Rex Tremendae   作:穢銀杏

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最初の破片

 

 死は終焉を意味しない。

 

 黄金律の威光に灼かれ、それは単なる句読点へと成り果てた。

 

 狭間の地にて誕生は無からの発生などでなく、嘗て在りし何者かの帰還を意味する現象だ。

 

 女王マリカの治のもとで魂の不滅は保証され、永遠の循環を繰り返す。天聳(あめそそ)り立つ黄金樹こそは肉体を離れた魂がいっとき憩い、まどろむ為の涅槃境(クレイドル)。可視化された生命原理に他ならず、その輝きの絢爛を誰もが(こいねが)っていた。

 

 

 ……だからこそ、褪せ人たるは恐ろしい。

 

 

 それは(ことわり)からの断絶。貴様に導く価値なしと、その魂は(めぐ)るに値せぬのだと、一方的に突きつけられて、使命を剥がされ、棄てられる。

 

 己に至るまでの連環、魂の以前(まえ)の器たち。きっと無数に在ったろう「前任者」らが紡いだ因果、それさえ根こそぎ否定され、霧の海の向こう側へと流されるのだ。

 

 奇蹟も、祝福も存在しない、無味乾燥な外界へ。

 不孝というなら、これに勝る不孝はあるまい。

 

 ――あの絶望から、いったいどれほど経ったのだろう。

 

 クローディアは考える。

 考えることしか、することがない。

 追放と、そのショックゆえヤケクソになり、闘争から闘争へ、ほとんど手当たり次第といった調子で以って駆け抜けた、傭兵たるの追憶に耽るよりほか、何事も。

 

 何本の剣をぶち折って、

 何人の首級(くび)をもぎ取って、

 何杯の酒に身を浸し、

 何回斬られて、死んだのだろう。

 

 わからない。

 過去は蚕食されている。

 遺っているのは、ただ大まかな印象だけだ。強烈な感情の発露があった、それは確かと頷ける。が、何が理由でそう(・・)なったかの、細部を辿る段ともなると、急に足元が消失するこの感じ。

 

 ――これはずいぶん永いこと、横たわっていたらしい。

 

 頭蓋の中で脳みそが、すっかり干物と化すほどに。

 生体電流の伝送法を、神経が忘れ去るほどに。

 

(大いなる意志め、よほど持ち駒に欠乏したか)

 

 こんなとんでもない骨董品を態々揺り起こすあたり、そう推測する以外ない。

 何か、椿事が出態し。けれど、けれども、現在(いま)を担う連中があまりに不甲斐ないゆえに、とても収拾がつけられず。已むを得ぬとて、屑籠をひっくり返してまでも、洗いざらい手を着けた。

 

 嘗て見棄てた器の中に、実はちょっとはマシなやつ、磨けば光るなにがしかが混ざっていたんじゃないのかと。分別の不備を、悔いる気にでもなったのだろう。

 

(にしても、もう少し早く声をかけろというものだ)

 

 クローディアという、この名前。

 己を示し、他と分かつ、最もわかりやすい記号。確かなものはこれだけだ。この響きを例外として、すべて曖昧になってしまった。

 

 もう、もはや、自分で自分に見当がつかぬ状態である。

 

(逆に考えよう。名前を憶えていられただけでも幸運だ、と)

 

 もし名前まで零れ落ちていたならば、その場合の混乱は、到底こんな程度には済まなかったに違いない、と。

 極彩色にぬたくった、殊更ひどい地獄絵図、想像力の及ぶ限りの最悪の事態を案出し、現状に僅かな安心を得る。我ながらひどい欺瞞だな、と。自嘲し、苦く微笑んで――クローディアは、皮膚の感覚が戻りつつあることを知る。

 

 じんわりと指先が暖かい。ああ、これならば、そろそろ身くらい起こせるか。

 上半身を持ち上げて、首から下を確認し。――クローディアの渋面は、ますます苦さを追加した。

 

 

 何もない。

 

 

 盾も鎧も(つるぎ)も弓も、戦道具はもとよりのこと、火打石に水筒に、肌着の一枚すらも無い。薄汚いボロ布が、申し訳程度に恥部を覆っているばかり。素寒貧の風体に、流石に情けなくなった。

 

(なんということだ)

 

 生前の自分は、よほど人望がなかったらしい。

 死体漁りは、後顧の憂いが少なければ少ないほどに、(ほしいまま)に振舞える。

 これほどまでに徹底的に奪い去られている以上、つまりそういうことなのだろう。どれだけ凌辱を加えても、報いを受けずに済む相手。そのように判断されたのが、我と我が身であったのだ。ああ、そういえば、依頼人に裏切られ、まんまと死地におびき出されて袋叩きにされたのが、直接的な死因だったか?

