会話に暴言が混じっているので注意してください。
高塚さんの話が終わった。
「どう、面白かった? 馬鹿みたいな生き方をした女の話だけど参考になれば良かったかな」
彼女が笑顔で言った。
「ありがとうございました……」
面白いわけがない。聞かなければ良かったとさえ思う。僕の母親がした彼女への仕打ちはトドメと言って良いようなものだ。助けて貰った身としても罪悪感を感じる。
過去の事もあの時の事も全部、話していて辛いはずなのに……それなのに何故、彼女は笑顔なのだろうか?
「最後になんで君に話したのか分かる?」
「いえ……」
彼女が口にしていたカップを静かに机の上に置いた。
「君を傷つけたかったからだよ」
彼女の言葉に背筋がゾッとした。
「えっ……?」
「実は私、あの時、君を助けた事を後悔しているんだ。轢かれて死ねば良かったと思ってる。轢かれればあの女も悲しんだだろうし、私も傷つかなかったから」
「それは……」
高塚さんがニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「私は私自身の事をクズだと思うけど、世間は私以上のクズだと思うよ。凄いよね。戦争中はあんなに戦争に行けって煽っていたのに終戦後は手のひら返しして邪魔者扱い。私達の口を封じた上で自分達は善人ヅラ。本当に自分勝手だよね。まぁ市民様なんてそんなものだけど」
自分もその一員であるという現実に強い罪悪感を感じた。
「すみません……」
「なんで君が謝るの? 君は市民として普通に生きてきただけでしょ? 私とは違う普通の生き方をしている人間でしょ? 私に嫌悪感を抱くのが当然と思うように教えられた人間でしょ? なんで私に謝らなきゃいけないって思ったの? いいんだよ別に。私が私の価値観で勝手に言ってるだけだから」
「そんな事ありません……!」
「じゃあ何なの? 他人と違う面白い人とでも思っているの? それとも弱者だから可哀想とでも?」
「気の毒だ……と思いました」
上手く言葉がまとまらずかろうじて口から出た言葉だった。
「ふーん、ならほっといてよ。私は弱者でいる方が都合がいいから」
「どういう事ですか?」
「人間は弱者でいたがるんだよ。弱者だから好き勝手に物が言えるし、なんの責任も持たなくて良くなる。実際に私は差別されているけどその差別を自分の力で何とかしようとは思わない。そこまで責任が持てないし、気力が無いからね。だから、一文の得にもならない君の同情なんていらないんだよ!」
沈黙が流れる。返す言葉が無かった。
僕が何を言っても彼女は反発するだろう。何も言わずに立ち去るべきだと自分の中の本能が告げる。
「失礼します……」
空気に耐えられなくなり、席を立った。
家を出ようとする僕を高塚さんは無言で見つめていた。
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「ふぅ……」
何とか家に帰ることができた。冷房をつけて布団の上に倒れ込む。高塚さんの話を聞いた時間は1時間もなかったと思うけど、学校で勉強するよりもずっと疲れた。
しばらくボーッとした。時間だけが無駄にすぎていく。夏休みである事もあって親は家にいない。それが都合が良かった。
ベッドの下のカバンが目についた。中には高塚さんから聞いた証言のメモが入っている。思い出したくない嫌な記憶が……
彼女の話は刺激が強すぎた。話の中に求めた救いは全て台無しにされ、何度あの場を投げ出して逃げようと思ったのか分からない。最後まで聞いたのは義務感で耐えただけだ。
話の後は彼女の鬱憤の刃は僕に向いた。彼女の言葉に罪悪感を感じたし、最終的には耐えきれなくなり逃げ出してしまった。もう二度と彼女の元を訪れたいとは思わないだろう。関わりたいとも思えない。
夏休みの自由研究は別のことにしよう……
ふと、幼少期の記憶が蘇った。僕を助けてくれた時の彼女の悲しそうな顔を思い出した。
逃げて本当に良いのだろうか? 彼女の記憶を風化させても良いのだろうか?
布団から起き上がった。
「書かなきゃ……」
彼女の記憶を風化させるわけにはいかない。周囲がなんと言おうが知った事ではない。彼女のありのままの言葉を書く。それが僕にできる事だ。
高塚さんがそれを望んでいるとは思えない。あくまでも僕の自己満足だ。だけど少しでも多くの人に伝えなければならない。
机に座り、シャープペンを手に取った。
現代編は必要は必要だと思いますか?(よろしければ投票した理由を一言で良いのでコメントにお願いします)
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いらない
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どちらでもいい