闇に怯えるものに松明を手放すことなど決してできはしない。できることは照らし出された悍ましく酷い自分を呆然と見詰め打ちのめされ続けることだけ……
そして矮小な自尊心を庇うために憎みながら依存するのだ。(ベルセルクからの引用)
彼と付き合いだしてから半年が経った。
この日、私は馴染みの居酒屋のカウンター席で一人で飲んでいた。21時近くになっていたけど、仕事が終わらないらしく彼は居ない。
居酒屋の中に人影は少ない。この調子だと彼が来る前に店の方で店じまいするかもしれない。帰る用意をしようかと考えている時だった。
「ご一緒してもよろしいでしょうか?」
後ろから聞き覚えのある声がした。振り向くと戦友の不知火がいた。
「不知火……久しぶりだね」
「瑞鳳、お久しぶりですね」
彼女が無表情で私に頭を下げた。
不知火は以前よりも痩せていて、右目周辺に火傷の跡がついていた。鎮守府を出てからは彼女と連絡を一度も取っていなかった。
「生きてたんだ。よくここが分かったね」
「勝手に殺さないでくれますか? そう簡単に死ぬ気はありませんよ。場所は瑞鳳と仲が良いと他の艦娘が言っていた整備兵から聞きました」
彼女が私の横の席に腰を掛けた。
「仲が良い……か……」
「違いますか?」
「間違ってはないけどあってもいないと思う」
彼に一方的な好意を持たれていることを話した。加えて、彼から告白されそれを受け入れた事や鬱陶しいと思いつつも別れる気になれない事も話した。
「交際相手ができたことを祝うべきでしょうか?」
不知火が注文したビールに口をつけながら呟いた。
「祝わなくていいよ。向こう側から一方的に好かれてるだけだし」
「そうですか……」
沈黙が流れた。
ここにいる理由、提督への復讐の事、顔の火傷の事……聞きたいことは色々あったけど、話す気になれない。
正直に言えば不知火にあったのは少しショックだった。こんな私の姿を見られるのが嫌だし、彼女は私が戦っていた理由を知っているのだから。彼女が私の両親が死んだ事を知っているとすれば、今の私の心の中も全て知っている事になる。
下手に話して不知火が私の両親の死を知らない場合にそれを知られるのが嫌だった。
「例の話、聞きましたよ」
沈黙を破った不知火の一言で全てを察した。彼女は私の両親の死を知っている。私のくだらない抵抗は無意味だった。
「そっか……」
衝動的に目の前にあるコップに半分以上入っていたアルコールを一気に飲み干した。胸が焼けるような感覚とともに頭がグラりと揺れる。
「大丈夫ですか?」
後ろに倒れかけた私を不知火が支えてくれた。
「うん……慣れてるから……」
「無理しない方が良いですよ」
「不知火……」
不知火のちょっとした気遣いだったのだと思う。だけど、急に私の中の何かが溢れてくるのを感じた。彼女の気遣いは私の中のものを決壊させるには十分だったのだと思う。
「何が……悪かったのかな……?」
視界が滲む。目から涙が零れて机の上にポタポタと落ちた。
「私、頑張ったんだよ。どんなに辛くても耐えたんだよ……それなのに……どうして……? どうしてお父さんとお母さんは死んだの? 私、どうすれば良かったの?」
話し出すと止まらなかった。相手が不知火だったからだろうか? この時の私は過去に捨てたはずの少女に戻っていた。
「何が悪かったのかは分かりません。ですが、瑞鳳が悪くない事だけは事実ですよ」
不知火の落ち着いた声に少しだけ救われた気がした。
「ありがとう……」
両親の死は私では防ぎようがなかったのかもしれない。両親の笑顔を戦う理由にした私の判断が間違っていたのだろうか? 違う事を理由にしていたら、こんな風になってなかったのだろうか?
