クリスマスのデートから1週間が経った。正月になったが、私達は執務室で仕事をしていた。
「叢雲、ひとつ聞いていい?」
ボールペンを動かしながら陽炎が呟いた。
「何よ?」
「なんで正月に働かなきゃいけないのよ」
「仕方ないでしょ。正月といっても戦時中よ。深海棲艦は待ってくれないわ」
私の言葉に陽炎が小さく舌打ちした。
「戦時下っていいこと何もないわね」
「口を動かしている暇があるなら手を動かしなさい。特別給付けてもらってるし、文句は言わないの!」
「2人ともすまんな……」
司令官が申し訳なさそうに呟いた。
正月だからといって暇になるわけではない。むしろ、正月は行事があったりするから仕事が増える。大きな作戦はないし、私達は後方の鎮守府だから前線と直接関係はないけど忙しいことには変わりなかった。
現在、仕事が多すぎて手が足りなくなり、陽炎を駆り出す事態になっている。年明けも執務室内で迎えていた。
外は正月遊びをする艦娘の声で溢れている。廊下を走り回る音がするし、羽付きをしている子もいる。正月休みをもらった大半の子達は呑気なものだ。
「お雑煮ができたわよー」
荒潮が部屋の中に入ってきた。彼女は休みが入っていて初詣に行っていた。晴れ着を着ていた彼女は少し大人びて見えた。
「ひと休みするか」
「そうね」
荒潮の作った雑煮は、餅と花形に切られた人参、かまぼこ、鶏肉と椎茸と小松菜というシンプルなものだった。お盆の上に3つ乗っていた雑煮の1つを手に取る。
口をつけてみるとダシのとれた味が口の中に広がった。薄味だったけど、美味しいお雑煮だ。
「ゲホゲホッ」
急に陽炎が咳き込んだ。
「ちょっと荒潮! 餅に何入れたのよ!?」
「あらー、陽炎ちゃん、良かったわねー。大当たりじゃない」
荒潮が陽炎の反応を見てケラケラと笑った。
「変なことするんじゃないわよ!」
「何入ってたのよ」
「タバスコよ! 餅がやけに赤い気がしたのよ! 新年早々、最悪だわ!」
新年早々、何をやってるのか……。私は2人のやり取りに小さくため息をついた。
「荒潮、危ないから程々にしなさいよ。陽炎もそんなに騒がないの」
「陽炎ちゃん。ごめんなさいねー」
「絶対に反省してないでしょ!」
「2人ともいい加減にしなさい!」
見ていられなくなり声を出した。この2人はいつもこうだ。2人とも今年で3年目の古参なんだからしっかりしてほしい。年の初めからこの調子で今年は大丈夫だろうか?
「ハハハッ」
司令官の笑い声が聞こえた。彼が笑うのは珍しい。いつも真面目に仕事をしているか、オドオドしているかのどちらかだ。
「アンタが笑うのって珍しいわね」
「この鎮守府らしい光景で平和だなって思ってな」
「平和か……」
考えてみればこの戦争も6年目になる。先の大戦よりも長い期間戦争は続いている。シーレーンは何とか生きているけど戦況は相変わらず悪いし、明るいニュースもあまり聞かない。私達のような後方が前線に駆り出されるようなことはまだ起きていないけど今年はどうなるか分からない。
荒潮と陽炎の言い合いは止まらない。からかう荒潮に陽炎が反応するいつもの構図。平和そのものと行っていい光景だと思う。
もしかすると、目の前の平和なこの光景も今年で見納めになるのかもしれない。私がまた、前線に……? 考えていると急に怖くなってきた。
「叢雲、考えごとか?」
「……なんでもないわ」
司令官にそう返して残っていた雑煮の汁を飲み干したが味がよく分からなかった。
司令官に私の弱いところを見せたくない。彼と付き合っているけど、まだ形式的なものでしかないし、私の弱味を見せられるほど気を許せているわけではない。クリスマスの時は私のミスで彼の世話になってしまったけど、あの時と同じことを繰り返したくない。陽炎と荒潮がいるから尚更だ。
今日は執務が終わったら司令官と初詣に行くことになっている。初詣で願うことは毎年、その時に決めているけど今年願うことはもう決まってしまった。
どうか今年も1年、平和でありますように……