レペゼン平安とレペゼン東京が交わるお話です。

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平安歌人と現代謳歌人

 薄暗いライブハウス。色とりどりの照明に照らされた舞台上で、二人の男が向かい合っている。

 上手(かみて)にいるのは腕に幾何学的な刺青を入れた、ドレッドヘアーの男。アングラな雰囲気が客層とも合っている。

 異様なのは、下手側の男だった。女と見紛う程長い黒の長髪。立湧柄の着物を羽織り、頭上にはピンと立った烏帽子を乗せている。コスプレと見紛うような格好であり、ライブハウスにおいてひどく異質だった。しかし、男の纏う独特の雰囲気と落ち着きのおかげか、決して浮いている訳ではなかった。

 

「麻呂も、ようやくここまで来たぞ」

 

「ああ……信じてたぜ」

 

 二人は顔を見合わせ、不敵に笑う。多くの言葉はいらない。何故ならそれは、これから交わすものだから。

 中央に立つ派手髪が、二人とアイコンタクトした後、マイクを握る。

 

『それでは乱世MCバトル決勝戦一本目。レディー……ファイト!』

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「おいそこの兄ちゃん!」

 

 夕暮れの路地裏。腕に大きな刺青を入れた、ドレッドヘアーの男が、酒焼けしたような声で目の前の人間を呼び止めた。足を止め、彼がドレッドヘアーの方に振り返る。

 

「はて、麻呂のことであろうか?」

 

「ああ、テメエのことだ。旅行客だかコスプレ客だか知らねえが、この辺はヤーさんが多くて治安が悪ィ。そんな目立つ格好してたら目ェつけられるし、危ねえからさっさと他所行ったほうがいいぜ」

 

「ふむ。よくわからぬが、忠告感謝する。次いで、聞きたいのだが……」

 

「何だよ」

 

「都は何処(いずこ)じゃろうか? 気づけばこの奇怪な場所におったのだが……」

 

「あー……っと、その都ってのがどこか聞いてもいいか?」

 

 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、男はそう問う。

 

「無論、平安京である」

 

「holy shit!」

 

 何でもなさそうにそう答えた着物男に、ドレッドヘアーは天を仰ぐ。

 

 つまるところタイムスリップらしい、というのがドレッドヘアーの結論だった。

 

「これから歌会に向かうところであったのだが、気づけばこの灰色の場所におった、というわけだ」

 

「なるほどなあ……」

 

 歌彦、と名乗った平安人の処遇について、ドレッドヘアは頭を抱えていた。先述の通りヤクザの縄張りである以上、こんなところに彼を放置していく訳にはいかないし、かといってタイムスリップの原因も何もわからない以上協力のしようもない。警察に任せれば済む気もするが、その場合むしろ二人仲良く捕まりそうな予感もある。

 

 とはいえ見捨てるという選択肢は存在しない。彼は妙に落ち着いているというか飄々としていたが、知己のいない場所に放り込まれる心細さなら、経験がないわけではないので。

 

「中々にダリい状況だが……まあいいか。おい歌彦、オレを信じてとりあえず着いてこねえか?」

 

「行く宛もないしお供しよう。して……貴殿のことは、何と呼べばいい?」

 

「ああ──」

 

 少し悩んだ様子を見せた後、男は答えた。

 

RE;oh(リオウ)と呼んでくれ。それがオレの、MCネームだ」

 

 

 

 *

 

 

 

 RE;ohに連れられてやってきたのは、中型のライブハウス。ほとんど満杯の観客たちは、歌彦のことなど気にも留めず、心臓を震わすような重低音に身を任せて揺れている。それをぼんやりと眺めていると、ステージの照明が点った。

 

「おまたせしました! これより第十九回乱世MCバトル第一試合から始めていきます!」

 

 舞台の中央に立った派手髪が高らかに宣言する。次いで脇からスキンヘッドの男と──Re:ohが現れ、観客が沸く。

 

「それでは先攻はRe:oh後攻SENBEI、八小節三本勝負、レディー……ファイト!」

 

 軽快なスクラッチ音が響く。それを合図に、Re:ohがマイクを強く握る。

 

「マイクチェックOK 楽しんでいこうぜ

 ここであったが百年目、まず毟り取るぜ一勝目

 SENBEI、久しぶりだな。そのメガネごとパリパリと噛み砕いてやるよ

 ぶち上げる脳天、平らげてアーメン」

 

「割られないぜ眼鏡と心。俺は食われない、食えない男。むしろ一杯食わすためにここに来てるよ。

 RE;ohくん、たしかに久しぶりだね。俺の優勝したとき以来かな? 鳴かず飛ばずで繰り返し出場しちゃってお疲れさまァ!」

 

 彼らの一挙手一投足に歓声が沸いていく。会場のボルテージが上がっていく。歌彦には何を言っているのかはよくわからなかったが、それでも、彼らが交わす熱い想いは何となく伝わってきた。気づけば自然と、首を振っていた。

 

「終了です、それでは判定に移ります。よかったと思う方に手を上げてください。先攻……RE;oh!」

 

 会場からちらほらと声と手が挙がる。

 

「後攻……SENBEI!」

 

 先程よりも多く、声と手が上がる。誰が見ても勝敗は明らかだった。

 

「勝者SENBEI。RE;oh、何か一言あればお願いします」

 

「お前ら、こっからも楽しんでいけよ!」

 

 会場を沸かせたRE;ohはSENBEIと軽くハグしてから舞台袖に引っ込んでいった。

 以降も同じように、様々なMCが代わる代わるステージに立ち、パフォーマンスを繰り返していったが──歌彦の心には、最初の一戦が残り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ。付き合わせて悪かったな!」

