笑顔が素敵な人。それが瑞鳳さんの初印象だった。少し子供っぽい顔をしながらも容姿端麗で、僕たちの前では、いつもニコニコしながらも戦場では勇敢で常に死ぬ気で任務にあたる……。いつしか、臆病な僕にとって彼女は憧れの人となっていった。
高嶺の花である彼女に声すらかける事ができない日々が続いたけど転機は急に訪れた。何があったのかは知らないけど突然、彼女が酒に溺れた。
酒に溺れてから瑞鳳さんは笑わなくなった。彼女は、任務も事務的にこなすようになって、一日が終わるとすぐに居酒屋に駆け込んで酔い潰れるか店が閉まるまで飲み続ける。
何があったのかは知らないけど放っておけないと思った。
彼女に拒絶されながらも関わっていくうちに色々な事が分かった。まず、彼女は自暴自棄になっている。アルコールを辞めてくれと言っても話を聞こうとしないし、放っておいてくれという態度を取るし、何もかもがどうでもいいように見える。次に、彼女は大切な誰かを失ったのだと思う。時々寂しそうな眼をするし、その眼をした日は酔い潰れるまで飲んでいるから。
このままだと彼女は破滅的な最後を遂げるだろう。自暴自棄な人間がどうなるかは大体決まっているし、戦争という状況が彼女をそれに導くだろう。
僕にできることは少ないかもしれない。だけど、彼女を救いたいと思った。もう一度、彼女の笑顔が見たいと思った。
決意したその日から、これまで以上に彼女に積極的に関わるようになった。毎日のように彼女と顔を合わせたし、彼女が酔い潰れた時の介抱もするようになった。少しでも彼女が理解できるかもしれないと思って彼女と一緒に飲む事もあった。彼女が僕に心を許す事は決して無かったけども、距離は縮まったと思う。瑞鳳さんも遠ざけるのを諦めたのか、居酒屋で彼女の横に座っていても何も言われなくなった。酔った勢いで(彼女の同意もあったけど)彼女を抱いたこともあった。次の日に勢いで告白したら(彼女は僕を愛するつもりは無いと言っていたが)付き合いを認められた。
ただ、そこからの進展は一切無かった。彼女は決して心を開こうとしないし、笑顔を見せることも無い。
先日、何とか状況を打開しようとクリスマスに彼女を自室に呼ぶ事に成功したけど失敗してしまった。彼女に気を使わせてしまった上に、ろくに場を盛り上げることもできず気まずい雰囲気だけが残った。食後に瑞鳳さんから夜の関係を誘われて(いつもは僕の方から聞いている)動揺して断ってしまったけど抱くべきだったと思う。クリスマスは反省点ばかりだった。
そして今回は年末だ。反省点を生かして前回の失敗を挽回したい。そう思ってことに望んだ。
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「よし……」
1人で呟いた。
準備は万端だ。料理は用意してあるし、お酒もある。料理は焼き魚や刺身等スーパーで買った惣菜ばかりだけど、料理下手な僕が作るよりも遥かに良いと思う。見てくれだって悪くない。日本酒はそれなりに良い物を買ってきた。僕は日本酒はあまり得意な方じゃないけど瑞鳳さんはよく飲んでいたと思う。もうすぐ約束した時間だ。彼女が来るのを今か今かと待っている。
ドアをノックする音がした。慌てて玄関のドアを開けると瑞鳳さんがいた。
「すみません。お待たせしました」
「上がるけどいいよね?」
彼女が不機嫌そうに呟いた。
瑞鳳さんはクリスマスの時のように黒いコートを着ていて灰色の手袋をしていた。暗い色調だけど彼女によく似合ってると思う。
「はい」
彼女をアパートに上げた。コタツに用意した席に座るまで彼女は一言も言葉を発しなかった。苦言が無かった分、前回よりも良い印象だった事を願いたい。
「酒はある?」
「日本酒を買ってきましたが、これで良いですか……?」
「いいよ」
