Rex Tremendae   作:穢銀杏

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種火の破片

 

 破砕戦争を経てもなお、黄金樹の膝元は、アルター高原は美しい。

 

 崩れた家並、

 落ちた橋梁、

 霧の森にはミミズ顔の呪詛が蠢き、

 道を歩けば攻城兵器が待ってましたと起動して、

 丘を登れば赤く帯電した竜が殺意全開・問答無用と襲いかかって来るものの、

 それでもこの地の絢爛が帳消しにされることはない。人をして恍惚たらしめる、聖なる魅力に満ちている。

 

「……いいものだな」

 

 万感籠めてクローディアは独り言つ。

 彼女の醸す雰囲気に、寄り添い歩む霊体も、どうやら釣り込まれたらしい。

 

「黄金樹は、もう近い」

 

 青い粒子を鱗粉みたく舞わせつつ、メリナは姿を現出(あらわ)した。

 

「もう少しね。貴方との契約で願った、あの麓まで」

「あとはもう、城壁さえ越えれば、か。君主連合の攻囲を受けてなお陥落(おち)なんだ、あの壁を。王都の守りを仰ぐどころか、挑む日がよもや来るとはな。くっくっくっく、運命とは分からない。奇妙な巡り合わせさね」

「…懐かしい」

 

 眩しさに堪えかねたが如く、目を細めてメリナは言った。

 

「私は、黄金樹の麓で生まれた」

(ほう)

 

 これはなかなか(めずら)かな――と、クローディアは胸中密かに考える。

 

 これまでもっぱら女王マリカの言霊を伝えることに専念していたメリナが私事を、しかも問われるまでもなく積極的に自分から開陳してくれるなど、今、この瞬間が初のこと。

 

 クローディアの心には、狼狽のさざなみさえ立った。

 

「そこで母から使命を授かり…

 けれど、すべて無くしてしまった。

 …それを、確かめなくてはならない。

 焼け爛れ、霊の身体となってまで、私が生き続けている理由を」

「ふむ、つまり。君は都会っ子だったのか?」

 

 その狼狽を悟られまいと、敢えて明後日に的を外した、頓珍漢なことを言う。

 

「えっ」

「なるほど確かに言われてみれば得心の行くことである。道理で立ち居振る舞いが楚々としてると思ったよ」

「そ、そんなことは、ない」

 

 メリナの頬に、ほんの僅かな朱が差した。

 慣れぬ讃辞に不意を突かれた所為だろう。目立ちにくいが、それは確かに含羞だった。

 

「…では、貴方は? 貴方はどこで、どんな風に育ったの?」

「私かね? …まあ別に、隠すようなことでもないし、聞きたければ話すけど。何の面白味も無いぞ?」

「いいの。知っておきたいの」

 

 一説に、自分の言葉にいちばん影響されるのは、自分自身であるという。

 この場合のメリナがまさにそう(・・)だった。照れ隠しに口走ったセリフに過ぎなかったのが、いざ言い出すと急速に気持ちが追随したようだ。

 

「その口吻。まるでギデオン、かの百智卿みたいだな」

「……」

「睨むな、睨むな、大丈夫。誤魔化そうとはしてないよ、する必要もないことだ。

 ――ええと、どこから始めるか。私が末裔組じゃない、追放された褪せ人が外でこさえた子孫の類にあらずして、追放された、まさに本人そのままだっていうことは、既に伝えておいたよな?」

 

 メリナはこくりと頷いた。

 形のいい顎をしてると、全然関係ないことを、クローディアは考えた。

 

「だから当然、前半生は狭間で暮していたわけだ。ぶっちゃけ既に通ったよ、旅の途中で、生まれた場所を、嘗ての故郷の残骸を。お蔭でこうして語れるぐらい、色々思い出したわけだが。

 まあいい。私はその頃、リムグレイブのある城で――いや、ごめん、ちょっと見栄張った。あの構造とあの規模じゃ、せいぜい砦どまりだな。――とにもかくにもあの辺で、侍女奉公をしていたよ」

「侍女? 誰が?」

「私が」

「冗談でしょう? ……えっ、本気?」

「いえす、あいあむ」

「……!? ……?!??!!!??」

 

 絶句した。

 ショックのあまり、言語野が麻痺したようになる。今にも目玉が眼窩からコロリと零れ落ちそうだ。

 

(この人が?)

 

 ずっと旅路に寄り添って、見続けたから理解(わか)ること。

 

 クローディアは化け物だ。

 

 その性質は、破壊に特化し過ぎてる。

 

 殺戮百般、立ち塞がるなら竜でも騎士でも外宇宙の獣でも、魔術師、亡霊、デミゴッドでも叩いて潰して捻じ伏せて、道の舗装にしせしめる、情け無用容赦不知、修羅の突端たる器。

 

 味方と知りつつ時に不安と恐怖とを抱かずにはいられない、戦に愛され、戦を愛す、圧倒的な戦火の呼び手。征く先常に血と死の嵐が吹きすさぶ、それがメリナの認識しているクローディアという戦鬼(おんな)であった。

 

(この人が、侍女?)

