Rex Tremendae   作:穢銀杏

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冒涜の破片

 

 火山館に加盟したのは、他でもない、興味があったからである、ライカードという人物に。

 

 ラニ、

 ラダーン、

 ライカード。

 

 並列させれば一目瞭然、共通した特徴が、名前の上に見出せる。

 頭文字を同じゅうす、この三人は兄妹だ。

 

 満月の女王レナラを母に、

 赤髪のラダゴンを父とする、

 正真正銘、血肉を分けたデミゴッド。

 

 この血脈とはクローディア、ふしぎと縁が強かった。

 

 一人は主従の契りを結び、

 一人は戦祭りにて轟天鳴地の大死闘を繰り広げ、刃と刃で繋がって。

 

 どちらとも関係している間じゅう、不快な想いをしたことがない。

 趣向を異にこそすれど、彼女・彼との接触は、常にクローディアを心弾ませ、満たしてくれるものだった。

 

(ならば、残る一人も、きっと)

 

 味わい甲斐のある奴だろう――と、期待が向くのも無理はない。

 だから火山を登ったのである。

 アルター高原、西に聳える更なる高み。嘗ての破砕戦争で「最も陰惨な戦局を呈した」云々と、おどろおどろしい曰くの付いた、その場所を。

 

 なるほど酷い道だった。

 

 単に悪路なばかりではない。野晒し、磔、逆さ吊り。産んだ親でもきっと見分けがつかぬであろう、真っ黒焦げの死体、死体が、上下左右にゴロゴロと、尊厳ごと抹殺する勢いで悪意を以って飾られて、景色を飽和させている。

 

(ライカードは、法務官であったと聞くが)

 

 よほど峻厳な裁きを下す吏僚であったに違いない。

 さしものクローディアといえど、これほど無慈悲な戦場跡に直面するのは初めてのこと。

 

 かてて加えてその光景の只中を、亡者兵だの混種だの、火の僧兵だの人形だのが思い思いに入り乱れ、互いに憎み殺し合い、新鮮な血の供給にまったく余念がない状態とあってはもはや、何をかいわんや。

 

(おのれ、狂い火患者、だと? こんなものまで投入したか――!)

 

 未だ収拾されぬカオスが、そこにはぶちまけられていた。

 闘争の申し子めいた彼女でも、流石に少し食傷せずにはいられない。

 

 

「お、おう、あんたか。こんなところで会うなんて、奇遇だな」

 

 

 ……いつも通りなのも、なにやら居たが。

 

「フーテンのパッチ。いったいここで何してる? 客の通りが多い場所とも思えんが」

「企業秘密――と言いたいとこだが、お得意様だからなあ。あんたには特別に教えてやるさ。早い話が、仕入れの一環てなとこよ。どの戦場にも呼吸ってのがあってだな、そいつに上手く乗じちゃあ、商いの種を掻っ攫うのよ」

「…ああ、まあ、確かに、漁る死体は多いわな」

 

 実際問題、クローディアとて焼け野をひとつ越えるたび、必ずいくらか荷を足しているわけだから、頷かざるを得ぬことだ。

 

「そうだろうそうだろう、やっぱり通だな、あんたはよ。まっ、とにかく俺はそんな感じで、次の好機がやってくるまで、ちょっと休憩していてな。気にせず先に進んでくれよ。

 ほらあそこで、何か光ってるみたいだぜ?」

「……ほほう?」

 

 数分後、血の気が引いた形相で「ノーカウント」と繰り返し、赦しを強請るパッチの姿があったのは、語るまでもないことだ。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 そんなこんなでたどり着いた火山館。

 誘われるがまま、ほいほい加わった背律の輪。

 

「共に戦ってはくれまいか?

 押し付けられた祝福の導き、指どもの傲慢な世迷言、そんなものに従うことなく、

 …我らは、黄金樹に弓引くのだ」

 

 口説き文句は、間違いなく一流だった。

 

 しかし現実の待遇ときたらどうだろう。既にかなりの時日を重ね、汚れ仕事をこなしてきたにも拘らず、未だ組織の真の(おさ)、ライカードには面通しを得ていない。

 

 指示はすべて側妃たる、仮面の女・タニスからのみ下される。

 

(いやに勿体つけやがる)

 

 クローディアはもどかしかった。

 黄金律に弓引くと、二言目には火山館は口にする。それはいいのだ、その意志は。似たようなことはクローディアとて、ずいぶん前からたくらんでいる。

 

 ただ、問題はやり方だ。

 

