私が着任した先は最前線の鎮守府で、提督は運命が変わったあの日に私に缶詰をくれた男だった。
「不知火です。ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします」
執務室で挨拶をした。
「よろしくな」
彼が無表情で呟いた。
「あの時はありがとうございました」
「勘違いするな。俺はお前らを助けたつもりは無い。艦娘になりうる人間を探せという任務中にゴミを漁っている少女を見つけた。おかげで、今この椅子に座る事ができている」
「そうですか……」
彼の言葉が本音かどうかは分からない。だけど、私に缶詰を手渡したあの時の彼とは違う気がした。
だけど、私は艦娘として生きていくと決めた。ここがどんな場所であれ私は私の義務を果たす。ただ、それだけの話だ。
「しかし、本当に良かったのか?」
「私が艦娘になった事ですか?」
「いや、お前の妹の事だ。反対していただろ?」
「妹が選んだ道ですから……私から強く言う事はできません……」
あの時の判断が正しかったのかは分からない。私は、私から離れられなかった妹を拒絶しきれなかっただけだ。妹の艦娘になった後の快活さは強がりだと知ったばかりだし、不安しか感じない。私と妹、再会をする前にどちらかが先に戦死するかもしれないし、もう妹とは生涯会えないかもしれない。だけど、私は自分と妹の選択が正しかったことを祈るしかなかった。
「そうか……相変わらず、お前は妹に甘いな」
「たった一人の身内ですから……」
私の言葉に彼が小さくため息をついた。
「正しかったかどうかは結果で示すしかない。たとえ、結末がどうなるにしてもこれはお前が選んだ道だ。これから後悔しないためにもお前は自分の選んだ道を大切にしろ」
「はい!」
その通りだと思った。「地獄を歩いているなら突き進め」という言葉はチャーチルの言葉だったと思うけど、今の私にふさわしいだろう。たとえ、結末にに何が待ち受けていたとしても私は歩き続ける。その覚悟を決めた。
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私達の自室は布団が2つ敷かれただけの小さな部屋だった。狭い部屋ではあったが士官学校の時も同じような場所で寝起きしていたし、孤児院にいた時よりはずっとマシな部屋た。
私の部屋のルームメイトは士官学校から付き合いのある姉妹艦で陽炎の実の妹の野分。士官学校を卒業するまで陽炎とは打ち解けられなかったけど妹の野分との関係はそこまで悪くないと思う。普通の会話はできたし、普通の姉妹のように接することができていた。
「不知火さん、よろしくお願いしします」
「野分、よろしくお願いします」
「士官学校では、姉が色々とすみませんでした」
「いえ、気にしないで下さい。私のコミュニケーション不足が原因ですから……」
私と野分が同じ鎮守府なのに対して、陽炎は違う鎮守府に送られている。今思えばもう少し、話し合うべきだったと思う。
「なんと言うか……いつも思うんですが不知火さんって凄いですね」
「そうですか?」
「あくまでも私の個人の意見ですが……不知火さんは凄く大人びて見えるんです。いつも冷静ですし、怒りませんし、自分に非があったら、謝りますし……それに成績優秀で舞風以外にも私のような血の繋がりの無い妹にも気遣いができますし……正直、私の実の姉よりも姉らしく見えます」
彼女の言葉を少し意外に感じた。陽炎の方が私よりもコミュニケーション能力はあるし、私の妹にも好かれていた。それなのに、年下の私の方が姉らしく見えるのだろうか?
