようとする。周囲からの差別からは私が守ってあげられたし、司令官がいないこと以外は良い生活を送れていたと思う。戦時は苦手な相手だったけど、戦後の彼女とは良い友達になれた。

 私が来て何ヶ月かして叢雲は元気な女の子を出産した。

 

 

ー--------------------

 

 

 叢雲と再会して何週間かしてから看護学校が始まった。最初の講義として講堂の中で校長の明石さんの話を聞くことになった。

 講演の類は人生で一度も聞いたことが無いからこういう場所は初めてだった。緊張の中適当な端の席に座った。

 

「あ、貴女は!」

 

 ボンヤリと行き交う人を眺めていたら、聞き覚えのある声がした。声のした方を向くと私を睨む黒髪ストレートの女性がいた。

 

「誰?」

「朝潮です。士官学校でルームメイトだったのを覚えていませんか?」

 

 士官学校のルームメイトと聞いて口うるさい同僚がいたことを思い出した。生真面目で優等生で細かいことを言ってくる委員長タイプの人間。はっきり言って苦手だった。

 

「思い出したわ……それで、何か用?」

「その態度……相変わらずですね」

 

 朝潮が私を睨む目付きが強くなった。

 

「艦娘時代をどう過ごしたのかは知りませんが、今までと同じだと世間が許しませんよ」

 

 始まったと思いため息をついた。世間が許さない、が朝潮の口癖だったけど、世間が何だと言うのだろうか? 非行少女だったあの頃はそれを怖がったけど、今はそんな気持ちは一ミリもない。むしろ、戦時と戦前で私達への態度をコロコロ変える世間がムカつくぐらいだ。私の意見に神通さんは同意してくれたし、叢雲も同じだと言ってくれるから正当性もある。

 私よりも一つ年上のはずなのに朝潮はそこら辺が分かっていないのだろうか?

 

「それが何?」

 

 私の返しが予想外だったのか朝潮が少したじろいだ。

 

「何が言いたいのですか?」

「クソみたいな世間が許さなくても何が悪いの? って言いたいのよ」

「何様のつもりですか!?」

 

 朝潮の表情に怒りが浮かんだ。

 

「非行少女だったことを忘れたとは言わせませんよ! そんなことばかりしてるから、嫌われるんですよ!」

「嫌いな奴には嫌わせておけばいいじゃない。それに、私が非行少女だったことに何か関係あるの? 世間的には元艦娘である方がずっと嫌われてると思うんだけど」

「貴女は……!」

 

 上手い反論が浮かばなかったのか朝潮は悔しそうな顔をして顔をそむけた。士官学校時代にうるさかった朝潮を黙らせられて小気味良かった。

 

 

ー--------------------

 

 

 明石さんの看護学校は過酷だった。帰れない日が一週間に一度はあったし、土日も不定期で講義があった。教えられたことは次の日に実践できることが求められたし、看護学校は医療機関も兼ねていたから直接負傷者の手当てをすることになった時も沢山あった。トリアージ(救える命の優先順位を決めること)のシミュレーションもさせられた。助けようのない人を切り捨てる想定もした。辛い日々ではあったけど、私は艦娘の頃の経験や精神力でなんとか順応できた。

 

 他の人達も頑張っていたけども残っていたのは元艦娘が大半で他の人たちは落伍してしまう人ばかりだった。学生間であった元艦娘への差別は一ヶ月もすると無くなっていた。聞いた話だとそんなことをしている余裕は無かったし、元艦娘の強さを認めざるを得なかったのが理由らしい。

 

 その中でも朝潮はひときわ目立って頑張っているように見えた。成績は毎回優秀で何かに取りつかれたかのように学校に残って勉強を続けていた。ただ、叢雲の世話をするためにアパートに帰ろうとすると嫌味を言われたし、私もそれに反発していたから彼女との仲が悪いことは変わりなかった。

 

 入学から二ヶ月が経った頃、実践演習として本物の現場で救助活動を経験する希望者向けの授業があった。私は希望を出したし、朝潮も同じだった。現場への派遣は数週間後に訪れた。

 

