転生したら転剣の世界でした 〜Ruby Memoria〜   作:氷月ユキナ

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番外編 逃げた二人の日常

「……うわっ、眩し」

 

 ヴァルミッサという名の街の、とある一角に存在している家。

 

 その中にあるベッドの上で起床したぼく、ルビーは日光の眩しさに呻いた。

 

「起きた?」

「んー……起きたよ……」

『まだ完全に目は覚めてないみたいだな。仕方ないか、ルビーは朝が弱いし』

 

 ぼんやりとした意識で、フランと師匠の会話を聞き流す。

 

「ルビー、朝ご飯食べよう」

「んー……? おばーさん、朝ご飯はもう食べたでしょ……」

『駄目だこりゃ。フラン、もう少し経ってから──』

「──()()()()()()?」

「はいわかりました了解です起きますだから辞めて!?」

 

 己の服のボタンに手を掛けて唇を舌でペロリと舐めたフランを見て、真面目にヤバいと感じたぼくは、がっしりとフランの腕を掴んで動けないように拘束する。

 

「むぅ……」

「……で、朝ご飯だったよね。何食べる?」

『昨日、栗の蒸しパン作っといたんだ。それ食おうぜ』

「作っといたって……マジで?」

『おう』

「サンキュー! あははっ、よしっ! フラン、食べるよー!」

「…………ん」

 

 不服そうなフランを置いて、ぼくの部屋がある二階から、リビングのある一階に降りた。

 

 

◇◆◇

 

 

「グギャァッ!」

「うへー……ホントにどこにでもいるね、ゴブリン。どこから湧いてきてるのか」

 

 ヴァルミッサから少しだけ離れた森。

 

 ぼくとフランはそこで、クエスト攻略の為に魔獣を倒していた。

 

『俺としては、魔石が手に入るから嬉しいけどな。ゴブリンって意外とスキルが多彩だから面白いんだぜ?』

「あー、なるほど。……スキル奪うスキルとか欲しいな。フランの方がぼくより強いけど、そういうのあったら対等になれそうじゃない?」

 

 恐らく無理であろう願いを口に出し、世の中の理不尽さを嘆く。

 

 どうしてぼくにはスキルを奪うスキルが身につかなかったのかと。

 

「その魔石からスキル吸収するよくわからない力も、スキルの力だったら《模改の理》でコピーできたのに……」

『そんなこと言っても仕方ないだろ。そもそも《模改の理》とか懐かしいな。今はもう変わっちゃったし』

「そうだねー、今はもう《虚言の理》になってるからね」

 

 

虚言の理:対象の言葉の嘘を見破る。自身の嘘を、他者から見破られにくくする。自身の嘘を、他者に信じ込ませやすくなる。

 

 

 この《虚言の理》というスキルは、アレッサのゴブリン迷宮(ダンジョン)から逃げ帰り、このヴァルミッサに行くための物資調達中に遭遇したアレッサ騎士団副長オーギュスト・アルサンドという貴族が持っていたのをコピーしたのだ。

 

 ユニークスキルだったので、速攻でコピーした。凄く便利である。

 

「ん、ルビーは弱い」

「ぐふっ!?」

 

 過去を振り返っていると、急にフランに刺された。痛すぎる。

 

「……真実というのは、時には人を傷つけるものだよ、フラン」

「でも、大丈夫」

 

 どこか気まずくて目を逸らしてしまったぼくの顔を掴み、無理やり目線を合わせてくる。

 

「ルビーは弱くてもいい。ずっと、私がルビーを守るから」

「愛が重いなぁ」

 

 どうしてフランはここまで言ってくれるのか。そこまで言われるほどのことをした覚えはないのだが……。

 

「──ルビー」

「うん、分かってる。今日で十年、ってことでしょ? あの日から」

 

 そう、あの日。

 

 ぼくたちが、迷宮(ダンジョン)からも、アレッサの街そのものからも逃げた日。

 

「ルビー、覚えてたんだ」

「当たり前でしょー? あの街で過ごした時間は短かったけど、師匠に会ってから最初に行った街だしね」

「……ルビーは」

 

 フランは複雑な感情を胸に秘めながら、

 

「後悔、してない?」

「してないよ」

 

 それは、即答だった。

 

 それに、もしあのまま進めば、ぼくたちは殺されていたかもしれない。

 

 実際、あの先にいたのは上位悪魔(グレーターデーモン)らしいし?

