変わらない日(瑞鳳)
私には何もない。
どこにでもいる普通の人間の少女として生きていた私は両親の希望で艦娘になった。なった艦のモデルは航空母艦瑞鳳。先の大戦で活躍した軽空母だった。
激戦区に送られたこともあって、艦娘としての日々は過酷なものだった。激務の続く日々、死んでいく戦友……。今思い出しても気が狂いそうになる。運よく生き延びることができたけど私の事を支えてくれたのはただ一つの事。大好きな両親の為に戦う。ただそれだけの事だった。
艦娘の異動の結果、比較的戦況が落ち着いている後方の鎮守府に送られた。そこでも両親の為に頑張り立派な艦娘として生きていく……はずだった。
両親の死を知ったのは異動が終って一月ほどした時だった。深海棲艦の空襲で戦死したらしい。私の目の前は真っ暗になった。
今の私には何もない。戦う意味も生きる意味も。任務が終わるとただアルコールを飲むだけの日々。何もかもがどうでもよかった。
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人の声が響く居酒屋の中、私はいつものようにカウンターで一人酒を決めていた。飲むのは決まってアルコール度数が高くて早めに酔いが回るハイボール。だけど、この日は時間を見ながら度数の低いチューハイをチビチビと飲んでいた。
時計が20時50分を刺すのと同時に席を立って会計へと向かった。
「瑞鳳ちゃん、今日は早いねー。付き合ってる人でもいるのかい?」
近くに座っていた小太りの中年の男が声を出した。彼は人に絡んだり説教をするのが好きらしく、酔うとよく私に絡んでくる。その度に適当に流すけど。
「うるさい」
「ハハッ、相変わらず連れないねぇ」
彼が笑い声を上げたが無視して店の外へと出た。。
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息が凍るような寒さの中、目的地のアパートの一室へと向かった。約束の時間は21時。21時になるのとほぼ同時にアパートのドアを開けた。
「メリークリスマス!」
元気な声と共にパンと小さな爆発音がして私に紙テープや紙ふぶきが降り掛かった。
「何やってるの?」
目の前の青年に声をかけた。彼はわざわざこの日の為に用意をしたのかサンタクロースのコスプレをしている。
彼は私の交際相手だ。鎮守府の整備士で半月程前から付き合っている。ただ、付き合っていると言っても私自身は彼に好意は無く、彼から一方的に好かれているにすぎない。
両親の死以降アルコールに依存気味になって他人との交流を避けていた私を彼はしつこく止めようとした。居酒屋の酔っ払いや艦娘としての仕事の事以外で誰も話しかけようともしない私と話そうとするのを不思議に思っていたけどある日、酔い潰れていた所を介抱された事がきっかけで、それが私への好意という事に気がついた。
彼の好意に気がついた後も少し話す事は増えたけど私は彼を好きになる事は無かったし、毎日酒を飲むのも変わらなかった。
ただ、彼に体は許した。彼に遠回しに誘われた時に死ぬ前に1度ぐらいは経験しておこうという好奇心からだった。特に印象に残る事も無かったけど……
肉体関係を結んだ次の日に彼に告白された。告白に対して私は「私は貴方を愛さない。それでも良ければ好きにすれば?」と返したけど受け入れられたと解釈したのか彼は顔を赤くしつつも喜んでいた。
それ以降、彼との関係がダラダラと続いている。彼から誘われて肉体関係を結ぶ事は何回かあったけど、快楽を感じても両親を失った孤独感が埋まる事は決して無かった。
「何ってクリスマスですよ? 祝うのは当たり前じゃないですか」
「そういえばそうだったね……」
クリスマスと聞いて今日がクリスマスである事を思い出した。日々がどうでもいい私にとっては無縁なイベントだし気にしてすらいなかった。彼に21時にアパートに来て欲しいと言われたのは早い時間と思いつつも性行為を誘われたものだと解釈していた。
「で、用事ってこの事?」
「クリスマスパーティーの準備をしたので付き合って欲しいんです。クリスマスは恋人と一緒に過ごす物ですよ」
「嫌だと言ったら? クリスマスなんて私には無縁だし、恋人同士って思ってるのは貴方だけなんだけど」
「そんな事言わないで下さい。お酒とかも色々用意しましたから……」
彼が泣きそうな声で言った。彼の泣きそうな顔には負けてしまう。私は何も悪い事はしていないのに罪悪感を感じてしまうし、意固地になって断っている私自身が間違っているかのように感じてしまうから。
「はぁ……分かったわよ。全く……」
「ありがとうございます」
ため息混じりで呟いた私の言葉に彼は嬉しそうな声を上げた。
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見慣れた部屋の中に入ると四角いテーブルの上に料理が並べられていた。ローストチキンとポテトサラダやミネストローネ、ホールケーキ等が置かれている。
私よりも薄給のはずの彼がこれだけの物を揃えるとなるとかなり奮発したのだろう。彼なりに努力したのだと思う。その気持ちは分かるけど……
「ねぇ……もう少し何とかならなかったの?」
「すみません……」
