転生したら転剣の世界でした 〜Ruby Memoria〜 作:氷月ユキナ
その世界は、闇だった。
何処もかしこも暗く、近くにあるはずであろう自分の手すら、よく見えない。
地面も、空も無いこの世界に、何故かぼくはいた。
「……え、なにここ」
何も無い世界に、ぼくはポツンといた。
え、さっきまで
困惑していると、何かの感触がした。
背中に何かが当たって……壁? いや、これは……
『振り向いてはいけませんよ、
身体があるのかすら分からないが、耳と呼べるような所の傍で、囁くような声がした。
それは、神が作り出した楽器の音色と言われても違和感がないほどに、綺麗としか表現できないような美声。
それを前にして、警戒心を全く抱けないことに、ぼくは困惑していた。
いや、警戒どころじゃない。この人のためになら死んでもいいと思えるほどの多幸感が、声色を耳にしただけで沸き上がる。
『こうしてお話をするのは、初めてのことになりますね』
「……誰、って……、聞いても、いいかな……?」
興奮を無理やり抑え込み、とにかく
『私が何者であるかなど、さしたることではないでしょう。それよりも、今はあなたの方が重要ではありませんか?』
「……何が、言いたいの」
『あの災厄に対抗するために、私が少々、力を貸し与えましょう』
正直、ぼくからすれば胡散臭いことこの上ない。
美しすぎる声はまだしも、その気配はどこか悍しく感じるのだ。
……だが。
「……その力とやらを受け取ったら、倒せるの?」
『ええ。
このままでは、全滅。
なら、多少胡散臭くても話に乗るしか道はない。
「分かったよ。貰えるなら貰っておく」
『その選択をしてくれると、私は心から信じておりました。では……どうぞ、スキル《情報神の根源》を』
「へ……?」
口から、間抜けな声が出た。
だって、そのスキルは、ぼくが原作知識で知っているとんでもないものだったから。
情報神というのは、邪神……いや、戦の神の一側面だ。
そんな邪神の側面の力を秘めている《情報神の根源》は、あまりにも不明なことが多い……らしい。
原作でこのスキルを所持していたペルソナは、その強すぎる力に苦しんでいた。
そんな《情報神の根源》の効果は──
「概念を押しつけて、世界を塗りかえる力だっけ……?」
『それも、ありますね』
「……
正体不明少女の言い方が、少し引っかかった。
「その言い方をするってことは、他に出来ることがあるってこと……?」
『《情報神の根源》とは、宇宙を感じる力なのです』
「宇宙……?」
『この宇宙に満ちる情報の網。それは物質の粒子から生命の息吹、星々の鼓動、時の流れ、そして境界の曖昧さまでも内包しています。全てが無数のデータであり、相互に影響し合う大きな流れなのです。物質は情報の凝縮体であり、重力に引かれ集まり、星を生み、崩壊し、新たな元素を散らす。その循環の中にすら、数億年にわたる物語が刻まれています。生命とは、その物質が一時的に「秩序」を見出した奇跡であり、自己を保存するために情報を受け取り、加工し、再構築する存在です。DNA、それ自体が歴史と未来のプログラムであり、遺伝のリズムは、宇宙の脈動に応じて進化していくのです。星は情報を灯す灯台。光で語る星の歴史は何億年も昔から続いています。その光が届く瞬間、観測者は星の過去と「今」を同時に受け取る。星は死を迎えるとき、その中心に情報の凝縮を生み出し、ブラックホールという沈黙の書庫を築くのです。時はそれら全てを紡ぐ織機。しかし時は直線ではなく、記憶のように折りたたまれ、未来と過去が同じ面に映る瞬間を内包する。時間の流れは宇宙を動かし、情報の伝達速度がすべてを決定するのです。境界──その定義は、情報と情報がぶつかり合う場所に現れます。宇宙の広がりと、物質の限界。生と死、無と有、光と闇。それらすべてが境界を持ち、境界こそが存在を分かつと同時に結びつけるのです。……ですが、この宇宙において、情報が完全に失われることはありません。消えた星の光が、他の星を照らすように、生命の終焉が新たな命の種を撒くように。情報は循環し、次の物語へと続いていくのです。《情報神の根源》とは、それらを感じて、触れて、操る力なのですよ』
