Rex Tremendae   作:穢銀杏

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第二の破片

 

 しくじった。

 もののみごとにやらかした(・・・・・)

 

 ああ、くそ、畜生、ちくしょうめ。やはり無慈悲に身ぐるみ剥いどきゃよかったか。

 柄にもなく、どうせ似合いもしないのに、体裁ぶって仏心を発揮したのが運の尽き。合理に徹しきれなんだツケがすなわちこのザマか、――と。

 

 血達磨の(なり)で、クローディアは怨嗟する。

 

 脳裏によぎるは、礼拝堂の片隅にて死んでいた、清げな女の衣装一式。

 あれを奪って着ていれば、きっと今ごろの展開はよほど様相を異にした。だしぬけに開始を告げた殺し合い、わけのわからぬ闖入者との闘争も、ずっと有利に進められたに相違ないのだ。

 

 外に出て、吊り橋渡って多少開けた空間へ、神像たたずむ広場へと。そこで「何か」に襲われた。名状し難いそのモノが、世人の口には「接ぎ木の貴公子」の名で以って、恐怖(おそれ)を籠めて呼びならわされる存在と、彼女が知るのはもう暫く後のこと。

 

 

 ――なんだこの、正気を疑う冒涜は。

 

 

 初見はただ、嫌悪感のみが支配した。

 

 前代未聞の怪物の余りに異様な風体を、むりやり既存の概念に当て嵌めてゆくとするならば、さしずめ巨大な蜘蛛であろうか。牛二頭ぶんはゆう(・・)にある、それだけでもおぞましいのに、更に節足という節足が、ことごとく人間の四肢を材料に継ぎ接ぎして形成(つく)られた、混淆体(キメラ)とあってはどうだろう。

 

 黒い腕があった、

 白い脛があった、

 黄色い肘があった、

 偉丈夫の腿があった、

 老婆の指があった、

 幼子の踵があった、

 クローディアの動体視力は、それらをいちいち識別できた――できて(・・・)しまった(・・・・)

 

「ッ……!」

 

 じんじんと、腫れた如くに後頭葉が痛みだす。

 まさに視覚の暴力だった。悪夢の中から飛び出した、否、よほど病的な想像力の持ち主でもない限り、夢寐にも描けぬ醜怪である。

 

 こんなのが蔓延っているならば、狭間の地は、導きは、黄金律は、確かに壊れているのであろう。

 メッセージの真実を、クローディアは今こそ思い知らされた。

 

 感傷に浸る暇もなく、異形の暴威が押し寄せる。

 

(生半可な旅にはならぬ、なるまいと、覚悟の前のつもりだったが――!)

 

 しかし、さりとて、いくらなんでも、最初の一歩を踏み出してからものの五分もせぬうちに、こんなやつが降って来るなど完全に想定の範囲外。

 

 あちらの獲物は大剣二本に大盾一つ、それにもちろん大質量の肉体(からだ)そのもの。咆哮ですら物理的な威力を伴い、灌木をみりみり軋ませる。

 

 対してこちらはどうだろう、ほとんど全裸に木の棒ひとつの有り様で、どうして抵抗(あらが)い得るであろうか。

 

 不利と呼ぶのも生ぬるい、この戦力差を覆せたなら、金魚が鰐を喰らうことすら可能となるに違いない。

 彼我の隔たりはそれほどまでに、圧倒的なものだった。

 

「このきたならしい腐肉がァァ――ッ!」

 

 が、ふしぎなことが起こった。

 

 善戦したのだ、クローディアが、素寒貧の褪せ人が。

 

 まったく未知との遭遇にも拘らず、変則極まる異形の動作、攻撃に、なぜか一切、幻惑されず。

 ここしかないという刹那、絶妙な間隙を縫い当てて、適宜棒を差し込んでゆく。

 

 地雷原でタップダンスを踊りつつ、足元に目もくれていないのに、ずっと無事でいるような。間一髪を当たり前に繰り返す、見ようによっては接ぎ木の貴公子なぞよりも、遙かにおかしい、常軌を逸した挙措だった。

 

 センスとしかいいようがない。

 当て勘、直感、勝負勘――。

 闘争に纏わるあらゆるセンスが神懸かって冴えているのだ。

 

 本人もそれを自覚していた。

 だからこそクローディアとしては、臍を噛まずにいられない。

 

(この際、贅沢なぞ言わん! 鎧でなくとも構わない、盾を欲しがったりしない! しかしせめて、ああせめて、布子一枚さえあれば、胸糞悪いこの汚物、必ず殺しきれように――!)