瑞鳳さんの対面に座ってふと疑問が浮かんだ。いつもの瑞鳳さんは顔が赤めでアルコールの匂いがするけど今日の彼女は白い顔をしていてアルコール臭が無い。
「瑞鳳さん……もしかしてシラフ(酔っていない状態)ですか?」
「だったら何?」
不機嫌そうな態度だったけど肯定と受け止めて良いと思う。酔っていない状態の彼女を見るのは久しぶりだった。
「珍しいと思ったので……」
「ここら辺の店は年末は開いてないの。それぐらい分かるでしょ?」
「あっ……すみません……」
年越しだけあってどこの店も閉まっているらしい。この時期に飲みに行こうなんて考えた事が無い自分は全く知らなかった。
「どのお酒を先に飲みますか?」
「これお願い」
瑞鳳さんは黒い瓶の日本酒を指して呟いた。
食事が始まった。机の上の物が次々と消えていく。僕は瑞鳳さんに対して遠慮気味な食べ方をしていたけど、彼女の方はお腹が空いているのかパクパクと食べていた。彼女はお酒をいつも一気に飲み干そうとするけど今日の飲み方はゆっくりとした物だった。彼女の心理は分からないけど何か思う事があったのかもしれない。
会話もクリスマスの時よりは弾んだ……と思う。年末特有の面白くもないテレビ番組を見ながらの会話だったけど、無理矢理話題を作ることができた。彼女の地雷を踏み抜く事(瑞鳳さんは自分の過去を聞かれることを嫌がる)も無かったし、少しは進歩したと思う。
年越し蕎麦を食べ終わる頃には年明けまであと、3時間程の時間になっていた。年越しまではまだ時間がある。会話もネタが無くなりかけていたし、何か打開策は無いかと辺りを見回すとトランプが目に付いた。
「年越しまでは、時間あるのでトランプでもしませんか?」
「いいけど何をするの?」
「えーと……神経衰弱でも……」
神経衰弱は瑞鳳さんの圧勝だった。僕が4、5組しかペアを揃えられないのに対し、瑞鳳さんは次々と揃えていった。記憶力以外にも直感も良いのだと思う。何戦やっても結果は変わらない。戦場で戦う艦娘はこういうものなのだろうか? 彼女に挑んだ事を軽く後悔した。
「負けました……」
「もしかして、わざとやってるの? さっきからいくらなんでも弱すぎない?」
「わざとじゃないです……」
「ごめん。言いすぎた。違う遊びにしない?」
「えっと……スピードとか……」
「いいけど、ろくでもない事になると思うよ」
瑞鳳さんの予想は見事に的中した。彼女の手の動きは目に止まらない程に早く、手を出すのが怖かった。試合が終わった時には僕が数枚しか出せていないのに、彼女の山は空っぽとなっていた。
「負けました……」
「お疲れ様」
彼女は僕に嫌味を呟いてからコップに残っていたアルコールを飲み干した。とてもではないけど僕ごときが相手になる人では無かった。アルコールを飲んでいてこれなのだから、シラフだともっと強いのだろう。彼女の意外な一面を知った。
トランプ遊びに夢中になっていたからか、いつの間にか年越しの5分前になっていた。テレビでも年越しのカウントダウンのようなものが始まっていた。
「そろそろ年が変わりますね」
「そうだね」
瑞鳳さんが呟いた。彼女は既に日本酒を1本飲み干し、2本目に突入していた。
「来年はどんな年になると思いますか?」
「さぁ、興味無いや」
「そうですか……」
彼女にとっては、いつもの変わらない日だったのかもしれない。彼女のつまらなさそうな話し方からそんな風に感じた。カウントダウンが始まった。テレビから音声が狭い室内に響き渡る。
カウントダウンが終わった時、外で鐘が鳴る音がした。新年だ。
「瑞鳳さん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「よろしく」
彼女は呆れたようにそう呟いた。
彼女と付き合い始めた昨年は、何もしてあげる事ができなかった。だけど、今年こそは彼女を笑顔にしてみせる。そう心に誓った。