 ニュースにもなった冬場のホワイトアウトした高速道路での連続事故だった。講義の最中に緊急警報が鳴って受け入れ病院に緊急招集された。

 初めて経験した災害現場は地獄絵図だった。大型病院で治療を行ったけど次々と人が運ばれてくるし、私が倒れたら目の前の人が死ぬかもしれないと思うと休む暇もなかった。救急車の音が嫌になるぐらい聞かされた。手袋が真っ赤になって消毒液臭くなった。黒タグ(救命不可の意味)をつけた患者を見るのが苦痛だった。途中、荒潮が死んだ時のことが何度かフラッシュバックしたけど何とか抑えた。

 こんな状況なのに明石さんは淡々と私達に指示を出して患者を助けようとしていた。緊急時なだけあって口調はいつもよりもキツかったけど、それでも凄い人だった。

 

 六時間ほどかけて患者の第一波が終わると十分間の休憩になった。第一波は終わったけど、すぐに第二波が来るだろうし気は抜けない。病院の自販機でコーヒーを買って一休みすることにした。適当な銘柄のコーヒーを買って飲もうとしたらすすり泣く声がした。誰だろうと思って声のする方に向かうと朝潮が一人で壁に向かって泣いていた。

 

「どうしたのよ?」

 

 声をかけるとチラリと私の方を見た上でまた泣きだした。

 

「泣いてもいいけど、何があったかぐらい話しなさいよ!」

「もう……嫌です……!」

 

 朝潮が叫んだ。何が辛いのかは分からなかったけど、断片的に聞き取れる話から考えてみると艦娘の時のことがトラウマになっているらしいことは分かった。前線でのことがフラッシュバックしたのかもしれない。過去に叢雲が前線が地獄だったことを話していたのを思い出した。

 

 泣き続ける朝潮にどう声をかけるか迷っていて、買った缶コーヒーが手元にあることを思い出した。泣いた時には甘いものが良いと聞いた気がする。荒潮が私に気を使う時はそうだった。

 

「……とりあえず飲みなさいよ」

「ありがとうございます……」

 

 そう呟くと朝潮は渡した缶コーヒーに口をつけた。荒潮ならここから気の利いたことを言ってくれるけど、何を言えば良いのか分からない。朝潮との間に沈黙が流れた。

 

 突然、警報が鳴った。第二波の合図……休憩は終わりだ。

 

「悪いけど今は気の利いたことを言える余裕は無いわ。話は後で聞くから我慢して。行くわよ!」

「はい……!」

 

 朝潮は涙を拭いて私と共に治療室に向かった。

 

 

ー--------------------

 

 

 結局、治療が片付くまで十八時間かかった。肉体労働で最後の方は眠い上に身体中が痛くて辛かった。

 明石さんの「今日の業務は終わりです。参加者は全員、明日は臨時休校とします」という言葉が聞けてホッとした。

 朝潮を含め何人かの学生が耐えきれなかったのか途中でダウンした。朝潮の様子が気になったけど、目の前の状況に対処するのが精一杯だった。

 朝潮のことが気になるし見に行ってあげたい気持ちはある。だけど、今はとにかく疲れて眠い。話を聞いてあげるのはまた明日にしよう。ミーティングが終わった直後はそう考えていた。

 

「満潮さん、疲れたところを申し訳ありませんが少しいいですか?」

 

 だけど、帰ろうとしたら明石さんに声をかけられた。

 

「何?」

「無理にとは言えませんが朝潮さんのケアをお願いできますか?」

「何で私なのか聞いていい?」

「私の見る限りで朝潮さんと満潮さんが一番よく話しているからです。お願いできませんか?」

 

 思っていたよりも単純な理由だった。確かに朝潮は勉強をしているだけで私以外とあまり話さない。話すと言っても勉強の合間に嫌味を言うだけだけど……

 後日にしようと思っていたけども朝潮の様子は気になるし、気にかけるのは明石さんを除くと私ぐらいなのかもしれない。会いに行くことにした。

 

「朝潮はどこにいるの?」

「東階段の踊り場で寝てるみたいですね」

 

 私は目を擦りながら東階段に向かった。

 