 

「気にするな。面白い催しだった」

 

 帰り道。人目を避けるために裏通りを歩きながら、彼らは感想戦をしていた。

 

「麻呂が存じぬ言葉も多かったが、見ていてとても愉快であった。アレは一体何なのだ?」

 

「ああ、MCバトル──いわば現代の歌会であり、即興歌みたいなもんだな」

 

 DJのビートの上で、限られた小節・本数の中、己の想いを言葉に乗せて戦う──それがMCバトルである。

 特徴的なのは、大抵の場合審査は観客に委ねられていること。いかにいいことを言うかでなく、いかに流れを持っていくかの方が重要とも言える。

 

「なるほど──いとをかし」

 

「だろ? よくわかってんじゃねえか」

 

 背景も性格も生まれた時代も異なる彼らだったが、それでも音楽を通して通じ合うものはあったらしい。

 

「麻呂は詰まる所、異界に迷い込んでしまったのだな」

 

「ああ……その認識で間違いないだろうな。お前のいたところからず──ーっと時間が経った世界が、ここだぜ」

 

「そうか……」

 

 灰色の街、面妖な乗り物、高く聳え立った摩天楼を眺めて、歌人は感嘆の息を漏らす。

 

「それだけの時が経とうとも、人は歌の心を忘れていないのだな」

 

「お前のいた時代にあった歌も、しっかり残ってはいるがな」

 

 ほれ、と現代人はお茶のペットボトルを投げる。そのラベルには短歌が書かれていた。

 

「オレは、どっちも好きだぜ」

 

「麻呂も、先程の貴殿の歌に興味を持った」

 

「お! 嬉しいこと言ってくれんじゃねえか!」

 

 RE;ohが歌彦の背中を叩く。彼は少しだけ眉を顰めたが、満更でもなさそうだった。

 

「気に入った! お前、行くとこないならウチ来いよ!」

 

「それは有難い提案だが、麻呂は身一つ。精々身包み程度しか返せるものがないぞ?」

 

「んなの気にしなくていいぜ。そりゃ家事くらいは手伝ってもらうが──そうだな」

 

 ニヤリと、男は悪戯っ子のように口角を上げる。

 

「オレとMCバトルで天下を目指さねえか?」

 

 *

 

 そこからの展開は早かった。RE:Ohに現代のことやバトルでの用語、語彙などを教わりながら、歌彦はバトルの練習に励んだ。

 元々歌会などで即興歌を詠むことに慣れていた歌彦は、リズムキープと用語さえ学んでしまえばあっという間に適応してしまった。

 小さな会場(ハコ)のバトルから出始めて、場数を踏んでいくうちに、その唯一無二の個性と癖になる言い回し、出る度に実力を大きく伸ばす成長性にハマるファンが続出し、瞬く間に平安フッドスターに成り上がった。

 ずっとスランプ気味だったRE;ohも歌彦に触発され、バトルでの勝率を上げていく。

 

 そして今日──

 

『それでは乱世MCバトル決勝戦一本目。レディー……ファイト!』

 

 歌彦とRE;ohは、舞台上で向かい合う。一度だけアイコンタクトを交わすが、それ以上の言葉はない。

 

 ──あとはマイクで語るだけ、だろ? 

 

 DJのスクラッチと共に、Re:ohがマイクを握り、アップテンポなビートが流れる。

 

「舞台上では初めまして歌彦 お前に出会った日がまるで昨日のことのよう

 洗濯機の使い方は覚えたか? もうオレのお気にのシャツグシャグシャにしてくれんなよな! 

 オレらのバイブスでアゲてく東京、お前といりゃ常に気分高揚」

 

「懐かしき其の話、過ぎ去って行く木の葉たち

 の様じゃまるで其方との日々は。皿洗いで高笑い、()()()日々も悪くない

 あなやまさか麻呂がよもやこんな奇怪な舞台に立つ機会があろうとは、だがなこれは泡沫の夢じゃ、夜明け前の荒屋(あばらや)

 

 古風な語彙を使いつつ行われる、平安人とは思えないような早口。それは歌彦がこの瞬間のために身につけてきたスキルだった。

 RE;ohの心が、彼の熱で震える。と同時に、本能で理解する。

 

 きっとこれが、彼との最後の時間になるだろう──と。

 

「間違いねえこれは束の間の奇跡、お前と過ごす泡沫の時世。

 それでも! この軌跡は! 虚ろわぬ夢なんかじゃ! ねえから! 

 ようマイメン、調子はどう? なんて最早愚問もいいところだぜ

 最高の舞台で最強な仲間と過ごす最上の時間、終わってほしくなんかねえな。絶対そっち戻っても忘れんなよな!」

 

「忘れぬぞ其方との暮らし、かくも儚きこの()()()()()も。

 困惑も驚愕も忖度無しのこの音楽、益々登れよ()()()()この道を」

 

 それはRE;ohへの餞の言葉だった。視線を交わして、歌彦は謡う。

 

「うちつけに 放り出されし 時代でも 友がいた故

 在りし幸せ──」

 

 彼の身体が、淡い光に包まれる。もう、言いたいことはすべて言った。後は、元いた場所に戻るだけ。

 

「泣くな、友よ」

 

「泣かねえよ。次は……そうだな、俺も一句詠めるようになってくらぁ」

 

「それもまた一興の翁、よ」

 

 付き合わせた拳の、その先にあったぬくもりが消えて。それから、爆発的な歓声が会場を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 


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