何が悪かったのかは分からない。だけど、大好きだった両親はもうこの世にはいない。それだけは事実だった。
その後も話は続いたけど、不知火は私に深入りしてくる事はなかった。それが嬉しいし、ありがたかった。
不知火と話し出して30分ほどした頃、ガラガラと音を立てて居酒屋の引き戸が開いた。
「すみません! 遅くなりました!」
整備兵の彼だ。
「私は消えた方が良さそうですね」
彼を見て不知火が席を立った。
「不知火……今日はありがとうね」
「瑞鳳、貴女が救われることを願っています。生きていたらまたお会いしましょう」
彼に弱みを見せたくない一心で泣きそうになったのを堪えた。不知火は私に背を向け、彼とすれ違う形で居酒屋を後にした。
「どなたですか?」
彼が不知火の座っていた椅子に腰をかける。彼が横に座った頃にはいつもの私に戻っていた。
「前の鎮守府の戦友。悪いけど君には何も話す気は無いから」
「そうですか……」
彼が残念そうな顔をした。
何かが解決したわけでもない。状況は何も変わらない。だけど、不知火に本音をぶつける事ができて少しだけスッキリした気がした。
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不知火との再会から1年が経った。
この頃、人類は大規模な反攻に出た。深海棲艦を確実に追い詰めていきつつも艦娘の数が足りなくなり、限定的ながら徴兵が行われたのもこの頃だったと思う。
必然的に私も前線に行く回数が増えて後方で働く彼と会う機会は殆ど無くなった。
あれだけ鬱陶しいと思っていたのに彼が居ない生活は少し寂しく感じた。出撃が終わって自室に帰ってくると何かが足りないと思ってしまう。
思えばこの時点で気づくべきだったのかもしれない。私が気づいてさえすれば結末は変わったのかもしれない。
彼との再会が叶ったのは終戦の1週間前だった。
「瑞鳳さん!」
防波堤に腰をかけて酒を飲んでいると聞き覚えのある声がした。振り向くと彼がいた。
「後方なんじゃなかったの?」
ほんの少しだけど嬉しいと思ったと思う。
彼との再会は本当に久しぶりだった。6ヶ月ぐらい会ってなかったと思う。
「お久しぶりです。瑞鳳さんに会いたくて前線の鎮守府に志願したのがやっと叶いました」
「そう」
後方にいた方が生き延びられる可能性は高いはずなのに「私に会いたい」ただその気持ちだけで前線に出てくる……。相変わらずだと思った。
「隣に座っても良いですか?」
「好きにすれば」
彼が私の横に腰をかけた。
「瑞鳳さんは戦争が終わったらどうするつもりですか?」
戦後と聞いて酒を飲む手が止まった。
艦娘になってからは戦争が当たり前だった。戦後の世界なんて想像できないし、考える気にもなれない。
私は戦争の中を惰性で生きているだけだ。そんな人間が戦後の事を考えられるはずがない。
「さぁ。その時なんじゃないかな? 考えた事もないや」
「もし……」
彼が緊張した様子で呟いた。
「戦争が終わったら……良かったらですが……僕と一緒に過ごしませんか?」
「面白いことを言うね。同棲したいって事?」
「はい……」
彼の言葉にため息をついた。こんな女と一緒になって何がしたいのだろうか?
「別の人を選んだら? 私なんかと一緒になっても何もいい事がないよ」
「それでも、瑞鳳さんと一緒がいいんです」
「どうして私なの?」
「前にも言いましたが僕は瑞鳳さんの事が好きです。僕は瑞鳳さんに何があったのか何も知りません。ですが、瑞鳳さんを助けたいんです」
彼の言葉に苛立ちを感じた。
「まだ、そんな事言ってるんだ。悪いけど鬱陶しいだけだから止めてくれないかな? 前にも言ったけど何があっても君の事を愛する気は無いんだよね」
「本当は……誰かに助けて欲しいって思ってるんじゃないですか?」
彼の一言に頭に血が上るのを感じた。
「何様のつもり!? 君に私の何が分かるの!?」
「何も分かりませんよ……だから、知りたいんです」
私の怒鳴り声に彼は怯まなかった。
「黙れ! 誰かに話した所でどうにかなる物じゃ無いんだよ!」
「話してみないと分からないじゃないですか! 僕は瑞鳳さんを助けたいんです」
「今まで何も言わなかったからって調子に乗るのもいい加減にしてくれない? 悪いけど私は助けを必要としてないし、戦争が終わろうが何だろうが私は君と一緒になる気は無いから!」
「そうですか……」
今にも泣きそうな顔をした彼に後ろめたい気持ちを感じた。だけど、今更謝る事なんてできないし、戦争が終わった後に彼と一緒にいる事なんてできるはずがない。彼に背を向けた。
「待ってください!」
「何!? まだ何かあるの?」
「戦争が終わったら……でいいです。僕と一緒にならなくてもいいです……せめて瑞鳳さんに何があったか教えてくれませんか?」
「なんで教えなきゃいけないの?」
「一生のお願いです……教えてくれるだけでいいですから……」
泣き崩れる彼に強い罪悪感を感じた。私に教える義務は無い。だけど……
「分かった。戦争が終わったら……ね」
自分が馬鹿馬鹿しいと思いながらも良心の呵責に耐えられずにそう答えた。
泣き崩れる彼を放置して私は防波堤を後にした。
これが彼との最後の会話になった。
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戦後の事……。考えた事も無かった。
戦後、私は何をしているのだろうか?