 東階段の踊り場で朝潮は毛布を被ってスヤスヤと眠っていた。私は死ぬ気で働いていたのに……普段は嫌味ばかり言うのに、いいご身分だと思った。

 

「起きなさい」

 

 ゆすると朝潮がハッと目を覚ました。

 

「嫌! もう人が死ぬのは見たくない!」

 

 急に彼女が叫び声をあげた。

 

「どうしたのよ?」

「イヤー!」

 

 朝潮が毛布を被ってガタガタと震え出した。何が何だか分からない。だけど、明石さんが気にしていたようにケアが必要なことは明らかだ。ひとまずは落ち着かせることにした。

 

「落ち着きなさいよ……研修は終わったわよ」

 

 朝潮の肩に手を置いたら払いのけられた。朝潮はガタガタと震え続けている。私の声が全く届いていない気がした。どうすれば良いのか分からずに彼女の横に座って寄り添うことしかできなかった。

 

「すみません。見苦しいところを見せました……」

 

 どれぐらい時間が経ったのだろうか? 落ち着いた朝潮が起き上がった。

 

「明石さんにケアをして欲しいって言われていたの。それで、大丈夫?」

「はい……」

 

 朝潮はそう答えたけど顔色は青く、元気があるようには見えない。落ち着いて話を聞かなきゃいけないかもしれない。

 

「朝ご飯……お昼って言った方がいいかもしれないわね。昨日から何も食べてないでしょ? 行くわよ」

「はい……」

 

 朝潮と共に病院の外に向かった。

 

 

ー--------------------

 

 

 病院の近くのファミレスで席をとった。お腹が空いてるのに食欲があまりない不思議な状態だったけど、食べやすそうなネギトロ丼を頼んだ。朝潮はドリンクバーとサラダだけだった。

 

「そんなのでいいの?」

「食欲があまりないので……」

 

 だけど、料理が運ばれてきても朝潮は一口手をつけただけで、その後は私が食べ終わるまでずっとお茶を飲んでいた。

 

「大丈夫?」

「……はい……」

 

 私の質問に少し経った後に朝潮が呟いた。

 

「食欲が無いの?」

「あまり……」

 

 どうしようと頭を抱えた。明石さんに頼まれて流れで朝潮のケアを引き受けてしまったが何をすればいいのか分からない。荒潮ならうまくやれたかもしれないけど、私にはそんな経験がない。

 とりあえず話を聞いてみることにした。

 

「何かあったの?」

「何のことですか?」

 

 質問に質問で返されて答えに詰まった。現役だったころと直接話を聞ければそれでいいけど、本当にそれで良いのだろうか? 

 何も言えずにしばらくの間、沈黙が流れた。

 

「……現役の時のことよ。話したくなければ話さなくていいわ」

 

 考えた末に直接聞いた方がいいと思って聞くことにした。加えて、荒潮ならこうするかもしれないと思って無理に答えさせないように配慮した。

 

「話しても馬鹿にしないでもらえますか?」

 

 朝潮が呟いた。

 

「しないわよ」

 

 即答だった。私は前線がどんな場所なのか知らない。だけど、叢雲や瑞鳳みたいな経験者を見ていると私のいた鎮守府とは大きな差があることは分かる。だから、馬鹿にするつもりなんてなかった。

 

「分かりました……」

 

 朝潮の話を端的にまとめると地獄の一言だった。

 

 元々朝潮は真面目で正義感と愛国心が強い人間だ。正義感が強いからこそ両親に艦娘に志願しているし、そのことで両親と喧嘩までしている。私と波長が悪かったのもそういうことに理由があるのかもしれない。士官学校でも優等生だった。

 しかし、彼女の意思や努力は前線ですべて否定されてしまうことになる。前線では生きるか死ぬかそれしかない。生き延びている人間は狂人か現実を受け入れてその日その日を過ごしている人間ばかりだった。寝る暇もなく戦うことを強制され仲間の介錯をさせられた。

 

 一ヶ月もしないうちに朝潮の心は折れた。だけど、現実はそれを許してくれない。泣いても戦場に引っ張り出されるし、逃げることも許されなかった。何で終戦まで生きていられたのか朝潮自身も不思議だったらしい。

