本作はpixivのブックサンタ企画に投稿したものです。本編を読んでいた方が面白く読めると思います
大嫌いな学校がやっと終わった。私の方を見ながら周囲の人がヒソヒソ話をしている。大声で怒鳴りたかったけど、ママに迷惑をかけたくないから我慢して家まで走った。
学校から出て三十分、やっと自宅のアパートについた。
「ただいま!」
「おかえりなさい澪」
エプロン姿のママが笑顔で迎えてくれた。
私のママは元艦娘。私が産まれる前の深海棲艦との戦争で戦っていた。艦娘の時の名前は叢雲って名前だったみたい。
パパは私が産まれる前に交通事故で死んでしまってこの世にはいない。陽炎さんや満潮さんの助けがあったとはいえママは女手一つで私を育ててくれた。
机の近くにカバンを下ろしてキッチンに向かった。
「クリスマスパーティがあるでしょ? 私も手伝うわ」
「ありがとう」
今日はクリスマス。ママが元艦娘の戦友を招いてクリスマスパーティを開くことになっていた。家に来るのは陽炎さんと満潮さん。産まれたばかりの時から世話になっているから二人のことはよく知っている。
だけど、本当に二人だけなのかな? ママは鼻歌混じりに料理を作っている。ママの機嫌が良い日は必ずと言っていいほど、あの人が家に来る。
彼のことは私も大好きだ。あの人が来るのを私も楽しみにしていた。
チャイムの音がした。
「叢雲、いるかしら?」
外から陽炎さんの声がした。
「澪、悪いけど手が離せないからいいかしら?」
「分かったわ!」
玄関を開けると陽炎さんと満潮さんがいた。買い物をしてきた後らしく二人とも買い物袋を両手にぶら下げていた。
「あら? 澪じゃない。いい子にしてた?」
「うん元気にしてたよ。満潮おばさん」
「まだ、おばさんって歳じゃないわよ! あっ、コラ! 逃げるな!」
怒りだす満潮さんが面白くて笑いながらアパートの中に逃げた。満潮さんはツンツンしててよく怒るけど、本当は優しい人だ。勘がいいから気をつけなきゃいけない時があるけど……
「はいはい。ミッチーはムキになって怒らないの。澪ちゃんもイタズラはほどほどにしなさいよ」
「はーい!」
「全く……イタズラっ子になって……誰に似たのかしら……」
満潮さんがため息交じりに呟いた。
二人がアパートの中に入り、買い物袋を机の上に置いた。
「頼まれてきた物は買ってきたわよ。あと、アルコールはビールみたいな軽い物で合ってる?」
「大丈夫よ。あと、悪いけど手伝ってくれる? 彼が来る前に片付けたいの」
「仕方ないわね……料理の手伝いをすればいい?」
「そうね……満潮は料理の手伝いをお願い。陽炎は澪と一緒に飾り付けをやって」
「相変わらずの働きっぷりなのはさすがね」
「あの頃に比べれば大したことないわよ」
手を動かしながらもママは的確な指示を出す。現役の時は秘書艦とかいう地位にいたらしいけど、その時も凄く仕事ができたらしい。ママのことを凄いと思った。
「そういえば澪。怪我は大丈夫なの?」
満潮さんの声にドキリとした。一週間前、私は怪我をした。皆には階段から落ちたと言ってあるけども本当は同級生との喧嘩。パパがいないこととママを馬鹿にされたことが許せなかった。向こうが悪いはずなのに先生に暴力はいけないと凄く怒られた。
怪我のことはママには隠せたけど満潮さんにはバレてしまい、その際に嘘をついた。皆を心配させたくなかったから……
「うん。大丈夫だよ。治ったから」
「怪我をするようなことをしちゃダメよ。皆が心配するんだからね」
今度は絶対にバレちゃいけないし、いじめられてることは隠さなきゃいけない。心に誓った。
パーティーの準備は順調に進み、後は乾杯をするだけになった。四角いテーブルの上にはチキンやローストビーフなどの料理が並んでいる。天井には赤いモールがつけられている。
クリスマスの明るい食卓に反して帰ってきたときの上機嫌が嘘みたいにママの顔は暗かった。十九時になったけど、ママが待つあの人はまだ来ない。
「先に始めましょ? 食べてればそのうち来るわよ……」
「そうね……」
玄関のドアが開く音がした。玄関に立っていた人の顔を見たママは表情がパッと明るくなった。
「すまん。遅くなった!」
玄関に立っていたのはママの元司令官だった。彼は黒いコートをハンガーにかけてママの横に座った。
ママの元司令官は私にとって本物のパパみたいな人。ママが一人で私を支えられたのはこの人のおかげらしい。ママを支援してくれているのに加えて、会いに来てくれる。いつもニコニコしているし勉強を教えてくれるし、遊んでくれるこの人が私は大好きだった。
「遅かったわね。何かあったの?」
ママが彼のコップにビールを注ぎながら呟いた。
「仕事が立て込んでてな……何とか片付けたがな……」
「そっちも大変ね……」
「話は後にして乾杯しましょ。澪ちゃんが待ってるわよ」
「そうね……始めましょ」
おじさんの軽い挨拶の後にパーティが始まった。
「そっちは順調?」
「ぼちぼちだな。叢雲は大丈夫か?」
「大丈夫よ。陽炎が無理のない範囲で仕事を振ってくれるし、内職も順調よ」
ママと司令官おじさんが料理とお酒を飲みながら楽しそうに話している。ママは陽炎さんの作った団体でお仕事をしているけど、司令官おじさんは役所のお仕事をしている。
