艦娘の戦争   作:黒猫クル

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 本編スタートです。所々に過激な表現があるので注意して下さい


憎悪と呪い②

 気づいた時には大人になっていた。大人にならなければ生きていけなかった。

 

 両親を失った日は今でも鮮明に覚えている。

 

 ある日の休日、両親と二つ下の妹と一緒に遊園地まで遊びに行く予定だった。外は雲一つ無い良い天気で暑い日。街中を4人で歩いている時のことだった。

 

「あれ何かなー?」

 

 妹が指を指す方を見ると、雲一つない青い空に黒い点が5つ程飛んでいる。

 

 黒い点はどんどんと大きくなりビーダマぐらいの大きさになった。三角形の黒い物の先端に歯が付いていて、目が緑色に光っている。

 

 突然、ウーと耳を塞ぎたくなるような爆音が鳴った。それを空襲警報と知ったのは、孤児院に入れられてからだった。

 

「伏せろ!」

 

 突然、父が私に覆いかぶさるのと同時に、辺りに腹が唸るような大きな音が鳴り響く。空襲の間、ずっと私は父にしがみ付いてガタガタと震えていることしかできなかった。

 

 どれぐらい時間が経ったのかは分からない。空襲が終わった。終わった直後に異変に気づいた。けが人を探す声の中、父はいつまで経っても私を放そうとしない。

 

「こっちです! 助けてください!」

 

 我慢しきれずに声を上げた。近くにいた人に助けられて父が私を放さなかった理由が分かった。

 父は死んでいた。背中に大きな赤黒い穴が開いていてそこから白い物が見えている。

 

「お父さん!」

 

 近くで妹の声がした。妹は父にかけよって泣きだした。妹の顔は血塗れだった。

 

「母さんはどうなりましたか!?」

 

 慌てて妹にかけよった。

 

「お母さんは私を庇って爆弾に巻き込まれたの。それで……」

 

 妹の来た方を向くと母が頭から血を流して倒れていた。即死だったと思う。

 

 不思議と悲しいとは思わなかった。両親が死んだという実感が湧かなかった。

 辺りを見ると一面が燃えていた。焦げ臭い嫌な匂いが鼻を着いた。深海棲艦との間に戦争が起きていた事は、知っていた。だけど、空襲されていたのは私達の住んでいる場所とは全く別の所で無関係の事だと思っていた。

 

 13歳にして私達は寒空の下に放り出された。

 

 

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 両親の死後、しばらくは昔から住んでいたアパートで暮らしていたが住むのが難しくなり、孤児院に入る事になった。

 

 孤児院の生活は最悪だった。食事は毎日2回の粗末な物(箸すら立たない粥や小さな芋ばかりだった)、寝床は黄色く変色したシラミや南京虫だらけの布団(毎晩、痒すぎて眠れなかった)の上。その上で毎日のように労働の為にこき使われた。孤児院とは名ばかりの強制収容所だった。

 妹は毎晩のように布団の上で泣いた。そんな時は、妹を抱きしめて泣き止むまで頭を撫でてあげる。食事も妹の物を優先した。芋は妹の方が多くなるようにしてあげたし、私が食べる事を我慢する時もあった。

 

 私は泣かなかった。どんなに辛くても妹の事を考えると泣く事ができなかった。それに、両親の死も辛いとは思わなかったから。

 

 孤児院に来て1年ほどしたある日の事。あまりにも空腹が酷くて(その時は3日間水だけで耐えていたと思う)耐えきれなかった時。私は、昼間に孤児院をこっそりと抜け出した。

 外はねずみ色の嫌な天気だった。梅雨明けの初夏の季節で蒸し暑く感じた。街中を歩く人の目につかないようにコソコソと目的地のゴミ捨て場を目指した。

 

 ゴミ捨て場について中を漁る。目当ては野菜の皮や魚の皮。見つかると、孤児院の人間に殴られたりするけど今までにも何度もやってきたから慣れていた事だった。

 

「何をやっている?」

 

 後ろからの声にハッとして振り向くと1人の中年の男が立っていた。彼は、白い海軍の軍服らしき服を着ていた。

 

「空腹なんです。ほっといて下さい」

 

