転生したら転剣の世界でした 〜Ruby Memoria〜   作:氷月ユキナ

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26 情報神の根源

 その世界は、闇だった。

 

 何処もかしこも暗く、近くにあるはずであろう自分の手すら、よく見えない。

 

 地面も、空も無いこの世界に、何故かぼくはいた。

 

「……え、なにここ」

 

 何も無い世界に、ぼくはポツンといた。

 

 え、さっきまで悪魔王(デモンロード)と戦ってたよね? ここどこ?

 

 困惑していると、何かの感触がした。

 

 背中に何かが当たって……壁? いや、これは……()()()()()()()()()

 

『振り向いてはいけませんよ、彩葉紅葉(イロハ・モミジ)

 

 身体があるのかすら分からないが、耳と呼べるような所の傍で、囁くような声がした。

 

 それは、神が作り出した楽器の音色と言われても違和感がないほどに、綺麗としか表現できないような美声。

 

 それを前にして、警戒心を全く抱けないことに、ぼくは困惑していた。

 

 いや、警戒どころじゃない。この人のためになら死んでもいいと思えるほどの多幸感が、声色を耳にしただけで沸き上がる。

 

『こうしてお話をするのは、初めてのことになりますね』

「……誰、って……、聞いても、いいかな……?」

 

 興奮を無理やり抑え込み、とにかく()()()()()()()()()()()()()()相手の素性を問う。

 

『私が何者であるかなど、さしたることではないでしょう。それよりも、今はあなたの方が重要ではありませんか?』

「……何が、言いたいの」

『あの災厄に対抗するために、私が少々、力を貸し与えましょう』

 

 悪魔王(デモンロード)を倒すために、力をくれるとか言ってくる何者か。

 

 正直、ぼくからすれば胡散臭いことこの上ない。

 

 美しすぎる声はまだしも、その気配はどこか悍しく感じるのだ。

 

 ……だが。

 

「……その力とやらを受け取ったら、倒せるの?」

『ええ。彩葉紅葉(イロハ・モミジ)、あなたならば見事、撃退できるでしょう』

 

 このままでは、全滅。

 

 なら、多少胡散臭くても話に乗るしか道はない。

 

「分かったよ。貰えるなら貰っておく」

『その選択をしてくれると、私は心から信じておりました。では……どうぞ、スキル《情報神の根源》を』

「へ……?」

 

 口から、間抜けな声が出た。

 

 だって、そのスキルは、ぼくが原作知識で知っているとんでもないものだったから。

 

 情報神というのは、邪神……いや、戦の神の一側面だ。

 

 そんな邪神の側面の力を秘めている《情報神の根源》は、あまりにも不明なことが多い……らしい。

 

 原作でこのスキルを所持していたペルソナは、その強すぎる力に苦しんでいた。

 

 そんな《情報神の根源》の効果は──

 

「概念を押しつけて、世界を塗りかえる力だっけ……?」

『それも、ありますね』

「……()()()?」

 

 正体不明少女の言い方が、少し引っかかった。

 

「その言い方をするってことは、他に出来ることがあるってこと……?」

『《情報神の根源》とは、宇宙を感じる力なのです』

「宇宙……?」

『この宇宙に満ちる情報の網。それは物質の粒子から生命の息吹、星々の鼓動、時の流れ、そして境界の曖昧さまでも内包しています。全てが無数のデータであり、相互に影響し合う大きな流れなのです。物質は情報の凝縮体であり、重力に引かれ集まり、星を生み、崩壊し、新たな元素を散らす。その循環の中にすら、数億年にわたる物語が刻まれています。生命とは、その物質が一時的に「秩序」を見出した奇跡であり、自己を保存するために情報を受け取り、加工し、再構築する存在です。DNA、それ自体が歴史と未来のプログラムであり、遺伝のリズムは、宇宙の脈動に応じて進化していくのです。星は情報を灯す灯台。光で語る星の歴史は何億年も昔から続いています。その光が届く瞬間、観測者は星の過去と「今」を同時に受け取る。星は死を迎えるとき、その中心に情報の凝縮を生み出し、ブラックホールという沈黙の書庫を築くのです。時はそれら全てを紡ぐ織機。しかし時は直線ではなく、記憶のように折りたたまれ、未来と過去が同じ面に映る瞬間を内包する。時間の流れは宇宙を動かし、情報の伝達速度がすべてを決定するのです。境界──その定義は、情報と情報がぶつかり合う場所に現れます。宇宙の広がりと、物質の限界。生と死、無と有、光と闇。それらすべてが境界を持ち、境界こそが存在を分かつと同時に結びつけるのです。……ですが、この宇宙において、情報が完全に失われることはありません。消えた星の光が、他の星を照らすように、生命の終焉が新たな命の種を撒くように。情報は循環し、次の物語へと続いていくのです。《情報神の根源》とは、それらを感じて、触れて、操る力なのですよ』

