死は終焉を意味しない。
黄金律の威光に灼かれ、それは単なる句読点へと成り果てた。
狭間の地にて誕生は無からの発生などでなく、嘗て在りし何者かの帰還を意味する現象だ。
女王マリカの治のもとで魂の不滅は保証され、永遠の循環を繰り返す。
……だからこそ、褪せ人たるは恐ろしい。
それは
己に至るまでの連環、魂の
奇蹟も、祝福も存在しない、無味乾燥な外界へ。
不孝というなら、これに勝る不孝はあるまい。
――あの絶望から、いったいどれほど経ったのだろう。
クローディアは考える。
考えることしか、することがない。
追放と、そのショックゆえヤケクソになり、闘争から闘争へ、ほとんど手当たり次第といった調子で以って駆け抜けた、傭兵たるの追憶に耽るよりほか、何事も。
何本の剣をぶち折って、
何人の
何杯の酒に身を浸し、
何回斬られて、死んだのだろう。
わからない。
過去は蚕食されている。
遺っているのは、ただ大まかな印象だけだ。強烈な感情の発露があった、それは確かと頷ける。が、何が理由で
――これはずいぶん永いこと、横たわっていたらしい。
頭蓋の中で脳みそが、すっかり干物と化すほどに。
生体電流の伝送法を、神経が忘れ去るほどに。
(大いなる意志め、よほど持ち駒に欠乏したか)
こんなとんでもない骨董品を態々揺り起こすあたり、そう推測する以外ない。
何か、椿事が出態し。けれど、けれども、
嘗て見棄てた器の中に、実はちょっとはマシなやつ、磨けば光るなにがしかが混ざっていたんじゃないのかと。分別の不備を、悔いる気にでもなったのだろう。
(にしても、もう少し早く声をかけろというものだ)
クローディアという、この名前。
己を示し、他と分かつ、最もわかりやすい記号。確かなものはこれだけだ。この響きを例外として、すべて曖昧になってしまった。
もう、もはや、自分で自分に見当がつかぬ状態である。
(逆に考えよう。名前を憶えていられただけでも幸運だ、と)
もし名前まで零れ落ちていたならば、その場合の混乱は、到底こんな程度には済まなかったに違いない、と。
極彩色にぬたくった、殊更ひどい地獄絵図、想像力の及ぶ限りの最悪の事態を案出し、現状に僅かな安心を得る。我ながらひどい欺瞞だな、と。自嘲し、苦く微笑んで――クローディアは、皮膚の感覚が戻りつつあることを知る。
じんわりと指先が暖かい。ああ、これならば、そろそろ身くらい起こせるか。
上半身を持ち上げて、首から下を確認し。――クローディアの渋面は、ますます苦さを追加した。
何もない。
盾も鎧も
(なんということだ)
生前の自分は、よほど人望がなかったらしい。
死体漁りは、後顧の憂いが少なければ少ないほどに、
これほどまでに徹底的に奪い去られている以上、つまりそういうことなのだろう。どれだけ凌辱を加えても、報いを受けずに済む相手。そのように判断されたのが、我と我が身であったのだ。ああ、そういえば、依頼人に裏切られ、まんまと死地におびき出されて袋叩きにされたのが、直接的な死因だったか?
――死ね、血に飢えた怪物め!
不意に、ふと。
引き攣った声で罵倒する、誰かの姿を幻視した。
「……まあいい、別に構わない。奪われたなら、奪い返せばいいだけだ」
敢えて口に出すことで、むりやり気分を切り替える。
見たところ、ここは礼拝堂だ。
調度は壊れ、燭は消え。石畳からは草が生え、屋根に亀裂でもあるのであろう、幽かに明かりが洩っている、廃屋さながらの態ではあるが。
ひっかきまわせば使える道具の一つや二つ、まだ残されているはずだ。願をかけ、下半身に力を籠める。無数の針で刺されるような疼痛が膝小僧に走ったが、苦悶の呻きは歯と歯の間で磨り潰す。
(こんなところで、いちいち大儀めかしてなどいられるか)
無用なまでの自負の高まりの所作だった。
数分後、探索を終えたクローディアの右手には、太くて硬い木の棒きれが新たに追加されていた。
むろん強度は確認済みだ。じゅうぶん人を殺し得る。思いきりぶち当ててやったなら、肉はひしゃげて骨は折れ、目も当てられない始末になろう。鎧兜の上からだろうと、響かせることは出来るはず。
不足のない発見だったが、問題なのはもう一つ。
「まさか、相客が居たとはな」
部屋の隅にて血を流し、ピクリともせぬ女に向けて呼びかける。
「それとも君は客でなく、ここの主人だったかね? その服装は聖職者のそれだろう。なら可能性はあるわけだ」
返答はない。
瞳は散って拡大し、虚ろなまるでガラス玉。呼吸もとうに
「“エルデの王に、おなりください たとえ導きが壊れていても”、か」
それでもクローディアの舌は、動きを止めず、回転し。
死体の傍のメッセージ。女がおそらく最後の力を振り絞り、辛うじて刻んだそれを読む。
「……大いなる意志め、やはり起こすのが遅いぞ、貴様」
これは自分に宛てたもの。
他の誰でもない、己一個を狙い撃ちにして書かれたものと、何故か心で確信できた。
「何か、因果の繋がりが、君と私にあったのか? 惜しいな、聞いてみたかった。ああ、この慙愧さえなかったら、装束一式、とうに剥いでいたろうに」
女の瞼に手をやって、そっと閉じさせ、クローディアは背を向ける。
身繕いの道具はやはり、追々調達すれば良い。この格好でうろつけば、頭脳よりも睾丸で物事を考えてばかりいる、馬鹿な男が誘引されもするだろう。そいつの頭を叩き潰せば済むことだ。
扉に手をかけ、押し開く。完全な開放より先に、夜気が舞い込み、鼻を刺す。視界の彼方に、黄金樹が立っていた。
(あの麓まで、
対象があまりに巨大すぎ、ともすれば距離感が狂わされるが。
彼我の間は想像以上に隔たっているに違いない。おまけにどんな化け物が、途上に於いて犇めき合っているのやら。繰り言になるが、ただ安穏と歩いていれば到達可能な
「……きつい仕事を押し付ける」
さりとて他にやりたいことも別になく。
ぶんぶんと、感触を確かめるかのように、右手の獲物を素振りして。
尋常ならざる褪せ人は、尋常ならざる旅路へと、最初の一歩を踏み出した。
DLCが近いので。
復帰プレイ中、思い浮かんだとりとめもない妄想です。