 当然ながら終戦後の差別も経験した。陰口を言われ、外を歩くこともできなくなった。明石さんの看護学校に入学したのはそこなら差別もなく、自分の生き方を見つけられるかもしれないという希望からだった。

 

 私は朝潮の経験に同情した。

 

「それと……謝らなければならないことがあります」

 

 話が明石さんの看護学校のことになって朝潮が呟いた。

 

「何よ?」

「申し訳ありませんでした」

 

 朝潮が深く頭を下げた。

 

「私、満潮を下に見ていたんです……」

「下に?」

「はい……非行少女で私よりも下だって……」

 

 話を聞いてみると士官学校時代の時の価値観をそのまま当てはめて今の私を見ていた感じだった。死に物狂いで勉強をしていたのは再会した私が予想外に勉強ができたことに抵抗するためだったらしい。

 

「馬鹿みたいですよね……必死になって弱いところを隠そうとした癖にあっさり化けの皮が剥がれて……本当は私は何もできない人間なんです」

「そんなことないわ!」

 

 自分を卑下し続ける朝潮に思わず声が出た。

 

「人一倍頑張ってたでしょ? 朝潮がそう思わなくても私は認めるわ」

「そんなの……だれでもできることです……」

「できないわよ!」

 

 朝潮の努力が誰にでもできるとは思えない。

 

「貴女、ずっと勉強してたじゃない。誰よりも人を助けようとしたんでしょ? 実践演習の時だって心が折れかけても立とうとしたじゃない!」

「それは……」

「今回は失敗しちゃったかもしれないけど、次に生かせばいいじゃない。私なんて生まれてから失敗まみれよ。一回失敗しただけなら気にしない方がいいわ」

 

 朝潮からの返事はない。そのまま沈黙が流れた。何かしら思うことはあったのだと思う。だけど、朝潮がそれを素直に受け取ってくれているかは分からない。

 ふと、初講演の時の明石さんの言葉を思い出した。

 

「ねぇ、朝潮。明石さんの医療は敗北の連続って言葉覚えてる?」

「はい……」

 

 朝潮が小声で呟いた。

 

「あれって元は小説の言葉なんだけど、続きがあるの」

 

 明石さんはあの時の講演で「医療は敗北の連続だ。それでも私達は助けようとしなければならない」と述べた。私もそれ自体は正しいと思う。だけど、あれはあの人が現実に押しつぶされ、自分を捨てたからこそたどり着いた思考だ。

 だけど、元の言葉は少し違う。元は明石さんの憧れたペストのリウー医師の言葉だ。

 

「明石さんは少し変えて言ってたんだけど、元ネタだと敗北の連続だ。だけど、それ自体が闘いをやめる理由にはならないって続くの」

「理由にならない……?」

「うん。たとえ無駄だって分かっていたとしてもそれが嫌だから抗おうとする。そんな意味なんだけど……ほら、朝潮だって辛くても実践演習の時に立ってようとしたでしょ?」

 

 話していて意味が正確に伝わっているのか不安になってきた。私が言いたいのは不条理に抗おうとすること自体に意味があると言いたいけど、上手く伝わっただろうか?

 

「満潮は強いですね」

 

 予想外の答えに少し戸惑った。

 

「そう?」

「抗うこと自体に意味がある……そんな考え浮かびませんでした」

 

 朝潮がカップに残っていたお茶を飲み干した。

 

「でも、人を助けようとすること自体に意味があるなら私も頑張れるかもしれません。ありがとうございました」

 

 そう話した朝潮の顔は血の気が通って少し明るくなっていた気がした。

 

 その日以降、朝潮が取りつかれたように勉強をすることはなくなった。彼女は真面目に勉強をして実践演習にも積極的に参加する模範的な優等生になった。トラウマが癒えてないのと細かい所で口うるさいのは相変わらずだけど、帰る時の嫌味は言われなくなった。朝潮には勉強を教えてもらう代わりにトラウマや愚痴を聞いてあげた。

 士官学校時代は苦手だったけど、戦後の彼女とは友達になれた。

 

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