 

 ここまでやって、

 こうまで出来て、

 それでも尚且つ死ぬのは自分の方なのか――と、見えてしまっている故に。

 口惜しくて辛いのだ。

 無念に骨まで焦げるのだ。

 

 クリーンヒットは一発もない。

 

 あったらその場で終わってる。これはそういう闘いだ。直撃打は浴びていないが、しかし異形が飛んだり跳ねたり回転(まわ)ったり、烈しい動作をするたびに、足場は抉れて砂礫が派手に捲き上がる。

 その微細な石塊が、しかしクローディアの露わな皮膚を濡れ紙みたく破くのだ。

 

「貴公子」レベルの膂力となると、もはやそれらは礫などという生易しいモノでなく、散弾と呼ぶに相応しい。

 真皮を抜けた肉の奥、筋線維にまで喰い込んで、身体の機能を妨げる。

 とめどもなく血は流れ、醞醸された腥風は、気付けばむせ返らんばかり。

 

()()じゃない、()の攻撃! 厄介どころの騒ぎじゃないな、躱しきれるか、こんなもん! 本命を喰らわぬだけでも手一杯な状況で、遣える気なぞ何処にある!? 何処に在庫が残ってる!?)

 

 如何に思考の高速化を図れども、空回りでは意味がない。

 少しづつ、少しづつだが確実に、じりじり追い詰められてゆく。真綿で首を締められるとはこのことか。

 全裸で殺し合う不利が、文字通り痛感されていた。

 

(あの屍骸(しかばね)の、あの衣服。ずいぶんいい生地使っていたよなくそったれ! けっこう丈夫に織られてた、こんな石ころぐらいさあ、ぴんぴん弾いてくれそうなッ!)

 

 加えて準備を怠った、やるだけやった挙句の果ての劣勢ではないもどかしさ。「あのときああしていたならば」という悔恨は心理的な枷となり、ここぞという場面に於いてえたり(・・・)とばかりに顔をのぞかせ足を引く。

 

 

 そして破断の限界は、ごくあっさりと訪れた。

 

 

「ぁ――」

 

 ぞぶり、と。

 重く湿った音がする。

 冷たい刃が無遠慮に臓腑を貫く不快感。

 重力が、急に五倍になった。いや違う、こっちの力が抜けているのだ。

 息ができない、逆流した血が喉仏に詰まってる。

 みるみる色彩(いろ)喪失(うしな)う視界、もはや次の一撃を避けるだけの余力など、逆さに振ってもクローディアからは出て来ずに――。

 

(その(ツラ)、憶えた)

 

 そして、だからこそ彼女の中の激情は、最高潮に燃え立った。

 

(今のうちに歓喜(よろこ)んでいろ、せいぜい今だけ嬉しがれ)

 

 沸騰しながら渦を巻く、嚇怒(いかり)殺意(いかり)瞋恚(いかり)のままに、クローディアは決意する。

 

(復讐は、いずれ、必ずするぞ)

 

 応報に余人の手は借りぬ。

 

 図体ばかりでかいダニ、この腐りかけのクズ肉を真実ゴミに変えるのは、自力で以って完遂すべき使命だと。

 

 強く、強く心に刻み――クローディアの一切は、ふたたび闇に堕とされた。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 …大丈夫よ、トレント。まだ、助けられるわ

 

 やっと見つけたのだから

 

 この人はきっと、エルデンリングを求める

 

 …黄金律をはずれても

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 …。

 

 ……。

 

 …………。

 

 馬の嘶きを、聴いた気がした。

 

 

 

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