 彼らが目指す背律のカタチ、黄金律失陥の具体的な手法、段取り、計画書。クローディアが本当に渇えて教授を願うのは、そういう話なのである。

 

「黄金樹は褪せ人に祝福を与えた。だがそれは、導きの使命に対して、とても小さい。

 …故に、褪せ人は力を漁り争う。そうすることを求められる。

 かつてエルデンリングが砕けたとき、大ルーンの君主たちが求められたように。

 我が王は、それに憤った。分け与えられたものを漁りあう、そんな浅ましい生き方など、受け入れられぬと。

 黄金樹が、神が我らを愚弄するならば、背律の冒涜を冒してでも、尊厳の反旗を翻す。

 それが我が王、ライカードの決意であり、火山館の意志なのだ」

 

 ところがタニスは漠然とした観念論をかますばかりで、明確なビジョンというものを、一向に明かしはしないのだ。

 

 自分の胃液で自分の胃壁に潰瘍を作ってゆくような、じわじわとした欲求不満。正気を苛む痛痒に、だがクローディアは能く堪えた。

 

(落ち着け、冷静になれ、短気を起しては駄目だ。――私は見定めねばならぬ)

 

 確固たる目的意識あればこその忍耐だ。

 

(ライカードは神人ではない)

 

 それは揺るぎない確かな事実。

 よしんば神を斃せたとして、新たな律を開闢せしめる権能が、彼には備わってはいない。

 

 現状、狭間でそれを宿している者は、ラニとマレニア、そしてミケラの三名限り。

 その三名のいずれにしても、火山館とは協力関係にないだろう。

 

(ならば、どうなる)

 

 黄金を素直に継ぐつもりもなく、取って代わる新たな律を用意も不可能ともなれば。

 

 ライカードは何を狙っている?

 

 律なき地平でも望む気か、後天的に神人たるの手段を見つけだしたのか。

 奴の犯した冒涜は、いったい黄金樹はおろか、()にも届き得るものか。

 

 見定めるべきはそれなのだ。

 

 見た結果、万一「是」なりと出たならば、相応の対処(・・)が必要である、と。

 獅子身中の虫たるを期し、最初から。――いざとなれば刺す算段で、クローディアは火山館に潜り込んでいたわけだ。

 

 その努力を、いまさら棒に振るのは惜しい。

 

(状況はとうに手遅れで、しかし同時に緩慢だ。……遊びを効かす余地はあろうさ)

 

 己に向かって言い聞かす。

 意味するところは要するに、もう少し雌伏を続けるということであり。

 

 火山館の信用を得て、彼らがみずから手の内を明かしてくれる瞬間(とき)を待つ。そのためひたすら忠実に、差し下される任務を果たし続けよう。――たったひとつの玉座を求め、狭間の地にて足掻く褪せ人。同じ境遇の彼らを襲い、始末する、暗い刺客のお仕事を。

 

 そんな決意の更新だった。

 

 

「貴公、なぜ……」

 

 

 だからこんな展開も、固より覚悟の上である。

 

 戦祭りで肩を並べた相手だろうと、この期に及んで、どうして屠るを迷おうか。

 

 クローディアとは、それができる女であった。

 

「おお、その目。とうに言葉は不要であるか。あいわかった、大角のトラゴス、お相手いたす」

 

 太い頷きを号砲に、闘いは開始(はじ)まったのである。

 

(強い。強いな、出来ている(・・・・・)

 

 知ってはいたが、良い戦士だとつくづく思う。

 

 堅牢、頑硬、分の厚いにも程がある、城壁が動き出したかと錯覚させられかねない鎧。

 

 いったい何を叩く目標(めあて)で拵えたのか、こんなのを振り下ろされたなら、どんな杭でもめり込む前に粉々に砕け散るだろう、あまりに重すぎ大きすぎ、無骨に過ぎる岩の槌。

 

 それら装備に拘らず、動きはいやに軽快で、ときに大きく跳ね飛ぶ業まで魅せるのだ。

 

(人間を相手にしている気がせんな)

「おおおおおおおおおォォォ――ッッ!!」

 

 断崖に掘られた長大な坑道(あな)、リエーニエとアルター高原とを結ぶ、古い遺跡を今にも崩落させんばかりに揺るがせて。

 トラゴスは、持てる力のあらん限りを解放し――それでもなお、届かずに。

 

 助勢の騎士は、クローディアに完膚なきまで打ち負けた。

 

 

「……貴公」

 

 

 武器を手放し、膝をつき。

 地面に倒れ込む以外、もはや何もできないだろう体勢で、それでもトラゴスは意識を保つ。

 どうしても確かめるべきがあったから。

 