 そう返して私はゴミ漁りを再開した。誰かに見つかったからには、孤児院に通報されるに決まっている。長くこうしてはいられない。焦る気持ちを抑えながら白い紙類が沢山入ったビニール袋を割いて、中に手を突っ込む。中の大量のちり紙をかけ分けて食べれる物を探し続けた。

 

「おい!」

 

 数分ほどして背中から強い力で服を引っ張られた。

 

「何ですか!?」

 

 咄嗟に振り向くと私の目の前に鯖の缶詰めがあった。

 

「食べろ」

「良いのですか……?」

 

 缶詰めなんて贅沢品、孤児院に来てから見た事が無かった。世間では配給制が当たり前だったし、私達も食糧生産の為の畑仕事を毎日のように手伝わされていた。

 

「ああ。お前のものだ」

「ありがとうございます……!」

 

 金属製の蓋に爪をかけてふと、妹の事が頭をよぎった。

 あの子もお腹が空いているのは同じだ。私よりもあの子に食べさせてあげたい。私は缶詰めを持って彼に背を向けた。

 

「待て! どこに行く気だ?」

 

 右腕を掴まれ、引き戻された。

 

「孤児院に妹がいるんです。食べさせてあげないと……!」

「俺はお前に渡したんだ。お前が食べろ」

「ですが!」

「後で妹の分も持たせてやる。だから、それはお前の物だ」

「分かりました……」

 

 妹の分も出してくれると言われると断る理由は無かった。私は、缶詰めを開けて中の鯖の水煮を口にした。

 

 本当に久しぶりの鯖缶の味はかなりしょっぱい気がしたけど、本物の鯖缶だった。人生、生きてきた中で1番美味しかった食べ物だと思う。30秒もしないうちに全て食べきってしまった。

 

「グスッ」

 

 食べ終わった直後に突然、涙が流れた。

 

「大丈夫か?」

「はい……」

「我慢してたんだな。無理せずに話してみろ」

 

 私は自分の身に起きた事を話した。

 

 突然の空襲で両親を失った事。妹と2人きりになって孤児院で酷い暮らしをしてる事。妹の為に私だけは我慢し続けていること……

 

 話していて何もかもが辛かったけど特に、話していて両親の死を自覚した時には泣き崩れそうになった。今までは感覚が麻痺していたのか、無意識のうちに我慢していたのだと思う。せき止められていたダムが決壊したかのように、話し出すと止まらなかった。

 

 私が話している間、彼はたまに相槌を打つ以外は黙って私の話を聞いていた。私の身に起きた事を一通り話す頃には私の顔は涙と鼻水でグチャグチャになっていた。

 

「落ち着いたか?」

「はい……ありがとうございます」

 

 聞き手に回っていた彼の顔が穏やかな顔から真面目な顔になった。

 

「聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「何ですか?」

 

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから返事を返した。

 

「地獄に身を置く覚悟はあるか?」

「地獄……? どういう事ですか?」

「海軍が人材を求めている。条件は艦娘になる適正のある物だ」

「艦娘……?」

「何だ何も知らないのか? ニュースで毎日のようにやってるだろ」

「申し訳ありません。孤児院の中で暮らしていたので……」

 

 話によると艦娘は人類が深海棲艦に抵抗するために生み出された生物兵器であり、なれるのは女性だけという話だった。現在、深海棲艦との戦争は彼女達が主力となって戦っているが慢性的な人手不足らしい。

 

「あくまでも俺の勘だが、お前には適性がある。もしかすると、お前の妹もそうかもしれないな。軍に入れば寝床はあるし、飯も出るし金も出るだろう。だが、命のやり取りをする事になるし、相手は化け物だ」

「やらせて下さい」

 

 即答だった。

 

「いいのか?」

「はい。私は妹の為に働かなければなりませんから」

 

 私は、この時の決断を後悔していない。孤児院生活から抜け出せる希望があったし、妹を食わせていけるようになるのだから。

 

 今、あの時に戻ってやり直せるとしても同じ道を選ぶと思う。たとえ、その決断が地獄への片道切符だったと分かっていたとしても。

 