 

 しかも悪魔王(デモンロード)とかいう原作には影も形も無かった化け物も現れたらしいし?

 

 そいつらによって迷宮の討伐隊は全滅してアレッサも殆ど全壊。

 

 ギルマスのクリムトさんが風の大精霊を解き放って相打ちになったみたいだし……。

 

「あのまま進んでたら、死んでたかもしれないしね」

 

 原作では勝利していたが、だからといって絶対に勝てるわけじゃない。

 

 むしろ、負ける確率の方が高かった。

 

 そこから逃げて、何が悪いのだろうか。

 

「フランが生きてる。ぼくも生きてる。師匠もここにいる。なら、それが一番だよ。……後悔なんてない」

 

 そう、後悔なんてない。

 

 そんなもの、あってはいけないのだ。

 

 逃げずに誰も彼も全て助けてやろうだなんて、『強欲』にも程がある。

 

「こんな話をしてたら、色んなこと思い出すね」

『そうだなぁ……』

 

 アレッサから逃げ去ったぼくたちは、ジャン・ドゥービーに会う……ことはなく。

 

 そのままダーズについたのだが、そこでフィリアース王国の王子と王女を助け、レイドス王国のスパイだったサルート・オーランディを倒した。

 

 その後にはバルボラでリンフォードやゼライセと対峙したが、あまり戦闘はせずにぼくの原作知識を活かしてランクA冒険者に頼りまくって他力本願で解決した。

 

 そうして、この平和なヴァルミッサに辿り着いたのだ。

 

 邪神の欠片が封印されていたりすることもなく厄ネタなどが全くもって無い平和な街だ。

 

『黒猫族のフランをあっさり受け入れてくれるあたり、本当に良い街だよな』

「そーだねー。ヴァルミッサはいろんな種族がいる街だって聞いてはいたけど、まさかあそこまであっさり行くとは……」

 

 あちこちの街に行くたびに、黒猫族に対する扱いの酷さが垣間見れていた。

 

 それらに比べると、このヴァルミッサのなんと優しいことか。

 

「ん! ゴブリン、全部倒した!」

「……あー、ごめん。話ばっかで手伝ってなかったね」

「ルビーは弱いからへいき」

「ごふぅっ!?」

 

 ぼくは膝をついた。そして、この格差社会を心から憎んだ。

 

 ふざけるな、と。この差はなんなん?、と。

 

 単純な腕相撲さえ負ける。精神年齢では年下の少女に。

 

『力が欲しいか……?』

「……え?」

『力が欲しいか……?』

「……ああ、欲しいよ。この世界すら壊せるような、そんな力が!」

『エッ……そ、そうか! 力が欲しいのなら、くれてやろう!!』

「ししょー、るびー、なにしてるの?」

 

 ぼくと師匠のやり取りを、冷めた目で見てくるフラン。

 

 ぼくのガラスハートが傷つく。その目を辞めてくれ。

 

『これ、日本……あー、異世界じゃ有名なもので……』

「師匠が囁きかけて来たから、ノッてあげようかなって……」

「…………」

 

 冷ややかな目が、ぼくと師匠を貫く。

 

「……ルビー、帰るよ」

「あ、はい」

 

 フランに連れられて、ぼくたちはヴァルミッサの街へと歩き出した。

 

 そこでふと、ぼくは何故か立ち止まってしまった。

 

「ルビー」

「……ん?」

 

 出会ったときとは打って変わって、長く伸ばされた髪をふわりと空中に泳がせて、フランはこちらに振り返る。

 

 その顔は、心の底から嬉しそうに微笑んでいて。

 

「ほら、行こう」

「……うん、そうだね」

 

 この原作から外れてしまった選択が、あっていたかどうかなんて関係ない。

 

 ただ……ぼくは今、間違いなく幸せだ。

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