「その力で、貴公は何を守る……?」

「まもる? ……守るか、くっくっくっく、そう来たか」

 

 口にしてみて笑ってしまう。ああなんて、なんて言い慣れないセリフ。今にも唇が焼けそうだ。

 

「生憎と、こちとら殺すより他に何の能もない下賤でね。得意じゃあない。はっきり苦手分野だよ。無理に無理を重ねても、きっと何処かでボロが出る。あんたみたいに多くをなんて、夢のまた夢、金輪際不可能だ」

 

 喋り過ぎだと自覚しつつも舌の動きを止められぬ。

 

 これはまた、ずいぶん酷くあてられた(・・・・・)。酔っているのだ、闘争の熱に、新兵みたく正体なくしかけるほど。やれやれなんともはしたない――と、意識のふち(・・)に腰掛けて、別な自分が侮蔑しているのがわかる。

 

 それでも口は開かれて、

 

「……だから、端からひとつだけ。対象を絞る、要は其処だな。決して譲れん失えん、本当にシンからかけがえのない“たったひとつ”を脅かす、あらゆるすべてを皆殺す。それが私のやり方だ。守ると殺すは同義なのさ、同義にしなくば忽ちしくじる、私一個に於いてはな。理解できるか、大角よ」

 

 あるいはここまで昂らせてくれた相手へ、せめてもの餞だったのか。

 嘘偽りない赤心を、クローディアは吐き出していた。

 

「…見てみたかったのう、新王即位の大典を」

 

 厳かな諦観を含ませて。

 

 大角のトラゴスは、今度こそどう(・・)と地に伏せた。

 

 そしてそれきり、二度と起き上がることはなかったのである。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 …もう、よい頃合いだろう。どうだ、我が王に見えてみないか?

 

 我が王は、きっと貴公を歓迎するだろう。共に歩む英雄、新たなる家族として。

 

 …うむ、わかった。

 

 では、少し目を閉じていてくれ。

 

 我が王の御前に、貴公を案内しよう。

 

 

 …貴公、さらばだ。

 

 どうかよき邂逅を。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 そして今。

 ついに今。

 待ち望んだ(とき)が来た。血と死と狂とに彩られた日々の涯て、タニスの眼鏡に無事かない、クローディアはライカードと対峙した。

 

 ……火山館の奥ノ院、屍骸があちこち(うずたか)く、丘と積もったゲルミア火山の火口にて。

 

「よいではないか」

 

 背律者たちの君主は既に、元の身体を棄てていた。

 

 彼は、いっぴきの蛇だった。幾度、脱皮を経たのであろう、その蛇体の長大は、竜をも容易に絞め殺すに違いない、比較を絶した代物で。

 

 そんなやつがぐずり、ぐずりと湿った音を立てながら、淫らがましくのたうって(・・・・・)いる。頭部の少し後ろのあたり、鱗が一部畸形化し、まるで人面瘡みたく傲岸そうな男の目鼻を為している。

 

 その瘡が、嗄れた声で喋るのだ。

 

「お主…

 我、蛇の王の家族となり」

 

 低く、地面を這うような。

 身の毛もよだつ声だった。

 これがつまりはライカードの道、黄金律失陥の無理難題を超克(こえ)るため、選んだ答えだったのだろう。

 

 なるほど冒涜、なるほど破戒。あまねく森羅を呑み尽くすまで熄むことのない欲の滾りを前にして、

 

「……はぁ」

 

 クローディアは、醒めていた。

 

 ――こんなものか。

 

 と、血も凍るほどの落胆である。

 

「共に神をも喰らおうぞ!」

「ことわるよ」

 

 即答だった。

 禁域に(すさ)ぶ吹雪の方がまだいくばくか温もりのある、恐るべき素っ気なさだった。

 

「それは堕落だ、ライカード。どうせ私の言葉なぞ、届いちゃいまいが言ってやる。

 ――獣の愚かに沈みたければ好きにしろ、ただし一人だけでやれ。進んで叡智を投げ棄てる烏滸、発奮して勇ましく白痴に向かう大馬鹿は、天地にお前だけでいい。情けない進化の道連れは、本日この場で打ち止めだ」

 

 握り込んだ剣槍に、大蛇狩りに意識を注ぐ。

 光が螺旋と渦巻いた。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

「…何者も、我を律せられぬ。

 蛇は、不滅よ」

「永遠に自分の尾でも噛み続けていろ、ライカード。

 似合いの無様だ、貴様には」

 

 

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