「陽炎よりも、ですか」
「はい。私は不知火さんを尊敬していますが姉は、お姉ちゃんでいたい人ですから……不知火さんのそういう所が苦手だったんだと思います」
「そうですか……」
陽炎が私の大人びているところが苦手だった気持ちは分からなくもない気がする。姉として上でいたい人間からすると自分よりも優れている妹である私の存在は鬱陶しいし、嫉妬の対象になりうる。陽炎と私の姉妹関係が逆だったら良かったかもしれないと思った。
「どうすれば、不知火さんみたいに強くなれるんですか?」
「大人にならなければ生きていけなかった。ただ、それだけの話です」
「過去に何かあったんですか?」
「舞風から聞きませんでしたか?」
「舞風は何も話してくれなかったので……良かったら教えてくれませんか?」
別に隠すことじゃないし、話す事によって野分にとっても成長の機会になるかもしれない。私達の過去は陽炎にすら話していない(聞かれなかっただけではあるが)けど話す事にした。
「すみません! 嫌な事を思い出させてしまって……!」
「過ぎた事ですし気にしないで下さい。過去の事は過去の事です。今、私達に必要なのは今を生きぬき、艦娘としての義務を果たすことです」
「はい! 頑張ります!」
私の言葉に感銘を受けたのか野分が大きな声を上げた。
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初出撃の日、野分は夕飯を食べようとしなかった。
「野分、大丈夫ですか?」
夕食への誘いを断る彼女に声をかけた。
「不知火さん……私は大丈夫です」
布団の上で寝込む野分が青い顔で呟いた。
「無理しない方が良いですよ」
「不知火さんは平気なんですか……?」
「正直に話せば、私も動揺しました。ですが、気にかけていてもしょうがないと割り切りました」
鎮守府が地獄である事にすぐに気づいた。最初の出撃で瀕死になってしまい、助けようのない状態の艦娘がいた。提督は、彼女へのトドメをその艦娘と仲が良かった別の艦娘に強制させていた。野分はその時の光景が忘れられないのだと思う。
だけど、以前から務めていた他の艦娘に話を聞くと当たり前の光景なのだと聞いた。他の艦娘を自らの手で殺す事は地獄に身を置くための通過儀礼なのだと。
仲間の介錯を強要される光景に私も驚いたが、通過儀礼と聞いて納得してしまった。私達は普通の生活とは異なる世界にいる。人である事を捨てなければ生きていけない。ただそれだけの話。そうならないように努力するべきだし、仮にそうなってしまったとしたら、私は私の義務を果たすだけだ。
野分と私。いずれ、どちらかがそれをしなければならない事は明白だ。仮に私が死ぬことになったとしても野分を恨む気は無い。
「本当ですか? 私か不知火さんのどちらかがああなった時にトドメをささなきゃになるかもしれないんですよ!?」
「その時はその時です。野分、もし私がああなってしまったら、貴女が殺して下さい」
「そんな事できませんよ……! 1年とはいえ一緒に過ごしてきた人を殺せって言うのですか?」
「野分」
彼女の肩に優しく手を置いて、目を合わせた。
「ここに来てしまった以上、選択肢なんて贅沢な物はありません。代償を払って生きるか死ぬか、ただそれだけです。厳しい言葉かもしれませんが覚悟を決めて下さい」
「……不知火さん……分かりました……」
野分が今にも泣き出しそうな顔をしながら呟いた。
野分はまだマシな方だと思う。私は両親が死んでからの人生に選択肢なんて無かった。今も昔も私は前へ進むしかない。それが今できる最善のことなのだから。
「大丈夫です。今回の事は野分なら乗り越えられますよ。乗り越えられると私は信じています」
「ありがとうございます……」
私の言葉に野分が涙を吹いた。
私や陽炎には劣っていたけども士官学校時代は野分も優秀な艦娘だった。初めてのショッキングな出来事に今は動揺しているけど、いつかは乗り越えられるはずだ。
「それと、無理にとは言いませんが、何が起きるか分かりませんから食事は取れる時に取った方が良いですよ」
「分かりました……」
「私は今から食べに行くつもりですが、一緒に行きますか?」
「はい。お供します」
立ち上がった野分の顔からは動揺が消えていた。
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最前線の激戦区だった事もあって、鎮守府は毎日が死と隣り合わせだった。空襲で目が覚めるのは日常茶飯事だし、徹夜で遠征に行く時もあった。いつの間にか食事は取れる時にとって睡眠も寝れる時に寝るのが当たり前となっていた。
初めは生活の変化に戸惑う時もあったけど、私も野分も1ヶ月もすると対応できるようになっていた。私は運が良かったのだと思う。負傷する事はあっても意識を失うような事態にはならなかったし、五体満足で生きていられたのだから。だけど、野分は違った。彼女は運が無かった。
着任から半年して野分が戦死した。
私の艦娘としての生涯で相方と呼べる人間は3人いたけど、野分はその1人だったと思う。彼女は優秀な艦娘だった。着任当初は新兵故の弱さが見えたけど、1週間するとそれが消えて、戦場で生きる人間の目になっていた。
彼女は私に追いつこうと努力していたのだと思う。人一倍、努力していたし戦場での必死さも見ているだけで伝わった。ただ、舞風のように強がる時があったから甘やかすような事をする時もあったけど……