「瑞鳳ってあの子のこと好きなんじゃない?」
「ミッチーもそう思う? 歳の差はあるけど、良いカップルじゃない?」
「まだカップルって段階じゃないでしょ……あの子の親にも問題があるし」
「そうねー。そういえばミッチーは彼とは上手くいってるの?」
「それなりにね……」
満潮さんと陽炎さんも楽しそうだ。二人が何の話をしているか分からないけど、盛り上がっていることだけは分かる。
私だけが残されていた。でも、この時の一人ぼっちが私は好きだ。皆が楽しそうに話しているし、皆の笑顔を見るのが大好きだから。
ふと、陽炎さんが私に視線を向けた。
「あっ、ごめんなさい。澪ちゃんが置いてきぼりね。プレゼントを渡すのを忘れてたわ」
「プレゼント?」
陽炎さんが赤色の包装紙でラッピングされた中くらいのプレゼント箱を取り出した。
「開けていい?」
「いいわよ」
包装紙のテープを綺麗に剥がして箱を開けると中には水色の筆箱が入っていた。
「喜んでもらえるかしら?」
「うん。陽炎さん、ありがとう!」
「喜んでもらえて良かったわ」
正直に言うと筆箱のデザインはあまりお気に入りのものではなかった。だけど、陽炎さんから貰えたこと自体が嬉しかった。
「私からも渡す物があるわ」
「自分も……」
満潮さんと司令官おじさんからのプレゼントは熊のぬいぐるみと少し厚い小説だった。ぬいぐるみは可愛かったし、読書好きの私にとっては最高のプレゼントだった。
「満潮おばさん、司令官おじさん。ありがとう!」
「だからおばさんはやめなさいって言ってるでしょ!」
満潮さんはちょっとからかうと過剰に反応するから面白い。靴にゴキブリのおもちゃを入れていた時は本気で怒られたけど……
「澪、イタズラは程々にしなさい」
「はーい」
ママの怒る声に少し寒気がした。普段は優しいママだけど怒らせると本当に怖い。そろそろやめた方が良いのかもしれない。
数分程してママが笑顔に戻った。
「はい。ママから澪にプレゼント」
ママのプレゼントは紺色のマフラーだった。あちこちに解いて編み直した跡がある不格好な見た目。マフラーを見ていてママがここ何週間か編み物をしていたことを思い出した。
「このマフラー、ママが編んだの?」
「そうよ。慣れてないから変な風になっちゃったけどね」
「ありがとう!」
不格好かどうかなんて関係ない。ママが私の為に編んでくれた。その事実が凄く嬉しかった。
パーティが始まってから二時間ほどして、陽炎さんが大きな欠伸をした。
「ごめんなさい。そろそろ時間ね。明日、用事があるから帰らなきゃだわ」
「私も仕事があるから……」
陽炎さんと満潮さんが席を立った。
「司令官はどうする?」
「叢雲に合わせるよ。自分は休みだから……」
司令官おじさんの言葉にママがコップに残っていたシャンパンを飲み干した。
「……澪を寝かしてから付き合って。まだ話したいの」
「分かった……」
「澪、遅いからもう寝なさい」
二人はまだ飲むつもりみたい。二人が話すのを見ていたいけど、それはできないみたいだ。
「分かった」
ママの言う通りに寝る準備を始めた。
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目が覚めた。薄暗い照明の部屋の中、ベランダにママと司令官おじさんの二人の姿が見えた。二人は夜景を見ながらお酒を飲んでいる。何を話しているのか気になって足音を立てずにベランダの方に向かった。
「あれから十年、早いものね」
ママが呟いた。
「そうだな……」
司令官おじさんがお酒に口をつけてから呟いた。
「いいのよ? 私のことなんか忘れても……」
「そんなこと言わないでくれ……悪いのは僕なんだ……」
司令官おじさんが悲しそうな声を出した。
「ごめんなさい」
ママが呟いた。
何が何なのか分からない。だけど、二人が大切な話をしているのは確かだと思う。何の話をしているの……?
「あっ……」
足元にあった何かを蹴飛ばしてしまった。音に気付いた二人が私の方を向く。
「起きてたの? 寝てなきゃダメじゃない」
「ごめんなさい……」
二人の大切な話を盗み聞きしてしまったことに悪いことをした気がした。
「寝れないのか?」
司令官おじさんが呟いた。
「目が覚めちゃったの」
「眠くなるまで遊ぶか?」
「ちょっと!」
司令官おじさんにママが突っ込みを入れた。
「せっかくのクリスマスだし、たまにはいいだろ? 何かしたいことはあるか?」
私がトランプをしたいと言ったら司令官おじさんとママは相手をしてくれた。すぐに眠くなっちゃって一時間ぐらいしかもたなかったけど、とても楽しかった。
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朝、目を覚ますとママが泣いていた。
「ママ? 大丈夫?」
「大丈夫よ……心配かけさせちゃってごめんね」
ママは笑顔で私の頭をなでてくれたけど、涙を流しながらのぎこちない笑顔だった。
司令官おじさんはいなかった。司令官おじさんとの間に何かあったのだろうか? ママに聞いてみたけど何も分からなかった。