 私と妹2人の運命を大きく変える人間との出会いだった。

 

 

ー--------------------

 

 

 そのまま彼と孤児院に向かい、艦娘の適性検査がしたいという理由で私と妹(孤児院に置いていこうとしたが「離れたくない」と言われて断れなかった)を連れ出した。院長(私は大嫌いだった)との話し合いの最中に金を握らせていたのが見えたから、そういうやり取りもあったのだと思う。完全に余談ではあるが、私達が消えた直後に院長が私達の為に使う金で私腹を肥やしていた事が発覚して捕まったらしい。

 

 次の日には艦娘の適性検査検査の為に機械に通されたり、体力テストを受ける事になった。私達2人の結果は合格だった。

 

 私は妹が艦娘になる事に反対した。私が傷つく分には平気だったけど、妹を生死の境目のような場所に連れていきたくなかったし妹だけは、安全な場所にいる事を願っていた。

 だけど、妹は私から離れられないと言う。「姉さん無しの生活なんて考えられない」と駄々をこねる。妹は私に依存していた。強く言うべきだと分かっていたけども、私は強く言えなかった。

 

 結局、そのままの成り行きで妹も艦娘になる事になってしまった。私は妹を甘やかし過ぎた。

 

 

ー--------------------

 

 

 艦娘の士官学校に入学した。基礎的な訓練や勉強の後、艦娘になる手術を受けた。私は陽炎型2番艦の不知火、妹は18番艦の舞風だった。

 

 艦娘になった時点で部屋は別室になり、私は陽炎型1番艦の陽炎になった1つ年上の少女と同室になった。陽炎は明るく活気のある人間で、私とは違った意味で姉という感じの人間だった。妹と同室になった野分の実の姉らしく、艦型という括りで義理の姉妹になった妹にも懐かれてよく話をしていた。

 

 士官学校に入学してしばらくすると、妹は両親が生きていた頃のように元気になった。入学当初は別室になったことを不安に感じていたが孤児院にいた時とは違って、よく笑うようになったし私を含めた姉妹艦の前でダンス(妹は両親の生前はダンスを習っていてかなり熱中していた)を披露するようにもなった。話を聞くと同室の野分との仲も良好だと聞いている。

 

 訓練や勉強がきつい事があったけど、孤児院の時よりもずっと良かったし、生活も充実していたと思う。妹が艦娘になる事に反対していたが結果的には良かったと思った。

 

「ちょっといい不知火?」

 

 卒業間近のある日、空いた時間に自室で本を読んでいたら陽炎に声をかけられた。

 

「何ですか? また、私に言いたいことがあるのですか?」

 

 顔を上げずに呟いた。

 妹は野分と打ち解けたが私と陽炎の仲はあまり良くない。陽炎は成績面で優等生ではあるが私には劣っている。陽炎のモデルがネーミングシップな事もあって、私に嫉妬しているらしく何かと文句を言う。そのせいで言い合いになるのは日常茶飯事だった。

 

「舞風の事よ。貴女、あの子が艦娘になって良かったと思ってない?」

「なる前は反対でしたが、結果論で言えば良かったと思いますよ。私から言うことはありません」

 

 本のページをペラリと捲る。陽炎が小さくため息をつくのが聞こえた。

 

「本当に舞風が立ち直れていると思っているの?」

「何が言いたいのですか?」

「野分があの子が昨日の夜、泣いてたって言ってたのよ」

「本当ですか?」

 

 思わず顔を上げると真面目顔の陽炎が狐色の瞳で私を見つめていた。陽炎はよく冗談を言うが、嘘を言っているようには見えない。

 

 昨日、舞風は得意のダンスを私達の前で披露したばかりだ。孤児院にいた時のように顔が曇っていた様子は無かったし、いつも通りに元気そうだった。何かあったのだろうか?