彼女の最後の出撃は大規模作戦の時だった。機動艦隊の護衛として出撃した彼女は深海棲艦の攻撃から空母を守ろうとして被弾した。被弾した場所が最終海域だった事もあり、作戦は成功したが野分は意識不明の重体になった。
私は彼女を背負って鎮守府まで帰ったが、工作艦の明石に死ぬまでは時間の問題と判断され、彼女の介錯は私がすることになった。
薄暗い医務室の中、ベッドの上の野分と私と提督の3人だけが部屋の中いた。
「不知火、分かってると思うがお前がトドメをさしてやれ」
「承知しました」
提督から手渡された拳銃を握りしめる。冷たくて重い感触だった。
野分に目を向けた。薬で容態を落ち着かせているからただ眠っているように見える。だけど、目の前にいるのは死にかけの人間。
野分は立派な艦娘だった。彼女は駆逐艦としての義務を果たしたのだから。
「ん……」
「野分!?」
野分の目が開いた。
「不知火さん……?」
「大丈夫ですか!?」
ほんの僅かな望みをかけて声をかけた。
「……体が動きません。私、もうダメみたいです」
「そうですか……」
私のささやかな望みはあっさりと絶たれ、腕から力が抜けてガックリとするのを感じた。
「私、立派でしたか?」
「野分は立派でしたよ。野分が頑張ったからこそ作戦が成功しました」
泣きそうなのを我慢して無理矢理笑顔を作った。
「そうですか……姉と舞風にもよろしくお願いしますね……」
「はい……」
陽炎と舞風は文通という形で繋がっている。野分の戦死を伝えるとなると気が重いが、伝えるのが私の義務だ。
「約束……しましたよね? 私へのトドメは不知火さんがやって下さい。今までありがとうございました」
「分かりました」
良い妹だった。野分は真面目で率直で尊敬する私の言う事をよく聞いてくれたし、舞風とも仲良しだった。
義理の妹だったからこそ、私の事を尊敬していたからこそ私が介錯をするべきだ。それが野分の願いであり、彼女との間の約束。
拳銃を野分のこめかみに当てて、目を隠すようにそっと左手を当てた。野分の体温は少し冷たい気がした。
「さよなら、野分」
「お元気で」
野分の呟きと笑顔に一瞬、迷いを感じたが意を決して鉛のように重い引き金を引く。
乾いた音が室内に響いた。
息が切れる。自分にかかる重力が10倍になったかのように全身がドッと重くなって汗がドッと出た気がした。
「動揺しないんだな」
「そう見えますか……?」
「介錯は今までにも何度もさせてきたがお前が反応が1番鈍い」
「野分とは、生きていた方が先に死んだ方にトドメを指す約束をしてましたから……」
「そうか……」
提督はそれ以上、喋らなかった。
「失礼します」
部屋を出てから涙が頬を伝った。艦娘になると決意したあの日以来初めての涙だった。自室に戻るまでは我慢したけど辿り着いてからは、1人で一日中泣いた。
この日以来、私は野分を背負って生きる事になった。
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野分の死後、あっという間に3ヶ月が過ぎた。戦況が切羽詰まってた事もあって、同室の人間は次々と変わっていった。野分の死からしばらくして次々と戦死して変わっていく(少なくとも5人は変わった)ルームメイトに嫌悪感を感じたが次第に気にならなくなっていった。その時のルームメイトの名前は覚える暇が無かったから覚えていない。
同胞の死を見たり、私が介錯をすることはあったけど、私の心が動じる事は無かった。
「姉さん! お久しぶりです!」
廊下で妹に声をかけられたその時までは……
「舞風……どうしてここに……?」
目の前の光景に目を見開いた。
何故? どうして妹がここに?
まだ卒業の時期じゃないし、妹は成績が足りていない。それなのにどうして……?
「士官学校で、姉さんの鎮守府の志願者を募っていたので繰り上げ卒業で志願しました。先程、提督に挨拶してきましたが部屋は姉さんと一緒みたいです。これから、よろしくお願いします!」
無言で妹の手を取った。
「姉さん?」
「今すぐに、提督と話し合いに行きます。ここは貴女の来る場所ではありません。今すぐに別の鎮守府に移させます」
「ちょっと待って下さい! 私は姉さんみたいな立派な艦娘になりたくて……」
「野分が死んだ事を知らないのですか? 次は貴女が死にますよ!? いいから着いてきて下さい!」
混乱する妹の手を引っ張って執務室に向かった。
私は妹を何とか他の鎮守府に移せないか? と彼を説得しようとした。だけど、人手不足の状態だからと受け入れてもらえなかった。士官学校で志願者を募集していたのもそれが要因らしい。
人手不足な事は私も薄々感じていた。この鎮守府は激戦区な事もあって戦死者が多いし、それ故に人員の交代も激しい。新兵が死んでいく光景は私も見てきた。繰り上げ卒業で人員を募集するのもおかしくないと思う。
だけど……妹が来たのは想定外だった。私はどうすれば良いのだろうか……?
本音を言うと、作品の不知火が15にしては大人過ぎる気がします
現代編は必要は必要だと思いますか?(よろしければ投票した理由を一言で良いのでコメントにお願いします)
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いる
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いらない
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どちらでもいい