……なるほど、壮大すぎてさっぱり分かんねぇ。
『制御が出来ない内は、情報の嵐に呑み込まれるでしょう。……空気は記憶を運びます。酸素、窒素、微量の炭素や水素──これらはただの元素ではなく、誰かが吐いた息の一部であり、その瞬間に抱いた感情の名残なのです。深い悲しみを含んだ吐息は、大気中でわずかな温度変化を残し、怒りに満ちた叫びは、振動として微細な粒子に刻まれるのでしょう。この部屋の空気を吸い込むたび、誰かの笑顔が、涙が、恐れや喜びがわずかに喉を通り抜ける。その痕跡は見えないだけで、確かにそこにある。……《情報神の根源》は、それらの情報すらも拾ってしまう。ですから、私がサポートして差し上げましょう』
「……あー、お願いします?」
超長文詠唱を食らったぼくは、脳死で取り敢えずそう答えた。
別に面倒になったわけでない。断じてない。
『それではお行きなさい、
「……ん?」
『今のあなたでは、私との繋がりは薄い。……故に、スキルを貸し与えられるのは、目の前の災厄を退けるまでのことです。ゆめゆめ、それを忘れないようお願いいたします』
それだけを言い放って、最後まで姿さえも見せなかった誰かは。
ぼくがこの真っ黒な世界から帰るその瞬間、笑っていたような気がした。
◇◆◇
『いつか、また会えますよ、
◇◆◇
「捕まえ、たぁ!」
驚愕に顔を歪ませる
《強欲の原罪》を持っているぼくからすれば、それだけでチェックメイトだ。
「これは……!? 《情報神の根源》だと……? そんなスキル、貴女が持っているような気配は……いえ、今も持ってはいない……? ……そもそも、そのスキルは貴女のものではないですね。それなら……まさか。いや、だが…………貴女の、天職をお聞きしても?」
「天職……? 反逆者ってやつだけど」
「反逆者……なるほど、そういうことですか。私は少々、貴女を侮りすぎていたようです」
「何でもいいけどさ、それが遺言ってことでいいかな?」
「ああ、いえ……お待ちください」
そうして、
「動くな!! 動いたら、《強欲の原罪》ですぐに殺す」
「そう警戒しないでくださいよ、私は貴女の助けになろうとしているだけです」
「助け……?」
……さっきから、何なんだろうか。
色んなやつから、『力が欲しいか』みたいなことを言われまくっている気がする。
「只今、《スキルメイカー》を使用して《技能授与》というスキルを作りました。これで、私のスキルを貴女に与えます」
技能授与:対象に指定したスキルを渡す。再使用は指定スキルのレベル、レア度による。エクストラスキルはレア度20換算。
《鑑定》をしてみれば、確かにスキルが増えていた。
「……スキルをくれるのは有り難いけどさ、理由ぐらいは教えてくれない? それすら教えてくれないと、胡散臭くてしょうがないんだけど」
「そうですね……貴女の道のりの先に何があるのか、それを知りたくなったからですよ」
「……?」
「今は分からないでしょうね。ですが、いつか必ずその時はやってくる。……《技能授与》」
そして、
《情報神の根源》を持っている今のぼくには、あまり有り難みは感じないが……これは時間制限があるようだし、貰っておいて損は無いだろう。
それに、怪しさはありすぎるが……大丈夫だと思ったのだ。……勘だけど。
「……もう、いい?」
「ええ、良いですよ。私のやりたいことは終えました」
「──《強欲の原罪》」
そして
魂が、ぼくの中に取り込まれていく。
「……貴女の刃は、神の首に届くのでしょうか…………貴女の行く先が……とても……楽、しみ……で…………」
それだけを言い残して、
いや……ただの死体は、その場に崩れ落ちた。
〈ルビーは生命5010、魔力6350、腕力1890、敏捷1780を奪取しました〉