 

 ……なるほど、壮大すぎてさっぱり分かんねぇ。

 

『制御が出来ない内は、情報の嵐に呑み込まれるでしょう。……空気は記憶を運びます。酸素、窒素、微量の炭素や水素──これらはただの元素ではなく、誰かが吐いた息の一部であり、その瞬間に抱いた感情の名残なのです。深い悲しみを含んだ吐息は、大気中でわずかな温度変化を残し、怒りに満ちた叫びは、振動として微細な粒子に刻まれるのでしょう。この部屋の空気を吸い込むたび、誰かの笑顔が、涙が、恐れや喜びがわずかに喉を通り抜ける。その痕跡は見えないだけで、確かにそこにある。……《情報神の根源》は、それらの情報すらも拾ってしまう。ですから、私がサポートして差し上げましょう』

「……あー、お願いします?」

 

 超長文詠唱を食らったぼくは、脳死で取り敢えずそう答えた。

 

 別に面倒になったわけでない。断じてない。

 

『それではお行きなさい、彩葉紅葉(イロハ・モミジ)。……ああ、最後になのですが』

「……ん?」

『今のあなたでは、私との繋がりは薄い。……故に、スキルを貸し与えられるのは、目の前の災厄を退けるまでのことです。ゆめゆめ、それを忘れないようお願いいたします』

 

 それだけを言い放って、最後まで姿さえも見せなかった誰かは。

 

 ぼくがこの真っ黒な世界から帰るその瞬間、笑っていたような気がした。

 

 

◇◆◇

 

 

『いつか、また会えますよ、彩葉紅葉(イロハ・モミジ)。そして、その時には……どうか、私の大願を……』

 

 

◇◆◇

 

 

「捕まえ、たぁ!」

 

 驚愕に顔を歪ませる悪魔王(デモンロード)の左腕を、ぼくはがっしりと掴んでいた。

 

 《強欲の原罪》を持っているぼくからすれば、それだけでチェックメイトだ。

 

「これは……!? 《情報神の根源》だと……? そんなスキル、貴女が持っているような気配は……いえ、今も持ってはいない……? ……そもそも、そのスキルは貴女のものではないですね。それなら……まさか。いや、だが…………貴女の、天職をお聞きしても?」

「天職……? 反逆者ってやつだけど」

「反逆者……なるほど、そういうことですか。私は少々、貴女を侮りすぎていたようです」

「何でもいいけどさ、それが遺言ってことでいいかな?」

「ああ、いえ……お待ちください」

 

 そうして、悪魔王(デモンロード)が何かをしようと──

 

「動くな!! 動いたら、《強欲の原罪》ですぐに殺す」

「そう警戒しないでくださいよ、私は貴女の助けになろうとしているだけです」

「助け……?」

 

 ……さっきから、何なんだろうか。

 

 色んなやつから、『力が欲しいか』みたいなことを言われまくっている気がする。

 

「只今、《スキルメイカー》を使用して《技能授与》というスキルを作りました。これで、私のスキルを貴女に与えます」

 

 

技能授与:対象に指定したスキルを渡す。再使用は指定スキルのレベル、レア度による。エクストラスキルはレア度20換算。

 

 

 《鑑定》をしてみれば、確かにスキルが増えていた。

 

「……スキルをくれるのは有り難いけどさ、理由ぐらいは教えてくれない? それすら教えてくれないと、胡散臭くてしょうがないんだけど」

「そうですね……貴女の道のりの先に何があるのか、それを知りたくなったからですよ」

「……?」

「今は分からないでしょうね。ですが、いつか必ずその時はやってくる。……《技能授与》」

 

 そして、悪魔王(デモンロード)はぼくに何かのスキルをくれた。

 

 《情報神の根源》を持っている今のぼくには、あまり有り難みは感じないが……これは時間制限があるようだし、貰っておいて損は無いだろう。

 

 それに、怪しさはありすぎるが……大丈夫だと思ったのだ。……勘だけど。

 

「……もう、いい?」

「ええ、良いですよ。私のやりたいことは終えました」

「──《強欲の原罪》」

 

 そして悪魔王(デモンロード)は、その命を吸い取られていく。

 

 魂が、ぼくの中に取り込まれていく。

 

「……貴女の刃は、神の首に届くのでしょうか…………貴女の行く先が……とても……楽、しみ……で…………」

 

 それだけを言い残して、悪魔王(デモンロード)は。

 

 いや……ただの死体は、その場に崩れ落ちた。

 

〈ルビーは生命5010、魔力6350、腕力1890、敏捷1780を奪取しました〉

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