身寄りが無いから孤独な事は確定だ。金は酒にしか使わなかったから、普通に生きていくぐらいには残っていると思う。
死ぬ事もできずに惰性で生きているかもしれない。ろくでもない死に方をするかもしれない。
だけど、もし彼と一緒になる事ができたら……
「馬鹿みたい」
一瞬、想像してしまった自分が馬鹿らしくなった呟いた。
あれだけ強い言葉を吐いたのに今更彼と一緒になろうなんて図々しい態度は私は取れない。それに彼が私を愛したとしても私は彼を愛せない。彼を愛する事は自分の中の傷を自覚する事になってしまうから。
私は一生孤独なままだ。1人で生きて1人で死ぬ。それが約束された運命。考えるだけ無駄だ。
「あれ……なんでだろ?」
気づくと目から涙が流れていた。
何が悲しいのかは分からない。だけど、その日私は一晩中泣き続けた。
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その後、実質的に彼との交際関係は終わった。お互いがお互いの仕事をする。ただそれだけの関係。私の方から話しかける事なんてできないし、彼の方から話しかけてくる事も無かった。少し寂しい気もしたけど、彼が話しかけてこない事にホッとしたようなものを感じていた。
だけど、深海棲艦の最終拠点の攻略が進むにつれて、焦りのようなものを感じるようになった。
彼に私の内面を話さなければならない。つい、彼が泣き崩れた罪悪感で話す約束をしてしまったけど、するべきでは無かったと思った。彼に内面を話すのが嫌で、戦争がずっと続いて欲しいと思った。
だけど、その必要は無くなった。
終戦の2日前、彼が死んだ。
事故死だった。打って出てきた深海棲艦の空母に鎮守府を空襲され、その際の混乱の時に機材に潰されたらしい。この時の空襲唯一の死者だった。
医務室のベッドの上に寝かされた彼を見て私は腰が砕けた。
「なんで……今まで気づけなかったんだろ……?」
自分の気持ちにやっと気づいた。
私は彼が好きだった。彼の事が好きだったのに、自分の傷を見たくなくて彼の好意に甘えていた。
彼に依存して……卑劣であざとくて……私はそんな人間。
視界が歪む。いつの間にか、私は泣いていた。もっと彼と話したかった。彼と一緒になりたかった。彼に好きだって言いたかった。
だけど……何もかもが手遅れだった。彼と話す事はできないし、一緒にいることもできないし、私の気持ちを伝える事もできない。
私は本当に1人になってしまった。
2日後、戦争が終わった。
皆が喜ぶ中、私は黙って終戦宣言をきいていた。私はたった1人で取り残された。
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終戦後、酒は辞めた。
私が酒に溺れる姿を彼が望んでいないと思ったから。
金にも困らなかった。現役時には酒にばっかり使っていたし軍人恩給が出たし、高給取りだった事もあって貯金があったから。故郷の貸家を借りてそこに住む事ができた。
私達艦娘は英雄扱いされた。テレビでは毎日のように報道されていたし、国を守る為に戦ったという目で見られるのは悪い事じゃないと思った。
だけど、私は気づかなかった。ちょっと注意力があれば気づいたはずなのに。私の周囲の人達は私を見るとヒソヒソと内緒話をしていたし、避けられていると感じる時もあった。私は艦娘になる前もなった後も馬鹿なままだった。
終戦から1年程して彼の死から立ち直りつつある時の事。買い物をした帰り道だった。
「ん?」
突然、ボールを追いかけている子供が目の前に飛び出した。ボールは道路に向かっていて道路には車が……
「危ない!」
咄嗟に走り、子供を抱き抱えて道路脇に飛び込んだ。車は私達の後ろを通り過ぎていった。
「大丈夫?」
「ありがとうございます……」
助けたのは5歳ぐらいの可愛らしい子供だった。見た感じだと怪我は無いと思う。
「息子に触れないで!」
突然、罵声が飛んできた。
「えっ……?」
声のした方を振り向くと子供の母親らしい人が私を睨みつけていた。
「元艦娘がなんでこんな所を歩いているのよ!? 子供に触らないで汚らわしい!」
この瞬間、かろうじて平常を保っていた私の中の何かが壊れた。
こんな人達の為に私達は戦っていたんだ。
世間の人から見たら私達は英雄なんかじゃない。人間を捨てた化け物なんだ。戦争が終われば用済みなんだ。
周囲の人達が私を見てヒソヒソと話をしているのが見えた。私の悪口を言っているのだろう。
「アハハ」
笑うのは何年ぶりだろうか? 自嘲の笑みが零れた。
もう何もかもがどうでもいい。私は1人。誰も助けてくれないし、誰も寄り添ってくれない
艦娘になんてなりたくなかった。普通に生きたかった。普通に生きて恋をして寄り添える相手が欲しかった。
今の私には何も無い。
だけど、死ぬ事はできない。彼が悲しむから。
彼との思い出は暖かいものだけど呪いでもある。
今の私は何もやることが無い。不条理に立ち向かう事はできないし、逃げる事もできない。ただ1人、時間だけがすぎていく。
現代編は必要は必要だと思いますか?(よろしければ投票した理由を一言で良いのでコメントにお願いします)
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いる
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いらない
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どちらでもいい