 

 ――死ね、血に飢えた怪物め!

 

 不意に、ふと。

 引き攣った声で罵倒する、誰かの姿を幻視した。

 

「……まあいい、別に構わない。奪われたなら、奪い返せばいいだけだ」

 

 敢えて口に出すことで、むりやり気分を切り替える。

 見たところ、ここは礼拝堂だ。

 調度は壊れ、燭は消え。石畳からは草が生え、屋根に亀裂でもあるのであろう、幽かに明かりが洩っている、廃屋さながらの態ではあるが。

 ひっかきまわせば使える道具の一つや二つ、まだ残されているはずだ。願をかけ、下半身に力を籠める。無数の針で刺されるような疼痛が膝小僧に走ったが、苦悶の呻きは歯と歯の間で磨り潰す。

 

(こんなところで、いちいち大儀めかしてなどいられるか)

 

 無用なまでの自負の高まりの所作だった。

 

 

 数分後、探索を終えたクローディアの右手には、太くて硬い木の棒きれが新たに追加されていた。

 

 

 むろん強度は確認済みだ。じゅうぶん人を殺し得る。思いきりぶち当ててやったなら、肉はひしゃげて骨は折れ、目も当てられない始末になろう。鎧兜の上からだろうと、響かせることは出来るはず。

 不足のない発見だったが、問題なのはもう一つ。

 

「まさか、相客が居たとはな」

 

 部屋の隅にて血を流し、ピクリともせぬ女に向けて呼びかける。

 

「それとも君は客でなく、ここの主人だったかね? その服装は聖職者のそれだろう。なら可能性はあるわけだ」

 

 返答はない。

 瞳は散って拡大し、虚ろなまるでガラス玉。呼吸もとうに()んでいる、胸は微塵も上下せず、生命(いのち)の息吹は感ぜられない、単なる肉の塊だ。

 

「“エルデの王に、おなりください たとえ導きが壊れていても”、か」

 

 それでもクローディアの舌は、動きを止めず、回転し。

 死体の傍のメッセージ。女がおそらく最後の力を振り絞り、辛うじて刻んだそれを読む。

 

「……大いなる意志め、やはり起こすのが遅いぞ、貴様」

 

 これは自分に宛てたもの。

 他の誰でもない、己一個を狙い撃ちにして書かれたものと、何故か心で確信できた。

 

「何か、因果の繋がりが、君と私にあったのか? 惜しいな、聞いてみたかった。ああ、この慙愧さえなかったら、装束一式、とうに剥いでいたろうに」

 

 女の瞼に手をやって、そっと閉じさせ、クローディアは背を向ける。

 身繕いの道具はやはり、追々調達すれば良い。この格好でうろつけば、頭脳よりも睾丸で物事を考えてばかりいる、馬鹿な男が誘引されもするだろう。そいつの頭を叩き潰せば済むことだ。

 

 扉に手をかけ、押し開く。完全な開放より先に、夜気が舞い込み、鼻を刺す。視界の彼方に、黄金樹が立っていた。

 

(あの麓まで、()かねばならぬ)

 

 対象があまりに巨大すぎ、ともすれば距離感が狂わされるが。

 彼我の間は想像以上に隔たっているに違いない。おまけにどんな化け物が、途上に於いて犇めき合っているのやら。繰り言になるが、ただ安穏と歩いていれば到達可能な道程(みち)ならば、態々自分に声がかかるまでもなく、現在(いま)を生きる何某かがとっくのとうに全うしたに相違ない。

 

 そう(・・)なっていないと言うことは、逆説的にどれほど過酷な試練が待つか、おのずと察しのつくことだ。

 

「……きつい仕事を押し付ける」

 

 さりとて他にやりたいことも別になく。

 

 ぶんぶんと、感触を確かめるかのように、右手の獲物を素振りして。

 

 尋常ならざる褪せ人は、尋常ならざる旅路へと、最初の一歩を踏み出した。

 





DLCが近いので。
復帰プレイ中、思い浮かんだとりとめもない妄想です。

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