 

「実の姉なのに気づいてなかったの? 悪い事は言わないから、今すぐに話を聞いてあげなさい。あの子、かなり無理してるわよ」

「分かりました……失礼します」

 

 焦る気持ちを抑えながら本を閉じて自室を後にした。

 

 

ー--------------------

 

 

 昼休みだったこともあって、妹はすぐに見つかった。妹は大勢の艦娘で賑わう食堂の中、野分と共に大好物のカレーライスを食べていた。

 

「舞風」

「姉さん。お疲れ様です」

 

 妹が笑顔で私に礼儀正しく頭を下げた。

 

 妹とは艦娘になってから、お互いに本名ではなくモデルになった艦の名前で呼び合うことにしている。慣れるまで時間がかかったが今は気にならなくなっていた。

 

「不知火さん、お疲れ様です」

 

 妹の横に座っていた野分が私に頭を下げた。

 

「大丈夫……ですか?」

 

 一瞬、妹の笑顔に陰りが見えた。

 

「どうしました? 私はいつも通りですよ」

「ごめん舞風。不知火さん、すみません。用事を思い出したのでお先に失礼します」

 

 私が話そうとしていることを察したのか、野分が空の皿を持って席を立った。

 

「あっ、待ってよ。のわっち!」

 

 逃げようとする妹の手を引っ張った。

 

「舞風。夜泣きしてたと聞きましたが本当ですか?」

「夜泣きなんてしてませんよ。孤児院の時の私とは違います」

 

 妹の話し方に違和感を感じた。妹は士官学校に通ってから、孤児院の時の自分と比較するような話は一度もしていない。私が過去の事を話そうとすると顔色を青くするし、あの時の事を避けようとする。

 

「無理……しないで下さい」

「無理なんてしてませんよ。私は大丈夫ですから」

 

 妹のぎこちない笑顔に嘘をついている事を確信した。

 

「怒ったりしませんから本音を話して下さい。実の姉に嘘をつくのですか?」

「姉さん……」

「私は大丈夫です。辛いことがあるなら話してください」

 

 笑顔を作って諭すように穏やかにゆっくりと話すと妹の目から、一筋の涙がこぼれた。

 

「はい……分かりました……実は私……姉さんが居なくなるのが怖いんです」

「私が、ですか?」

「はい……本当は、艦娘になったあの頃から何も変わっていないんです。元気に見せていたのも強がっていただけなんです」

「どうして今まで何も言わなかったのですか!?」

 

 泣きながら話す妹に思わず声が出た。両親が死んでから妹は今まで私に嘘を付いたことは一度も無かった。

 

「だって、私がそんな事を言ったら姉さんが心配するに決まってるじゃないですか! ただでさえ今まで迷惑かけてきたのにこれ以上迷惑かけたくないんです」

 

 泣きながら叫ぶ妹に自分が馬鹿なことを自覚した。妹は強がることを覚えただけでそれ以外は孤児院で震えていた時と何も変わっていない。私は妹を甘やかしすぎた。そして、妹は私に依存していた。

 

「舞風……気づいてあげれなくてごめんなさい」

 

 妹を抱きしめて頭を撫でた。孤児院にいた時のパサついた髪ではなく滑らかな髪だった。

 

 妹は成績が悪い。陽炎型姉妹の中では落ちこぼれと言っていいと思う。陽炎も私も野分も妹よりも先に卒業してしまう事が決まっている。妹を1人にしてしまう事に不安はあったけど、大丈夫だと勝手に思い込んでいた。

 

 妹を置いて行きたくない。だけど、今更取り下げるなんてできない。別れてしまうなら、せめて別れてしまう前に……今この瞬間だけは妹を甘やかしてあげたい。

 

「姉さん……」

 

 私は大泣きする妹が泣き止むまで慰め続けた。

 

 

ー--------------------

 

 

 別れの日。雪が静かに降り積もる寒い日に妹は私達を笑顔で見送ってくれた。妹の強がりなことは分かっている。陽炎も野分も分かっていたと思う。だけど、私達は騙されたふりをした。

 

「舞風、お元気で」

「私、姉さんを追いかけます。絶対に追いついてみせます。だから、待ってて下さい」

 

 別れ際に妹と再会を誓って手を握った。本当は不安しかない。だけど、今は妹を信じることが優しさなのだと思う。

 妹に背を向けてからは、振り返らないようにした。妹の涙を見たくなかったし、私の涙を見せたくなかったから。

 

 真っ白い雪の上に足跡だけが続いていった。

 

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