 

 にも拘らずだ、どうだろう。

 

 嘗て彼女の(てのひら)は剣にも弓にもあらずして、箒、ちりとり、水差しと、清掃用具を把持するためにこそ動き。

 

 主人の機嫌を取り結び、お使いに市場を駆けまわり、臓物ではなく愛想を客に向かって振り撒いていた。そんな時期があったなど、いきなり言われてはいそうですかとどうして信じられようか。

 

 少なくとも、現在から推し量るのは不可能だ。

 

 たとえ百回、生まれ変わりを経ようとも、そうなるとは思えない。

 

「……どうして」

「志望動機に関してか? そちらも変わり映えはせんよ。砦に勤める兵士の中に、親戚筋が紛れていてな。彼の口利きで入っただけだ。隊長とまではいかないが、そこそこの地位にある人でねえ、労働環境は良かったぜ」

 

 訊きたかったのはそういう事ではないのだが、こうものべつ幕なしに、縷々と喋り続けられては口を挿む余地がない。

 色々なものを飲み込んで、メリナは大人しく聞き手になった。

 

「そんなこんなで、畢竟するに、私は本来、どこにでもいる尋常(ただ)の女に過ぎんのさ。ありきたりな家庭に生まれ、ありきたりな躾を受けて、ありきたりな仕事をし、口に糊することばっかりを考えて、その日その日を生きていた。もしもあのまま何事も起こらなんだなら、きっと私は普通に妻や母になり、それも自発的な恋愛でなく、持ちかけられる縁談を唯々諾々と受ける側だな、成した子孫に見守られつつベッドの上でありきたりに死んだろう。それで結構、満ち足りて、なんの疑問も抱かなかったに違いない。

 ――しかし私の瞳は褪せた。

 褪せて、すべてから断絶された。

 …そして、漸く気が付いたのさ。自分の本当の才能に」

「その才を」

 

 つい上ずった声が出た。

 

「重荷だと、呪わしく思ったことはある?」

「ないね」

 

 短く、静かな回答(こたえ)はしかし、異論を許さぬ、こわい響きを奥に秘めたるものだった。

 

「こいつを棄てれば人生をやり直させて進ぜよう。――もしも大いなる意志に取引を持ち掛けられようと、首を縦には振らないよ。たとえ甘い無智に還して、褪せ人たるの運命も回避させると言われても。

 これでよかったのさ。いやまあ、私に屠り去られた連中からしてみれば、到底たまったもんじゃない、厄災以外のなにごとでもなかろうが。それでも私は私の道を肯定するよ。

 己の背中を己の瞳で直接眺め見ることは、ついに生涯、できない如く。自分が何者かということに、多くの場合、人はついぞ気付けない。だがもし、もしも気付けたならば。……それが最初の啓蒙になる。人間性の深淵を、いつか制する導きに」

 

 そこでクローディアはもう一度、王都の壁へと目をやって、

 

「見つかるといいな、君自身も、あの中で」

「……うん。必ず、取り戻してみせる」

 

 そんな会話を交わすのだった。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 …貴方、ありがとう

 

 私を、黄金樹の麓に連れてきてくれて

 

 ここなら、私も自由に動ける

 

 …だから、契約はこれで終わり

 

 私は私の使命を確かめに行く

 

 …さようなら

 

 ルーンを力にする術も、トレントも、ここに置いていく

 

 貴方が、使命を成就できるように

 

 …ずっと、戦ってきたのだもの

 

 貴方はきっと、王になれる。エルデの王に

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

 管楽器の音がする。

 

 泣きすがって来るような、笛の音色で大気がしとどに濡れている。

 

 いや、事実としてこの音は、しなだれかかって問うているのに相違ない。

 

 汝、約束の王なりや、と。

 

 エルデンリングを掲げる器量(うつわ)たりうるや、と。

 

 どうしようもなく破綻した、世界の律を修繕すべく使命を受けし者なりや、と。

 

「……はは」

 

 これこそ王都、ローデイル。

 高原の民でも、更に選ばれた者たちだけが棲むところ。

 

 建物という建物は、ほぼ例外なくその屋根を黄金色に葺いており、千枚通しを逆さに立てたみたいな姿の尖塔が、あっちこっちにさも権高げにツンと澄まして建っている。

 

「自己主張の激しいことだ。黄金樹の祝福を、気取り屋どもめ、そんなにひけらかしたいか」

 

 ちょっと馬鹿にしたようにクローディアは言ってみた。

 そうでもせねば田舎娘の悲しさで、この情景に気を呑まれかねなかったから。

 

 そんな儚い抵抗までをもひっくるめ、典型的な「おのぼりさん」の所作であるということに、彼女はまだ気付いていない。

 ただ、

 

(たぶん、メリナにこんな儀式は要らなんだろう)

 

 そちらの機微には別人みたく聡かった。あの少女なら、おそらくすっと澱みなく、この荘厳に潜って行けたに違いない、と。外套を、羽のように靡かせて。牝鹿の如く俊敏に。駆けゆく幻視が網膜に、如実に浮かびさえもした。

 

「おっ――」

 

 風が変わった。

 

 結んだ髪の尾が揺れる。

 

 笛の音色が心なし、調子を早めたようだった。

 

 

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