料理そのものは滅茶苦茶だった。ローストチキンは黒焦げだし、ポテトサラダはベチャベチャしてるし、ホールケーキは運ぶ途中で失敗したのか一部が潰れている。まともに食べれそうなのはミネストローネぐらいだ。
彼の料理に苦言を呈するのは初めてじゃない(初めて介抱された時に出てきたろくに出汁が取れていない上に煮立て過ぎて味噌の香りが飛んでいた味噌汁のことは未だに覚えている)けどそれでも酷いと思う。とはいえここまで来て逃げるのはいくらなんでも彼に失礼だと思う。私は席に着いた。
「食べましょうか……」
彼が私の対面の席に座って呟いた。
食べ出そうとする彼を見てふと思いついたことがあり、財布から数枚の千円札を取り出した。
「あげる。受け取っといて」
「え……? 受け取れませんよ!」
「いいから!」
「分かりました……」
彼は渋々受け取った。流石に薄給の彼に無理をさせるのは私としても気が引ける。その為の押し付けだった。
食事が始まった。ローストチキンの焦げていた部分は頑張って落とし、ポテトサラダはマヨネーズを多めにかけて誤魔化した。見た目がダメだったから、ろくに期待していなかったけど味の方はそこまで悪くは無かった。一流とまではいかないにしてもスーパーとかで売ってそうな味だった。
あの時の味と同じだ。幼い頃に食べた安っぽい味と。
昔の事を思い出した。世界が平和で両親がまだ生きていて私が普通の女の子だった頃。両親はクリスマスと誕生日だけは奮発して色々なものを出してくれた。冷凍食品やスーパーの惣菜をメインとした一般的な家庭から見たら貧しい食事だったかもしれないけど私にとってはご馳走だ。貧しい暮らしだったけどあの頃の私は幸せだった。
最初の鎮守府にいた時はプロパガンダに乗せられた両親を恨んだ事もあった(そのせいで私は艦娘になっている)けどやっぱり私は2人が好きだった。両親のためとなればどんなに辛い状況でも頑張れた。頑張ろうと決意した。
それなのに……どうして……
「瑞鳳さん、どうかしましたか?」
彼が私に声をかけた。
「何でもない」
心の中の気持ちを隠すようにグラスの中に残っていた渋みの強いワインを飲み干した。
過去を嘆いた所で今が変わるわけではない。嘆くだけ無駄。神様なんていない。私は死ぬまでずっと1人なのだから。
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30分ほどして食事が終わった。話しかけてくる彼に適当に相槌を打つだけのつまらない食事だった。これなら、いつもの居酒屋で飲んでいる私を彼が止めようとしている時と何も変わらない。彼も失敗を自覚したのか途中からしょぼくれた顔をしていた。失敗するのが嫌なら最初からやらなければいいのに。
つまらない食事に付き合わされた事は不快だったけど食器洗いだけは手伝う事にした。彼は断ろうとしていたけど適当に理由をつけて押し切った。彼だけに任せておくのは悪い気がしたし、聞きたいことがあったから。
「ねぇ」
皿を洗っている最中に彼に声をかけた。
「どうしました?」
「今日はやるの?」
私の問いに彼が手を止めた。
「えっと……なんの事ですか……?」
「分かるでしょ? いつもはそっちから誘ってくるじゃない」
私が聞いているのはこの後、行為はするのか? という質問だ。最初に聞いた時に彼も察してはいたと思う。聞き直したのは確認したい意味合いだと思う。
いつもは彼の方から誘われて、私がそれに乗るか断るかを決める。だけど、今日は私から声をかけた。
「あ……えっと……今日は……疲れているので無しでお願いします……」
何故かは分からない。軽い失望感を感じた。
「そう。分かった」
20分程して片づけが終った。行為をしないとなるともうここに用はない。ハンガーにかけてあったコートを手に取った。
「じゃあ、私は帰るから」
「あの……!」
「何? まだ何かあるの?」
少しイラッとしながら振り向いた。
「年末年始も良かったら……」
「好きにすれば。やるなら付き合ってあげるけど今回よりはマシにしておいて」
「分かりました……」
ドアを勢いよく開けて外に出た。
真っ白な雪がしんしんと降っていて辺り一面にうっすらと積もっている。帰り道をクリスマスと意識して見回すと飾り付けがしてあったり、イチャついてるカップルを何組か見かけた。恋人同士のクリスマス、彼らは幸せなのだろうか? 私も帰宅という選択肢を取らずに無理にでも部屋に残ると言って、好きでも無い彼と共に過ごすべきだったのだろうか? 彼に抱かれればこの孤独感を少しでも解消できたのだろうか?
分からない。だけど、目に映る光景の何もかもが私にとって皮肉としか思えなかった。
結局、今日もいつもと変わらない日だった。任務に出て帰ったら酒を飲む。その後は彼と行為をする事もあるけど今日は、何も無かったら自室に戻って寝る。ただそれだけの日。
今の私に特別な日なんて無い。何もかもが同じ日。クリスマスだろうが年末年始だろうが私の誕生日でも変わらないだろう。
明日もまた、変わらない一日が始まる。変わらない一日が始まり変わらない終わり方をするだろう。私はただ、変わらない日々を生き続けている。
冷たい風が吹いた。冬特有の冷たくて刺すように痛い風。風が舞う雪をどこかへと運んでいく。